11.組合長殿大いに語りまするの事
「……ガルデリ家?」
「伯爵家とガルデリ家は、この嶺南地方の二大勢力でね。元はどっちも同格の伯爵だったんだけど抗争が絶えなくて、ひどいときは内戦そのものだったらしい。最後の時の手打ちでガルデリが今の伯爵の叔父さん殺った贖罪にと、自ら子爵へと格落ちしたんだ」
「……詫びを入れた形ですか」
「喧嘩じゃ勝ったのに政治力で負けた感じね。それで両家は婚姻で結ばれて、上手く立ち回った伯爵家が嶺南のすべてを支配下に入れる寸前ってタイミングさ。もともと外様で実力より低い家格に抑えられてる両家が合併すれば、下手な大公凌ぎかねない勢力だよ。一方の伯爵家はこの世の春到来かって。まあ明暗の分かれた時期だった」
「……婚姻とは、もしや? ……侍女さんがガルデリ家の人ということは?」
「ガルデリさん相当カリカリ来てますかねッ」
「来てた来てた! 殴り合いの喧嘩なら勝ってるのに、何故か言葉の駆け引きで無条件降伏させられるよな理不尽に、怒りがじわじわ鬱積、不満がもわもわ渦巻いてる。まさにその渦中の出来事だよ。部屋中にナフサ火炮のアイテルが充満してるようなこのヤバさ、わかるかな?」
「それ、攻撃魔法ッ?」
「……希臘火みたいなものですよ」
「妾たちの知らない世代の裏話ですわね」
「ううむ」
「もちろん、原告もいない呪詛事件の裁判なんて無いからね。そうじゃなくって、呪詛呪詛騒いでる連中を風俗潰乱罪でお縄にして黙らせたいわけ。『密告を証拠に起訴して自分で判決出しちゃう頭のおかしな連中』が寄って来る前に特急でね」
「もごもご(この人も審問官のこと相当嫌ってらっしゃるッ!)」
「だから情報が欲しかったんだけど下手にはガルデリと接触できない」
「……火が着いたら……」
「バーンだもんね。対応ひとつ間違って、せっかく矛を納めたガルデリ党がまた蹶起とかしちゃったら、もう確実に市が消し飛ぶって、もう最悪なタイミングだったんだよ」
「……すごくややこしい……事件だったわけですね」
「まあ、タレコミ自体が『その辺の闇』の内部抗争なの見え見えだったしね。正面から争ったら決闘で挽肉にされる側が、火種を搦手に押し込んで来たのさ。『ガルデリからお輿入れした世子夫人の侍女が世子の愛人を呪詛した容疑』とか、そんな蜂の巣つついたら内戦勃発でしょ」
「そ、それは侍女殿の御身分とかいう騒ぎではない、致命的な危機ですわね」
「……これに異端審問とかが絡んだら」
「わざと絡めて敗勢側、自暴自棄の自爆テロする気かなって、当時の僕は疑ってたね」
「ううむ」
「……タレコミしてる連中も扱い難そう……」
「でも急いで調べなきゃ。で、貴族相手の取調べなら同等身分者がやらなきゃ決闘申し込まれても可訝しくないくらいの侮辱になる。ところが、お姉さんの同等身分者って市庁舎にたった一人でね、市長血尿出た」
「それは出ますわね」
「貴族って、そんな『決闘!』『決闘!』って騒げばゴリ押し通じちゃうわけッ?」
「世の中そんな不公平有っちゃイカンでしょ。『貴族が平民に決闘申し込みたかったら平民の服着て平民の作法で決闘しろ』って縛りの慣習法が有るのさ。貴族は恥ずかしくって、そんな決闘しないよ。正気失うほど怒ってなきゃね」
「それなら安心か〜」
「甘い甘い。だから世間ズレしたお貴族さまメイドに手を付けちゃあ、庶子を戸籍だけ召使の子とか届けて飼ってるのさ。噛み付かせる猛犬としてね。ちゃっかり代父とかの縁組んどいて代闘者できる様にしとく」
「きったねー! 貴族って、きったねーッ!」
「……その子が噛み付くべき相手は、父親では?」
「婚外子は無権利者だ。下僕身分の方がマシなんだよ。彼が噛み付くべき相手ならば、そんな社会だね」
「……あの、同等身分者というのが能く解らないのですが、騎士出自身分の方は市職員にも何人も御在なのですよね? 侍女さんの同等身分者が市庁舎では市長お一人だけというのは?」
「ああ、これって町方の職員でも間違える人寡なく無いんだけどね。封建身分の大枠は、大公公侯に辺境伯あたりが『列侯』という枠、伯子男が『自由領主』という枠なのさ。男爵とヒラ騎士の間にも、また越えられない壁があるんだよ」
「ヒラ騎士と浪人はッ?」
「浪人は、どっか主君とこに就職できれば即『騎士』だから同じ枠だね」
