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17.憂鬱な依頼者

《三月二日、午後》

 プフスブルの町、ギルマスの部屋。


「え? クイントってドワーフじゃなかったのか?」

「単なるガッチリ系のずんぐりマッチョですよ」と、さも昔から知ってたかのようにクリス。

「ずっとドワーフかと思っとった」

「まさかギルマス、猫のひとのこと猫獣人だとかは思ってませんよね?」

 ミランダさん妙に絡む。

「そりゃ猫には似とらんからな」

「でも性格は若干ほんとに猫っぽいですわよ」

「何年も猫の鳴き真似して生活くらしてりゃ、そうなるかも知らん」


「ドワーフだって同じですわ。職業に合った体つきは職業が作ります。飢えた村で育った子供はゴブリンのような見た目になり、人を殺して喰う者は人食い鬼になります。髪は赤くても白くても同じ人です」

「じゃが・・そう考えると、忌み嫌ったり討伐したりする理由もできてしまうぞ」

「理由があれば良いのですわ。原因かうざに遡れない思考が不善なのです」

「お前はときどき修道士みたいなことを言うなあ」

「決闘人はみんな強いのではなくて、弱い決闘人はすぐ死んでしまうから見かけないだけです。クイントさん、宜しくお願いします」


 なにが「宜しく」なのか、よく解らない。


                ◇ ◇

 エリツェの町、ギルド協会会館。

 ボニゾッリ家の手の者二人、訪れる。

「あの奥の衝立の向こうが案件受付です。どーぞ」と、案内の小僧さん。

 また走って行ってしまう。

「徒弟に上がる前の年頃だろ。あんな子供もギルドで働いてるんだな」

「随分でっかいギルドだね」

「五十両だったら、あれ受ける猛者いるかもな」


 言われたとおり奥の受付を訪ねる。

 目蔓のお姉さんがいる。


「どの様なご依頼でしょう?」と、涼やかな声。

「情報が欲しくって」

「探索者ギルドは必要とされている探索者を、必要としているお客様にご紹介するという意味で確かに情報産業ですが、情報をお売りする者ではございません。例えばプフスブルですと、役所街に探索者ギルドがあって親方まいすたがいらして、組合員が競ってお仕事をお受けになっています。当協会は複数のギルドが会員となっている協会でございまして、こうして事務所を共有しております。ご依頼は協会の事務局が一括して受付させて頂き、各ギルド、あるいはフリーの探索技能者の皆さんに公募致します。技能者にも等級がございまして、料金にも格差がありますが、親方まいすたが直接お受けする場合も少なからず、料金も高く付きますが、仕事の質も高いと自負しております」

「はあ」

「お客様は、何をお探しですか?」

「特急で動いてくれる情報屋をお願いしたいんでさ」

「お求めになっている業務内容を詳しくお聞かせ下さい」

「あっしらはお察しのとおりプフスから参りやした、ボニゾッリ家という素封家の使用人でごぜぇます。来週の月曜に当家のお坊ちゃんが司法決闘をなさいやすんですが、訴訟相手のカプアーナ家がプフスだけでなく、このエリツェでも決闘代理人を求人かけてるって話。それで、どんな人が応募するか、情報が切実に欲しいんでさぁ。見知らぬ相手と突然決闘じゃあ負けちまいやすからね」

「求人の妨害とかは意図していないと?」

「もち。当然でさあ。それ、決闘する前に一発敗訴しちまう」


「この町で代闘者応募が無かった場合には、情報内容も薄っぺらなものになりますが、それでも成功報酬をお支払いになりますか?」

「もち。応募者ナシってなぁ一番の朗報でござんす。有ったなら、情報が多けりゃ多いほど追加報酬お支払い致しやす」

「もし公募せずに縁故者勧誘が行われていた場合には、調査はとても難度の高いご依頼となりますわ。これらを情報屋の任務遂行失敗と致しますと、情報屋として大変割の悪い条件です。此の点に就いて如何にお考えでしょう?」

