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28.憂鬱な元家令

《三月三日、昼下がり》


 役所街、ギルドの広間。

「ふう、忙しい人でしたね」

「忙しいのよ。急がなきゃエリツェの閉門に間に合わないもの。それもラズースの関所で時間食わない前提で」

「ふーん」

「ゆーりんはエリツェに行ったことないの?」

「ないです。お休みもくんないし」

「次いでが有ったら一度お使いに行ってもらおうかな。休暇もあっちの方が楽しかろう」と、会計長。

「でも、あのお客さんエリツェに夜着いて何するんでしょう?」

「そりゃまあ、あれだ・・」

 ミランダ遮って、

「明日朝一番に仕事を引き受けてる人は夜のうちに町に着いてないと駄目なのよ。日没から日の出まで関所が閉まってるでしょ?」

「ふーん」


                ◇ ◇

 ボニゾッリ邸、下男部屋裏手の庭先。

 ボルンが賄いの残りにあり付いている。


「なあ下男さんや」

「何だ?」

「盆剃り屋ってのは何を剃る商売なんだ?」

「盆剃りてぇなら剃るのは盆だろう」

「そうか」


「なあ乞食さんや」

「何だ?」

「盆剃り屋ってなぁ何だ?」

「知らねえから聞いたんだが」

「ちなみに当家はボニゾッリ家だからな」

「似たようなもんだろ?」

「とんでもない。違うぞ」

「どう違うんでえ?」

当家うちは剃らん」

「成る程それは違う」

「だろう?」

「それで毛がぼうぼうか」

「何の話だ?」

「裸の女がそこにいた」

「見たのか?」

「今もいるぞ」

 下男、振り返ると開いた窓枠に裸の女が腰掛けている。

「あんた、野良猫に餌やると居着くわよ」


「あー、若くて綺麗な女をこんなとこに隠してやがるから町に出回らねえんだな。金持ちゃ汚ねえ」

「いいこと言う野良猫じゃん。餌たんとお上がりよ」

「飯もいいが、その格好よく見せてくれ。半年くらい覚えとくから」

「そこの下男でさえ時々触らせろって言うのに、あんた身の程わきまえた奴ね」


「おっ、猫から出世しやがった」と、下男。


                ◇ ◇

 ローラの部屋。

 遅めの昼食を済ませたファッロ、少しべたべたした後、情報漁りに出掛ける。一階裏手の壁の穴を抜けてにじり口の扉を叩くと、たぶん『熊の穴』の女将であろう派手な老女が開けてくれる。

「バジルから聞いてるよ。ここは好きにお通り」

「有難うございます」

 抜けて玄関から出ると、尾行の男がちゃんと待っている。

「(暇なのか?)」

 或いは、人材が余っているのだろうか。面白くなって、覗きたくなって来る。

 ギルドに行こうと思っていたが、予定を変更して屋敷町東に向かう。

 ボニゾッリ邸の門扉の前でちらちら中を伺うと、尾行男もう諦めたのか、明らかに困った顔して近づいてくる。何処から湧いたか二、三人現れて囲まれる。

「あんた何者だ?」

 知ってて尾行してたんじゃないんかい! とも言えない。

「最近売り出してる情報屋です。なんか御用命ないかと思って。でも、飛び込み営業とか慣れなくて、ちょっと逡巡中」

「うーん、こっちも情報欲しいのは山々なんだけどさ、家令が若旦那と大喧嘩して出てっちゃってさ、今誰が中を仕切ってんだか俺らもわかんねえ状態なのよ。直属の兄貴分から言われたこと取り敢えずやってるだけ。情報屋なら知ってんだろ? もう裁判が目の前だから皆ピリピリしてるし。まあ度胸あるなら入ってって見れば?」

