2.憂鬱な決闘人
《二月晦日、午後》
プフスの探索者ギルド。
張り紙少ない求人掲示板の前。
男物の短いスモックから裸の太腿ニョッキリ出した若い女の後ろ姿。
「あれれ? 法医さん家のお嬢も此っちに出張?」
よく聞き込みに行く先の娘で、同業者だ。
「うん、中途半端な時間にひと仕事終わっちゃってさー。帰りの馬車賃払うか宿代出すか思案中。あんたも?」
「宿代? ギルドで無料部屋ねぇの?」
「もう一杯。みーんな不景気でゴロゴロ」
「なんだよ。真っ昼間に宿泊所が満員かい。そんなに仕事ねぇのか」
「自分の目で見てみれば?」と、掲示板の方を顎で指す」
「うわっ。決闘代理人の募集しか無え」
「いくらペイが高くったってさー、自由人身分捨てるのは嫌だよねー」
「激戦地に行かされる傭兵の方が分が良いってよ」
とか言いつつ、漁る。
「おっ! 『応募者の名誉ある身分の維持は国王の名に於いて保証される』ってのもあるぜ。これなら大丈夫じゃん」
「それ、よっぽど相手が悪い案件よ。めっちゃ強い奴と闘らされるなー」
「まず命ねぇってか」
「それってー、依頼者だれ?」
「おいおい嬢ちゃん。まさか請ける気か?」
「まーさか! スカウト職が司法決闘の代理ぃ請けるわけないでしょ。情報屋的な勘がお金の匂いに反応し・た・だ・け」
「依頼者は書いてないな」
「なーんだ。つまんないの」
◇ ◇
広場、芝居の稽古する男たち。
聖人の奇跡を讃える若干辛気臭い劇の練習で、とちりを即興の芝居にして、居並ぶ子供たちに大いに受けている。只見がお得である。
たぶん本番より面白い。
団長も加わる。
見ている二人。
「ブシャールの奴、初っ端から躓いてやがる」
笑う。
「火があろうが無かろうが、煙だけ立てりゃ良い楽な仕事なのに、自分で難しく為やがるから」
「大将、俺らもやり難くなるか?」
「下手打たなきゃ大丈夫。あっちが目眩しに為ってくれるさ」
未の刻の鐘が鳴る。
◇ ◇
ギルド。
無精髭の男が、後ろからクリスのスモックの裾を捲り上げる。
短かいレギンスの尻を触る。
「姉ちゃん、こっちの商売はやらねえのか?」
と、言い終わらない裡に、笑い顔が強張る。
戸口から大柄の男が這入って来る。
刈り揃えた短髪に唇の下だけ残して綺麗に髭を剃り、袖無しの上着から太い腕が出ている。
皆の会話が止まる。
爪先だけ裸足の奇妙な靴を履いた男、受付の方に歩いて行く。
横から声。
「あんたみたいな身分の者が来る場所じゃねえぜ」
上背なら彼を上回る巨漢が、柱を背に腕を組んだまま、横柄な口調。
這入ってきた男、受付の若い女性に話し掛ける。
「良かった。決闘の練習相手さがしを依頼に来たんだが、もう応募者がいた」
「は・・ひ・・」
受付嬢が震え上がる。
「じゃ、あんた。行こうか」と、巨漢に。
戸口まで行って、振り返る。
「さあ、行こう」
巨漢、今更後に退けず、緊張の面持ちで随いて行く。
「あの・・書類・・」と、受付嬢。
年嵩の受付嬢が間髪入れず指示する。
「あんたが作成して! 依頼人がテータ・ケンプファーで、受注者がライヒェナウのモルト。受注額はウェアゲルト*満額で」 *註:Weregheld
「はい・・」
「相続人不存在だからギルドの収入よ!」
年嵩受付嬢の言葉に、奥にいる会計係が何故かガッツポーズ。
「口ゃあ禍の元だぜ」
トリンクハウスの木のベンチに半ば腰を抜かしているファッロ。ふと見ると、クリスの尻を触ったまま固まっている無精髭の男の手が小刻みに震えている。
「やめてくれます? 気持ちいいんで」
◇ ◇
グィレルミ助祭、役所の一室に。
相対する若い官僚、落ち着いた口調。
「あなたが此処で待機していたのも、予め情報があったのでしょう?」
「御意」
「少し情報流してくれるかな?」
「情報源はご容赦下さりませ。結果のみで宜しければ」
「聞かせて」
「コルラート審問官の暗躍で御座りまする」
