10.憂鬱な村長
《三月朔、日暮れ迫る頃》
真っ赤な西陽に向かって走る。
七人の破落戸が走る。
「ちきしょう、どこまで一本道なんだ」
「馬で追って来られたら一堪りもねえぜ」
「そんなこと言ったって、道を逸れたら十歩歩くのも一苦労だぞ。早く追い付かれるのが関の山だ」
「兎に角少しでも村から離れて、馬の蹄の音がしたら仕方ねえ、脇に身を隠そう」
「隠そうったって、行けども行けども休耕地か荒れ地か・・見晴らし良すぎだ」
「あそこに小屋があるじゃねえか」
「ありゃあ街道の十里塚だ。やっと村から十里逃げて来たんだ」
「渇えた。水場はねえのか?」
「有るわきゃ無え! 村からたった十里だ。精々が真夏日の炎天下を行く旅人の一息入れる日陰だけだろ」
小屋に近づくと、物陰から弩の矢が飛んで来て二人斃れる。残り五人。
小屋の向こうから六騎。抜刀している。
逃げようとするが、逃げられない。
背中から斬られて次々皆な死ぬ。
下馬した男たち、七人組の懐を探る。
「おお、持ってる持ってる。たんまり持ってる」
息の有った最後の一人の喉を切りながら、男が言う。「聞いた通りだ」
「しけた格好して、随分持ってやがるなあ」
「外道の極みを極めつつ稼ぎ回った金だとさ」
「んじゃ、俺らが殺して上前刎ねるのは正義だな」
物陰から弩を下げた男たちも出て来る。六騎が相乗りに乗せて走り去る。
人気が失せると、また物陰から農夫姿の大男。抛り散らされた七人の遺骸を改めて、止刀損ねを一人始末すると、また物陰に消える。
◇ ◇
ラマティ村。
騒然としている。
「何が・・あったんだ!」と、言いつつ何となく見当が付いているファッロ。
敦圉立つ男たち、泣いている女。
麦わら帽の村長はまだ若い屈強そうな男だ。顔のよく似た男が馬を引いて来る。
「日没前に捕まえねぇと俺に裁判権が無ぇ。急ぐぞ!」
帯剣した村人が五、六人。あとは長柄武器になりそうな農具を手に手に総勢十騎余り。駆け出して行く。
いかにも息子に村長を譲りましたという顔の老人が来る。息子に譲った顔というのが有るわけない。さっきの若村長がそのまま老けた顔のことである。
「エリツェに向かう旅芸人一座なんすが・・芝居観てもらえる空気じゃないっすね。今夜村外れの草地に馬車停めてようがすか?」
「どうぞどうぞ。稼げのうて気の毒したのう」
ファッロ進み出て、
「町で子供四、五人か攫われて、三人は取り戻しました。人攫いはごろつき七人組で、すぐ人買いに渡して身軽になっちゃあ、次の犯行へと繰り返してます」
「村の女らが見咎めたのと、同じ連中くさいのう。しかし人買いにすぐ渡しちまうのだとは、こりゃ大層厄介じゃ。何より子供を探さんと。連中ばかり捕まえても奴らの仕業だちゅう証拠が出せん。人買いとはどんな連中じゃ?」
「プフスでお役人が追ってます」
「こっちに来ておらねば良いのじゃが」
其処へ東から戞々と馬蹄の響き。
◇ ◇
プフスのギルド。
ギルマス難しい顔して帰ってきて、奥の部屋でミランダ先輩と打ち合わせ。
厩番を引き受けたマルロオさんに日当と夕食を届けに行く。番人仕事を発注したんだから呼び出すわけに行かないものね。
厩板の詰所は厩舎の戸口。
箱みたいな椅子を畳むと狭い寝床になる。
「お、受付ねえちゃん飯持ってきてくれたのか有難とよ」
一人前用の陶器ポットにスープを入れて堅パンで蓋した弁当風だ。
「なあ。ここは兵舎の隣だし治安は滅法良いけどよ、自前の夜警がいねえのは不用心なんじゃねえの?」
「そうですよねえ、若い美人の女の子だって住んでるのにねえ」
「そうだな。ミランダ姐さん若いっていやあ若いもんなあ」
「もう一人いるでしょ、正真正銘若い娘さんが」
「いやそっちは十人並だ」
「色街だったら一等美人よ」
「あそこの四人はもっと若い」
二人して笑う。
トリンクハウスに戻ると、見慣れない顔が求人掲示板を覗いている。
