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PKKエリス  作者: IROHA
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第5話 恭子と亮子

「……無理に来なくても良いよ、大学も忙しいんだろうし」


「もう内定も貰ってるし、よっぽどの事が無ければ大丈夫だよ。ちゃんと約束通り、今後も1ヶ月に1回はリアルで会いに来るからね」


1人暮らしをしているくせに、必要最低限以上の事を全くしない私のアパートに亮子が来ている。

……そう、これは私達姉妹の約束なのだ。


【どんなに忙しくても1ヶ月に1回は直接会う】


今思えば、なんて軽はずみな約束をしてしまったのだろうか。

亮子は妹だが、まるで私の保護者のようにあれやこれやを言ってくる。

コンビニの弁当ばかりでは身体を壊すかもしれないから、自炊の1つや2つを覚えろとか。

野菜がどうしても不足気味になるから、朝起きたらまずは野菜ジュースを1杯飲めとか。

……私にとっては、時間の無駄にしか思えないのだが。


「……見ての通り、何も変わってない。報告は以上よ」


「パソコンは定期的にメンテナンスしてるのに、自分自身の管理はボロボロだよね。あのね、自分が病気になってもマスターズオンラインは出来なくなるんだよ?」


それを言われると立場が弱くなるが、ネトゲプレイヤーたるものネトゲをしながら死ねるのならば本望なのではないか?

どうせ人間いつかは死ぬ、それなら死に方くらいは選ばせてほしいものだ。

海外で1週間くらい不眠不休でネットゲームをして過労死したというニュースが流れてきた時は、正直自分では到底及ばない存在だと思ったくらいだ。

もっとも、だったら今すぐ死ねるのかと聞かれたら、まだやり残した事が多すぎて死ぬに死ねない。


「分かったよ、コンビニで野菜ジュースを1つ買うようにするから、それで今回は見逃してよ」


「やれやれ、意地でも自炊する気は無いんだね……。17歳のある時までは、ただの読書好きの非オタクだったのに」


「……それでも、家庭科の成績は良くなかった」


「でも、簡単な料理くらいなら普通に作ってたじゃん。……慣れてしまえば、そこまで時間は取られないよ? 生産スキルの放置中にやれば十分間に合うし、ゲームに影響も無いよ」


……はぁ、姉を気遣っているのか、それとも今更真人間に戻れとでも言うのだろうか。

亮子は忘れているのだろう、目の前にいる姉はネトゲ廃人なのだという事を。

馬の耳に念仏、馬耳東風、私にそんな説教をした所で意味なんてあるか。


「というわけで、今から一緒にスーパーに買い物に行くから。 今夜はカレーね、私が作るから」


「はあ!? なんで、わざわざコンビニより遠いスーパーまで行かないといけないの?」


……理解に苦しむ。

ただでさえ、こうやって私の貴重な時間を盗んでいるのに、それに加えてこの暴挙は即決で承諾しかねる。


「嫌だ、行きたくない」


「ほらほら、『エリス』は適当に生産でもさせておいて、外に出るよ!!!」


結局、リアル行動力の差で亮子に押し切られてしまったのであった。

コンビニまでは徒歩3分くらいだが、スーパーは10分以上かかる。

この時点で、私は既にコンビニに軍配が上がっている。

……むしろ、これだけのタイムロスがあるのにスーパーを使うメリットって何?




