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18.憂鬱な若い女中

《三月二日、昼下がり》


 北部商人の馬車、入城して倉庫街へ向かう。


 倉庫街の南端に近い西門朝市管理組合の事務所。商人オロスが組合長と交渉中。

「ほら、『朝市が終わって以降に当該区画の使用権を』って書いてある。午後とは書いて無いっしょ? 金曜日のお昼に朝市が終わって、月曜の日の出にまた朝市が立つまでの間なら、いつでも使って良いって読めるじゃ無いすか。土日の朝に使っても良いってことでしょ?」

「あんたの言い分は理解わかった。確かにそう読める。だけどなあ・・」

「契約書がそう読めるっしょ?」

「あんたが朝に区画を使って見世を開いたら、朝市になっちまわないのか?」

「そりゃ無いっすよ。組合長さんが正式に仕切ってる『朝市』のほか、プフスの朝市があるわけ無ぇっす」

「上手ぇこと言いやがって。わかった! 了解だ」

「ありゃとあーっす」

 商人オロス、粘り勝ち。


                ◇ ◇

 西門を出て遠からず、丘の上の聖ヒエロニムス修道院。

「フラ・グィレルミ、お上手ですな。まるで熟達した技術者だ」

 グィレルミ助祭、字も上手だが絵も結構上手い。

「でも、そっくりに書き写すより自在にお描きになる時が貴方らしい」

 彼を同じ修道士仲間と思っている写本制作技術者の数人、彼を囲んでは仕事ぶりを覗き込み、あれやこれや口を出すが、結局は褒める。

「然し、此の男の人相、悪人に思えませぬので御座ります」

「神の創造された世界に悪人など居らぬ。ふとした短慮や行きがかり、指示した言葉の伝え間違い。かかる摩擦が人の意図せぬ悪を生む。グィレルミ師兄は、こうお考えなのでしょう?」

「深い思想ですな」

「いやいや、買い被りで御座りまする」


 修道僧たち。皆で、関所破りの人相書を量産している。


                ◇ ◇

 ラズース峠から降りてくる街道。北に聖ヒエロニムス修道院の塔が見える。

 貧乏人ボルン、荷物を担いで東へ歩く。

 ボルンは貧乏人だが、もと村長だった老人から先に小遣いを貰っていて懐が暖かい。もう既に、町で何に使おうか考えている。

 だからボルンは、明日もきっと貧乏人である。


                ◇ ◇

 百里ほど西のエリツェの町。

 ボニゾッリ家の使用人二人、正確にはうち一人は急遽雇われた、とある分野の特殊分野の技術者。

「んじゃ折角綺麗どころで有名なエリツェの町に来たんだ、遊郭へとシケ込もう」

「あんたは結局それか」


「明日朝にギルドの大広間で落ち合って、情報屋が応募したか聞こうぜ」

「それ、今日すこし残って見届けてくべきじゃ無かったか?」

「殺し屋さん真面目だねぇ。俺たちって、仕事が上手く行かねぇ方が幸せなんじゃねえのか?」

「そりゃ本当だ。俺が真面目に働かねぇ方が、世の中の人はみんな倖せだ」

「確かに。ギルドの受付姐さんも、働いたフリして日当だけ稼ぐような不心得もんは紹介しないって言ってたけど、ダメな奴ぅ紹介して呉れた方が世の中にとっちゃ良いよな」

「勤勉な馬鹿が頑張るほど世の中悪くなるとか、偉い人が言ってたっけ」

「当たってるかもな」


 二人、繁華街の喧騒に消えて行く、


                ◇ ◇

 探索者協会の書記は受付業務をしながら、さっきの案件を思い出す。いや、雑念はいけない。仕事中はめよう。

 聞き取りを終え、求人票を作成する。これを求人掲示板に貼り出すのは明朝だ。

 然し、先の情報屋急募は急募だから、もう貼り出してある。

 若干複雑な気持ち。

 くだんの代闘者募集が公募でなかったのは知っている。

 相対あいたい契約でクイント・ソールディ氏が受注済みなのも、知っている。

 彼がもうプフス入りしているのも、知っている。

 自分はあの客を騙している。

 だって守秘義務あるんですもの! 仕方ないのですわっ! と叫びたいが、それもままならぬ。そこまで含めて守秘義務だ。

 まぁ、あのお客だって、もろばれの暗黒業界人れてて文句言われる筋合いは無いが、こっちは監視の密偵まで放って追跡させてるんで、やっぱり気に病む。

「左官屋の職人雇うくらいの日当払って貰って、さしたる負担でもないまま幕引いて頂きましょうかしら」

 求人票も、すぐ応募がない。


 ボニゾッリ家の被告というのは同情の余地が無い犯罪者で、自分も是れで女性の身ゆえ、被告は敗訴して斬首になってれが順当とか思っているのだが、これも口に出せない。こういうのを「ストレスがマッハ」と謂うのであろうか。いや、マッハ博士はいない世界だった。