「それでッ! 血尿の出た市長様は?」
「今の市長のパパね。男爵さんだよ。そしてこの町の判官様。傭兵上がりの庶民的なひとでね、この町に天下りでやってきた伯爵の家臣にしちゃ、もう画期的なくらい皆によく溶け込んで人気のあった市長さんだった」
「……同じ枠の伯爵に男爵が家臣なのですか?」
「うん! よく気づいたね。伯爵は外様大名なせいで公式の席で名乗れる家格を一段下げられてるけど、封建身分上は国王から旗を賜った『列侯』なんだ。だから自由領主を家臣にできるのさ」
「それで市長が、血尿出ちゃったと?」
「だって相手は同じ男爵とはいえ、若殿様夫人の又従姉妹だもん。ってより、ガルデリ次期当主の乳姉妹ってったら、出るよね」
「出ますわね」
「そう! そこで僕登場。ガルデリ血縁者の若い男性市民って当時二人しか居なくて、うち一人が現役警吏なわけでしょ? 市長に此の町の命運を託されちゃったのさ。当時若干二十一歳、僕の華麗なヒーロー人生の始まりだった」
「血筋だけやんかッ」
「それで伯爵家に出向して『一時帰宅逼塞中の侍女さん専属警護官、兼お話相手』って形でガルデリ谷に行っんだ。お姉さん、亡くなった貴人のことですっごく落ち込んでてさ。もう自殺しちゃうかってくらい。でも本来気丈な人なのは解ったし、いろいろ話し相手になってあげたのさ。取り調べ? うん、そうは見えない取り調べだよ」
「……伯爵夫人の筆頭侍女……さん、ですよね?」
「この人、警官として優秀だったんですかねッ?」
「少なくともぉ、ギルド長としては優秀じゃないでぇーす」
横から口はさむ人もいる。
「……シロだと確信していたのに、釈放はしなかったのですね」
「釈放っていうか『自主謹慎終了のお勧め』ね。んまぁ僕も素人じゃないしねぇ、彼女がただの侍女じゃないことくらい、すぐ判ったさ。だから興奮が収まる迄は自室待機してて貰ったよ。二次災害みたいな事件起こされても困るもんね。警護って名目で次の間に長期逗留させてもらって、ちょとしたハネムーン気分だったな。
僕? 実家の近くなんだけどさ、せっかくだもん」
「……ただの侍女じゃない?」
「凄腕ボディガードだね。全盛期のぼくが戦って勝てる気がしない」
「そんな、ですの」
「まあ今は引退して、静かで可愛いお婆ちゃん侍女になってんじゃないの?」
「若しか、妾・・お見かけしたこと有るかも知れませんわ。伯爵家の姫さまがお忍びで町に見えるとき、必ず少し離れた所に姿のある御婦人。姫さまが護衛も連れずにお出ましになるから市内では当協会が然りげ無く護衛を付けていたのですが、其んな方が御在なら無用でしたかしら」
「なぁぁぁんだぁ、時々町に来てるのかぁ。ぼくに会いに来てくれないの寂しいなあ。あのスイートな日々、覚えててくれてる筈なのに」
「官費でお気楽旅行気分でしたかッ」
「アルくん、そこ突っ込まない。ギルマスさん、時系列を追って……推移の説明をお願いします」
かなり情けない愕然とした表情で「ニトくんに叱られたッ!」
「君って警官? 結構デキそうだね。アランちゃんのサポート宜しくね。うーん、どっから話すか」
「月初からで……」
「最初のタレコミが九夜。十六夜からダークエルフの件タレコミ。その後もしつこくタレコミタレコミ、怪しいでしょ? 一見して、もうこれ完全に『こいつら嗅ぎ回ってるから拘束しろ』って真犯人側からの催促だもん。ばかだよね。逆に『彼らの立ち回り先をしっかり洗え』って教えてくれてるようなもんだ」
「……泳がせた……と」
「でも侍女のお姉さん全然網にかかんないし。御城にいたんじゃ当然だけどね。ダークエルフくんの方も、足取り追ってた同僚警吏はじめ疑ってけど、あっさり被害者家族が雇った調査人だって結論出してたなぁ」
「では、箱馬車の……家紋の件は?」
一瞬言い淀んで、
「あれなぁ、目撃者こっちが接触する前に消されちゃったか市外に逃げたか。痛恨だね」
「記録には殺されたとありましたわ」
「んー、それが市警の駆け付けた時は死体が消えちゃっててさ。現場の大量血痕から『故殺』って公式見解、真相は灰色。まぁ真犯人側の襲撃に遭ったのは間違いない」
「ダークエルフの……せいですか?」
「ぎくぎくッ」
