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31.尼僧アンヂェも憂鬱だ 

《三月十日土曜、日没直後》

 寺町坂上の僧院、聖堂廃墟の上層階。


「あなた、仲間も騙してここに放火して、独りでこっそり逃げるのね?」

「隊長」の口の端が歪むように、にやりと笑う。


「あなただけ! そのホウバック脱ぐと下に平凡なスモック着てるもん」

「よく見てるんだな」

「男の人は屈んだとき見えるパンツまでしっかり目に焼き付けてますよお」

「アンヂェ! あなた、なんでそんなもの見るの」と小柄な尼僧。

「残念だったな。俺はパンツは穿いてねぇ」

「穿いてない!」

「そうだ。俺はじか股引きぶれぇ穿く派だ」

「そんな・・」


「お前、陰謀暴くんじゃないのか? 暴きたいのは陰嚢か?」

「きゃぁ!」小柄な尼僧が耳を塞ぐ。

「陰謀とか能書きじゃなくって、あなたはお寺に本気で放火して仲間見捨てて一人で逃げて、後には尼僧の焼死体五つ残して行く来なんだろうなあと、そんな気持ちを読んだだけですよお」

「読んだ・・てか」

「そりゃ、着てるものとか言葉の端々とか・・いま立ってる位置とか」

「尼僧の焼死体は四だろ?」と、マグダ。

「え? どうして? ひい・・ふう・・」、アンヂェが指を折る。


「いいえ、火に追われて窓から飛び降りて墜落死体かも知れません。自殺ではないので必ずや神様のみ元に行けますよ」と、穏やかに諭すように老尼僧。

「院長! 怖いこと言わないで下さい」と、小柄な尼。

「怖くありませんよドルチーナさん。今でも十年後でも同じことです」

「院長さま、同じではありません。十年間に出来ることがありますもの」と、今まで黙っていた無口な尼僧。

「イウジーニアさん、あなたも成長したのね」 院長が手を執る。

「では、今も臨終の時も祈りましょう」


「殊勝なこったぜ」と隊長ランプを翳す。

「下に行ったお二人、遅いですね」と、アンジェ。

「なんだ、やけに無駄話すると思ったら、時間稼ぎのつもりだったか。残念だったな。他の連中は門外を固めさせてんのさ。結構距離がある」

「でも、私らこんがり焼けちゃって、あなた逃げちゃっても、御用になったお仲間たち、裏切られたと気が付いて喋っちゃいますよね? 黒幕さんが誰だかとか、ぺらぺらと」

「そいつも残念だったな。彼奴あいつらの主人からしてもう見切り品なのさ。連中の口から本物の黒幕の名前は出ようもない」

「は?」

「彼奴らの主人、もう既に切られた蜥蜴の尻尾なんだよ。起死回生を信じて騙されて、死地に質駒。捨てて行かれるのさ。・・っていうか、コルラード子爵家の名前は出して欲しいんだよ。始末すんのにな」


