第3話 トレイン
「貿易品だけを壊された……?」
今回の依頼主も、当然の如く『殺し』を依頼してきたが、今までとは内容が異なる。
このプレイヤーは、『殺されていない』のだ。
襲撃されてダメージを受けたのは事実だが、死には至らず、貿易品だけを無残にも破壊されたそうだ。
「……なるほど、つまり相手は『アカネ』ではない、という事ですね?」
『そういう事になります。しかし、被害総額は軽く見ても1000万シルバーはくだりません、私にとってはデスペナより遥かに痛い損失です』
これは難しい依頼である。
相手を殺していない以上、これはPKではなくただの嫌がらせである。
なので、『ターゲット』は当然ながらブルーであり、私が手を下せば私がPKした事になってしまう。
……それは、あまりにもリスクが高い。
「私が『アカネ』になるのも承知の上……という事は、ご理解頂けていますね?」
『……はい、依頼金が高くなるのも覚悟しています。でも、ヤツを殺してくれなければ、私の気が済まないのです!』
まあ、気持ちは分かるが……。
流石に私がアカネになるのは御免被る、PKKがPKになってしまい、『同業者』または『有志』に殺されるのは勘弁だ。
……となれば、ここは一計を案じるべきだろう。
「……分かりました。成功率は100%ではありませんが、お引き受けします。ですが、前金として1500万シルバー頂きます」
『当面アカネになってしまうのですから当然ですよね……。そのリスクを背負ってでも依頼を受けてくれるのならば、喜んで払います』
こうして交渉は成立した。
実を言うと、こういう依頼は初めてではない。
そして、私はこの仕事を終えた後、しばらくアカネとして息を潜めるつもりもない。
もっと言ってしまえば、私はアカネにならないのだ。
『1500万シルバーなら十分じゃん! アカネになってるうちは、私とだけ交流してれば良いんだし』
「……だから、ちゃんと作戦は考えてあるし、以前も同じ方法で『殺させた事がある』から」
別に私が仲介業者になるわけではないし、知り合いのアカネ上等の殺し屋に横流しとかではない。
ただ、チャンスはそう多くはない。
何故ならば、非常に強いモンスターが大量にいるMAPにターゲットが1人でいてくれないといけないからだ。
このマスターズオンラインだって、パーティ狩りくらい存在している。
だが、PKプレイヤーは基本的にPKプレイヤーとしか組まない。
もっと言ってしまえば、嫌われている上にPKプレイヤーがPKプレイヤーを殺す事もあるので、対立している連中も珍しくない。
結局、受けた依頼を決行するまでは10日ほどかかった。
……まあ、それだけの金額を受け取っている以上、出来る事ならば成功させたい。
私は例の居場所を教えてくれるNPCを活用して、ターゲットが『チェイテ監獄』にいる事を確認した。
ここは相当ハイレベルの狩場であり、並のプレイヤーではモンスターを1匹処理するのにも相当な時間を要する。
カレハアバターで身を隠していると言っても、私も当然モンスターには狙われる事になる。
いや、言い方を変えよう『狙ってもらわないと仕事にならない』のだ。
「……まあ、20分も空ければ大丈夫だろう」
私は砂漠地帯東部のチェイテ監獄に到着した。
カレハアバターは砂漠だと更に迷彩服としての役割を増す。
もっとも、それは他のプレイヤーに視認されにくいだけで、モンスターには普通に気付かれる。
とりあえず、ターゲットの位置を確認すると、案外あっさり見つかった。
それもそのはず、ここの敵は非常に強く、深部まで入り込むのはソロでは非常に難しいからだ。
だが、私は構わず深部に向けて『ちょっと通りますよ』みたいな感じでターゲットを素通りした。
……もちろん、これは計算通りである。
「はいはい、おいでおいで」
その後、私は敵に1発だけ弓矢で攻撃を当てては逃げる行為を繰り返す。
まあ、30匹くらいで十分だろう、それ以上だと私が避けきれずに死ぬからだ。
そして、その化け物クラスのモンスターを大量に引き連れて……。
「今だ!」
ターゲットに極めて接近した瞬間にモデムの電源を切ったのだ。
このゲームにワープという概念は基本的に存在しない。
戦闘中の自発的なログアウトも不可能だ。
