9.憂鬱な犯人
《三月朔、申の刻を回った頃》
ラズース峠を越えたラマティ街道の入り口。
馬車の中。
「俺ら気のいい旅芸人だ。あんた突然乗せてお呉れと言ってきたから言われる尽に馬車に乗っけてやったのよ。何処まで行く気か知らないが、ヒョイと出立てきた軽装だ。陽のあるうちに帰るんだろう? 俺ら流れの余所者だ。ほんとか如何か知らないが次の村まで十里無ぇ。歩って帰れば半刻だ。馬車に乗ったらその半分。其の間に語って進ぜやしょう」と芝居口調。
「ヨッ! 春駒屋!」
団員呆れて観ている。
「おいらぁ陰気な北国生まれ、そんなおいらが餓鬼の頃、身の毛も弥立つ怪談を夜の静寂間に聞かされて、便所に行けず泣いたのよ」
「イヨッ! 小便小僧!」
「俺らがこれから向かうのは人に知られたエリツェの町よ。人も賑わうエリツェの町で、この怪談は有ったのよ」
「面白ぇけど掻い摘んでくれ時間も無ぇ」
「ああ、それでだな人攫いの話よ」
「人攫いだと!」
「まぁ、旅芸人の芝居なんてなぁ大体ニュースやゴシップ譚ぃ自在に尾鰭つけて作るもんよ。そういう積もりで割り引いて聞いておくれ。昔エリツェで十二歳ン成らねえ子供ばっかりの人攫いがあった」
「子供ばっかり!」
「十二歳未満の子供ばっかり、な」
「一体全体そんなこと、なんのために?」
「悪魔を呼び出す儀式だよ」
「悪魔!」
「悪魔の生贄に子供を捧げたんだと」
「子供を!」
「十二歳にならねえ子供を二十四人、生贄に捧げたんだと」
「子供を二十四人!」
「子供を二十四人、それが丁度二十四年前なんだと」
「俺が生まれるちょっと前か・・」
「え! あんた、そんな若かったんかい!」
「そんな老けて見えてる? 俺?」
話の中実より、そっちにショックを受けているファッロであった。
◇ ◇
代官所、高官の執務室。
「北にはグランミーゼル侯爵の関所があって通行税を取ります。未成熟児童は大人の三分の一」
「では閣下、北には行っていないと?」
「同行者の人数もしっかり確認されますからね」
「侯爵殿の強欲が幸いするとは世の中何が幸いするか分かりませぬな」
「西は伯爵領。はっきり言って、我ら仲良くありません。此っちから人を入れたがらない。検問は煩い」
「西にも行っていないと?」
「東は『夜と霧』の森。流浪の民や破落戸でも寄り付かない」
「南は?」
「山です。行き止まり」
「天領から出ていないと?」
「門番の兵士たちも、誰一人思い当たる節が無いと申しております」
「では町の中ですか?」
「人手はあります。蝨潰しです」
「・・・」
「どうしました、コンラッド・フォン・ゼードルフ」
「いや、風貌も知られておらぬ者達ですじゃ。力で追い立てると子供を殺して身軽になって、自分らだけ紛れて逃げようとしませんかな?」
「成る程、その懸念はあります」
「がめついグランミゼルを避けて、商人どもは北嶺寺社領経由で西門に来まする。出入りの多い西門だけ忙しいふりして検問を緩めてみては?」
「ふむ、伯爵領も寺社領も出入りには厳しい。上手にやれば挟撃できますね」
「城市内は、うちのギルドの者に探らせまする。静かに」
◇ ◇
東の沼地。
内郭を囲む五つの支城を城壁で繋いで今のプフスの城市が出来た折り、東の沼地は城壁を作っていない。天然の要害だから。
人気皆無な大池の淵、水の辺りに研師がいた。
刀一振りぽんと投じる。
「水面から腕が出てきて受け取ったりしませんか」
うふふと笑う。
◇ ◇
エリツェの町、オルトロス街。
ふらりと広場に出たクレスペルのグイは、喧騒を抜けて結局またギルド協会会館の大広間に戻って来た。
「広ぇな」
・・縦も横も、うちらのギルドの広間の倍はある。おまけに裏庭もある。
クリスがギルマスと奥に行ってしまったので退屈している。馭者は疲れたと言っていたから、もう東棟の大部屋で寝ているだろう。
クリスとギルマスが入っていった奥の部屋に、黄色いドレスの小柄な女が出たり入ったりしている。
