30.特攻隊長も憂鬱だ
《三月十日土曜、日没》
寺町、丘の上の僧院。
謎の武装集団が占拠籠城中・・城ではないが。
「ひどぉい! 僧院、燃やす気なんですかぁ?」と、尼僧のアンヂェ。
「火事に見せかけるだけだ。外の連中に慌ててもらう」
隊長と呼ばれた男が白々しい。
「でも、これ・・火なんか付けたら、皆ぃんな燃えちゃいますよぉ」
「ちゃんと俺たち三人で火の管理をする。始末もちゃんとする。派手に騒ぎ立てて、遠くから火災に見えるようにするだけだ。見せかけだ」と、部下らしき男が繰り返す。
「ダメですよぉ。私、放火には詳しいんです」
「アンヂェったら、何でそんな事に詳しいのよ!」と、小柄な尼。
「まあまあ。あなたたち、俗世を捨てて出家した者同士なのですよ。過去の詮索はお止めなさいな」と、院長穏やかに諭す。
「アンヂェ怪しいわよ」
「まあまあ」
「お前ら喧嘩してんじゃねえよ。そこの変な尼、なんでダメなんだ?」と、部下っぽい男。
「ダメですよぉ。ここ、下から空気の回りが良くって煙突みたいな造作なんです。火ぃ付けちゃったら、ぷわぁぁっと燃えます。ぷわぁぁっと!」
「隊長! 燃えちゃうって」
「ちっ、面倒な尼が居やがった」
◇ ◇
トルンカ村。
こちらも剣呑。
「再び・・武力抗争が御城内部で起こってしまうか・・」と、ミケーレ。
「姉様・・」
「辛いことじゃ。あのときは、伯爵夫人の侍女じゃった我らの母者が、盾となって次々と斃れたと聞く。
「先々代が那のような形でお亡くなりになり、先代も・・。伯爵家の女性には一体何時まで斯様な不幸が付き纏うのでありましょう」
「先々代は刃傷、先代は・・毒・・ではなかった。毒ではなかった。それは間違い無いんじゃが。何とも不可解な事件じゃった」
「それです、姉様。いま御曹司が伏された急病というのが、やはり如何にも尋常でありませぬ。薬師殿が内密に私共に避難を促す程の・・。村の娘らの安寧が為に急いで下がって参りましたが、事の顛末見届けられず口惜しう存じます」
「いや、早々に下がって来てこそ正解じゃ。託されたゲルダンの娘御もおったじゃろう」
「そう! あの娘の具合は?」
「あれは只の過労と極度の睡眠不足じゃ。休めば癒る。大事ない」
「あれの祖父じゃと申す者が随分と思い詰めたる様子にて、頼むと謂うからつい引き受けて仕舞うた」
「お主らしいわ。さぞ仏頂面して引き請けて参ったのじゃろ」
その時また、轟々けたゝましく響む馬蹄。
「すわ軍勢か!」
◇ ◇
寺町男坂。通用門を封鎖している盾の蔭。
「リノ! リノ! れんちゅーが、ヘン!」
「?」
「ぼろせいどうに、わらとか、いっぱい。 いっぱい、つめてる」
「おい、赤猫*かよ。勘弁してくれ」 *註:放火
伝令が走る。
◇ ◇
市警本部、会議室。
レナート・カペッラ書記官が図面を見ながら配置指示書に印章。指示書と言っても、配置の略図だ。
門衛局の伝令に指示書を渡し、逆に渡された手紙を読む。
「ヴィナちゃんから? 何だ? 寺町の蒸し風呂屋にいるから後で来いって・・忙しいんだよ俺。いや、もしかして探索者ギルドからの極秘情報とかか?」
若いエリート書記官、悩む。
小さい頃はよく見た彼女の入浴姿を思い出しているのは内緒だ。
◇ ◇
ニクラウス代行、窓辺に居ても室内の皆の会話をよく聞いている。
市長と法務顧問の会話に割り込む。
つい先日終わった聖教会十二支柱補欠選挙の話題だ。
「カラトラヴァの大司教って?」
「勢力が地元密着すぎて、ぜんぜん対立候補として弱い老人です。いわゆる、支持者に利益還元しっかりやる典型の男」
「そういうタイプの人って、お月様を欲しがったりはしないもんだと思うんだけどなあ」と、市長閣下。
「おじいさんですしね。でも・・」
「でも?」
「甥御さんが積極的なんですよ。生きてるうちにどうか聖職者最高の栄誉をって」
「それって、取りようによっちゃ、ひどい言い方じゃない?」
「王弟殿下一択って下馬評でしたよね?」
