16.憂鬱な貧乏人
《三月二日、昼》
ラズース峠の関所。
研師コンスタンティン=フェリックスが講釈を始めている。
「刀剣は血脂に塗れて其の身を穢すために産み出され、阿鼻叫喚の最中に修羅凶賊の手で悪徳を振り撒いても尚ほ凛とお美しい物なのでございます」
「通ってよし」
「私はその身を清めるのが天職なのでございま・・」
「通ってよし」
「神々しい白刃をつい舐め回して舌を怪我することも屡々・・」
「通ってよし」
語り足りないのか、何度も未練がましく振り返りながら研師が去って行く。
「腕は良いんだろうがなあ・・」
◇ ◇
入れ違いにクリスらを乗せた馬車。
「へぇ、通行証」と、馭者。
「貴様見かけん顔だな。ちょっと尋問するか・・」
「よしてくだしゃんせ旦那、昨日の今日ですぜ」
「冗談だ」
「クリス寝ちまったから、ほら通行証」とグイ・ダ・クレスペルが渡す。
門番文官、じっと寝ているクリスの尻と書類を見比べて「うん、本人に間違いない」
「どこ見てやがんだよ」
「この尻を触っておらんとは! さては貴様、兄貴の偽物だな?」
「こいつ結構怖いんだぞ」
「だって兄貴らしくもない。このレギンスの裾の隙間を見ておらぬとは」
「え?」
「あ! これは!」と、クイント氏も身を乗り出す
三人手を合わせて拝む。
「何やってんだよ、あんたら」と、馭者。
「クイントさん久しぶりだな。暫く滞在するのか?」
「いや、週末挟んで三泊くらいしたら早々に帰る積もりだ。
「通って良いのかい?」と、馭者。
「いや、もうちょっと」
◇ ◇
エリツェの町、東門。
二人乗りの馬車にボニゾッリ家の使用人と、馭者役の男、本職は刺客。
「この町は一風変わっててな、入市税を払っただけで門に入れてくれる町じゃないんだ。この町の誰かにご招待頂かんといかん。近所の村のもんが朝市で野菜売りするにも、前もって八百屋のギルドから鑑札貰っとかんといかんのだ」
「俺たち手ぶらじゃねえか」
「これから行く探索者ギルドが唯一の例外ってわけよ。門でギルドに依頼に来たって言えば、小僧さんが来て案内してくれるって寸法だ」
「何だかお高くとまった小料理屋みてえだな。女郎屋に行きたい奴はどうすんだ」
「入れねえ」
「何だそりゃ」
「そういう場所は、ちゃんとした用事があって来た人間が仕事終えてから羽伸ばしに行くもんなんだそうだ。遊興にだけ来る様な向きはお呼びじゃねえんだとさ」
「何だか小煩ぇ町だな」
「だからみんな、次手が欲しい」
「・・つまり、てめえは用事言いつけられたのが嬉しいってわけか」
無駄話していると、火の付いてない提灯のようなものを提げた小僧がやって来る。
「お二人様、」ご案ン内ぁぁい」
「それみろ。料理屋みてえだ」
小僧が馬車の先走りを務めて、オルトロス街に向かう。
「で、どんな具合に進めるんだ?」
「だから正攻法よ。俺が目立つように振る舞う。普っ通ぅに情報屋雇って、普っ通ぅぅに代闘者の求人を追っかける」
「見つからなかったら?」
「意気消沈して女郎さんに慰めて貰いに行く。エリツェの週末ぅ堪能する。あんたは手付金丸儲けだ」
「見つかりませんように」
◇ ◇
プフスのギルド広間。
「ミランダさん、ごめんっ!」
「受けて貰えなかったの?」
「いや、連れて来たよー。人目に着かないよう、厩舎の方からコソっと入ってギルマスの部屋に向かって貰った。敵さんの代闘者の得意手とか苦手とか、土日まる二日あるから、そういう情報を集めてレクして欲しいんだ」
「任せて。で、『ごめん』って、何?」
「実はー、親類や幼馴染の村が野盗に目ぇ付けられてて、日曜の晩から手助けに行かなきゃならなくなっちった。肝心の公判の日に来られないんだ」
ミランダ、クリスをぐっとハグして頬擦りする。