「なにかお探しですかあ?」
「いえ、カプアーナのお嬢様の代闘者がまだ決まらないものか気になりまして・・もと使用人として・・」
「『安心して下さい』と言える感じでもないけれど、エリツェに使いの人が行きました。あっちは腕利き傭兵とかいっぱい居るじゃないですか。この町は兵隊さんたくさん居て、腕っ節第一のお仕事少ないでしょ? だから、あっちの町に稼ぎに行って住んでる荒事師も必然いるって」
「見つかると良いのですが」
「見つかりますよ」
男、お辞儀して去って行く。
「おいおい、喋っちまったのかい」と、会計長。
「え! いけませんでしたあ?」
「だーから、被告側だって情報集めするだろ?」
「あ!」
「いいんだよ、お前さんの対応で。結果オーライだ」
「え?」
「尾行つけた」
◇ ◇
エリツェの町。
西区、フィエスコ館。
「たらひまー、疲れた。あれ、お客さん?」
「クリスちーん!」
「あー、エステルちん。久しぶり! 叔父さんも!」
正確には法医してる叔父の従兄弟だから叔父ではないが、フィエスコ一族最後の生き残りの一人だ。一人娘が嫁いでしまったから、フィエスコ村のフィエスコは彼で終わりだ。
「今日はクリスちゃんにお願いで来たんだ」とラスト・フィエスコ。いや、名前ではない。
「こいつの嫁ぎ先が危ないんだ」
「もしかして野盗団に狙われたっぽい?」
「ああ」
「先週もリッピの館が皆殺しになった話は知っての通りだ」
「酷かったらしいね」と、リンダ叔母さん。
「ちらちらと偵察の騎兵が彷徨いている」
実はリッピを挟んで反対側のベラスコが大枚叩いて超一流を雇った話は聞こえて来てる。これを言っても不安にさせるだけだ。
「婿殿率いる民兵隊が過労と不安で最悪の状態なんだ。ある意味、そっちの爆発の方が怖かったりする」
領民が反乱起こしたら野盗どこじゃない最悪だよね。エステルちんの顔が青い。
「来週の水曜に傭兵来るんだ。日曜から三日間だけでいい。夜の見張りを引き受けてやって与れないか! 睡眠不足が危機的なんだ」
「日曜からでいいの?」
「土曜までワッチは雇ってある。が、正直もう資金的に限界でな」
「それ、叔父さんが支援してるわけ?」
「水曜からの傭兵もだ」
「婿さんの家は?」
「民兵に駆り出してる領民の生活補償で破産寸前だ」
「うわあああ」
ベラスコ側が守りガンガン固めちゃってたら、婿さんち側が襲われる公算大じゃないのさ・・
この家買うとき、叔父さんには世話んなってんだよね。エステルちん幼い頃の仲良しだし。
「叔父さん・・」
「だめか?」
「あたし一人じゃキツイからー、一人だけ斥候職雇って下さい。ヒト種に拘泥らなきゃ優秀なのが格安で雇えます。その点、村の人説得して貰えたら日曜から行きます」
「わかった。力を尽くす」
・・これ、断れないよー。ミランダさん、ごめん。公判行けないけど、段取りは万全期すから。
お詫びに夜のご奉仕さえ辞さぬと誓うクリスであった。
◇ ◇
「んちわあ」
「あら、グイじゃん。一杯やってく?」
「いいんすかあ?」
「叔父さん、叔母さん。こいつ、落第騎士グイ・ダ・クレスペーレ」
「だめじゃ、クリス。其奴、尻の悪霊に憑かれておる」
「あ、一目でわかる?」
「あたしのお尻だってクリスちんに負けてないですよーだ」
なんか目先の問題が解決したフィエスコ一族が変な盛り上がり方をしている。
「グイ、こっち来たってことは、今夜繰り出すのは寺町じゃなくって西町の方?」
「うむ、若者よ! そういう事なら、わし秘蔵の薬酒を飲んでいけ。目眩く戦場を謳歌せよ」
・・やべえ感じだから一杯だけ馳走になって早々に出かけよう・・
「んじゃ、明日ギルドで」
グイ、逃げる。
◇ ◇
ラマティ街道。
麦わら帽のルイジ・ダ・ラマティ
路上に散乱する死体のごろつき七人を見る。はっと絶句。