「あちらさんが、また何で、よりによって嶺南で?」
「エルテスの大司教座下が十二支柱猊下様方のお一人にに御成あそばするのも時間の問題。那のお方の性分ならば、なんぞ些少と嫌がらせでも為るで有ろうと、皆が申して居りまして」
「それで潜伏待機?」
「休暇みたいなもんと思って居りまする」
「この町は気に入った?」
「御意。エリツェだと、もうひと堕落してしまいそうで御座るゆえ」
「あ、もう堕落はしてるんだ」
「・・・」
キルヒャーハイム侯爵令息、快活に笑う。
◇ ◇
ギルド。
一頻り喧騒。また静かになって、今は奥で某モルト氏の葬式費用どこから出すか職員が相談してる声も聞こえるくらい静か。
「ねえ、ファッロの兄さん。今日はどこ宿とった?」
「それが、取ってねえの。せっかく来たから色街にでも行ってみべえと地元民に聞いたらさ・・『おばちゃん揃いでお勧めしない』って言われて萎えた」
「それでも行ってみるのが情報屋魂だよねー」
「そうかなあ」
「そうよ」
クリス、つかつかと年嵩受付嬢のところへ行き、
「有料の寝台、空いてる?」
「空いてるけど、あたしの個室なら湯船も貸すよ」
「そりゃ嬉しいね。お姉さん、仕事引けたら一杯やる?」
「じゃ、日が暮れたら此処においで」
情報収集に余念がない。
◇ ◇
つい煽られて色街に来てしまったファッロ。
当然こんな昼日中の時刻に人気も無い。やっぱりエリツェとじゃ、違うよなあ。
そりゃ真っ昼間から仕事放擲して励みたくなる綺麗どころが盛り沢山。寺町と西町、どっちが良いかな。なんぞと思いを馳せながら歩いていると、店の玄関の掃除しているおばちゃんと目が合う。一転して暗い気分。俺って此処で食レポすんの?
いや、飯屋もやってない。
見ると、道端に座り込んで双六っぽいゲームをしてる一団がある。
つい、覗き込む。
◇ ◇
ギルド。
荒くれ者ライヒェナウのモルトの遺体を肩に担いだケンプファー、受付に来る。
「死んでしまった」
一同沈黙。
「これは依頼失敗か?」
「いいえ! 成功です! 成功報酬はこちらの額になります」と、年嵩受付嬢。
若い受付嬢は石像のように固まっている。
「そうか」と、ケンプファー。
財布をカウンターに置く。
静かに置いたが、ごつんと音がする。
玄関から去る。
若い受付嬢、猿の手を象った木像を必死に振っている。
年嵩受付嬢が財布を高々と掲げて、
「皆んな! 今日はボーナス! 出るよ!」
若い受付嬢以外の職員が歓声を上げる。
◇ ◇
色街の外れ。股引き一枚に剥かれいるファッロ。
「惨めなことになってしまった」
すると、偶然行き合った娘が見咎めて、
「あらまあ」
御面相が十人並みだが何処となく愛嬌のある娘。
「そんな姿で一体・・」
彼女の住処に招き入れられるファッロ。
彼女は五体満足身体壮健なのに、可哀想に心を病んでいた。
ナハチガル*病という。 *註:Nachtigal-Syndrom
◇ ◇
グィレルミ助祭、修道院の図書室に戻っている。
邪念を振り払うように、一心に写本作業を続ける。
彼は美しい字を書く。
「ヴォイェヴォダ・ビベスコの官能は、若い叔母の唇の手管に脳天まで蕩けた・・」
「この異端審問官どの・・なんの禁書を筆写しておるんじゃ・・」と、横で院長。
西陽がラズース峠の少し南に沈む。
◇ ◇
ギルドのすぐ裏。
腸詰が幾つもぶら下がっている店。
クリスが年嵩受付嬢と酌み交わしている。
年嵩と言っても三十路手前の大年増。まあ、クリスからすれば大先輩だが。
「あれで良かったんですかー?」
「あれで良し。露骨に職業差別する奴の末路、皆も確と見たでしょ」
「エリツェの生まれ?」
「わかる?」
なんか、仲良くなっている。
「あの人だよね? 自由人身分喪失なしの特別条件で対戦相手の急募が出てるの」
「あ・た・り」
長い夜になりそうだ。




