5.憂鬱な一児の母
《三月朔、木曜朝辰の刻頃》
色街の一角、若い娘の部屋。
ファッロが若い娘ともぞもぞしている。
「ねえ、ファロちん」
「なんだい?」
「服、ほしい?」
「そりゃ四六時中丸裸じゃなあ」
「ずっとベッドの中にいればいいじゃないの」
揺り椅子探偵ってのは居ても、寝たきり情報屋ってのは無いよな・・
「ファロちんが服着たら、ローラのお部屋からいなくなっちゃうもん」
「ちょっと居なくなっても、じき帰って来るさ」
「ほんとかなあ」
娘、少し考えて・・
「朝市・・見てくる」
◇ ◇
ギルド応接室。
陰気な騎士。
「ふむ、事情は理解った。さすれば精強さには拘泥らぬ。極言致さば万一の時に拙者が寝込みを襲われぬよう見張番に立つ而已でも可い。護衛の者は練達の士ならずとも一向に構わぬ」
「ご理解有難うございます。早速呼びます」
会計長、胸を撫で下ろす。
横からクリス。
「あのー、あたし危険察知のギフト持ち斥候なんですけど。軍で宿営哨戒とかも請け負ってます。野盗対策で民兵さんをすぐ起こす係とか、結構実績あります」
「それも一案であるな」
すかさず会計長さんクリスの受注実績記録を持って来て騎士に納得させる。結局あんまり強くない護衛一名とクリスの二人組になった。
「万端整ったので、いつでも御出立できます。今からお発ちになれば昼過ぎにはエリツェです」
「辱し」
「こいつ、帰りの馬車賃浮かせやがったな」
「へっへへー」
「便次でだ。せっかくギルドの馬車出すんだから、帰りに空車じゃ勿体無い。上手く此っち来る仕事見つけて受けて来てくれ」
「もち、バイト代出るよねー?
「此っち来る馬車賃とチャラでは?」
「不服。あたしはエリツェの自宅で暢気しても良いんだよ」
「うーん。じゃ、見つけた仕事の報酬折半で」
「あら、帰っちゃうの」と、ミランダ戻ってくる。
「あ、お清め」
クリス、勝手知ったる様子でトリンクハウスの棚を探って火酒の小杯を差し出す。ミランダ半分飲んで返杯。クリス、飲み干す。
「ふーん」と、若い受付嬢後ろで怪訝な顔。
クリスがミランダと話し込んでいる後ろ。
「それと、拙者の馬が可成り疲弊して居る。信頼できる厩舎に預けて二、三日養生させ、エリツェに回送して貰えようか」
「合点承知、早速手配します」
「日曜夕刻までにエリツェ西区流通会館通り南の赤煉瓦亭の厩舎へ届けて呉れ」
◇ ◇
朝市。
西門前広場に立って昼前には終わる。
一番賑わうのは朝一番だが、まだまだ盛況。
「ダーヴィド! ダーヴィド! どこ?」と、母親らしき女の声。
「迷子・・さん?」と、若い娘。
「はい、じき八つになる男の子です。青いとんがり帽子をかぶって横縞の服から膝小僧出してます」
「じゃあ、見かけたら市の組合のテントにつれてくね」
「お願いします」
ローラ、きょろきょろする。
◇ ◇
ギルド。
「クリス、今度いつ来る?」
「多分すぐ。ファッロちっとも顔出さないから、あたしが直接行ってくる。エリツェのギルドで聞けば、こっちの市民権持ってるけど主にあっちで活動してる人だとか、過去にプフス在住十年以上とかの条件満たす人が分かるはず。わかんなかったら、該当者探しの依頼かけちゃう。様子見て、またすぐ来るよ」
「今夜は戻らないのね?」
「え?」
「会計長! 人探し依頼手付金の仮払い立てて下さい。クリス、お願いね」
会計長、特急で財布持って来る。
「では参ろう」と、騎士。
クリス、随いて行く。
「(あたし昨夜、一緒に住むとか・・約束・・してないよね?)」
振り返ってにこやかに手を振る。
少し冷や汗が出ている。
「先輩、食べちゃったの?」と、若い受付嬢。
「まさか。未通子ちゃん可愛いから調戯っただけ」
「ほんとかなあ。今朝から『クリスさん』『受付さん』呼びじゃなく化ってるんですけど」
会計長が恵比寿顔。
「えーと、馬の世話は掲示板に求人出して、食いつき悪かったらすぐ馬車屋に指名で小僧を借り出すっと。馭者の求人が即応募来てたから多分大丈夫だな。うちの厩舎使えば利鞘稼げるし。回送は別口の依頼にして掲示板の賑わしに・・」
会計長結構達者に絵文字描いて、貼り出すと早速常連が群れる。
「モルトの奴、福の神かな」