 こういうとき、つい・・「男性との激しい情交で全て忘れたい!」とか想ってしまう。然し、彼は七年前の負傷で下半身不随・・。

 思わず、机をがんと叩く。


 周囲の人が、こっちを向く。


「嗚呼」と彼女、頭抱える。


                ◇ ◇

 ・・、衝立の蔭からペッペ・ポラーレが顔を出す。

 悪い予感通り、あの求人票を持っている。


 それ、貴方みたいな一流が請ける仕事じゃないですわ。見つかる情報が少ないって最初っから決まってるから日当が割高になっちゃうし。小僧さんクラスでいいの! という心の叫びを他所よそに、ペッペさん来ちゃう。

「これ、日曜昼までの短期仕事なんで、貰っていいかな?」

「それ、依頼者もダメ元で申し出てるので、基本料金の安い若手に回してあげたかった案件ですわ」

「退屈だからお願い!」

「最近物騒だから、日曜昼より前に、雷さんドンナーに依頼あるかも知れませんよ。最近は、あのチームで動くんでしょ?」

「うーん・・実は母さんの具合が悪くってさ、大型案件来ちゃったら雷ちゃんには休み貰うつもり」


 ・・うっ、断れないですわ・・


                ◇ ◇

 御屋敷町に程近い東区の、街並みが小洒落た辺り。

 一頭立て一人乗りの軽馬車がするすると入って来る。

 およそ独り歩きなどしそうに無い老夫人が降りて来て、目敏い店主が走り出てお迎えする。店主に直ぐ続いて軽馬車を奥に運ぶ者や馬鞭を恭しく受け取る者、給仕などが現われ、最敬礼しては夫々の仕事に掛かる。

 店主が案内して、テラスの席に通す。

 特別な椅子を持ってくる者や卓に花を飾る者が、一瞬早く仕事を終えている。

 店主が最敬礼して奥に下がると、入れ違いに給仕がグラスに名物の鉱泉水を注ぐ。と、すぐ何処ぞのお屋敷の女中かと見える若い女が小走りに推参して遅参を詫びている気配。

 すると着席を勧められたのか、見るからに恐縮至極という身振り。

「大奥様・・」という声が辛うじて聞き取れる。


                ◇ ◇

 ボニゾッリ家の手の者二人。まだ日も高い時刻だが歓楽街は賑やかだ。

「さて、明日まで暇だぜ。することも無い」

「することが有るんだろ?」

「有る有る。あるぜ」

「俺はすることが無いのを祈るぜ」

「自由時間なんだから、好きなこと何かてればいい」

「俺は仕事の前には酒を飲まんと決めている。強い方じゃないからな」


 酒もだが、刺客としても自分は決して強い方じゃない。だから、隙を狙って成る可く安全に仕事をして来た。酔っている奴・・女と寝ている奴・・。寝込みを襲うと、男に抱きつく女がいる。襲う方はますます有利だ。刺客の中には、そういう女を雇う奴もいるが、告げ口されたら却って危険だ。

 女に乗っかっている男の背中を刺す。そういう仕事を何年もして来たから、自分も背後が怖くてベッドでどうにも楽しめない。それと、もう一つ。女の目が気になる。俺を見付けて叫ぶ女の目が嫌だ。

 そんなこんな有って、女が嫌いなわけではないが、ついぞ色街とかに足を運ぶ気になれない。


「なあ、一緒に繰り出そうぜ。あんた、まだ若いんだろ? それともげん担いで女も抱かねえってか?」

 自分の知っている同業者は大概が若い。少しとうが立って来ると、返り討ちで死ぬ。年季の入った古豪もいるんだろうが、自分は会った事がない。

 そうだな。どうせ長生き出来る職業でもないなら、小心に生きてる甲斐もないか。

「わかった。わかった。共犯者が欲しいんだろ」

「正直、そういうこった」


                ◇ ◇

 プフスの町。

 北の商人、倉庫に荷を納め、馬を馬車屋に預け、商人宿で一息つく。

 大盥おおだらいを借りて、湯を分けて貰う。宿の小僧にやらせると借り賃のうえ手間賃も取られるから、自分らでやる。順番に丸裸になって湯をかけ合う。

「ああ、生き返ったぜ」

「もう一息入れたら色街にでも繰り出すか」

「まぁだ開いてねえし」

「んじゃあ、うつ伏せに寝ろ。腰を揉んでやる」

「ありがてえ」


「んじゃ少し昼寝して、あとで繰り出そう」


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