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19.憂鬱な商人

《三月二日、西陽射す頃》


 プフスの商人宿。

 北国から三日かけて旅して来た商人が、旅の疲れか、ぐっすり寝ている。

 その宿の前の通りをファッロが歩いている。役所街の方に帰って行く。


 ギルドに帰ると、依頼者のおかみさんが待っている。今日の午後は軽く、浮気亭主の立ち回り先調べとか平和な仕事を受けたのだ。いや、亭主殿これから帰宅して平和でなくなる訳だが。

 続いて、と云うよりほぼ同時に、長剣を下げた男が入ってくる。武器所持にうるさいエリツェで育ったファッロが違和感を覚えてちらちら見るが、この町では普通なので他の誰も気にしない。

 男は武術教師と称して、縁日などで剣の型の披露と講釈などして弟子を募っている。エリツェ町民の感覚だと芸人枠だが、こっちの町だと一端いっぱしの自由人である。ファッロはこれから、こういう感覚のズレを調整して行かねばならない。


 仕事柄この町の司法決闘を数多く傍聴してきた此の男を、ミランダ姉さんが迎えて奥の部屋に連れて行く。一瞬開いた扉の隙間からクリスの姿がちらりと覗くが、クイント氏は部屋の外から見える位置には居ない。

 誰が来ているか聞かされてはいないが、なんとなく察しているファッロ。求人掲示板には依然として例の代闘者募集が貼り出されている。

「ふぅん?」

 自分みたいに「なんとなく察した」者をマークすると、ギルドで点数こぜに稼げるかもしれないなぁ、などと世估せこく思い付いたりする。


 だが、今日のところは素直に、ローラの待っている家へと急ぐ。

 すれ違いに、ラマティの御隠居と荷物持ちのボルンが入ってくるが、今日はファッロと遭遇しない。


                ◇ ◇

 ローラの部屋、十人並み四人娘揃い踏みで、わいわいと野菜の酢漬けとか肉のガルム漬けとか作っている。土日は朝市が立たないので、金曜に買った食材をストックするのだ。

「お、みんな来てるな」

 既に大勢で食卓を囲むのが楽しくなって来ているファッロ。

「今日さあ、ギルドの馬車にいっぱいエリツェから生鮮食料品が届いてたんだけど、あれってどっかの金持ちの食卓に直行しちゃうのかなあ」

「ん?」

「広場、要チェッーク」と、娘たち。


                ◇ ◇

 百里西、エリツェの町。

 三月の最初の金曜日は、お祭りではないが、ちょっとしたお祭りだ。

 どちらか瞭然はっきりとさせろと言わないで欲しい。宗教的なお祭りではない。

 正確には、春分のある月の最初の金曜日が、此の町では「鳥と魚の日」と言って、日没前に中央広場で鳥と魚のご馳走振舞いがある。町の有力者や良家の奥様連中が集まって市民のご婦人達を饗応もてなす。


 裁判集会でするように、広場に仮設の板塀を立てて会場とするのだが、それこそ裁判集会みたいで辛気臭いという声があり、女性達のセンスで色々と飾り立ててある。

 市民といっても貴婦人に近い豪商の奥方やら普段人前に立たない深窓の令嬢やら数多あまた参加するので、警備に駆り出される市警には頭が痛い日だ。実は昨日丘の上の孤児院の慰問に来ていた伯爵御令嬢まで御城に帰らず、今日も町娘の格好で人混みに紛れていたりするのだが、それは秘密だ。修道院長の尼僧殿が院の女児らに聖歌を披露させている。主の受難を歌う美しい合唱だ。

 卓上には奥方様達がこの日の為に料理番から特訓を受けた成果が所狭しと並ぶ。鳥は兎も角、こんな内陸の町まで干物でない大量の魚が届くのも、運送業が町の基幹産業の一つであること、そして屈強な傭兵の根城である事が大きい。まぁゲルダンの野盗も魚を満載した馬車など襲撃はすまいが。