「……お願い亮子、今すぐ帰らせて」


夕方という時間もあって、スーパーは多数の客で混雑していた。

田舎とは云えど地方都市だ、集まるべき所に人は集まっている。

……だが、コンビニで平均滞在時間3分ほどの私からすれば、この光景はまさに地獄絵図だ。

戦利品の奪い合いでもしているかのような状況、これからワールドボスでもポップするかのような人の集まり。

マスターズオンラインでも、大人数の集まりは苦手なのに、こんな状況に耐えられるものか。

私の足は即座に出入り口に向けられたが、無情にも亮子にブロックされてしまっている。


「高校の時は、1000人を超える学校だったでしょ? それを思えば、こんなの全然大したことないじゃん」


「……あの頃から混雑した所は苦手だったよ。昼休みはパソコン室でネットサーフィンしてたし、帰宅部だったら放課後は即座に帰ったよ」


まあ、流石に学校のパソコンにマスターズオンラインをインストールしようと試みた事は無いが……。

私の通っていた私立高校は部活が強制ではなかったので、私は最初から最後まで帰宅部を貫いた。

本に囲まれるのが結構好きだったので、図書室の仕事をしていた時期も僅かにあったが、マスターズオンラインと出会った直後に出奔した。

それ以来、私は電子の世界に生きる女になったというわけだ。


「はあ、仕方ないなぁ……。お惣菜のコーナーから見ていこう?」


そう言って、私の手を取り人混みの中に入っていく。

そこには、コンビニよりもボリュームもありそうで値段も6割くらいのお弁当が沢山並んでいた。

……へ、へえ、悪くないじゃん。この時間帯で行くのは最悪だけど。


「閉店が近付くと値引きとかしてくれるんだよ?」


「……あ、ポテトとか焼き鳥とか枝豆も売ってるんだ」


最後に、まともな緑野菜を食べたのなんていつだろう……?

亮子の勧めもあり、ハンバーグ弁当と適度なおかずの惣菜をかごに入れた、これは夜食になりそうだ。


「ま、まあ……お惣菜コーナーだけなら悪くないかな」


「コンビニに比べたらね。それじゃ、カレーの材料を集めるよ」


その後、豚肉、たまねぎ、人参、ジャガイモ、そしてレトルトではなく固形のルーをかごに入れる亮子。

なんていうか、慣れてるんだなあ……って、そう思った。

大体、ここは実家から最寄りのスーパーですらない、つまり亮子はここのスーパーに慣れているはずがないのだ。

それでも、これだけテキパキ動けるという事は、スーパー自体に慣れているのだ。




「……死ぬかと思った」


結局、お惣菜とカレーの材料を買って帰路についたが、慣れぬ事をしたせいで結構呼吸を荒くしてしまっている私。

情けないとかそういう次元ではない、異世界に迷い込んでしまった冒険者のような気分だ。


「まずはお惣菜だけでも良いから、脱・コンビニ! 分かった?」


……分かりたくないと言いたい所だったが、このボリュームはコンビニに比べて遥かに良いので、コストパフォマンス的には良いのだろう。

自由な金が増えれば、その分はマスターズオンラインに投資出来るのだし。

極力他人と交流を持ちたくないのだが、今度は閉店間際にでも行ってみるか……。


「それで、カレーを作ってくれるんでしょ?」


「そうだけど、私が先月置いていった食器類とか全部そのままの場所じゃん。……お姉ちゃん、本当に何もしてないんだね」


……家で1番使ってる家電は冷蔵庫と電子ポッドだと思う。

流石の私でも、飲み物を飲まないと死んでしまう。そして、インスタントラーメンくらいなら流石の私でも楽に作れるからだ。


「亮子も1人暮らしをすれば分かるよ、全てのハウスルールが自分であるという事が如何に快適か」


実際、今の暮らしに不満は無い……親が仕送りやめたら、数日で干上がるけど。

もしも、明日大災害が起きて親が死んだら?

そんな事を考える必要は無い、きちんと親は生命保険に入っている。

……ああ、本当にダメの極みだな私は。


「あんまり説教ばっかり言いたくないけど、在宅でも良いから何か始めたら? キーパンチャーの仕事とかどう?」


「残念だが、ボクシングのインストラクターの仕事を在宅でする事は不可能よね」


亮子は頭を抱えていた、うん知ってるよ。

キーパンチャーというのは、タイピングの仕事である。

主に依頼主から送られてきた手書きの文章とかをタイピングによって文章に起こすのが仕事だ。

確かに、それで食ってる人もいるにはいるが、パソコンを使った在宅の仕事というのは想像以上に競合相手も多いのだ。

……何故かって? 私みたいなのが世の中には結構いるからだよ。


「……カレー作ってくる、そこで座って待ってて」


はあ、これだからリアルは嫌なんだよなぁ……あとで、マスターズオンラインで依頼が来ていないか確認してみよう。

ちなみに、亮子の作ったカレーはとても美味しかった。

こういう女が、きっと結婚出来るというタイプなんだろうなと、私は思うのであった。

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