……しかし、『不慮の事態により回線が切断されれば即座にゲームからログアウトされる』のである。
そう、私はターゲットに全く攻撃をしていない。
しかし、ターゲットは今頃30匹の超強力なモンスターから集中攻撃を受けている。
不意を突かれたであろう、逃げる事は到底不可能なはず。
『……ああ、なるほど。お姉ちゃん、【トレイン】して轢き殺したんだね』
トレインとは、まるで電車のようにプレイヤーの通った所をモンスターが次から次へと続いている光景からそう呼ばれる。
当然、私のやっている事は『強いモンスターを倒しきれなくて、なんとか逃げようとしていた途中で回線が切れてしまった善良なプレイヤー』なのだ。
「そういう事、だから強い狩場にソロでいてくれないと意味が無かったんだよ」
ミント、いや亮子に軽く説明したあとは雑談をして、20分くらい経った所で再ログイン。
そこには既にターゲットの姿は無かった。
……まあ、結果を知る事は出来ないが、99%死んだ事だろう。
ターゲットが貿易品だけを壊すアカネにならない行為でヘイトを買うなら、こちらもアカネにならない手段で対応させてもらう。
自分の手で殺す事だけがPKKではないという事だ。
もちろん、仕事だからやっているのであって、普段はこんな事はしない。
「まあ、これで今回の依頼は完了だよ。手の内は教えないけど、個人チャットで依頼人には伝えておくよ」
アカネではないのでペナルティは重くはないが、これも因果応報というものだ。
依頼人がまた貿易品だけ壊されるような事があれば、私もまた同じような手段を取る事だろう。
難しい依頼ではあるが、高い前金を要求出来るし、意外と悪くない仕事なのである。
ただ、ネット中毒の極みである私は、20分もゲームにログイン出来ないというのは結構苦痛ではあるのだが。
……仕方ない、1500万受け取ったのは私なのだから。
それから数日後、元依頼主から無事に貿易が出来ていると喜びのチャットがあった。
カレハアバターを来ていたから、私の名前は見ていないはずだが……。
まあ、『害プレイヤー』の間で多少なりとも噂になっているのだとしたら、察したのだろう。
もっとも、それでも私は彼らの存在を撲滅するなんて事は全く望んでいない。
それはそうだろう? 私は街の平和を守る存在ではない、仇を討つのが仕事なのだから、事件が起こってくれないと仕事のしようがない。
『PKK』とは、そういうものなのだ。
まあ、さっきの言い訳は実に苦しいと思うかもしれないが、第三者からすればその可能性は0%ではない。
だから、そういう事にしておくのだ。
『私はゲーム中に、モデムのトラブルが発生して強制ログアウトさせられてしまった』、これで十分なのだ。
否定しきれるものなら否定してほしい。
他人の回線状況まで、完璧に判断出来るほど、私はアパートに人を入れた覚えは無い。
もっとも引っ越しの時に業者を入れて、あとは亮子くらいなものなのだから。
だから、99%故意だろうと断言されても1%は真実かもしれない。
今回の件で、もし私だと気付かれて責を問われた所で、『いちゃもん』と返せばそこまでなのだ。
……結局、ゲームのシステムの穴を突くのは、今回はターゲットも私もお互い様という事だ。
PKKを生業にして1年が経とうとしているが、これはそう簡単にやめられない。
下手な狩りよりもずっと金が良いし、現状で最前線を張れるだけのレベルもあるので、もうしばらくは仕事に専念出来そうだ。
さて、1500万シルバーと既に持っている金で、どの装備をグレードアップさせようか……。
『エリスさん初めまして。海上で釣りを妨害されました。軽く500万は損しています。どうか仇を討って下さい』
装備を整えて、刀の試し切りでもしようかと思った所で、またしても依頼が来るのであった。
……だんだん依頼が複雑化しているような気もするが、出来ない事は出来ないと言えば良いので、話だけでも聞いてみよう。
ちなみに、私はゴールデンウィークだろうがお盆だろうが年末年始だろうが関係無い。
1人暮らしで、リアルでは亮子以外と深い付き合いは無いのだから。
両親に次に顔を見せる時は、結婚式の時かもしれない。
誰が結婚するって? そんなの亮子に決まってるじゃない。
私は、既に生涯独身って決めてるんだから、ドレスを身に纏うなんて想像すらした事が無い。