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9.一同温故知新で藪を突つき、約束どおり蛇が出るの事

「……領主様ご一家の慶事で『恩赦』は解ります。しかし事件の捜査を打ち切るというのは……」

「異常な拡大解釈ですわ!」


 山のように抱えて来た記録類を次から次へ、文字通り舐める様に捺塗なぞって、

「尋常でない大盤振る舞いの恩赦!

 ーー死刑囚3人減刑で国外追放って、ゲルダン人に帰宅許して無罪放免ですわ。

 ーー贈賄商人釈放ただし営業権剥奪・・これはまとも。

 ーーそして凶悪事件が捜査中止で都合3つお宮入り。

何ですのこれ、失政そのものです」

 ……さも呆れたと言う表情で腕を組む。組んだ腕の、貴族好みの地面を引き摺るような振袖を、たぶん書き物に邪魔だと言う理由で腕に巻き付けて銀鎖と革紐で適当にぐるぐるに括った彼女独特の意匠でざいんが……いや、意匠の積もりは無いのだろうが世間的には明らかに特異な我流なのに妙に格好良く感じて、つい微笑んでしまう。彼女はとても可愛い人だ。


「ふむ、凶悪事件が誘拐の他に2つと言うのは?」

……と、アランさんの指摘。ちょっと気が散っていた自分を反省……

「織物問屋主人の強殺事件と、もう一つが呪殺嫌疑。伯爵のーーいえ、当時は伯爵世子ですねーー愛人が突然病死して、正夫人の侍女と魔導騎兵ダークエルフの2人が容疑者として取調べを受けています」

「うむ、そっちか」

「ということは……先代伯爵が無理やり恩赦名目で、つまり事実上の強権発動で市警の捜査を中止させたのは、そちらの事件が本命で……児童連続誘拐事件の捜査は余波で割りを食ったと……?」


「伯爵って、市内の別邸とかに愛人囲ってたのッ?」

「経緯はこうですわ」

 掻い摘む。

「いかにも素行の悪そうなダークエルフが酒場で、呪詛の奥義の話を酔客相手に演説していたのが、通報されて逮捕」「ぐッ!」

「それだけなら風俗潰乱罪の公開尻叩きくらいで済んだ話ですが、折悪しく、その時点で市警に『子供を贄にして呪術を使う魔女がいる』と匿名の通報が幾つも舞い込んでいました。愛人さんがーーいえ、正確には寵妃さんですねーー原因不明の病気で寝込んでいるという怪情報もあって、市警が動いてしまったのですーー」

「うむ、繋がって来たな」

「ーー市内に犯人がいる、という前提でしたから」


「……通報や怪情報ばかりですね……」

「そして、ここから記録が極度に減るのですわ。『寵妃が本当に死去』、『夫人の侍女に任意の事情聴取』なぜ彼女だかは不明。そして『恩赦』で終了です」


「ううむ、これでは異端審問官が目を付ける寸前の事案だ。あながち伯爵家を疑えん」

「……審問官がやって来て無実の市民を数百人捕縛、とかの大惨事を、未然に食い止めた『英断の横車』……かも知れないのですね」

「まあ、自分の身内が第一なのではあろうがね」

「……主犯が伯爵家筋であるか、はたまた其の敵側か……いづれにしても伯爵には『強硬手段に訴えてでも事件を闇に葬る』のに真っ当な動機があります。つまり、このり振り構わずな『恩赦』は、伯爵家側を疑う手掛かりとしては脆弱と……」


「ううむ、納得いかんな。タイミング的に、臨月の伯爵夫人ーーいや、世子夫人が寵妃呪詛など指示するように思えん。それに、今の伯爵世子は確か三十代だ。つまり、とうに嫡男を儲けていて圧倒的有利な立場の夫人側にはデメリットの方が大きい」

「ダークエルフがその場で通報されたのは当然としても、匿名通報の多発はいかにも怪し気ですし、寵妃の病状に至っては伯爵家内部から流出した怪情報なのが確実ですわ。派閥の泥仕合が産んだ冤罪とかの線が強いでしょう」


「うむ、呪殺か毒殺かも判断つかんしな」

「……あれ? ……領主様『初孫』御生誕? ……」

「人は感情の動物ッてね。利害じゃなくて嫉妬で鬼にも蛇にもなるのが女の子ってヤツだったりしませんかね」

「二児の母の夫人が女の子かどうかは措いて、誘拐の方に漂う何やら悪魔的な儀式の影が、寵妃呪殺と一体の事件だと強く訴えて来ますわ」


「イーダさん女の子で通じますッ!」

「嬉しいけどアル君の点は上がらないです。妾、もう一回り若いし」

 ……イーダさん、一回りは流石に嘘です……


                ◇ ◇ 

「うむ、子供たちの誘拐の方についての情報は、もっとないかね?」

 ……アランさんが、ぶれない。

「あら『行方不明6【他】』で、実際はもっと被害者がいますわ。最初の被害者は二日に白昼堂々、織物職人の庶子が誘拐されています。女親が必死に探し回っていて『街の浮浪児たちと遊んでいたとき数人一挙に馬車に詰め込まれ拉致された』という事までは調査人の報告があります。他の子は名前も人数も判っていません。翌日に5人まとめて孤児院から拐かされていますので、同程度の数でしょうか。」

