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21.憂鬱な解説者

《三月二日、夜》


 エリツェの町、寺町男坂奥の蒸し風呂屋。


 湯屋と、俺の泊まっている木馬亭とか隣の山猫屋とか、宿数軒がぐるり囲んだ中庭は、外の通りとは全く繋がっていない。まさに郭だ。廓というのか?

 中庭の木陰には先客が幾人か、夕涼みをしている。肌寒い春三月初旬に夕涼みである。


「こっち! こっち!」

 短髪娘が走って行く。走って、足を滑らせそうになる。

「落ち着け、ばか」

 妹と河原で遊んだ頃を思い出す。

「そこの穴!」

 無造作に肌着を脱ぎ散らかすと、煉瓦壁の下の穴を潜って浴室に這入って行く。

 ちゃんと籠が置いてあるんだが・・

 娘の脱ぎ捨てた服を拾って、籠に入れてやる。

「早くってば」

「うるさい」


 穴を潜って浴室に入ると、湯気が立ち込めている。

 俺の腰高より高い寝台のような木枠の上に、娘が寝転がっている・・ようだ。暗くて見えないが。

「お客さーん」と、湯屋番の娘が手桶を差し入れて来る。

「これ、どう使うんだ?」

 手桶を持って、娘の横に寝転がる。

「こうすんの!」

 手桶に差してあった木の小枝を執って、濡れた葉っぱでぺしぺし叩いて来る。

「このやろ」

 こっちも枝を執って叩き返す。

 暫く二人ではしゃいで、それからゆっくり横になる。


 ・・汗がもう桶一杯くらい流れた気がしたので、外で涼む。

 冷たい水を浴びるのが気持ち良くて、暫く水をかけ合う。


 先客の男女のうち、男が立って近づいて来る。

「すまん、うるさかったか?」

「いや、楽しくやってて呉れ。プフスからきた人か?」

「いや、北から来て、住んでプフスに三ヶ月だ。今日は仕事でこっに来た」

「そうか。弟がプフスで店やってるんだ。良かったら冷やかしに行ってやってくれ」


「俺は馬車の馭者兼護衛で来たんだが、こんな立派な風呂屋は初めてだ」

「南の方じゃ、もっと凄いってさ。運動場まで付いてるんだってさ」

 そっちのお兄さんも、一杯やる?」

 どこからか、短髪娘がよく冷えたワインを持って来る」

「グラスまで冷やすって、どんだけ贅沢なんだこの町ゃあ」

「そりゃ、飲み食いに人生賭けるのが南部人だよ。そういうもんだ」

「わかんねえな」


 実は、北嶺の氷室から届く氷は、エリツェではそんなに高価でもない。


                ◇ ◇

 とっぷり日も暮れて、空には月も無い。

 月明かりで夜道を行けるのは月半ば。月末月初は闇夜になる。

 という訳で、きた街道を行く輜重車定期便の最終は、この時期この時刻にはトルンカの村で一泊する。御城の外郭支城を造ろうとして中止になって、普通の村になったトルンカである。

 いや、普通の村ではないが。

 なぜって? 普通の村長ではなく、伯爵の直臣である庄屋しゅるたいすが治めているからだ。

 支城という設定が微妙に未だ生きている。


 限りなく城の内郭に近い村の中央広場に、輜重車定期便が入って行く。

 輸卒ら伯爵家の家臣たち、本来なら城主ぶるくへるである庄屋しゅるたいすのミケーレ・ダ・トルンカに敬礼する。そうだ。今でこそ一介の庄司だが、いつまた御家老に復職するかも知れないトルンカの族長に礼を欠く馬鹿は居ない。

「伯父様!」

「ん? イネスではないか。御用事か?」と、若い女中に。

「御城への使いで御座います。マッサの大奥様から直々に申し仕りました」

「挨拶はよい。久々に家族で食卓を囲むがかろう」

「(伯父様って、優しいから好き)・・」

 一礼して、実家の館の方に走る・・

「・・(顔は怖いけど)」


「義姉上が直々に?」と、ミケーレ。


               ◇ ◇

 プフスの町。

 ギルドの建物のペントハウス。

「ああーっ、疲っかれたぁ」と、クリス。

「お疲れ」

「クイントさん、大丈夫かなあ」

「あの人って多分・・典型的な職人タイプだから、大言壮語はしないけど、やる事はきっちりやるよ。信頼しよう」

「うん」

「明日、明後日も人を呼んでるから、きっちり彼に情報入れて万全を期そうよ。それと、代闘者が見つかってる事もギリギリまで伏せとこうね」

「ふぅ・・エリツェじゃ司法決闘げりつば*はハリセンでやるって条例があるんで、こんな深刻な話になるとは思わなかったよ」      *註:gerichtlichen Zweikampf

