15.憂鬱な代闘者
《三月二日、午前》
「いたた」
「よく誰も死ななかったねッ」
「このくらい実力差があると、手加減もし易いんだろうさ」
「騎士のプライドもありゃしませんね・・」
「そんなもん、元々ありゃしないさ。俺は文官だぞ」
「前々から聞きたかったんだけど、旦那って騎士なのに、なんで下っ端兵士の服着てんの?」
「実際下っ端だからに決まってんだろ。外様騎士な上、腕前だって伯爵家譜代の脳筋軍団と比べられたら足元にも及びゃしねえ。騎士らしい格好してたら周囲の目が冷てぇんだよ」
「さっき、結構強かったじゃんッ!」
「どこが! 手も足も出なかった」
「あいつは特別だよ。こないだ俺の矢を短剣で抜き打ちに撃ち落とした奴だ」
「それじゃ、よく生きてたと褒めてくれ」
「レンツォ! よく生きておったわ」
「あ、男爵・・」
城の方から義足で杖をついた初老の貴族が急いで歩いて来る。
「猫屋、会うの初めてだったな。上司のウーゼル男爵だ」
「あ・どもッ。通報しないで良いんですか?」
「此処から西は暫く一本道じゃ。早馬なんぞ出したら途中でとっ捕まるわ。折角連中手加減して呉れたのに台無しじゃ。儂にはお役目より部下の命が大事じゃわい」
「いい上司じゃん!」
見ると騎士ロレンツォ、画帖にさらさらと達者な似顔絵を描いている。
「うまッ!」
「此奴の能力じゃ。見たものを忘れん」
「もしかして、この能力でカンニングして文官試験通ったの?」
「カンニングいうな」
「ラマティの村長よ! 兵隊五、六人連れて行って歩哨に使え。見ての通りの体たらくじゃが、居らんよりは勝じゃろう。村人が逃げる時間くらい稼げる」
と、そこへまた旅人が来て、ロレンツォが対応する。
「ボニゾッリ家の使いでエリツェのギルドに依頼事です。こちらが身分証。連れは当家の馭者一人」
「依頼ごと? どうしてプフス市民がプフス以外の町で?」
「はい、当家は来週に司法決闘を控えておりまして、対戦相手のカプアーナ家がエリツェで代闘者を募集しているとのこと。それで対戦者の力量を探る情報屋を急いで雇わねば為らなく化ったのでございます」
「司法決闘か。そりゃ大変だな」
「当家存亡の危機でございますれば」
「通ってよし」
ロレンツォ戻って来て、
「あの馭者っての、裏社会の奴だな。まあ民事不介入だ。なんか問題起こして来たら帰りに捕まえよう」
また、さらさら似顔を描いている。
「な? 猫屋とやら。ロレンツォって便利な男じゃろ?」
◇ ◇
「とほほ、せっかく馬を返しに行ったのにぃッ! また借りて来ちゃった。どうしよう。またマルロオさんに預けないとッ。・・どうしよう今月の食費・・」
実はこの間の誘拐被害者救出、単なる迷子探しと思って、迷い猫探しくらいの手間賃で引き受けてしまっていた猫のひと。
ギルドに戻ってみると、ファッロが居る。
深刻そうな面持ち。
ミランダ姐さんが言いにくそうに口を開く。
「露天商の娘さんと、あと二人。昨夜殺されてたわ。緘口令出てるから秘密絶対厳守でお願い」
皆が皆、暗澹たる表情。
「・・こっちも情報。例の人買い十三人組、峠の番兵蹴散らして伯爵領に押し通った。馬鹿みたいに強かった」
「どういうこと?」
「これ、人相書。もらって来た」
「ギルマス!」
「うん、治安部にすぐ届ける。誰か写本を作れる技術屋を頼む」
「そういう職人は登録がありませんわ」
「じゃ、わしに心当たりがあるから、少し預かるぞ。今のうち皆、目に焼き付けておけ」
「あのう・・」と猫のひと。
「あいつら関所破りするとき明かに手加減してて、守備兵に死者はおろか重傷者も出てないんだよッ。子供殺して逃げてる奴とイメージ重ならないんだけど・・」
「でも、丁寧にお弔いしてあったそうよ」
「そうかあ・・」
ギルマス、人相書持って修道院に向かう。
◇ ◇
ラマティ街道、馬車の中。