「ふむ、手口が雑だな」


「孤児院の経営者が、子供に過酷な重労働を強いていた悪党で、子供らが逃亡したと思って市警に捜査を急き立てた様です。皮肉ですね」

「うむ、市警が動きそうもない弱者を粗雑に狙い撃ちして、杜撰さゆえに却って事を荒立てる結果になっているわけだ」

「最初の被害者にしても、女親が籍を入れて貰えないから長じて徒弟にもなれないーーだから浮浪児たちと遊んでる子供ーー行方不明になっても探しても貰えないような立場の子供と見繕って攫ったなら、相当に性根のいやらしい犯人ですわ」

「それ、穿ち過ぎ。単純に浮浪児狙いに巻き込まれただけじゃないですかねえ」

「あ・・そう、ですわね、確かに」


「だいたい浮浪児拐うのに箱馬車使うとかさッ! 犯人は絶対いいとこン家の悪ガキ連中だって。いかにも弱い者虐待とか徒党組んで遊び半分にやりそうでしょ? それで親たち有力者が伯爵家の慶事に便乗して市警に圧力かけて恩赦特盛り盛りとかだよッ! 恩赦がめっちゃ拡大解釈になってるの、単に『伯爵の横車』じゃ説明つかないじゃないですかッ」

 アルくん突然熱弁……


「あら、『箱馬車』って言いましたっけ?」

「あ・いやッ、馬車に詰め込んで拐ったなら箱馬車でしょ。幌馬車に乗せるなら頭から袋でも被せて縛るんじゃないですかね」

 読み返す。

「ええ、確かに『箱馬車』と書いてありますわ」


「今回……農村部で一人ひとり誘拐しているのは……」

「うむ、プロを数人雇って手分けして実行した、か?」

「前回の失敗からの学習効果とすれば、主犯は同じ者か、或いは向上心のある模倣犯ですわね」

「向上心のある模倣犯って、何ですかね、それッ」


「……殺した……という話が、この時は出て来ません」

「あ」

「そう。単に未成熟児童の拉致事件が未解決で闇に消えただけだ。今回のような異常性が漏れ出ていない。間違って市民の子供まで拐わなかったら、孤児院長が口減らしできたと笑って済ませていたら、まったく記録にも残らなかっただろう」

「……ですが、凄惨な事件は起こっていた……恐らく市外のどこか人目につかないアジトで。だから殺人は隠しおおせた。誘拐は人の多い市内で、誰も気にしないだろうと安直に浮浪児や孤児を狙って、見込み違いで露見した……と」

「今回は殺人を隠す気がないどころか、逃走用の目眩しにわざと晒したのかも知れん」

「……保身を考えるポイントが違っている。やはり実行犯は前回が市民で……今回が雇われの非市民ではないでしょうか」


「昔の市警さん、こっちはぜんぜん調べてないんですかね・・」

「調べていますわよ、箱馬車でーーとか」

「それ、被害者の家族が自力で調べたんでしょッ!」


「それとも呪詛事件の方のように、捜査は一応進んだが記録抹消になったのか、だ。しかし今となっては知る由もないな」

「……呪詛事件の方は『記録を消したという記録』があります」

「簡単なこと。当時の警吏に聞けばいい話ですわ」

「ふむ、二十四年も前の市職員の所在に調べが付くのかね?」

「付くもなにも、いま協会うちにいます。記録の捜査担当者名の欄に見知った名前が」

「なんと、ひと周りして足許か」「ぎくぎくッ!」


                ◇ ◇ 

「雑といえば……この町は、その……公文書館に誰でも入れて、監視も無しに閲覧できてしまうのでしょうか」

「ははは、私が『特別に信用のある者』だとは考えてくれないのか。寂しいぞ」

「どこの馬の骨とも分からないぼく、入っちゃってますけどねえッ!」

 アルくんが……無自覚に自虐している。


「『特に信用のある者』だと……改竄や隠滅は割と簡単に出来てしまうのですね」

「裁判所の事務官とか公証人だぞ?」

「だから、ぼく入っちゃってますよねッ?」

「ふむ、では逆に考えよう。記録に残っている怪しい人物は、実は怪しくない」

「…………」

「うッ」

「……この町の気風そのものが、雑……」

「南部人らしい『おおらかさ』とでも言おうか。私らも5年ほど前に住み着いた当初は随分と当惑させられたものだ。なあ、イーダくん」

「ドラスレさん結構馴染みましたねッ!」

「……犯人はこの町の人……ということでしょうか……」

「その推理、雑ッ! ニトくんも馴染むの早いよッ」


「ははは、ここは旧帝国が崩壊したとき軍団の宿営地に置き去りにされた工兵隊や輜重輸卒が帰る国も喪って、ズルズルそのまま住み着いてたら、台頭してきた近くの封建領主が幸運にもパトロンになってくれたという、後付けズルズルな歴史伝統に輝くズルズル自治の町だ。この町の人間に統制の取れた行動や緻密な計画は似合わん」