「業が深いですね。あなたも、あなたの主人も」


                ◇ ◇

 湯屋、屋根の上。

「あ! けるつん。てを、ふってる」

「さっき、しばられてなかった?」

「タジオじいもいる」


「リノにいおう」


 屋根の上の三人娘のひとり、屋根から屋根するすると伝わって、山猫屋三階の窓へ飛び込む。マルテら三人、部屋へ戻って真っ最中。

「おじゃまっ」と、娘。寝台踏んづけて通り抜けて階下へ。

「ぐわっち」

 踏んづけられたシャル、「調子狂っちまうなあ」

「弟や妹いっぱい居る家は、こんなもんよ」と、マルテあっさり。

「また、下に呑み行くか」


 男坂上、封鎖中の盾の壁裏。

「リノ! リノ! けるつんじいが中にいる」

「けるつん? ギルドの典礼主任けるつん*のことか?」

「さっきは、しばられてたのに、あるいてた。てを、ふってた」

「なんだ。潜入済みか」                 *註:Kerzenmeister


 伝令が走る。


                ◇ ◇

 僧院中庭。

 縛られて転がされていたはずの寺男の老人、伸びをしている。

 昔の黒魔術事件がなぁんだ、異端審問官がかぁんだと皆にあれこれ吹き込んでいた典礼主任。相変わらず、しょぼくれた姿で門の方に歩いて行く。


                ◇ ◇

 トルンカ村。

 塔屋の上から見下ろす村民、薬研堀の橋上辺で馬上に見識った人物を認める。

 彼方、街道上に無数の騎馬武者。

 広場側に駆け降りてミケーレにしらす。

「ベリーニの男爵さまと郎党の衆です」

 言われる間もなく騎馬武者、入ってきてミケーレの姿を認め、下馬する。互いに旧帝国式な挙手の礼。

 鎖帷子の上に大時代なシュルコット、兜は緒で首から背中にぶら下げている。様式の合わないチチャック兜。

「お久しう」

「駆け付けられたか」

「如何致したものか。我らが不用意に姿を見せて、始まらぬでも良い諍いが御城で起こっても不可いけぬ。

「十中八九、もう始まっておる。御曹司が倒れた。毒を守られたの何なのと騒ぎが始まった模様だ」

「姫様のおそばには我が姪も付いて居る。雑兵ばらには遅れは取らぬ」と、武者。

「ご無沙汰いたして居り申す」

「おお、侍女殿」

「今は只の女中頭で御座います。侍女はお局様お一人」


 其の時ずずんと地響き。

「!」

                ◇ ◇

 市警本部。

「そろそろ動くようです」と、ニクラウス代行。

「商工ギルドの徒弟衆、消火活動の経験者どれくらい集まった?」と、市長。

「指揮とる親方衆も含め、片手は堅いとこ」と防災担当参事。

「そこそこ安心かなあ?」

 フロラン他、参事会から四人ほど出席している。

「うちの腕っ節自慢も、捕り方のお手伝いにと気勢上がってますぜ」

「ああ、フロラーノ参事。荒事の先陣は武装した市警の新機動隊に任せて。先日は突っ込んじゃった参審人さんがいて困ったよ。皆には武器持ってるやつに近づかないよう、よく釘刺しといてね」

「ようがす。フロリアーノですけど」

「探索者ギルドの工作員が中から手引きします。新機動隊は暴漢どもの無力化を最優先。徒弟衆は消化活動に専念。放免隊は妙な闖入者に備えて待機。門衛は一般市民を近づけないよう上手にガードしてね。フロラーノさんとこの若い衆、寺町男坂に加勢して貰えるかな?」

「合点! フロリアーノですけど」


「さぁて、寺町の外じゃ何処が呼応して来るかなぁ?」


                ◇ ◇

「さて、お喋りの時間はおしまいだ。存分に祈ったろ?」

「こういうとき、悪役さんってメイドのお土産くれるんですよね?」

「なんだそりゃ」

「お菓子とか?」と、小柄な尼。ちなみに名前はドルチーナ。

「黒幕さんの名前とかですぅ」

「得々と語りてぇが時間だ」

「けちですね。ろくな死に方しませんよ」


「それじゃあ嬢ちゃんら、さようならだ」

「私にはお別れの挨拶は、してくれないのですか?」と、院長。なんだか仲間外れは嫌らしい。

「ばあさんも、さようならだ」

 ランプから、小さな藁束に火を点ける。

 見る見る間に燃え広がる。

「アーメン。めでたし成長を導ける聖母、主は御身と共にします」と、院長。

「祈りましょう。罪なき者のために、罪ある者のために。

  虐げられた弱き者のために、虐げる強き者のために。

   驕れる人にこうべを垂るる者のために、人の悪意に踊らされる者のために。

 祈りましょう」


 アンヂェ、袖口をもそもそする。

  「アーブラカダブーラ」

 指先から紫色の霧がぶわっと飛んで「隊長」を包む。

「むわっは、なんだ此れは!」

 仰反る。

 体が痺れ、足がもつれて尻餅をつくように瓦礫の上の木っ端や廃家具残骸の上にへたり込む。

「それじゃあ皆さん逃げ出しましょおー」とアンジェ。

 五人の尼、そろりそろりと蟹歩きで「隊長」の脇を擦り抜け、階段の方に進む。

「あややや、体が痺れます」と尼僧ドルチーナ。

「あれえ、毒消し飲まなかったの?」

  「だって拾ったお薬なんて気持ちが悪いんですもの」

「美味しかったですわよ」と院長。


「くぉいふら、おかひなくふりふくる奴は火焙りらぞ」

「作ってないですぅ。ちゃんとしたお薬屋さんの忘れ物ですぅ」

「ろろぼうはひばりくびらぞ」

「死んじゃった人は訴えないので無罪ですぅ」

「教会に寄進で置いてったんだよ。間違いない、うん」

「あやややや、ひびれる」

「ああ、ドルチーナさんが倒れる」

「仕方ねえ、あたしが担ぐわ」と、マグダ。肩にひょいと載せる。


 火が回って来る。

「ああ、悪者さんも助けなければ。でも熱くて近寄れないわ。とても無理」

 尼僧イウジーニアが棒読みで語る。

「お仲間さんを呼んできてあげましょ。とても遠いらしいけど」

 アンヂェら、去る。


「あなたの魂が救われますように」と、遠くで院長の声。

「(いいから魂の入れ物の方を救ってくれ)」最後に「隊長」はそう思う。

                ◇ ◇


 町の、と或るところ。

「火の手だ。手筈どおり」



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