4.憂鬱な会計長
《三月朔、木曜朝》
未明。
クリス目覚めると、ミランダがしどけない格好で朝食にスープを温めている。
竈門は無くて、火鉢の親分の様な物に鉄鍋が掛かっている。
炉の明かりで殆ど影絵だが。
「クリス? 起こしちゃった?」
「ミランダさん、おはよう」
「あら、一夜明けたら他人行儀ね」と、笑う。
え・・? あたし、いつ彼女の名前知ったんだっけ・・ なんか距離近いし・・
寝台を見ると、二人で一緒に寝たようだ。
「お湯、浴びる?」と、ミランダ。
「昨夜二人でゆっくり入っちゃったから、ちょっと残り少ないの。上手に使ってちょうだいね」
「・・二人で? ・・入った? ・・・」
結構広いワンルームで、衝立の向こうに湯船がチラリと見える。
「お湯、あと此れっぽっちなの・・」
陶製の大き目の片手ポットを渡される。割と大き目なので足りそうだ。髪は昨夜洗った形跡があるし・・って、昨夜あたし何したっけ・・ 浴槽。そう、浴槽・・どう見ても一人用の寝て入る奴なんですけど。これ、一緒に入浴った?
今更ながら気がつけば、あたし下・・穿いてない・・
おずおずと聞く。
「あのぅ・・昨夜って、男と女がする様なこと、しちゃいました?」
「あはは、まさか」とミランダ笑う。
「ほっ」
「女同士じゃない!」
◇ ◇
色街の曖昧宿。
男七人女三人、半裸で雑魚寝している。
「おい! 起きろ。行くぞ」
と、仲間内を仕切っているらしい男、寝ている男の裸の尻を蹴る。
蹴られた男「まだ早ぇだろ」と寝返りを打つ。
「飯だよ飯。朝市で食って弁当仕入れるぞ」
皆、もぞもぞと服を着始める。
薄暗い中、なかなか自分の服がどれか分からない。
スモック着て下丸出しだった男が、ようやく自分の股引きを見つける。座ったまま両腿を通して腰紐を締めるが、半分寝惚けていて、真ん中を忘れている。そのまま舟を漕ぎ始め、また蹴られる。
股引きの前が開いたままだが、スモックの裾で隠れる。
慌ただしく出て行く。
が、ちゃんと女たちには銀貨を置いて行く。
暫くして、ぼんやりしていた女、目を擦りながら銀貨を数え、起き忘れられたファッロの上着に気付く。
「忘れ物だあ・・」
◇ ◇
ミランダの部屋。
堅パンとスープで軽く朝食を済ませると、二人して三つ編みお下げを鉢に巻く。髪をアップにしてカートルを着ると忽ち仕事の出来る受付嬢の出来上がり。クリスはスモックの下にぴっちりしたレギンスを穿き、裾を捲り上げる。いつもの男の子の様な格好だ。
「今朝は、昨日の彼の埋葬があるのよ」と言ってミランダ、ヴェールを被る。
階段を降りる。
なぜかミランダの部屋がギルドマイスターの部屋より上等な場所にある。
「彼はいいのよ。自宅があって、ここは仮眠室」
顔色で察したらしい。
次々と戸口から職員が出て来て大名行列になって行き、一階のトリンクハウスには、ほぼ全員同着。宿泊してる組合員も三々五々。玄関の閂を開けると、七、八人戸口の前に溜まっている。
若い受付嬢が新着の仕事を貼り出すと、一斉に落胆の溜息。
識字率高い街なんだなあと思ったら、ほとんど絵文字だった。剣と盾の絵が代闘者募集か。こりゃ駄目だ。
決闘人探しは普通クチコミか裁判官の斡旋だ。ギルドにまで流れてくる求人は余ッ程の痼り玉なんだろう。何せ決闘人が覗きに来ない求人掲示板なんだから。最初っから藁に縋っちゃってる案件らしい。後で聞いたら、身分制限緩和特例っていうのもプフスじゃ珍しいって程でもないそうだよ。さすが国王様の代官所。
探索者ギルドの組合員は自由人が大半で、後は親分に付き合ってる下僕身分の人が少し。エリツェだと墓掘人とか芸人も分け隔てないけど、この町はだいぶ違う。昨日のあれを見てれば、よく分かる。
人はなんで処刑人や決闘人を嫌うんだろ。騎士も傭兵も同じことやってるのに。騎士は騎士どうし戦うから町人は殺さないと思ってるのかな。戦争になったら同じなのに。あたし、子供の頃に親や親類が決闘ばかりしてるの見てたから、醒めてるのかも。
