第7話 大型アップデート
「大型アップデートの実装?」
あれから、少しの時が流れた。
亮子は短大を卒業して、予定通りに外資系の企業に就職を決めた。
堕落を極めた私のお節介を焼きながら、呆れつつも身を案じてくれている状況だ。
「……エリア制度かあ」
マスターズオンラインは、大胆なアップデートを仕掛けてきた。
なんと、エリア毎にブルー、イエロー、レッド、ブラックとランク分けをしてきて、レッド以上でPKされるとアイテムをロストしてしまうらしい。
ブルーはPK禁止の安全地帯、イエローはPKは可能だがアイテムロスト無し、レッドはPKされるとアイテムを失うがフィールドに直近30分以内に敵対的行為をしたプレイヤーの人数が表記される、ブラックはそれすらも分からない。
しかし、エリアの危険度が上がれば上がるほど、モンスターから得られる経験値やアイテムなどは格段に跳ね上がる。
……との事だ。
「これは飯の種が増える予感がするわね、追い風が来たと言っても良いわ」
数日後。
予定通り、大型アップデートが実装され、冒険者達は良質なアイテムを求めて危険なエリアに繰り出した。
『装備をロストしたああああああああああ!!』
『おい誰だよ、ブラックで山賊行為してるやつ!!』
はい、予想通りです、本当にありがとうございます。
案の定、全体チャットは阿鼻叫喚。見事に、装備品やアイテムを全て失って悲鳴をあげるプレイヤーで埋め尽くされていた。
先に情報をしっかり掴んでいた連中は、既に『ガンク』を専門としたギルドを立ち上げていたのだ。
そこに、美味しいという情報だけを聞いてのこのこやってきたプレイヤーは、身ぐるみ剥がされて殺されたというわけだ。
今回のシステムの実装により、マスターズオンラインの常識は一気に変わった。
レッド以上のエリアに行く時は失っても惜しくない装備で行くしかなくなったのだ。
いくら高級なアイテムで身を固めていても、集団VS1では勝ち目は無い。
それもそうだろう、PvPとPvEでは装着している装備が全然違う。
モンスターだけを倒すプレイヤーと、PKを目的としているプレイヤーでは相手にならない。
もっと言えば、心構えからして違うのだ。
「それに、先制攻撃するのは、どうしてもPKが先だからね……その時点で不利は明確」
さて、そろそろ私に依頼が来てもおかしくない頃だ。
メールや個人チャットを待ち構えていると……早速来た。
『エリスさん、レッドエリアで殺されてしまいました。俺だけがアイテムをロストするのは屈辱です、あいつを殺して下さい。あいつのアイテムは全てエリスさんにあげます』
……おお、それはありがたい。
こんな上客だらけならば、私はもう金策狩りなどしなくても良いかもしれない。
クライアントと情報を共有し、ターゲットの情報を仕入れる事にした。
「エリス、レッドエリアに行くの?」
「ミント、危険だから付いてきちゃダメだよ。もうレッドやブラックは、魑魅魍魎が跋扈する場所なんだから」
レッドエリアである、エメラルド平原にターゲットがいる事が分かったので、出撃準備をしていると身を案じたミントが話かけてきた。
そう、私はガチガチの装備に身を固めてレッドに行くのだ。
カレハアバターで名前を隠しているが、私の装備がバレたら山賊どもは一斉に襲ってくるだろう。
……しかし、私には勝算もあった。
「そんな装備で大丈夫なの?」
「大丈夫よ、問題無いわ」
1番良いのを付けてるからね。
神は言っているわ、ここで死ぬ運命では無いと。
さて、私もレッドエリアに来るのは初めてである。
エメラルド草原で、ターゲットを探して移動を開始する。
……単独行動は考えにくい、最低でも3人くらいはいるだろう。
「見つけた、3人組。片手剣、弓使い、ヒーラーね!」
狩りに夢中になっているであろう、連中にバレないように……。
この超高額の『隠れ身のポーション』を使うのであった。
これを使うと、しばらく姿を消す事が出来るという優れものだ。スキルを使うと姿が見えてしまうが、その頃には……。
「紅月!!」
既に、ヒーラーをキルしていたのであった。
「タンカー!あいつを抑えろ!」
おっと、麻痺矢をもらう訳にはいかない。タンカーは固いが攻撃は痛くない。
ならば、次に殺すのはDPSの弓使いだ。
弓には弱点がある、それはロングレンジでの攻撃は得意だが……接近されると対応が難しいのだ。
「居合斬り!!」
そして、弓使いも骸と化す。
最後に残ったのは、タンカーである。
「お、覚えてろ!!」
しかし、タンカーは逃亡を企てる。それは正しいだろう、こっちはとても強い装備、向こうはロスト覚悟の装備。
更に言ってしまえば、タンカーは敵の攻撃をパーティーメンバーの代わりに受けるのが仕事であり、自身の火力はほとんど無い。
……ならば、する事は簡単だ。
「鎧崩し!!」
敵との間合いと詰めて、デバフを仕掛け、鈍足のスキルまでも使って相手を無力化する。
そうなってしまえば、もうタンカーはお手上げだ。
こうして、連中と私の3対1の戦いは30秒もかからなかった。
「任務完了っと」
さてと、戦利品をガンクさせてもらおう……。
おお、思ったよりも良い装備とアイテムを持っているじゃないか。
これは3人合わせれば5000万シルバーくらいは行くだろう。
それじゃ、長いは無用だ。私が狙われて殺されては、なんの意味も無いどころか赤字だからな。
既に、私も敵対行為プレイヤーとして数に含まれている事だろう。
他のプレイヤーが、私をPKしようとしてきても不思議ではない。
「隠れ身のポーション、その2!」
私は再度、とても高額なポーションを使ってレッドエリアから抜け出したのであった。
3対1でも、相手の装備がイマイチだったり腕前が二流だったら、私の敵ではないのだ。
「うわー、レアな装備やアイテムがいっぱい!!」
「依頼金も貰ってるし、これならしばらくはシルバーに困る事は無いわね」
私の装備は、全身合わせれば10億シルバーくらいはするだろう。
とてもじゃないが、レッドに持っていける代物ではない。
だが、安全に帰ってくる方法さえ分かっていれば、これほど頼もしい装備は無い。
……今度は、ブラックにでも行ってみたいものだ。
ブラックエリアにもなると、レッドとは比べものにならない位、得られる報酬が良いそうだ。
ならば、そのアイテムを奪おうとしているPK連中もきっと多いだろう。
「エリス、ブラックに行こうって考えるでしょ?」
「……まあ、流石に分かるよね、ミントには」
妹だものね、当然である。
「それなら、エリスがギルドマスターになれば良いんだよ。レッドとブラック専用のPKKギルドを作るんだよ!」
「……私がギルドマスター?」
その発想は無かった。
しかし、私のPKKとしての名前は徐々に有名になっているし、ブラックともなると集団戦は避けられないだろう。
その時に、頼れる仲間がいるというのは嬉しいかもしれない。
……ただなあ、ギルドマスターって管理とか忙しいし、PKK以外に時間を取られる事になるんだよなあ。
「ああ、面倒な事は私がやってあげるよ。エリスは、『お仕事』だけに集中していれば良いんだよ」
「……そこまで言うのならば、やってみようかなあ」
こうして、私が名ばかりのギルドマスター、ミントがサブマスター兼管理担当のギルドが立ち上がった。
名前は「ツインナイト」になった、私とミントの2人とも剣使いだから……らしい。
でも、本当に大丈夫だろうか、ミントは知り合いこそ多いけど、私は本当にコミュ症だからなあ……。