「速攻で代闘者見つけて来てくれて文句言ったら罰が当たるよ。身内のピンチには駆けつけなきゃ」
「明日いっぱいは此処で頑張るから」
「疲れたでしょ。今夜はウチでゆっくりしてね」
・・ゆっくり出来るのだろうか・・
「んじゃ、荷主さんの手紙はあっしが届けてきやす」と、馭者。
「会計長、あたしの取り分、三人で分けるから」
「いよっ、お尻の嬢さんイイ女」
「うふふ、おしりの嬢さんだって」
笑うミランダに撫でられながらギルマスの部屋へ向かう。
◇ ◇
「ただいま」
ファッロ、帰ってくる。
「おひるは、おっきなソーセージととろとろやさいのスープ。もうすぐだよ」
この子には、露天商の娘が殺されちゃった話とか、人攫いが野盗にやられた話とか、そういう話はしたくないな・・と思うファッロ。楽しい話だけ聞かせてあげたいと思いながら、横顔をじっと見る。
「やっぱり笑顔がいい」
「え? なに?」
「何でもないよ」
◇ ◇
ラマティの村。
関所破りが出たとかで。一時は騒然としたが、動転した村人がしゃがみ込んで笊を頭に被ったりとか意味のない行動をしているうち、それらしい男たちは街道をずんずん西へ進んで通り過ぎて行った。
村長が関所の兵隊六人連れて帰って来た。週明けまで向こう二、三日は村境を見回ってくれるそうだ。旅芸人一座の怪談劇ですっかり迷信深くなってしまった村人たち、おっかなびっくりなので有難い。
村長が来る。
人攫いはあの七人組で間違いないと思うんだけど、十里塚の脇で丸裸に剥かれて死んでいたよ。なのに服は放り出して捨ててあった、
「持ち物を改めたんじゃろうなあ」
「子供はいなかった。もう人買いに渡したんだろうって思ってた」
「野盗ども、女は攫っても子供なんぞ要らんじゃろからのう」
「ところが、プフスで出た人買いは後から関所破ってやって来た」
「子供を連れて行ったのは誰じゃ?」
「人買いが何組もいるんだろうか?」
「いる勘定になるわのう・・」
「やっぱり町で噂でも聞いて来ようかな」
「それもええが、こう物騒続きでは村長のお前がおらんと村の者が浮き足立つじゃろ」
「それだよなあ」
「お前は少し間を置いてエリツェに行ってみい。わしはこれからプフスに行ってみる」
「親父ひとりで大丈夫か?」
「腕っ節の強い者は村に必要じゃ。いちばん要らんやつ一人連れてくわい」
「要らんやつ?」
「ボルンに小遣い少し渡しゃ喜んで付いて来るわい」
村外れの草地に小屋建てて入会地で働いて手間賃稼いでいる貧乏人である。
「じゃ、ちょいと遊んで来るかいの」
「親父・・遊ぶ気か・・」
◇ ◇
ギルマスの部屋。
「久しぶりじゃな、クイント。エリツェに舞い戻っとったとは知らなんだ」
「コンラッド親父も元気そうじゃないか」
「まずまずじゃ」
「風の噂に男爵の位を剥奪されたと聞いて、何時かそうなるんじゃないかと、ずっと心配してたんだが、何やらかしたんだ?」
「何処でそんな噂が流れたんじゃ! 息子に跡目譲って隠居したから元男爵なんだわい。何も悪いことしとらんぞ」
「そうなのかあ?」
露骨に疑うクイント。
「わしも家督なんぞ嗣ぐ目は無いと思ってギルドで遊び人やっとったから、戦争で兄貴どもが全滅して慌てた。貴族のしきたりなんぞ何も知らんじゃったからな。悪評も立ったし、爵位剥奪される紙一重まで行ったのは否定せん。しかし昔馴染みをそういう目で見とったんか!」
「それより対戦者情報くれよ」
「わしギルマスちゅうても、隠居して軍務が暇んなったんで舞い戻った世話人みたいなもんじゃ。実務は此のミランダが仕切っとる。のう? お膳立てはできとるんじゃろ?」
「ええ.棒の経験者に声を掛けてあります。今夜にも引き合わせますわ」
「まあ、こいつの腕前なら心配ない。じゃが・・」
「何ですの?」
「ドワーフでも良かったんだっけ?」