「娼婦?」
まあ少なくとも、彼処でクリスがお尻を撫でられたりは為てなさそうだ。
見ると、どうも大広間の調度としちゃ違和感ある肘掛け椅子に、白熊みたいな大男が酔い潰れて寝ている。伸ばした両脚が下に敷いているのは、これまた酔い潰れた男。木のベンチに跨る様にして、うつ伏せに寝ている。
白熊男の前にある大皿に盛られたチースズを突いて食ってる赤鼻の、ひょろりとした男。これまた目の焦点が合ってない。
これはまた随分とお近づきに成りたくない極みの連中だなぁと思った矢先、声を掛けられちまう。
人生そんなもんだ。
「旦那、観ねえ顔だね」
「ああ、プフスの方の組合員さ。用事が済んだらすぐ帰る」
「週末遊んで行かねぇの?」
・・ぽん引きじゃねぇだろうな。
「商談の結果次第だ。馬車の護衛なんでな」
「遊ぶとこなら壁新聞見とけよ。この町だってハズレは有らぁね」
壁の方を顎で掬る。
「ふぅん」
見に行く。
「あるある、何ぃ! 遊郭お姉ちゃん番付? 素晴らしい」
夢中で読む。
「なになに、美人番付に床上手番付? そんなの有るのか!」
齧付く。
「・・美人番付に床上手番付、その両方で上位に名前が出てるのは・・寺町のマルテ・シュヴァルブランと西町のウーテ・リッパハ・・マニア向け番付は白猫のミュウ、舌のザラっと感が病みつく・・と、こりゃマニアック過ぎだ・・」
隣の壁新聞も見る。
「なんだこりゃ、郭にいて欲しい女の子妄想番付だって。ギルドの金庫番ヴィナ嬢・・問屋街の若後家ルキアちゃん、西区のご存知お尻娘・・まさかこれ、クリスか? 鞭で打たれてみたい人、某スレナ家のお嬢様・・この新聞、大丈夫か? 訴えられねえのか?」
「お待たせー」と、クリス。
「次は車の仕事探しだあ」
「目処立ったのか?」
「ばっちり」
◇ ◇
再び代官所、高官の執務室。
「閣下、カプアーナの件ですが・・」
「進展あった?」
「目処が立ちそうです。事情を聞けば必ず受けてくれる人柄の男だそうです。残る問題は既に予定が埋まって居らぬか如何か」
「安心して終わないで、代案も立てておいて下さい」
「代闘者の登録期限は?」
「資格要件の確認が間に合えば五日正午で構いません。裁判官は私ですし・・それより」
「それより?」
「ボニゾッリ側は資格要件で切り崩しに出るでしょう。万全を期して下さい」
◇ ◇
ラマティ街道。
「そんなわけで、子供の連続誘拐事件があったんだとさ」
「二十四年前に二十四人・・」
「二十四年前の三月一日のことさ」
「おい!」
「俺はエリツェの生まれだ。そんな話聞いたことは・・聞いたことは・・」
「聞いたことは?」
「・・ある。子供の頃だ」
「やっぱりあんた、生まれてたんじゃねえか!」
「違ぇよ。子供の頃によくお説教で聞かされたんだよ、怖い人攫いの話を。寂しい場所で子供達だけで遊んじゃいけませんってな」
「おっかねえ悪魔崇拝者が子供を攫ってたって話か?」
「・・そうだ」
「今日は三月一日だよな」
「ああ」
「おっかない話だったろ」
「ああ」
「そもそも、子供なんか攫って一体どうすんだ。身代金取れるような親だったか?」
「いや、露天商とか・・」
「子供なんぞ売っても買ってもご法度だ。何のために攫う? 出たんだよ、悪魔崇拝者が」
馬車がラマティの村に入る。
村が妙に騒がしい。
◇ ◇
七、八里ほど西。馬車に積んだ大樽に、縛られてぐったりした子供二人を押し込んでいる。
馬に鞭をくれようとする馭者。
「おい、俺らは乗せてくれねえのか!」
「七人も乗せたら車が重くなる。速く走れねえからな」と、馭者。
「待てよ。追っ手が来ちまう」
「子供連れてねえだろ。言い逃れろ。現行犯にならねえから大丈夫だ」
「おい! 待ってくれ」
馭者、馬に鞭をくれる。
馬車、走り去る。
「ああ、行っちまった」
例の七人組、途方に暮れる。
「とにかく逃げよう。じき日暮れだ」
「闇に紛れりゃ何とかなる」