「依頼者に入れた中間報告が家族の口からポロリ漏れちゃった、とかだな。まあ証人保護なんて市警くらいの組織でもないと無理さ。でも痛い手落ちだけど。そこは調査の仕事請けたプロとしちゃ気配りが足りてないね。」
何故か涙目のアルくん。
「協会通してなかったみたいだし、別ルートで雇った護衛さんとかが素人仕事しちゃったのかもね。あ、『うち』ってここ。このギルドね。今は僕、ここの人」
「……せめて、落ち延びて生きてて欲しいですね」
「エルフくん逮捕しちゃったのが月末だったかな。もっと泳いで欲しかったけど、一般市民から通報来ちゃ風俗潰乱罪で現行犯逮捕せざるを得ないもん、しょうがないよね。別件で忙しかった時期だし担当外なんで、これはよく覚えてない」
「……男だからですね……」
「男だって、君みたいな可愛い子だったら絶対覚えてるさ。このあと二人で飲みに行かない? 静かな場所だと、もっと色んなこと思い出すかも」
「市警にぃ、通報しますかぁ?」
「ははは、ちなみに男色セクハラは風俗潰乱罪の亜種として市警が例外的に罰金刑以上で略式判決出せる数少ない罪状だな。お尻に大根を刺す公開処刑*だ」
*尻大根:この刑は実在する。生命に危険はない
「……性差別……」
「ニトくんそっち方面理解ある系の人ッ?」
「うむ、出自の土地柄だろう。男女平等の伝統がある土地はそんな珍しくない。ガルデリも領主が女性だったぞ」
「んじゃニトくん、きみ、明朝までに誰かと熱烈キッスしないと世界が滅ぶって神託が降りたら、誰を相手に選ぶッ?」
「『世界が滅ぶ』を……選びます」
……済みません。本当はイーダさんです……
酒の尽きない晩餐であった。
「てっきり『アランさん』って言うかと思ってた。初対面のときドラスレさんの筋肉見る目線熱アツだったじゃないですかね?」
「……それは……純粋に、凄いなって……」
……話題を変える必要に迫られた。
「……ダークエルフ、どんな人でした?」
「僕、担当じゃなかったから色々すれ違って顔も見てないけど、あれもシロだね」
「……なぜシロだと?」
「聞いたかんじ、ばかっぽくてさ」「(むっかーッ!)」
「……ギルド長さんの好みでは、なかったと」
「いや、だから顔見てないし」
「それで新月の夜、ホントに事件が起きちゃって大騒ぎ。侍女さんの任意聴取は三日月の夜だったなあ。逼塞先のガルデリ家別邸まで伺ってね、あの夜は月が綺麗だった。僕、記憶力凄いでしょ。『さすがギルマス!』って思う?」
「……みんな月齢で覚えているのですね」
「月が綺麗な夜のことは、いつまでも覚えているよ。いろんな恋をして来たなあ」
「……続けて下さい」
「十六夜の日が春分節後の最初の満月でね、翌日曜が春迎えのお祭りさ。遅ればせながら姫様誕生のお披露目だった。ご生誕は朔日だったんだけど、不幸のあった日だから十七夜にお祝いしたんだ」
「恩赦の日ですね」
「そう。彼女とは、それっきり逢ってない。元気かな」
「この人の話、もうよくないッ?」
「……もう一つだけ。逮捕されたダークエルフさんの取調について」「ふんぬッ」
「それは正直よくわからない。少なくとも三日間は同じ庁舎内にいた訳だけどさ、月末月初は忙しかったし、二日にはガルデリ谷に出発しちゃってた。しかも彼を担当してた同僚が死んじゃってさ。調書も未整理メモしか無かった。捜査先から帰って来て早退して寝込んで数日、悪性の腸のカタルでポックリね。倒れたのは誕生祭も近い十三夜だって。僕は十七夜までお姉さんと居たから、帰ってきて辛うじて死に目に会えた。もう話とか聞けない状態だったけど」
「それって……」
「んまあ怪しいよね。でもダークエルフくん此れもシロだよ拘留中だもん。当然お姉さんもね。しかし織物問屋はじめ、彼が捜査中だった立ち回り先を追跡調査で可成りしつこく嗅ぎ回った僕は至って元気さ」
「織物問屋って……強殺事件のですか?」
「ふむ、やはり絡んでいたか」
「……あなたのことは誰も殺そうとしない気がします」
「愛されるタイプだもんね」
「……男には?」
「憎まれてるなあ。あれ?」
「ギルド長って人間性も管理能力もゴミ以下ですけどぉ、戦闘力は超だから、たぶん毒盛られても効いてないし本人気付いてもいないですぅ」と、また口出す人がいる。
「はぁ……私も飲んでいいですか? ワインがいいです」
:扨て、昔話は続きまするが、いま且く下文の分解をお聴き下さいませ。