27.憂鬱な若い受付嬢
《三月三日、午後》
ボニゾッリ邸の廊下。
「ああ、もう腰がへろへろ」
ガウン一枚羽織った女がヨアヒムに肩を貸されて、へろへろ歩く。
「しゃんとしなされ」
「無理。突かれ突かれて疲れ果てた」
中くらいの広間の長テーブルで、似たような出立ちの娘が二人、食事中だ。
「お前ら昼飯終わったら早く帰って来いってさ」
「えー? 勘弁」
「まだ食事中だしぃ」
料理人がやってきて、
「何が食いたい?」
「胃にもたれないの、お願い」と、娘。
「若旦那も、めし食わなきゃ。もう三日くらい酒だけで生きてない?」
「公判が近づいてるから若旦那イラついてんだよ。まあ、お前ら頼られてると思って頑張ってくれ」
「もう勝訴に決まってるんでしょ? 一体なにイラつくこと有るわけ」
「色々と難しいことが有ってな、万事が順風満帆でもねぇのさ」
「なんでぇ? 若旦那、ぜったい無実じゃないさぁ!」
「そうよっ! 本当に本当なんだから!」
「本当も嘘も、ぜんぶ決闘の結果で決まるんだ。そういう裁判なんだから仕方ないさ。絶対に勝てると踏んで、こっちから『決闘で決めよう』って申し込んじまったんだ。負けたら腹括るしか無いさ」
「骰子賭博に首賭けたみたいなもんか。じゃ、仕方ないね」
「有るよねーそういう人生も。あたしの親父とか」
「それって配当高くて出目の薄い方に賭けた欲目が罪なんでしょ。若旦那は無実じゃん!」
「お前ら、そんなに若旦那の無実を信じてるのか。忠義な奴らだったんだな」
「忠義ってか、あたしら事実知ってるしー」
「ねー」
「事実? お前ら現場に居た訳でも無いだろ?」
「知ってるもんは知ってるもんね」
「若旦那は女を無理やり凌辱できるような人じゃないのよ。性格もそうだし、体そのものも、そう」
「みんなは、荒っぽい口ぶり聞いて誤解してるだけ」
「あの人ほんとは女に優しいのよ・・あ、優しかぁないか・・」
「ううん、女に無理強いゃしないのよ・・あ、するか・・」
「お前ら、何言ってんだか解らん」
「うー、うまく言えない。とにかく若旦那は無実なんだから」
なんだか分からない。本当に犯罪を犯すようにお膳立てをしたのは、この俺なのに。
◇ ◇
エリツェの北、百里近く。
北嶺の谷間にある伯爵居城。
内曲輪の奥にある塔のような館。
「お前は気にせず平癒に努めよ。この週末だけ代わりの者に来て貰っておる」
まだ十代と見ゆる娘が床に就いて居る。
「お祖父様、みんな疲れ果てています。私だけこんな・・」
「姫様に病魔を伝染したら不可んのじゃ。休むのが仕事と思え」
「でも」
「寝るのじゃ。今はそれが仕事と考えよ」
戸口のあたりに、音も無く仏頂面した大柄の中年女が現れる。一応は美貌といってもいい部類だが、何せ目つき顔つきが悪く、露骨に苦虫噛み潰している。
「具合は如何じゃ?」
「眠りの時間が取れれば大丈夫と、薬師殿が申して居られる。寧ろ後の二人が倒れぬかが懸念でござるわ」と、老人。
「毎度そうは人を貸せぬ。今回は偶々奉公先で休みを貰うて里帰りして来た親類の娘を連れて来た。二度あると思うな」
「辱く存じており申す」
「なら二度するな! 側仕えは三人も居るのじゃろ。みな雁首揃えておろおろして居っても意味がない。交代で十分に休みを摂るのじゃ、少ない人数で役務を熟す術は兵役を務めた者なら皆な知って居る筈であろ」
「申し訳ありません」
と、床の中から、娘。兵役なんて知らないとは、とても言い返せない、
「この馬鹿小娘が! 自分の限界くらい心得て奉公せよ」
「お叱りいただいて一言もありませぬ。生意気な口を利いた馬鹿小娘をお許し下さいませ」
「余計なこと考えず、寝ておれ」
パルミジエリ家の女中頭、踵を返して、わざと足音高く帰って行く。
伯爵家譜代の重臣の娘である彼女が、侍女でなく女中頭であるのは多分に政治的理由である。
だが、本人に一分の隙も無い彼女の次男坊は、馬鹿息子であった。
◇ ◇
プフスの街中、西門広場すみ。
食事中。