 奪っても始末に困る。


 と謂う訳で、市民の奥様連中大集会である。

 つまり旦那ら、羽根を伸ばす日だ。


 そして、御婦人連の本日の槍玉は、隣町のと或る人物であった。


                ◇ ◇

 ボニゾッリ家の手の者ふたり、寺町男坂を昇っていく。

 山猫屋の前で暫し考え込む。

「取って喰われそうだな」

 別の店に行く。

 木馬亭という。

「中に入って陥落おとされそうだ」

 入ると、曖昧宿に似つかわしくない、卑しからぬ老婦人が店番をしている。

 ちなみにマンシュラハト夫人という戦争未亡人だが、名乗る訳でも無いので知る必要もない。

「お二人かね?」

「ふたりだ」

「別々の部屋に泊まって頂きたい」

「言われなくても、そのつもりだぜ。なあ?」

 刺客馭者、そっぽを向いている。

「若くて可愛い子を呼んでくれよな」

此処ここら界隈では、そうでない者を呼ぶ方が難しいな」

「言ってくれるね」

「二階のふた部屋、夫々それぞれ好きな方に泊まるがよい。行き来はせぬように」

「はいはい」

 階段を登る。

「これが夢に見たエリツェの廓だぜ。ふはぁ」とか、心躍らせている。

 刺客馭者、彼を尻目に左の部屋に入る。


                ◇ ◇

 何処ぞのお屋敷の女中かと見える若い女、御屋敷町北の倉庫街から北門へ抜けて、北の見附に向かう。御城に向かう輜重車の最終便に間に合う。

 是の時刻からだと途中でとっぷり日が暮れるが、実家のある村に泊まるので問題ない。顔見知りの輸卒と世間話などしながら出発の定刻を待つ。


                ◇ ◇

 木馬亭に、また男が来る。

「空いてる?」

「二階は埋まっておる」

「三階かぁ、登り降りが疲れるぜ」

 と、娘がふたり入って来る。

「あちゃあ、さき越された」

 お目当てだった娘が「またねッ」と快活に挨拶して、先に階段を上がって行ってしまう。

 男、溜息ついて、

「よいしょっと」

 じじいみたいな声を出しつつ三階へ昇って行く。

 商人アルゲント、まだ三十代前半だ。


                ◇ ◇

 左側の扉には、小柄な娘が入って行く。

 刺客な馭者がぼんやりと窓の外を眺めている。

 中庭の向こう側の屋根が夕日で赤く染まっている。

 突っかい棒を外して板窓を閉じる。

 入ってきた娘を見る。

「おまえ。その髪、どうしたんだ」

「切られた」と、頭をぽんぽん叩いて答える娘。

「誰に?」

「お役人に」

「なんで?」

「捕まって」

「なんで捕まった?」

年齢とし誤魔化してたの露見ばれて捕まった」

「ぶち込まれたのか?」

「ううん、ガキが商売すんなって説教食らって頭くりくりにされた。孤児院に送り返された」

「なのにまた商売してんのか?」

「昨日で十五だから改めて鑑札もらった」

「十五か」

「孤児院で登録された日付だから、本当は先月だってもう十五だったんだよ。お役所おかしいよ」

「飯でも食いに行くか?」

「ううん、ここいらはお客さんと外出するのは禁止なんだ。怖い目に遭った子がいてさ」

「おまえが『子』って呼ぶのは、年下か?」

「みんな誤魔化してるからね」

「みんな、飯はどうしてんだ?」

「仕出し」

「じゃ、二人前とろう」

「お酒は?」

「いらん」

 娘、階下に走って行く。

 ・・妹が死んだ年齢としでやがる・・

 ぱたぱたと足音。

「頼んできたよっ」と、娘。

「実ぁ俺は仕事で願掛けしててな、いまは女を抱かねえ。飯食って朝までのんびりしよう」

「じゃあ、なんて寺町に来たの?」

「付き合いだ。ノリが悪いと仲間に嫌われるんでな」

「んじゃ、お仲間さんノリノリなんだっ」

「というか、うきうきだな」

「お隣り?」

「そうだ」

「じゃ、今ごろめろめろだね、白馬のマルテ姉さんだもん」

「有名なのか?」

「町一番だよ」

「白馬って、元気良さそうだな」

「突っ走るよ」


「明日の顔が楽しみだな」


                ◇ ◇

 百里東、プフスの町。

 商人宿で男四人が鼾かいている。

 五人目はぼんやり目をこする。

「あるえ? もう暗いわ」

 三人もにゃもにゃ言いつつ目を覚ます。最後の一人は起きる気配がない。

「飯くいに行くか」

 最後の一人を揺り起こし、夜の街に繰り出す。

「うう、見事におばちゃんばっかだなあ」

 数少ない若い娘が、ローラの部屋で油を売っていて見番に顔出ししていない。

 まあ、どちらかというとプフスの色街は飲んで騒ぐのがメインである。客はみな、割り切っている。


 そのへん予備知識の無いボルンが、なけなしの銀貨を握りしめて愕然としている。


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