「度胸はねえな。なんか買ってくれそな情報見つけてから来るよ」

「俺もそれが良いと思う」

「ときに、出てっちゃった家令さんって、宿無しになっちまったのか?」

「先代の頃から住み込みの爺さんだからな。困ってんだろうな」

「先代さんって、亡くなって久しいのか?」

「どっこい、まだ生きてる。ぼけちゃって若に家督を譲ったんだ」

「それって、敗訴したら大変じゃないか」

「大変だよ」


 なんか意外に感じのいい連中だった。


                ◇ ◇

 市外。

 聖ヒエロニムス修道院。

 ボニゾッリ家の家令を辞めた男アマデオ・シルバが懺悔している。

「私は、為すべきことを為さなかったのです」

「あなたは悪事を為したのではありません」

「防げるものを防がなかったのです」

「怠惰ゆえではありません」

「最悪の事態になどならぬと多寡を括ったのです」

「それは自らを恃んだ傲慢ではありません」

「しかし私は、若旦那が得々と語る婦人への暴虐を聞いて、もっと聞きたいと思ってしまったのです」

「それは色欲ですね。懺悔なさい」

「若が語るには『俺様は取り澄ましたあいつの服の襟口を引き裂き、一気に・・』」

「気負わず、ゆっくり告白しなさい。ゆっくり」


 克明にメモを取り始めるヴィレルミ助祭。


                ◇ ◇

 カプアーナ家の門外。

 一人の騎士が来る。


「おい、あれ!」と、ボニゾッリの手の者。

「この俺にだって、わかる。あいつぁ強いぞ」

「ああ、俺なんて・・ちびりそうだ」

「これは、やばいぞ」

「やばいな」

 騎士、門内に入って行く。


 ノックで、家政婦長が扉を開ける。

「まあ・・」と、言葉を失なう。

 そこに眉目秀麗な長身の騎士がいた。


「ど・・どうぞ。お入り下さい」

「いえ、ほんの一言。こちらにフォン・トロンケンブルクと申す者が訪ねて参りませんでしたか?」

「は、はい。昼頃に、お見えになられました。司法決闘の代闘者にと名乗り出られ、再訪すると言い残して・・」

「どちらに?」

「いえ、仰いませんでした。あの・・」

「お嬢様に、もっと遥かに強い者が馳せ参じますとお伝え下さい。本日は此れにて失礼いたします」

 家政婦長の言葉が出る前にレヴェランスし、光るような白馬に跨って一陣の風のように去る。

「あのお方様・・」

 物陰から見ていたルクレツィア嬢、動悸が高鳴る。頬が紅潮する。

「あのお方様が・・私の騎士になって下さいますのでしょうか・・」

 馳せ寄ってきた家政婦長と抱き合う。


                ◇ ◇

 ボニゾッリ邸裏庭の一角。

 全裸の女と褌一丁のボルン、下男と三人で無駄話していて、なんとなく服を着ている自分が異常なような錯覚に陥りかけている下男。

「この邸宅で若旦那の妾は三人。あたしゃ落選して家来の男に下げ渡されたが、それなりに甲斐性のある男とつるんで、いまだに居候してるのよ。週明けに若旦那が敗訴しちまったらハイそれまでよって感じ」

「敗訴ってなんだそれ?」

「若旦那が裁判で訴えられてんのよ。町一番の美女をゴーカンしたってさ。ありえないけどな」

「ありえないのか?」

「ありえないね」

 奥から裸の男が出てくる。

「なんだ、面白そうな話してんじゃないか」

「あんたら素面で何やってんのさ」

 裸の女が酒瓶持って出てくる。

「何だ何だ」

 また素っ裸の男女が出てくる。

「若旦那がツッコミやったって訴えられて、とうとう明後日が公判って話してたのよ。みんなもあり得ないって思うだろ?」

「あり得ねえなあ」

「ないよねー」

「何でだ?」

「若旦那って、あれがやわいのよ」

「そうそう。男女で仲良く『やろ』って一緒に頑張らないと、無理」

「それ以前に、性格的に、そういうことしないよ」

 女達が口を揃える。

「じゃあ、何だって訴えられちまったんだ?」

「価値観の問題じゃないの?」

「価値観?

「裸みられてだけで『もうお嫁に行けない』ってなる女もいるしぃ」

「こうやって真っ昼間の庭で裸踊りする女もいる」

「ひゃっほうッ」

 踊る。


「時に、お前はなんで褌一丁なんだ?」

「金がなくてひん剝かれたが、心ある人が菰をくれた」

「そうかい」と、女。

「で、あんた達はなんで裸なんだ?」

「寝てたからさ」

「そうかい」と、ボルン。

「で、あんたはなんで服を着てるんだ?」

「さあな。自分は猿と違うと思いたかっただけかも知れねえ」

「脱いじまえよ」

「そうさな、いっそ脱ぐか」

 下男も裸になる。

 おめえも褌脱げよ。

「じゃ、脱ごう」

 みんなで裸になって輪になって踊り出す。


「下男さんよ、頼みがあるんだが」

「なんでえ?」


「後で、あんたの股引き、くれねえか?」


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