禍福の狭間の宇宙酒場
植民惑星のひとつ、エコー。
名物は都市計画などおよそ存在すると思えないゴミゴミした街並み。
そしてトラブルの匂いに満ちた火種だらけの喧騒。
その星都の裏通りに一軒の酒場がある。
すぐ向かいにあるピンク色に輝く娼館、七色ネオンの眩しいカジノとあわせて
"飲む打つ買う"の暗黒トライアングルを形成しているこの店はお察しの通り
いわゆるまっとうな店ではない。
そう、ここは傭兵酒場。
タムロする荒くれ者どもに金持ちや政府
時には後ろ暗い組織からの仕事を斡旋することを本業としている場所だ。
いつものようにカジノでの激闘に敗れたオレは
馴染みとなった薄汚れたゲートをくぐり
「ベーコンを焼いてくれ、それと何かうまい儲け話はないか?」
しかし、そんなお決まりとなったセリフを店主に投げかけた
オレの鼻腔をくすぐったのは甘い脂の焼ける場末の酒場には
場違いな、極上の香り。
「ステーキ……それもホボカウの肉なんかじゃない。地球産のウシか」
「ご名答」
器用にヘラで白い脂の塊を踊らせ鉄板のすみずみに
油を通しながらマスターが答える。
「はぇぇ、となると今日は四度目チャレンジの日か?」
「ああ、マークのやつだ」
「アイツ、もうそんな時期か」
この店にはひとつのジンクスがある。
ここの新人傭兵は四度目の依頼でほとんどが戦死を遂げるというものである。
『最初のミッションはみんなビクビクしながら
慎重にこなす、だから意外と死なねー
ビギナーズラックは続かない、そう思いながら二回目と三回目の
ミッションも生き残る
そして慣れてきた頃に――ズドン!ってわけさ』
トムがそんなことを言っていたような気がするが、その理屈が正しいのかどうかはよく分からない。俺は"例外"だったからだ。人一倍ツイてないほうだと思うのだが少なくともまだ生きている。
そういった話もあって、うちのマスターは四度目のミッションに挑む新人の帰還を祈るためステーキを焼くようになった。生き残り、帰ってきた者だけが味わうことができる地球産のウシ肉を使ったスペシャルメニュー。
オレも馳走になった。この時代の肉には付き物のイヤな金属臭とかまったく無いさらりと体細胞に馴染む味、原始の本能に訴えかける分厚い歯ごたえ……思い出しただけでもヨダレが出てくる。叶うのならもう一度あれを食してみたい!
「で、マークのヤツはどこ行った?」
「衛星カナビス」
衛星カナビス、それは自動航行厳禁のデブリ帯の奥に
ひっそりと位置する麻薬組織がアジトとして支配している凶星。
数々のトラップと強力な戦士達に守られたその星にある実験場を調査するのが
今回のミッションだというが……。
「おい、そんな危ない仕事を!」
「俺も止めておけと言ったさ、でも聞かなかった」
アイツは不器用なんだよ、この時代で生きていくにはいろいろとな……
その言葉と共にため息をつきながらマスターは端末を机の上に置く。
「一時間ほど前にカメラが送ってきた定時通信がこれだ」
その画面の中に映っているのはビームトンファーを振りかざし戦斗員を次々と薙ぎ払ってゆくマークの姿。体の大きな男を真っ二つに両断し、逃げようと背を向けたスーツ姿の頭に右手のショットガンをぶちこむ!宇宙港の床にひろがる血だまりのなかでニヤリと笑みを浮かべる。
「調査というより、制圧だな」
ヤツの後ろを、互いに励ましあいながら
簡素なワンピース姿の少女が数人続いてゆく。
恐らくこの施設の実験台にされていたところを助け出したのだろう。
若干顔色が悪いものもいるが命には別条はなさそうだ。
「おいおいなんだよ脅かすな。順調じゃねえか」
そうだった、単純な白兵戦ならマークは強い。
知る限りアイツを打ち負かした者など一人もいない。
たぶんオレでも歯が立つまい。
心配して損をした、きっとヤツならやってくれる。
もう三十分もすればいつも通り自信に満ちた笑顔で、この店のドアをくぐり
大好きなドライ・マティーニのグラスを傾けながらステーキにかぶりつく。
オレはそれをしょぼくれた焼きベーコンを食みながら見つめるのだ。
女の子たちを助けたことでボーナスが出るだろうから酒の一杯ぐらいはおごってくれるかもしれない。
店内にベルの音が響いたのは、そして今までただのインテリアだろうと
思っていた地球時代の黒電話の受話器をマスターが取り上げたのはちょうどその時。
「ああ、はい、はい……そうですか」
マスターの表情がふっと曇る。
「自分はツイている、そう思ったときにはもう運は尽きている
あとは悪いことしかない。そう考えて動くべきだったのにな」
受話器を置いて、はぁとため息をつくマスター。
「捨てるのも何だ。ベーコンと同じ額でいい、半分食べるか?」
「ああ、ありがたく頂くが……マークは?」
デブリ、と一言だけつぶやいて首を左右に振るマスター。
「そうか、アイツらしいな」
そう、ヤツは最後まで誰にも負けなかった。それがせめてもの慰めかもしれない。
「特上ステーキをただの水で、ってのも味気ない
ドライベルモットとビターを……ジンで割ってくれ」
ツケでいいとうなずくマスター。
オレのぶんとは別にあと二杯同じものを調合し、そのうち一つを手に取る。
――――――――――――
「ごちそうさん」
後輩との別れに涙をこぼしながら食っても
飲みなれない苦いマティーニと合わせても……薄情かもしれないが
地球産のステーキはやっぱり旨かった。
アイツのおかげでオレはこれを食べられる。ムダにはしない。
そう思いつつ脂身の一片、付け合わせのジャガタライモまで余すことなく貪った。
「で、仕事のことだが……」
「あ、それはもういい」
オレは席を立ちあがり、ステーキの鉄皿を見下ろしながら
すまなさそうな顔を見せたマスターに告げる。
「計画変更だ。今日はちょっとだけ、いいことあったからな
ツキが逃げないうちにもう一勝負カジノ行ってくるさ」
「そうか。それがいい」
ひとつ頷きマスターが続ける。
「今のところお前にやる仕事はない
大負けして……素寒貧になったらまた来てくれ
その時はとびきり刺激的な仕事を用意してやる」
いやいやお手柔らかに、そう返しながらオレは店の扉をくぐる。
何しろオレはとびきり運が悪いのだ。そんな難しい依頼受けたら
きっとすぐ、コロリと死んでしまうに違いない。