荷物の隙間にクリスとクイント氏。グイ・ダ・クレスペルは馭者の横。
「ちっと荷物積み過ぎじゃねぇのか?」
「クイントさん隠れ易いかと思って。こっちの情報出すのはギリギリの時まで抑えたいから」
「嘘つけ! クリスが欲乾いたんだろ。なんせ契約金の半分が取り分だからな」
グイが喝破する。
「お相伴に与りたいっすねえ」と、馭者。
「なあ、対戦相手の決闘人、情報聞かせてくれないか?」
「かなり強いよ」
「かなり強いな」
「そんだけか・・」
「すいません」
「速攻型か持久戦型かとか、得意手が何だとか、なんか無ぃんか?」
「なんせ戦ってるとこ見たことないからなあ。知ってることって言えば、ギルドで多分一番強かったモルトが直ぐ死体で帰ってきたくらいでさあ」
「素人が決闘人と戦わされる場合、日没まで逃げ回れば推定無罪で逃げられるんだから、決闘人の方は速攻型が多いと思うけどなー」
「一般論くらい知ってらあ」
「ごめんね。プフスのギルドの組合員みんな司法決闘には興味が無かったというかー、反感持ってたというかー、苦手意識ばっかりで情報持ってないのよ。着いたらお役人筋から聞かせてもらうわ。まずセコンド経験者ね」
「頼むぜぇ」
◇ ◇
やはりラマティ街道、馬車の中。
こちらはエリツェに向かう馬車。
「正直言って、相手がどこの誰かも聞かされねえまま仕事受ける暗殺者なんて滅多にいねえぜ。すぐ死ぬから業界に長くは居ねえ青二才か、よっぽど自信過剰ですぐ死ぬ阿呆な腕利きか・・ああ嫌だ嫌だ」
「すまん」
「兎も角、相手が誰か早く決めてくれ」
「俺が相手を見付けられなければ、あんたは手付けだけ貰って安全な儲けなのだろう?」
「それが一番有難いな。あんたが仕事そっちのけでエリツェの遊郭に入り浸って遊び呆けてくれたら、どんなにか俺は幸せだ」
「まあ、そうも行かないが」
「行かないか・・」
◇ ◇
エリツェの町。北区の法地に建ち並ぶ荒屋のひとつ。
修道士のような格好をした修道士でも何でもない男ニコロ・ベレンゲリオ肥満の極致の様な巨体が、かわいそうな感じの椅子の上にアンバランスに乗っている。
「もう三月二日なのに、集まりが遅いわ。明日は儀式を行う日なのに」
「俺に言われても困る」と殺し屋のラサルテス。「そっちの方の仕事には一切タッチしてねえんだから」
「貴方に言ってるんじゃないわ」
「俺とあんた、ここには二人しかいないんだが」
「だから、貴方に言ってるんじゃないわ。そう言ったでしょ」
・・このおっさん、わけわからねえ・・
殺し屋は会話するのを止めた。
◇ ◇
エリツェの御屋敷町。
花園の中の東屋。
景色がいい。
以前は南の沃野も一望出来たのだが、近隣の建物の背が高くなってしまった。
昔はこの庭園で従兄弟や姪と遊んだなぁとか思い出す。
「あら、ぷーちゃん来てたの。どうしましょ。お昼食べてくでしょ?」
「叔母さん、お寝坊さんだなあ」
「年寄りじゃないもの」
「うそつけ」
おっとりした感じの背の高い老女。髪が真っ黒なので十年以上は若く見える。
市長閣下の御母堂だが、先代市長の印象が強いのか、皆がまだ市長夫人と呼ぶ大刀自様が現れて、プロキシモ・ガルデリーニの向かいに座る。
「なんかまた頼み事?」
「ははは、叔母さんには敵わないなあ」
◇ ◇
峠の関所。
また旅人が来る。
「研師さんか。納品恙無く完了したか」と、下っ端姿の騎士レンツォ。
「はい。次は御城に伺って仕事です」
改めた書類を返して「わざわざ隣町の研師に出すたあ、あんた随分と評判の職人さんなんだな」と、騎士。
「それはもう、自慢してよければ半日でも口上を語ります」
「南の出身?」
「ラーテンロットで王室御用達でした」
「あそこか。さぞやいっぱい研いだんだろうな」
「血刀を綺麗にしてやるのが無上の悦びなのでございます」
「刀とは美しいものでございますから」
研師コンスタンティンが目を細める。