物乞い
祖母の屋敷の庭園は、楽園だった。
桃やぶどう、りんごなどの果物が、多く育てられている。
15歳の千鶴代は、特に柿が大好物だった。
少し変わった物が好きなのだ。
「千鶴代、さっそくだけど、これを物乞いたちに分けてやりなさい。」
(何でだよ?)
「また?」
「嫌なの?」
祖母に睨まれる。
無論、嫌だ。
なぜ、物乞いなんかに、大切な果物を分けるのか、分からない。
「あ、そうそう。関口家の美津乃さん、出世を狙って帝に仕えたけど、解雇されたらしいわね。」
(美津乃・・・ああ、あいつか)
美人として有名な美津乃は、夫・関口慶永との間に4男3女を儲けている。
「配ってくる。」
「嫌ならやるな。」
「嫌じゃないからやるんだよ。」
「あっそう。」
いくつになっても達者な老人である。
「美津乃!」
関口家は貧乏だ。
だから美津乃は仕官したのだが、失敗に終わった。
「あ、千鶴代様!」
私の父は正一位の公家だ。
最も位が高い。
それゆえ、民からは尊敬されている。
「ほれ、柿だ。」
「まあ、貰っても良いのですか?」
「もちろんだ。」
美津乃の長女、千代は6歳だ。
柿にかぶりついている。
「もう、千鶴代様の前で行儀の悪いことを!」
「良いのだ。」
怒る美津乃を制し、柿を食った。
「全部やるよ。」
「え?ダメですよ、他の人もいるんですから。」
「他の奴らは、自分が貧乏であることを恨んでいるだけで、どうやって出世するかを考えてないんだよ。特に物乞いは、自分の力で出世しようとせず、他人の力で生きていこうとしている。それが許せないのだ。」
「でも、私たちもそろそろ物乞いになろうと思って・・・・」
「馬鹿なことを言うな!物乞いになんかなるな!私がお前に果物を分けたのは、お前が出世の為に努力していることが分かったからだ!他人に頼るな!」
「でも・・・」
「お前は薬屋になったことがあるのか!?靴職人になった事はあるのか!?芸人になったことはあるのか!?」
「いいえ。」
「ならどうして物乞いになる!?まだ出世できる可能性のある職業はたくさんあるだろう!?物乞いになるのは、出世に100回失敗してからにしろ!!」
「はい。」
千鶴代は物乞いが大嫌いだった。
「んじゃ、またな。」
祖母の屋敷に戻った。
祖母は洗濯をしていた。