「ご本人が固辞でもしなければね」と、法務顧問。
「甥御さん、どうせ一寸の間だから順番譲ってよケチ、と言いふらしてたとか、してないとか」
・・狙いは自分の利権じゃねえか。やっぱり酷え甥だなぁと代行、心中で。
「本人不在で決まるってのも、変な制度だよねえ」
「過去に本人らが聖職者にあるまじき醜い暗闘を繰り返してきた歴史の輝かしき成果でございますよ」
老修道士、身も蓋もないことを言う。
◇ ◇
地下牢のロブ、呟く。
「寒い・・」
◇ ◇
寺町男坂の湯屋、もとい蒸し風呂屋。
ロブと運命の分かれ道を遠ざかった下男仲間のダムとシャル、湯気の中ぬくぬくしている。町でここ数年許女郎番付上位常連のマルテを左右に囲んでごろごろしながら全裸で思い出話。
「ロブの野郎、なんで行っちまったんだろうな」
「彼奴ぁ彼奴で思うところが有ったんだろ。俺ゃ毫も背後暗くねぇから堂々としてた。お前ぇもだろ?」
「ブシャールの坊ちゃんが後ろ暗ぇのは承知だから、ロブがびく付くのも解からんじゃ無ぇけどな」
「でも、身に覚えの無ぇ罪で誘引かれるのを怖がっておどおど暮らすとか馬鹿らしいだろ。市警の見張りがちいと付くくらい、護衛さんがいると思って楽にしてりゃ良いじゃねぇか。怖じずに生きてる方が人生楽しい。だろ?」
「違ぇ無ぇ」
ダム、マルテの尻を枕に仰向けに寝る。
湯屋の娘が冷えたワインのジャグを持ってきてダムの頬に押し付ける。
「ここであんまり飲んじゃ駄目だから、少しね」
「おめぇも間怠っこい下着なんか着てねえで、パーっと脱いじゃえよ」
「そうねえ」
濡れて体に貼り付いている袖無しの膝丈下着をぺろっと脱ぐ。
「げへへ、ちっちゃい胸も可愛いぜぇ」
「おじさんのちっちゃいファロスも可愛いよ」
指で弾いて立ち去る。
「可愛いってさ」と、マルテが突っつく。
◇ ◇
トルンカ村。
ペッペ・ポラーレ・”イル・モロ”、女たちの乗って来た馬車のメンテをしていた車屋っぽい男に話し掛ける。
「この鞍って、応急修理利くかな?」
「ありゃあ、これは後ろ半分木っ端微塵だな。前もガタが来た。蟻臍割れて枠が歪んじゃってるだろ? 何したらこんなになるんだ。まさか攻城投石器で一発食らったんか?」
「駄目かい?」
「新しいの買うしきゃ無ぇやな。しかし兄ちゃん、なぜ生きてる?」
ペッペ、改めて、震える。
そこへ、地鳴りのような大量の蹄の音と駒の嘶き。
村の者も耳を攲てる。
物見塔に駆け上がる者も。
城門・・ではないのだが、車座の様に中央袋広場を取り巻いている石造り屋敷群の入り口アーチの上から誰何する村人の大声。
答える音声も聞こえるが流石に遠い。
◇ ◇
僧院。元聖堂の廃墟上層階。
藁や可燃物が積まれている。
尼僧院長と尼が四人ーー正確には尼じゃないの一名含むーー可燃物に囲まれて奥まった場所にいる。
「隊長、火を点けたら危険そうですって」
「うむ。あまりリスクは取りたくないな。藁を減らそう。二、三人呼んでこい」
「部下二人、階下へ降りて行く」
降りていく部下を、目で追う。
「さて、尼さんたち。お祈りの刻だ」
「どういう意味?」とアンヂェ。
「他意はないさ。俺に呼ばれてて、あんたら晩のお勤め済ませて無いだろ。祈りなよ」
「何する気?」
「だから、お祈りさ」
「あんたら、どっかの貴族の家来衆よね」
「ふふん。そう見えるか?」
「見えるわ、みんな家来衆の次男坊以下。服の生地は良いけど流行遅れの仕立て直し掛け矧ぎ付き。全員が全員銀の拍車着けてて二十台後半。実戦経験は無しね・・」
「尼僧の嬢ちゃん探偵さんかい?」
「むかし家来をよく見てただけ」
「ほお、そうかい」
「銀の拍車つけてて、実戦経験は無しの次男坊以下ね・・あなた以外は・・」
「で? 俺は?」
「あなたは平民出で元傭兵。拍車も剣も無骨な実用品で、綺麗な言葉遣いが付け焼き刃」
「それで?」
「ここに放火して、独りで逃げるのね?」
「隊長」の口の端が歪む。