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23.憂鬱な若旦那

《三月三日、早朝》


 エリツェの町、オルトロス街の協会会館、三つある応接室の一つ。

「頼んで来ました。すぐ発つから、辰巳の刻頃には若旦那の耳に入ってますよ」

「仕事が早ぇな」

「そんなわけで馭者さん、あなたは動かないことをお勧めします」

「一流って凄ぇな。解っちまうのか」

「そりゃ、見てりゃ解りますよ。護衛じゃなくって護衛を出し抜くほうだって」

「参ったな」

「俺はあんたらに雇われてますからね。味方です」

「味方で助かったぜ」

「動かない方がいい理由は三つ。まず、名乗り出る候補者はたぶん一人じゃない。二つ目、そいつらは俺らじゃ歯が立たない。三つ目は、悪いけど若旦那には先がない」

「ないか・・」

「こんなに早く、詳しい情報が、しかも有力者の御婦人方に広まった。裏で誰か動いてます、かなり怖い人が。在住十年とかリジッドに見えた資格条件なし崩しに帳消ししちゃう知恵があって、この町の女たちを煽れる影響力のあるひと。このことは報告しない方が良いかもしれません」

「しない方が良い理由わけは?」

「司法決闘に負けても若旦那は死なずに済む。だけど変に足掻くと死ぬでしょう。大人しく両手を上げた方が利口な相手が敵に回りました」

「じゃ、あっしらは遊郭に繰り出して遊んでるのが皆にとって一番いいって事?」


「十中八九は」


                ◇ ◇

 プフス西門広場。

 色街四人娘、内訳は廃業一名さぼり三名の都合四人登場、真っ直ぐ商人オロスの天幕に向かう。

「おー、あるある。新鮮な野菜に肉、エリツェ名物フレーバー鉱泉水までっ」

「おっ! 来たか昨日の姉ちゃんたち。どうだ、見てってくれ買ってくれ」

「買い込もう」

「おー」

「ファロちんちん、ごちそうさま」

「?」

 亡き誘拐犯七人組がファッロから奪った全財産の一部が巡り巡って三人娘の懐にあるのだが、正当な労働の報酬なので彼女らの正当な所持金である。

「おじさん。おサカナ、おいしかったよ」

「お兄さんと呼んでくんな」

「ねえねえお兄さん、今度鮮魚が手に入ったら、お客さんに売り込むとき海鮮料理のできる料理女も紹介しちゃいなよ。このトスキニアのネアプーラ生まれで、魚介扱わせたら本場の味だすわよ」


 三々五々、気配を察した町の主婦らが集まってくる。


                ◇ ◇

 役所街のギルド、ペントハウス。

 ミランダのベッドで、クリスまだ寝ている。

 寝たのが明け方なので仕方ない。

 一度目が覚めて薄目を開けたが、また閉じる。

 寝返りを打ったら裸の尻から背中にかけて布団から露出してしまった。

「んにゃん・・おしり寒い」

 引っ張って掛け直そうと蠢くが、体重が乗っていて上手いこと引っ張れない。

 睡魔と戦いながら布団を引っ張るが無駄な努力で甲斐もなく、結局最後は尻だしたまま再び深い眠りに落ちて行く。

 片足ぽとんと寝台から落とす。


 その頃のミランダ姐さん既にきびきび仕事中、精力半端でない。


                ◇ ◇

 色街、熊の穴という名前の店だった。

 なんで熊の穴なのだろう。

「えーと、あんたの昨日の遊興費から持ってた銀貨と、褌以外の古着の代金を引いた残り、つまりほとんどを太っ腹の旦那が払って行ったよ。こんど会ったら礼を言っときな。次は働いて、もっと金持って来いよ。そんな日が来るのを待ってるからな」と、店員。