昨日の見てた人、みんなショックみたいだった。あたしのお尻触って来た不埒者なんか、ごつい図体して硬直してたもんなー。
ミランダさん平気だった。あたしと同じ様な生い立ちなのかな。
朝礼みたいなのやって、ギルドマイスターが弔辞を述べる。
トリンクハウス・マイスターっていうんだ? うちらの町と称号違うんだね。略して「ギルマス」は同じだけどさ。
「クリスも、お墓いく?」と、ミランダ。
「ううん、留守番手伝う」
「じゃ、お願いね」面倒ごとは会計長がやるから」
「うん」
「それから、ファッロさん来たら捕まえといてね」
「うん」
ミランダ、クリスの頬をちょんと突いて、皆と出て行く。
うう・・昨夜は何をしてしまったのだろう・・
◇ ◇
墓地は少し離れた丘の上。
聖ヒエロニムス修道院にお願いしたお見送りのお祈りに、何故かグィレルミ助祭が来ている。実は、朝のお勤めで院長の説教中に欠伸した罰だった。
担がれて来た棺の底が開き、亜麻布に包まれたモルトの遺骸がぼっこんと摹壙に落ちる。
皆で埋める。
皆な、心を込めて祈る。
「ボーナスありがとう」
◇ ◇
ギルド。
クリス、受付に座っている。
何度も通った受付だもの。バイトも出来る自信はある。
其処へ、玄関の扉を少し屈んで抜けて来た騎士。ハルバートを錫杖のように突いてご入来。筋肉質の巨躯に剽悍な雰囲気、横一文字の眉と口髭に三白眼。頬と額に古い刀傷。左手には首桶らしき包み。
クリス、閃いちゃう。
受付に歩み寄って来た騎士が口を開く一瞬前。
「五日の月曜日、司法決闘代闘者の求人があって報酬五十両なんですが、如何?」
後ろにいる会計長、一瞬クリスがハルバートで脳天割られる姿を幻視したが、騎士至って静かに、
「遺憾乍ら拙者、主君ある身故御受け致し兼申す」
クリスもあっさり。
「ご無礼申しました。当方も逼迫しておりまして。で、御用向きは?」
「馬車に馭者と護衛一名、一日借り受けたい。エリツェに参る」
会計長駆け寄って、
「只今手配致します。お掛けになって少々お待ち下さい」
ぱたぱた奥に走って行く。
ちょっと探りいれちゃお・・と、クリス。
「御武家様ほどの方が護衛をお入り用とは。ご期待に沿える技量の者が手配出来ますか如何か」
「昨夜夜明かし致したれば、車中で暫く眠りたい。左が為の護衛である。野盗数名も追い散らせる腕があれば十分」
「御宥恕有り難く存じます」
応接にお通しして、鉱泉水など出す。
会計長、走り回っている。
◇ ◇
会計長、戻って来る。
「ふう・・馬車と御者、目処が立った」
クリス応接より退出して来て、
「ねえ! 会計長さん、一人で野盗数人追い散らせる護衛って、いる?」
「え!」と、会計長。
・・会計長、腕組みして考えている。
「今朝、墓場に行った」
「そりゃー・・困りましたね」
「仕方ない、赤字上等だ。一人分値段で三人付けるか。最近またゲルダンの政変で兵隊崩れが流れてきて、野盗がレベルアップしちゃってるからな」
「そーね、本格的な戦闘部隊そのまンま、みたいな連中まで居るもんね」
「採算割れの方が責任問題になって賠償命令喰らうよりマシだ」
「それー・・ぶちぶち文句言う経理を経営者が説得するセリフだよ」
「・・俺、会計長に向いてないかな・・」
言われて悄気る会計長。
「まあ峠のこっちは代官所の兵隊がどっちゃり居るから野盗の心配がないのが救いだ」
「山間部は結構出るよ。伯爵領の関所、出る方はザルだから。あたし討伐隊によく参加するんで知ってる」
「ははは、言っとくが戦闘部隊にゃ随行するなよ。連中平気で軍属を捨て駒にするかな」
「会計長って軍隊嫌い?」
「大っ嫌いだ。ゲルダンも嫌いだが」
「会計長、ちなみにあの騎士さんもゲルダンだよ」
「そうなのか?」
「訛りで分かるよ」
ファッロ、ちっとも現れない。
その頃、彼は三千世界の烏を殺していた。