「それにしちゃ動転しないね」

「うん。・・あたしんって本家が伯爵と領地を賭けて争って負けた口でさ。決闘はいっぱい見てきたんだ。叔父さんなんてライバルと何度も決闘してるうち仲良くなっちゃってさ、ライバルの妹と結婚して兄弟になっちゃったんだよ。それが今エリツェで一緒に住んでる叔父さん叔母さん」

 笑う。

「うーん、代闘者立てずに自分で戦う誇り高い騎士の世界だなあ。まるで絵本で読んだ英雄時代の熱血活劇だね」


「ミランダさんとこも?」

「うちはフェーデで血まみれ泥沼で、もう司法決闘で終わりにしよ!・・って結末。負けて終わったけど」

「負け組仲間かー」


「一族最強の騎士同士、ひとり対ひとり堂々の決闘ってのは説得力あるよね。ああいうのが本当の代闘者ちゃんぷなんだよ。決闘つばいかんぷって『余人巻き込まず、二人で決着つけます』って格好かっこいいと思ってた」

「うん、あたしも決闘は嫌いじゃない。でも他人任せって、あれ駄目だよね」

「『代闘者』というのが元々あれ・・お上のお情け。そう、弱者保護だからね」

「だからこそボニゾッリが憎いわ」

「あたしもー」

「あー、もうクリスちゃん可愛い。食べちゃいたい」


 もう食べたでしょうが!


               ◇ ◇

 色街はずれ、ローラの部屋。

「ハチミツで焼くの?」

「それとハーブたっぷり、ワインとおりいぶで、じゅわっ。おいしいぞー」

「おおー」

「こっちは、たまねぎと、ほしぶどう、ガルムあじのソースつくるよ」

「おおー」

「めたるど・・ある。こしょうがない・・うーん」

「ふーん・・。生の魚って、こうやって料理するのかあ」

「こっちのおサカナはぁ煮ることにしてえ・・これは、あしたたべるスープに。このなかぼねは、お出しをとってぇ」

「ローラ、器用だなあ」

 小骨を抜く作業を感心して見守る三人。

「これは、おさしみ!」

「なっ・・生で食うの?」

「ううん、すこしソースに漬け込んで、おやさいといっしょにたべるっ。きょうしか食べられないおりょうりだよ」


「生き生きしてるなあ」と、ファッロが嬉しそう。


               ◇ ◇

 色街の居酒屋ふう大部屋。

 流しの楽士すぴるまん*が来ている。               *註:Spielmann

 踊っている連中もいる。

 隅っ子の方で始めてる連中もいる。

 真ん中の方では、相変わらず決闘の話で盛り上がっている。

「『代闘者』って何だよ?」と、ボルン。

「お前がひと様の財布を泥棒したとするだろ?」

「泥棒なんかしねえよ。天に恥ぢねえ貧乏人様だ」

「例えの話だ。泥棒したとするだろ?」

「しねえってば」

「わからねえ奴だな。じゃ、泥棒しなかったとするだろ?」

「『とする』なんてハッキリしねえ話は虫が好かねえ」

「面倒臭い奴だな。お前は泥棒しなかった」

「当たり前だ」

「だが、俺の財布が無くなった。周りにゃお前しか居ない」

「いっぱいいるだろうが」

「黙って聞きやがれ。で、俺様はお前が泥棒したって訴えるんだ」

「そんなことして見やがれ。決闘申し込むぞ」

「ところが、俺ゃ前の戦争で名誉の負傷。足が不自由で歩けねえ」

「さっきスタコラ歩いてたくせに嘘つくな!」

「わかった! お前、頭が貧乏な奴だな」

「何おう!」

おりゃあ足が不自由だから、決闘は代理人雇っていいんだよ」

「イカサマじゃねえか。前の戦争ったらお前、生まれてねえだろう」

「代理で決闘に出てくれる人を代闘者かんぺおんってゆうんだよ」

「俺ゃ軍隊にいた頃に無二の親友がいてな、戦場で命を助けたことがある。だから俺が頼めば決闘の代理人を引受けてくれるとしよう」

「嘘つけ! 世知辛い世の中に、金も貰わねえで命賭けてくれるような聖人君子がいるものか」

「ところが、金ぇ払うのはご法度なんだよ」

「それ見たことか。足が不自由とか嘘つきやがって! 自分で戦いやがれ」

「ところが『決闘人』には金払って決闘を代わって貰っていいんだよ」

「なんで自分で決闘しねえんだ」


「はあ、疲れた」


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