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1.憂鬱なご近所様

《二月晦日》

 プフスブル城外、聖ヒエロニムス修道院。


 グィレルミ助祭は修道士のりで図書室にいた。

 彼が実は修道会士でないことは、院長以下数人だけが知っている・・

 ・・と言う事になっている。

 まるで修道士のように、せっせと写本を作る。


「こういう作業は好きです」

 思わず彼の口から言葉が漏れる。

「ほんとうに修道士に成りたいと思って仕廻しまいまする」


 彼の本業は主にふたつ。今やっているのは三つ目だ。禁書探し。

 見つけたら写本を作って、滅失せぬよう保管する。

 彼は他人ひとからよく言われる。禁書なら焼き捨てれば良いではないかと。

 そして彼は決まって、こう答える。

「焼き捨ててしまったら、それが禁書であったと、どう証明するのですか?」


 グィレルミ助祭、振り返って此方こっちを暫く見詰め、言う。

「何をお考えのか、当てて進ぜまする」

「面白い。聞かせてもらおうかな」

「何故写すのか?」と、助祭。

「当たりだ」


「本当は、読むのが好きだからで御座りまする」

「禁書を?」

「左様」

「禁ぜられて居るのではないのかね?」

「何が書かれているのか知らぬ者が、他人に如何どうして読むのを禁ずることが出来ましょう? 読まずに、何が書かれているのか如何どうして知り得ましょう? 雷帝ナブコドノゾルは自分が見た夢を誰にも言わずに、どうして知者に夢の意味を答えさせることが出来ましょう?」

「ほんに其方そなたは悪魔の代言人*じゃなあ」          *註:Vorspreken

「代言人がおらずに、如何どうして悪魔を論破できましょう? 力で相手を黙らせるのは心正しき者の為さざる所で御座ります」


「少し表に出るか?」

「御意」


                ◇ ◇

 修道院は城市の隣りの丘の上。麓には町の人々もよく来る施療院に街道を行く人々の立ち寄る巡礼宿。修道士らの働く薬草園や菜園が広がる。

 エルテスとかと違って、ここは俗界の人々と雑居している。元々が代官所のある城内の礼拝所に居候していた雑多な修道会の修道士が、人も増え手狭になったので城内を出て合同で自活始めたという来歴である。同じ丘に三つ修道院があって、近隣の俗人も交えてざっくばらんにやっている。換言すると、本部からお叱りの多い修道院である。

 代官所のある城市内に修道士服の男が二人入って行くと、城兵ブルクマンも慣れたもので誰何もしない。面積の半分弱くらいが軍事施設と役所という町だが、町そのものが大きく人口も多い。


 今日は水曜、明日は木曜。そろそろ週末気分が漂い出す。

 木曜といえば週の後半に入ったばかり。それで早くも週末気分とは、隣のエリツェの町の悪しき影響嘆かわしやと眉を顰める人もいる。しかし実は此処プフスの週末は静かで慎ましやかだ。そして、週末にかけて客足が隣町に向く。

 何故か? それは、あちらの町には「泥酔罪」が無いからである。

 どういう絡繰からくりか? 週の後半になると、この町の腕の良い職人たちがどっとエリツェで親しい職人仲間の店へと手伝いに繰り出すのである。あちらも週に一度くらい腕のいい職人が泊まりがけで助っ人に来れば願ったり叶ったりだ。

 どういう魂胆か? もちろん夜に此の町とは比較にならない華やかな色街に繰り出したり、気兼ねなく酔い潰れたりしいからだ。まあ週に一度くらい羽目は外したいさ。外し過ぎてエリツェの前の僧院長みたいになっても不可いかんが。