「来週の月曜日が公判ってことで切迫しておりゃす。情報ナシでも失敗たぁ言いっこナシで、飯代宿代ペイできる日当を必ずお支払いするって条件じゃ如何っすか?」

「その条件なら屹度きっと応募者がいるでしょう。何もせず昼寝して日当稼ごうとかいう不心得者以外を必ずご紹介するとお約束致します」

「急な話で申し訳ねえが、報告期限は四日の正午。でないと情報聞いても本番に間に合わねえ。できれば中間報告もお願ぇ致しやす」

「急募を掛けますわ」

「重ねて宜しくお願ぇ致しやす」


 使用人、立とうとして思い直し、

「そのぅ・・」

「何か?」

「その、お鼻の上に乗っかってる・・ってえか、おでこの下にぶるがってるってぇか、それ・・何なんで?」

「是れですか? これは読書石と申す魔道具で、此れが無いとわたしは文字が読めませんの」

「フーン」

「ベルククリスタル製の透明のものは割と出回っておりますが、此の様に黒い物は確かに珍しいですわね」

「フーン」

「妾、現役の頃やんちゃを致しまして、ドラゴンブレスの光で失明しかけましたのよ。今も不自由しております」

「フーン」

「まだ十代の頃・・若気の至りですわ」

「フーン」


 ボニゾッリ家の手の者二人、辞去する。

「なあ?」

「なんでぇ?」

「さっき、トラゴンブレスって言わなかったか?」

「・・言ったな」

「言った・・」


                ◇ ◇

 貧乏人ボルン、老人の手荷物を担いでラズース峠の坂を登っていた。

 ボルンは貧乏人だが体僕でも下人でもない。貧乏な自由人である。自由だから貧乏なのだという指摘もあるが。


 昔々の野蛮な時代、身分というのは「ご主人様」か「下僕」。二つに一つだったんだそうな。ご主人様どうしは皆んな平等で、「まあ年上の言うことは尊重しましょう」くらいの序列しか無かったんだと。

 それが、家督を継ぐ長男とそれ以外の差ができて、一門で本家と分家の差ができて、一門の棟梁ばっかりが集まる寄り合いが開かれたりする様になると、棟梁とそうでない一家の主とじゃ身分の違いができてくる。「下僕」も、戦に負けた部族が加わるると「下下僕」みたいなのが出来る。

 そうしているうち、「ご主人様」の分家の分家で土地も仕事もない自由な貧乏人が、「下僕」より楽じゃない生活をする様になった。

 そしてボルンは今日、ひとさまの荷物を担いでいる。


 関所が見えてくる。

 例によって誰何される。

 老人が書類を見せる。

「うん、偽物じゃねえな。こんな底意地の悪いじじいは、そう沢山はいるまい」

「あんたみたいな可笑しな騎士も、そう沢山はるまいのう」

「甘いぜじいさん。腐る程いる」

「そう言やぁ確かに腐っとる騎士も多いのう」


「そっちの見ねえ顔は?」

「どこにでも居る貧乏人じゃ」

「ああ、確かに沢山いそうだな。証明書は?」

「これじゃ。わしが書いた」

「随分と安い証明書だな」

「そりゃ貧乏人用じゃ」

「なるほど納得だ」

「貧乏人連れて何しに街へ行くんだ?」

「沢山いて余っとるから捨てて来ようかと思ってな」

「ふん。納得いく理由を言われちまうと聞き咎められねえで困るぜ」

「あんたら一体何を話してるんだ?」と、貧乏人ボルン。

「そりゃ聞いての通り、益体やくたいも無い話じゃわい」

「納得いかねえ話だ」

「お前の納得なんぞ金にならん」

「なあ、じいさん。こいつは何故に貧乏なんだ?」

「それはの・・心が貧乏だからじゃ」

「それで本当に捨てに行くのか?」

「町の衆に苦情言われたら仕方ない。また拾って帰って来る」

「まあ、成るく苦情が出ん様にな。出たら最初に聞かされるのが俺だから」

「それなりに努力するわい」

「通ってよし」


 関所を通って峠を下る。

「酷ぇ言われようだ」

 ボルン呟く。


                ◇ ◇

 プフス北方の街道。

「あーったく強欲な侯爵様だ。『裏道税』って何だよ。街道通行税より高ぇじゃないか」

「まあ朝一の立たねえ週末が狙い目だ。割高でも売れるからな」

「昼飯食ってねえから腹が空いたな」

「あそこは兵舎の放出品があるから飯が安くて有難えぜ」

 やがてプフス外郭の門が見えて来る。


「もう昼下がりじゃねえか」

「やれやれ」



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