・・このところ決闘代理人の募集くらいしか無かったからな。決闘人しか受けられない求人ばかりで不愉快だったのは理解る。親族以外が金で雇われて決闘代理人に立つのは決闘人以外はご法度だからな。親族だって金貰ったら重罪だ。だが、商工ギルドと違って身分制限の無いはずの探索者ギルドで、事実上決闘人を締め出しちゃってるのはこの町の組合員、つまり彼ら自身だ。いや、決闘人が出入りして高額の決闘報酬貰ってるの見れば、ますます不愉快になるか・・
「どっちにしろモルト、ありがとう。風向き変わった気がする」
◇ ◇
朝市。
「あらローラ」と、色街の若い娘三人衆。
「おはよお。仕事あがり?」
「あはは、朝まで三人で男七人のお相手よ」
「まあ、たいへん」
「いやいや、めっちゃ楽だった」
「そう、酒盛りのお酌して一緒に飲み食いしてたら連中寝付くの早くって」
「しかも朝一番にいそいで出かけてった。楽ちん過ぎ」
「楽ちん楽ちん楽ちんちん」
「あらまあ」
「ローラは何してんの?」
「それが、迷子さんなの。青いとんがり帽子でひざこぞう出した八さいの男の子」
「暇だし探すか」
「おー」
「あら、カリナ。何もってるの?」
「男の服。連中がかつあげで取ったんだって。忘れてった」
「古着屋に売っちゃおうと思ってさ」
「それ、ローラにくれない? おとこの服ほしくって」
「なに? おとこ?」
◇ ◇
「えーと、横縞の服ね」
「青い帽子」
顔は十人並みだが気のいい色街四人娘、子供を探している。
その脇を、クリスを乗せた馬車が通る。西門を出て行く。
クリス、護衛の男と顔を見合わせる。
「なんだ、尻の姉ちゃんかよ」と、無精髭の男。
「なんだ、あんたか」
男、気不味そうに、
「すまん。もう尻は触らねえ」
「許す、減るもんじゃ無し。また触っていいって意味じゃないよ」
「いや、なんだか俺があんたの尻触ったらモルトの奴が死んだような気がしちゃってな」
「それ、関係ないから。 ・・たぶん」
「あるだろ。二つの物事がたて続けて起こると、なんかそれ関係が有るような気がして来ちゃうことってさ」
「まーさか、前にも誰かのお尻触って人が死んだの?」
「いや、俺じゃない。以前に城守ってて、隣の男が従軍娼婦の尻触った瞬間に弩の矢が飛んできて即死した」
「それ、単なる油断だから」
「なあ、ハルバート持った騎士って珍しくないか?」
「珍しいね。普通は剣か大槍だよね」
「俺って落第騎士だから詳しいぜ。あんなの馬上で振り回したら間違いなく落馬するわ。引っ掛かってバランス崩すんだよ。余っ程足腰強くて、馬の胴をこう、腿でがっちりホールドしてだなーー」
「あたしだって騎士んちの娘だから知ってるよー」
「お互い零落れたな」
「でも、あれ相当使い込んでるよね」
「もしかしたら歩戦用でポラックスじゃ小さ過ぎて、代わりにハルバート使ってんのかな」
「ありうるー。でっかいもん」
騎士、もう寝ている。
◇ ◇
ギルド。
応募は殺到した。馬の世話は、騎士の元従者で馬の世話に自信のある経験者を選んだ。厩番も兼ねての受注だ。そこそこ腕っ節も強い奴で、これで馬泥棒対策も出来た。回送は自前の馬を持ってる奴が競り落とした。預かり物の馬に乗るのは信義則違反だから、ギルドの馬を借りない方が当然ペイが良い。活気が戻って来た感じ。
女が入って来る。
「ご依頼ですかー?」と若い受付嬢。機嫌がいい。
「モルト、ありがとう。風向きが変わったよ。君のことは忘れない」と、会計長。
今朝は行けなかったから、あとで墓参りに行こうと強く思う。
「あの・・朝市で息子が迷子になって、親切な方と五人で手分けして探しても見つからなくって、市が畳んで人気が無くなっても戻らないんです。それで探索者ギルドさんに迷い猫探しの名人がいると聞いて」
「いや、猫じゃないでしょ」
横から、出来る女ミランダ姉さん。
「事件だといけませんね。なるべく出来る人を当てましょう」
◇ ◇
ローラの部屋。
「ただいまーファロちん、さびしかった?」
「おかえり。寝てたよ」
「さびしかったって言ってほしいな」
「寝ててローラの夢見たよ」
「わーい」
「何持ってるの?」
「じゃーん。ファロちんにおみやげ」
「俺の服じゃねえか!」