 広場の一角、ベンチに腰掛ける。

 店の主人が盈々なみなみと注いだ葡萄酒のジョッキを卓に置く。

「昼間からで御座りますか」

 グィレルミ助祭、嫌な顔ではない。

「店主からの喜捨だ。笑顔で頂こうよ」

 言われると、彼も微笑む。

「此処が破戒僧の巣窟の様に言う者も居りますが、濡れ衣で御座りますな」

「そりゃそうさ。賭場の胴元から女衒の親玉までやってたフラ・メリトーネと一緒にされちゃ困る」

「そう見られて居りまするぞ」

「ちゃうって」

 ここいら、エルテスの力が強すぎて、教会本庁も修道会本部も諦めている絶域である。そもそも大修道院長あっばが大司教を兼任する地方など珍しい。

「南部人で御座りますなあ」

「あんたみたいなタイプは、南部でも北部でも珍しいと思うよ」

「御意」


 広場で旅芸人一座が明日からの公演の立ち稽古を始めていて、もう子供らが車座になって観ている。

「週末っぽいのう」

 院長、暖かい葡萄酒を啜る。


                ◇ ◇

 一つ空けて隣の卓。此方こちらにも修道士・・ではなく修道士の舞台衣装じゅっばを着た芸人と、決闘人の衣装を着けた芸人。立ち稽古中の一座の団長と飲んでいる。

「相場の倍も出すって?」と、団長訝しむ。

「だから、来週のエリツェでの興行権。倍で買う」

「良すぎる条件の話は疑えって。親父の遺言なんだよ」

「だから現金で払うのに、疑うもなんも無ぇだろうよ?」

「だから、美味しすぎる話は詐欺と疑え! 全員一致賛成は裏談合と疑え! 女のいう『あんたの子供よ』は疑え! ってのが親父の遺言なんだよ」

「で? あんたは親父さんの息子だったのか?」

「違った」

 三人大笑い。現金受授する。


「亡き親父さんに乾杯だ」


                ◇ ◇

 東のスチュカ河を越えると其処そこは俗に「夜と霧の国」と言って、誰も行かない。

 街道もない。

 だが、行った男の帰りを待っている者どもが居た。

 色街。

 男が十数人、部屋の収容能力を限界を突破中だ。

 官憲にそれと知られず余所者が泊まれる宿は「この種の宿」しか無い。

 いい歳したおばちゃん一人いる。

「酒の相手だけしてくれりゃ、いいから」

「明日から辛気臭い仕事なんでなぁ」


「飲んでも忘れちゃいな」

 おばちゃん酒樽に腰掛けている。

 部屋の中なら泥酔罪の適用は無い。


                ◇ ◇

 広場。

 代官所の若い職員、やって来る。

 辺りを見回し、間違って修道士衣装の芸人の方に行き掛けるが、すぐ気付いてグィレルミ助祭らの卓に来る。

「緊急です」

「なんで、ここにいるの判ったの?」と、院長。

「此処、どこだと思ってるんです。大守様のお膝元ですよ。それより審問官殿に緊急連絡」

「審問官じゃないで御座る」

「ジャン・ブシャールがエリツェに居ます」

「何!」と、修道士服の二人。

「ブシャール司祭と名乗って僧院便で書簡を出しました。エルテスで偽司祭の手紙と見破られて臨検」

「本名名乗っちゃってバレないと思ってるの?」

「彼は鋭いところと途方もなく間抜けたところが御座りますなあ」

「内容は?」

「公証人を集めて検分中です」

「では、エリツェに飛びまするか」

「内容の第一報が来てからが良かろう」


「あらら、もうバレてら」と修道士姿の芸人。


                ◇ ◇

 裏町。

 路地の奥。

「にゃ〜お、にゃ〜お」


「兄さん、何やってんだい?」

「あッ! 逃げちゃったじゃないか酷いなあッ」

「猫か」

「高そうな首輪してたでしょッ? 貴族のお嬢ちゃんの飼い猫なんだ。どっかの野良の雄に孕ませられる前に連れ戻さないと大変なんだって」

「あんた、貴族さんの下男か」

「いいや、ギルドで受けた仕事だよ」

「貴族の家臣みたいな服着てあんた、猫探しのプロかい」

「そう言われると傷つくけどッ! 違うとも言い切れないとこが辛いね」

「俺も、この町でも登録しとくかなあ」

「猫探しの仕事は取らないでねッ」

「情報屋のファッロってんだ」

「猫探しのアルだよ」

 とても自嘲的。


「ときに、この町で一番の女郎って言ったら、誰?」

「知らんッ。そういうお店は行ったことないし」

「おかま?」

「違うッ! ここの色街ばあさんばっかで、若いは片手で数えられるんだよッ。それも十人並み」

「よく知ってんじゃねえか」

「猫探しのお客さんだからねッ」

「じゃ、料理と酒が美味い店ったら、どこ?」

「知らんッ。そういうお店に行ったのは大昔だから、もう潰れてる」

「あんた・・何が楽しくて生きてんの?」

「放っといてッ!」


「にゃ〜お、にゃ〜お にゃにゃ〜お」

 仕事に掛かる様だから今度は邪魔しないようにしようと、ファッロは思う。


                ◇ ◇

「大体、探索者ギルドなんて普通は分かり易い場所にあるもんなんだが」

 ファッロがぼやき乍ら役所街の外れの路地を入る。

 オルトロス街のそれとは比較にならない小さな建物。

 入ると、男物のスモックから裸の太腿ニョッキリ出した若い女がいる。

「あれれ?」


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