「えらい言いようッ」

「今回の犯行と昔の粗雑さと比べますと、お二人のその推測には頷ける所がありますわ。つまり、前回は町のワル少年たちが行き当たりばったりに関与していたが、今回はよそ者のプロを使っていると」


「……その粗雑さは、タレコミや怪情報で不用意に『呪詛』スキャンダルなど持ち出して事態を薮蛇に……深刻化させた人々と一脈通じます」

「結果オーライだけどねッ!」

「……陰湿で、暴力的に見えないし証拠も残さなかったけれど『子供を贄にして呪術を』なんて言葉に尻尾が出ているようです。伯爵夫人を排除したい派閥が疑わしいかと……」

「でも死んじゃったのは愛人の方だよね。毒殺か呪いか知らんけどさッ!」

「泥試合でしょうか」

「……今回は誘拐を組織的に手際よく進めた。でも隠す気がない。スカウトが監視していたことから、事件を調べようとする者へは多分暴力で対応してくると予測がつきます」

「ふむ」

「……当面の問題は、犯人が権力者側かどうかに尽きると思いますが、現時点では判別つきません」

 イーダさん何故か威儀を正して……

「妾らの探索者ギルド協会は、封建領主の力を削ぎたい王権側の思惑を上手に利用して自由に活動して来た実績と経験があるのですわ。よしんば今回の黒幕さんが伯爵家そのものだとしても、既に自分の庭の外ーー寺社領や天領で問題を起こしてしまっている。こっちに全く勝ち目がないとは思いません」

「いやまあ、上同士の手打ちの取引材料になってバッサリ切られるかも知らんがな、ははは」

 身も蓋も……ない。

「ささ、帰って食事にしましょう。警吏だった常連さんを紹介します。たまにはお酒が飲みたいですわ」


                ◇ ◇ 

「すみません。私、もう一点だけ……ちょっとだけ調べたいことが……」


「何かね?」

「暦……です」「なにそれッ?」


 イーダさんが超速で色々持ってきてくれる……四尺可りの杖の、石突の先に伸びたブロンズ色ビーズ飾りの房を足元でくるくる旋して器用に障害物を避け、優に小走りくらいの歩速で書架との間を往復する。資料の匂いを次々と嗅いでいるように見えるが……あれは読んでいるのである。


「……やっぱり」

「何か見つけたかね、プフスブルの巡査くん」

「いえ……イーダさん済みません、いま暗算してるので、そこ触らないでくれますか……いえ、決して嫌じゃありません」

「姐さんどこ触ってんのッ」

「ははは、イーダくん趣味は咎めんが、計算の邪魔はいかんぞ」


「やはり……どちらも誘拐のあった三日間は正確な新月以降すっぽり大潮の期間でした。そして新月は聖なる木曜日の深夜丑の刻頃です。しかも、その時期に木星が太陽に重なっています。諸条件そっくり同じです」

「なに、大潮ってッ?」

「ここらの……内陸の人たちには馴染みが薄いかもですが、港町の衆はよく知ること。月の力が最も強く響く三日間です。事件のあった三日間は、イーダさんが言われた聖なる三日間であると同時に、何十年に一度という月の力の特に強い日が重なっているんです」

「ふむ、それが三日間の意味だと?」

「……三日間のタイムリミットというのが絶対条件だった。だから、前回は素人が軽々に慌ててやって疎漏が多かった。それで今回はプロに能率優先で仕事させた。伯領内では遺体発見が市内に集中するのも、期日厳守・時間節約のため手分けして誘拐して殺害者の許に運んだ結果ではないかと……」

「きみは星占術も造詣が深いのかね」

「いえ……叔父がそういうの好きで……」


「向こうにも、そういうのが解る人間が居ることになりますわよ」

「頭カラッポの悪ガキじゃないってことッ?」

「しかし、そんな天文学的な確率で、同じ一門の女性が揃って臨月という偶然の方に納得がいきませんわ」

「……天体の動きは決まった規則的なものですから、どちらが原因で……どちらが結果か、と言えば……」


「はあ、これ確かに異端審問始まりそうだよねッ」



:扨て、当時の子細を知る人に話を伺います件は、且く下文の分解をお聴き下さいませ。

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