 割といい奴であった。

「ああ、富籤に当たって金持ちになったら必ず来るよ」

 店を出る。

「いや、褌一丁で街中を歩いたら軍警に捕まるかな? そうすると路上よりは温かい場所に行けるかもしれねえ」

 などと呟いていると、さっきの店員が追って来る。

「今そこのゴミ捨て場に酒樽を包んでた菰を捨てたんだが、うちの店が捨てたもんだから誰が拾っても誰も文句は言わないからな」

 やはり、いい奴であった。

 菰を拾う。

「肩から掛けると多少暖かいが、裸の尻が出る。腰に巻くと尻は隠れるが、さみい」

 しばし悩む。

 悩んで、肩から掛けた。


「寒そうに不漁しけつらしてると益々さみいぞ。俺らの故郷くにゃあもっとさみい」

 北から来た五人の商人が追い付いて来る。

「あんたらの故郷くにじゃ裸でねえだろう」

「そるあ裸じゃ死ぬるわえ」

「寝坊した。急ぐぞ」と、リーダーめいた男。

 追い抜いて、倉庫街の方に歩いて行く。 


「ああ、尻がさみい」と、ボルン。


                ◇ ◇

 オト・ボニゾッリ、本家の館に来る。

 眠そうな下僕が扉を開ける。

 案内されつつ奥に行く。

 下僕が欠伸する。

 暖炉がかんかん燃えていて部屋が過剰に暖かい。

 これは眠くもなるだろう。

 敷き詰めた分厚い絨毯の上で、酔い潰れた裸の男女があちこちに倒れている。

 大きな寝台の上にも裸の女が三人絡み合って眠っている。

 オト、勝手にソファに掛けて、脇机にあった葡萄酒の瓶から一口飲む。一口飲んだら空になる、瓶の口を目を近づけて覗き込む。もう一度飲もうとするが、やはり空だ。

 大きな寝台の上、一人だけ起きている男、枕の上に片肘突いて物憂げに、

「叔父上よ、朝も早うになんの用だ?」

「目が覚めたか」

「いや、まだ起きていた」

「アッソ、わし・・考えたんだけどな・・急いで親族会議を開いて、お前を当主の座から廃そうと思う」

「やってみろ、出来るもんならな」

「まあ聞け」と、オト・ボニゾッリ。

「万が一という事がある。月曜の公判でお前が敗訴したら、財産の一切合切がお上に没収だ。いくら決闘人が強かろうと、勝負には時の運というものがあるのだ。お前が司法決闘に敗れぬと誰が言える」

「万に一つも無ぇよ」

「公判まえ、日曜までに親族会議を開いてお前の強制隠居を決議する。万が一敗訴したとき、没収されるのはお前が身につけてる財布だけだ。勝訴したら、親族会議など最初から無かった事にする」

「ふん」

「このまま座して待って、万が一敗訴したら、お前は無一文だ。保険を掛けろ」

「叔父上の好きにやってくれ」

「ああ、好きにやる」

「ふん」


「まあ、任せておけ」

 立ち去る。


やわい馬上槍か」と呟いて。


                ◇ ◇

 プフス中広小路の西門近く。

 西門朝市管理組合の管理地ぎりぎり外に、北から来た商人らが店を出している。

「なぜだ! 客が来ねえ」

 人の流れに異常を感じて様子を見に行った男が駆けて帰って来る。

「大変だ! 西門広場の一等地に人だかりだ」

 店番一人残して四人飛んで行く。


 商人オロスの天幕を覗いて、

「あっちゃあ、やられた! 品物の質が違う」

「兄さん兄さん、もしかしてここ、これから毎週やるのかい?」

「いや、偶々たまたま別件でエリツェに行った馬車がなぁ、帰りの空き車に商品満載して帰って来たんで、管理組合に掛け合って出店さして貰った。自前で馬車仕立ててたんじゃコスト倒れで立ち行かねえ」

「ふぅ・・毎週やられたら、こっちは首括るぜ」

「やるかも知れんぜ。馬車の都合がつくもんならば」

「やめてくれ言わんでくれ。心の臓にわりい」

「色街で遊んでる場合じゃなかったなあ・・」


 実はこっちの利益もエリツェの寺町へと流れていた。


                ◇ ◇

 辰の刻を回って少し、イル・モロの予測を上回って早く、軽馬車が西門を通過していた。

 しょぼくれた初老の男が馭者台に一人、軽快に走ってプフスの屋敷町へと向かう。ボニゾッリの屋敷に着く。


「エリツェ滞在中のザックスさんから急ぎの書状。若旦那様に親展だそうで」

 下僕、欠伸をしながら文字の形に穴の穿たれた金属板を押し当てて、受領証にサインを入れる。

 まだ欠伸をしている下僕、書状を持って主人のいる部屋へ。


 絨毯に寝ていた男女、流石にもう服を着ているが、相変わらずごろごろしている。主人も相変わらず、三人の女と戯れている。

 書状を一読した主人、女たちを突き放して座り直し、もう一度読む。


 見る見る顔面が蒼白になる。


                ◇ ◇

 役所街の一角。

 ボニゾッリ邸を辞した使いの馬車が入って来る。

 ギルド前で降車しようとした初老の男、案内係の小僧さんに何か言われて慌てている。馭者が車を離れると駐禁とか言われた模様。あたふたと裏の厩舎に車を回す。

 暫くして、漸く建物に入れる。

 クリスにばったり逢う。


「あら、ケルツェンのおじさん!」


 


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