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第五話


「だいたい君達のやり方にはうんざりしているんだよ」

 瀬戸口はカップの珈琲を飲み干して、ペルラを睨みつける。

 薄々怪しいとは思っていた。勘付いていながらも行ってしまったのは自分の落ち度だし、隠しても隠しきれない好奇心があるのは事実だ。だからといって積極的に巻き込まれたいわけではない。

 後日改めて捜査協力を申請してきたペルラにどうやって帰ってもらおうかと、ラボの白い一室で思案しながら対応していた。

「市民の避難もおざなりに、むしろ囮みたいにして。しかも全然魔力足りていないし。他を当たってくれ。そもそも俺は現場でどうこうする人間じゃないんだ、このラボで引きこもって解析してるのが本業」

 ペルラは一向に引き下がらず、かれこれ小一時間は押し問答しているというのに余裕の面構えだった。どうやらラボの所長の許可は取っており、あとは当人が書面にサインすれば万事解決らしい。まるでもって生贄だ。

「魔力均衡をあの場ですぐ理解したわけでしょう。うちはほら、そういうのに少しばかり弱いから、是非力を貸して。今回も一緒に解決しましょう」

 瀬戸口は眉間に皺を寄せ、からになったカップを持ち上げかけて、下ろす。

 警察側があの状況を把握していなかったとは思えない。どこまで本気で言っているのか。


 テーブルの隅に目をやると、この会話に飽きたきららと海野が折り紙で飛行機を作り散らかしている。きららが視線に気づいて、瀬戸口に向けて紙飛行機を飛ばした。掠めるほどすれすれに飛んでいく。避ける心配は一ミリもいらない。

「人に向けて飛ばすんじゃありません」

「きららちゃん作るの上手いなぁ。僕のやつ全然飛ばないや」

 海野は感心した声でそう言うと、自分の紙飛行機をペルラに向かって飛ばすが、全く届かず地面に落ちた。

「ここはいつから託児所になったんだ」

 瀬戸口がため息を吐きながら立ち上がり、散らばった紙飛行機を拾い集める。

 ペルラがそっと海野に近づき、耳元で何か囁いた。そしてもう一度折り始める。次に完成したそれは、部屋を迂回しながら三周は飛んだ。どこかあの誘拐事件の鳥の飛行に似ていた。

「この子、普段システム遮断してるみたいでね」

 ペルラの言葉を聞いて、きららがはっとして唇を噛み、一瞬おとなしくなる。気を取り直すように顔を上げると、瀬戸口に話しかけた。

「協力しましょうよ。瀬戸口も目の前で拐われるところ見たでしょう。話を聞くと何人も被害にあっているようだし、助けないと」

「……誘拐事件なんてこの地球上にいくらでも起きている。この件だけ俺がイレギュラーなやり方で関わる理由は?」

「前も、」

「この件に彼女は関わっていないだろ」

 きららが黙ってしまうのを見て、海野も加勢して説得しようとする。

「三対一はズルいだろ」

「瀬戸口、」

「ああ?」

「一対一よ」

 そう言ってペルラがじっと見据えてくる。澱みのない、自分の信念に裏打ちされた強い眼光を見ていると、無性に腹が立つ。

「わかってる。わかってるけど、そういうこと言うとこいつが傷つくからやめてくれるかな。とにかく一旦持ち帰らせてくれ」

 瀬戸口は席を立ち、部屋を出ていった。



 夜のコンビニは白々として、平常心を存在させ続ける。買い忘れていたものを手に取りレジへ。店の外は堂々たる闇、夜道に街灯が続く。

 家からコンビニまで徒歩十五分もかからない。瀬戸口は往復三十分弱ぐらいで帰ってきた。郵便受けにたまっていた新聞やチラシを取り出し、部屋へ戻る。

 リビングの扉を開けて目に入った光景に、血の気が引いた。きららが机に倒れるように突っ伏している。

「どうした!?」

 瀬戸口は咄嗟に部屋を見回し脅威を探したが、特に襲撃を受けたような気配はなかった。

 痛いほどに静まり返る。人形のように少しも動かない。


 肩を抱え上げると、机ときららの身体の間から例のぬいぐるみがもぞもぞと出てきた。

「ごめんなさい。ただの電源落ちです、運ぼうとしたんですが、ちょっと重くて……」

「びっくりした……、電源落ちる前に充電してくれよ」

 瀬戸口は頭を抱えながら、沈むようにソファーに座り込む。

「夢中になっちゃいまして……」

 きららの申し訳なさそうな視線の先には、机の上に広がった細かい絵柄のパズルがあった。

 瀬戸口はなお頭を項垂れる。

「今度はパズル。そんなの一瞬でわかるだろ?」

「わかるためのシステムをこう停止させてですね」

「なんでそうやって自前ハンデ作るかなぁ」

 瀬戸口が呆れながらきららの身体を持ち上げて、パソコン机まで運ぶ。ぬいぐるみは弁明するように、ぴょこぴょこと跳ねながらそのあとをついていく。

「楽しむためにはわからないほうがいいこともあります」

 きららの身体を椅子に座らせ、乱雑に物が積まれた机の上からコードを探し出して、指先に繋いだ。

「瀬戸口、ピアノ買ってくれないし」

「だって口から演奏鳴らせるだろ」

 あのリサイタルへ行ってから、きららはピアノが弾いてみたいと何度も主張した。それを断り続けている。

 ぬいぐるみは少女の体によじ登り、膝の上で一息ついた。そのまま目を瞑ると、今どちらにいるのかもうわからなかった。


 郵便受けに入っていた新聞やチラシの束に挟まっていたのは、見覚えのある真紅の封筒。

 一番に封を切る。懐かしく甘やかな匂いがふっと香って、気持ちを持っていかれそうになって頭を振る。

「どうかしましたか?」

 きららの声にも答えず、便箋を広げて読んだ。


 君の言葉は何故もこう濃厚な蜜を含むのか。同じただの言語のはずだろう。言葉ひとつが目から脳へ、皮膚感覚を伝って全身が歓喜に痺れる。今、どこにいるのだろう。気配だけで昇天しそうだ。

「瀬戸口?」

 電源プラグを抜いて近くまで来たきららに、大きな声で呼ばれて、瀬戸口は我に返った。

「ごめん、なんでもない。ほら戻って、ちゃんと充電しろ」


 それは依頼の形だった。

 日本である誘拐事件が多発している。つぎはぎマントの男は笛の音と小鳥の群れを連れている。誘拐された彼らがその後、ある形で売買されている噂。それに使われていると推測される魔術の施された衣装。

 瀬戸口は深く息を吐いた。霧の向こうに浮かび上がる古城の記憶が過っていく。便箋と一緒にあるお店の通行書が入っていた。住所はイギリスの某中華街だった。



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