「裁判って、明後日のお昼から?」
「左様。午後になっても開廷しなかったら被告は明後日に延期と提案する権利がある。被告が日没まで死ななかったら被告の勝訴である」
「女の敵をぶっ殺しちゃえば決着なんだ!」
「これこれ、本当に『女の敵』なのか占う決闘じゃわ」と、老人。
「決闘って、占いなの?」
「みたいなもんじゃわな。神様の加護の有無を問う」
「わっかんない」
「そもそも裁判というのは、喧嘩を同役同輩どもが仲裁して『こういう和解案で双方矛を収めれや』と提案する物なのでござるよ。当事者がそれを蹴ったら、仲裁しようとした者らは見放して『んじゃ勝手に殴り合って結論出すがいいさ』と言う。今ここなのだよ」
「お兄さん、女の敵を誅伐に来たんじゃないの?」
「女の敵だという言い分を信じて此処へ来た。俺が負けて死んだら神の加護が無かったってこと。嘘の言いワケ信じた俺が馬鹿って判決になるんだよ」
「兄さん、無理して阿呆っぽい侍言葉、やめない?」
「んじゃ、やめるか」
「それでいいよ。その方が格好いいよ」
「そうか?」
「んで、昼飯も食えなかった貴殿。今夜どこぃ泊まる気じゃ?」
「それ、困ってる。 ・・マジ」
◇ ◇
ボニゾッリ邸の前。
褌一丁で菰被った熊公がやって来る。
道端の壁の蔭に座り込む。
歌う。
「右や左の旦那様、一文恵んで下しゃんせ。
慈恵を撒けば神様も、きっとあんたを助けるぞ」
ついでに踊る。
ボニゾッリ家の下男飛んで来て、
「やめてくれ。下男部屋の昼飯の残り、食わせてやるから」
「おう。食う食う。・・黙る」
屋敷周辺を見張ってるボニゾッリの手の者、熊公を遠目に見て
「見るからに怪しいんだけど、近づきたくねぇねあ」
◇ ◇
色まち外れ、ローラの部屋。
ファッロが食事中。
「うふふー」
顔見て・・
「なんだよ?」
「ファロちん大好き」
あまり描写したくない。
◇ ◇
役所街のギルド。
若い受付の女性、名前はユリアナと云うのだが、仕事上ではあまり実名は名告らない。面倒の種子であるから。
「ちょっと無理です・・お値段的に。お一人の為に馬車仕立てたら、ちょっと」
「あっしゃ若い頃、先輩乗っけてさんざ御者役やったもんだ。御者なしだったら、どうだ? 少し安くなるか?」
「馭者の人件費削っても、馬四頭の貸出し賃金だけで、これくらい・・」
「ううー」
「今夜のうちにエリツェに行きたい者、あと何人かで金出し合えばいい訳だな?」
「それができて初めて、ギルドとして馬車屋さんに交渉できるんですけど、あちらに空いてる馬車があるかどうかは別の話ですから」
「ギルドだって馬車持ってるだろ」
「あれは・・うちは探索者ギルドなんで、あれ貸したら運送業者ギルドとひと悶着ですー。あくまでも探索者ギルド組合員の仕事に貸し出す車なんで・・馬丁や護衛とセットで『送り届ける』って仕事としてグレーゾーン協定してるんで、馬車だけ貸したら専業権侵害で裁判です。災難です」
「さいなんすか」
「ゆーりん、杓子定規なこと言わないの。計れる便宜は計って差し上げるのが、あたしらの仕事よ」と、ミランダ姐さん登場。
「ねえ、ボンディさん。お帰りは火曜日なんですよね?」
「そうじゃ。だから、わしの乗ってきた一頭立て軽馬車は週末の間無用に死蔵だわい。間違いなく週明けに返して呉れるんなら、相談に乗っても良いぜ。いや、うちの鬼の金庫番に良い鼻薬だわい」
「つまり?」
「つまり格安で貸したっても良いぞ」
「ほら! 皆がハッピーになる結論が出た。隣町ギルドなら『この町の誰も運送業者組合の専業権を侵害すべからず』って規制の対象外でしょ? ゆーりん、ギルドの受付はこうやって仕事するんですよ」
受付嬢ユリアナは先輩がとっても凄いと思う。
そして、貴族の血筋なうえ仕事もばりばり出来る先輩が、弱小ギルドの書記長なんかで燻ってる理由も、実は最近知った。いや、なんとなく「そうかなー」とは思っていたが、本当に性的マイノリティだと知ったのは昨日だった。