3話 勇者の手紙と進展
作者は厨二病なので普段から呪文唱えてます。
「うわぁぁぁぁああああああっ!!」
その悲鳴は、突然聞こえた。
武器やら食料やらを見つけた、その翌々日の早朝だ。いや、正確には朝とは呼べまい。彼らの生活サイクルにおいての、朝、ということになる。
悲鳴は食料部屋の方から聞こえてきたが、その隣の部屋にもしっかりと響いてきて、まだ横になっていた彼らは飛び起きた。
「な、何が起きたのよ!?」
「今のは……秋也の声かな?」
修斗が扉の方へ向かうと、手をかける前に向こう側から勢い良く開いた。その後、秋也が焦った様子で飛び込んできた。何やら尋常でない様子だ。顔は恐怖に染まっているし、高いところから落ちたのか、足を少し庇っている。
平穏でない彼の状態に、修斗は心配して彼に駆け寄った。
「秋也!? 大丈夫、怪我はないかい?」
「あ、だ、だい、丈夫だ」
口が震えていて、彼の様子では到底大丈夫そうには見えないが。
ともかく落ち着かなければ事情を聞き出すことなどできないので、水を飲ませて落ち着かせる。
「はぁ、はぁ……」
「落ち着いたかい? 秋也」
「ああ……」
声をかければ、大丈夫だと返ってくる。ちょっと前までは顔色も悪かったのだが、今ではそれが落ち着いている。
「それで、何があったんだ? わかる範囲でいいから、話してくれ」
「実は……」
修斗の全員が聞きたいであろうその問いに、秋也は思い出すように話し始めた。
曰く。
夜に喉が渇いたので食料部屋に入って、水を飲もうと思ったのだが、天井から少し砂埃が落ちてきていることに気がついた。気になって足場を作り、天井を確認してみるとそこは天井が外れる仕組みになっていた。外してその先を確認してみると、真っ暗で近くしかよく見えなかった。少し身を乗り出そうとすると、突然風を切る音が聞こえ、危険を感じて身を引っ込めた。するとさっきまでいたところに岩が落ちてきたのだという。それによって悲鳴をあげてしまい、急いで天井を戻すとこの部屋に戻ってきた。
というわけだ。
「なるほどね」
非常に不可解な現象だ。なぜそんなことが起きたのだろうか。
彼の語った出来事から、由紀は考察する。
「津田くんのいたところに、ピンポイントで落ちてきたんだ。何かセンサーにでも引っかかったのかな?」
センサー。偶然ではなく、秋也を認識した上で何かが動いたと。その考え方はいい。しかし、そうだとすれば別の問題も発生する。そのことを千里が指摘した。
「別の場所に続く道が見つかったのはいいんだけどさ。もし由紀ちゃんの言った通りセンサーか何かが付いていて、そんなことが起きるんだとしたら、ここから脱出するのも命がけってことになるね」
「確かに。津田があそこまで驚くなんて、相当な重量があったんだろう。そういえば、その岩っていうのはまだそこにあるのか?」
道を塞がれたままでは、どうしようもない。レンが尋ねると、秋也は首を横に振った。
「……いや、わからない」
「そっか。なら後で確認しよう」
希望が見えた瞬間に、次の問題が発生する。こんなの、最悪以外の何物でもない。
「あ、そうだ」
秋也が何か思い出したように、ポケットを探る。そこから取り出されたのは、一通の手紙だった。
「これ。足場を作ってる最中に見つけたんだ。確か、食器棚の上にあった」
「手紙? 真っ白で新しそうに見えるけど」
修斗は手紙を受け取り、封のされてない封筒を開け、中から便箋を取り出す。三つ折りにされたそれを開いて読もうとするが。
「……? これ、日本語じゃない。英語でもない。……何語だろう?」
それは全く知らない字で書かれており、読めないため彼は他の皆にその書面を見せてみる。
その文字は、レンにはとても覚えのあるものだった。世界共通語と呼ばれているもので、レンはそれについて読み書きができる。だから、その手紙に何が書いてあるのかも理解ができた。
しかし。
「……読めないわね」
「暗号」
「確かに、暗号みたいだね。さっぱりわからん」
「あはは、無理だよ」
「誰が書いた手紙だよ」
「わかんなーい」
この通り、全員わからないためこの場でレン一人が読めると言っても悪目立ちするだけ。内容を見る限り、すぐに生死に関わるようなことではない、が重要なことが書かれている。でも悪いが、ここはレンもわからない、と言っておく。
「そうか……。とりとめもないことだったらいいんだけど、とてもそうは思えないしなぁ」
「でも、読めないんじゃ仕方ないわ」
すぐに解読することはできないと判断し、手紙はひとまず修斗が保管することになった。
残念だという皆の思いが空気を暗くする。その空気を振り払おうと、ひかりは明るく提案をした。
「そんなことよりもさ、服選ぼうよ! いつまでも制服のままじゃいられないよー? そのために昨日頑張って準備したんだから!」
ひかりがジャジャーン、と整理整頓された衣服を示す。確かにここ何日かずっと制服のままだ。同じ服を着たままというのは女子にとってはとても嫌だろう。
その心象を察してか、修斗が苦笑いで同意した。
「そうだね。この先に危険があるってこともわかったことだし、服を選んだら装備も整えたほうがいいね」
「そうしようそうしよう! よし! 綾ちゃんの服はあたしが選んであげるね! とびっきり可愛いやつ!」
彼女は服が好きなのか、テンションがいつもより高い。なぜかひかりに気に入られている綾はそのテンションについていけず、唸っている。
「ま、待て……あうぅー」
無念、と。ひとまず彼女たちは放っておいて、こちらも選ぶとしよう。
それぞれが自分のサイズにあったものを選び、着替える。新しい服に着替えた後は、装備だ。これも得手、不得手に合わせ、身につける。武器なんて持ったこともないだろうから、ほぼ皆適当だろう。
そこで、由紀があることに気づいたらしい。
「ねえレンくん。これ……」
そう言って見せてきたのは彼女の手に持った大型の杖、に書いてある文字だ。どうやら先ほどの手紙に書いてあったものと同様、世界共通語だ。
しかし、由紀はその文字を読んで見せた。
「聖杖・ストリュケーヌ、って書いてある」
「ん? 由紀お前、これが読めるのか?」
「うん」
まさか。何が要因で突然言語が習得できるというのか。おそらくは、彼女の持っている杖の影響だとは思うが。
でもこれはいい機会だ。その杖の文字だけでなく、他のところに書いてある文字も読めるとしたら、利用させてもらおう。
今思いついたというように、レンはそれを言う。
「もしかして、今ならあの手紙も読めたりしないか?」
「あ、どうなんだろう? でも、試してみる価値はあるよね」
手紙を受け取るべく、由紀は修斗を呼んだ。彼はすぐにこちらに気づき、近づいてくる。心なしかその表情は嬉しそうだ。
「どうしたんだい、多里さん。何か俺に用かい?」
「さっきの手紙、見せてくれないかなって」
「どうして?」
「実は、この杖を持ったら、急にこの文字が読めるようになったんだ」
修斗はいったい何を言ってるんだという顔をする。
まあ、何を言ってるかわからないだろう。しかし渋るのも気がひけるので、修斗は頭に疑問符を浮かべたまま手紙を渡した。
「ありがとう」
お礼を言うと、手紙を開ける。由紀はそれを覗き込んで。
「……うん。読めるよ。最下層にたどり着いた勇士へ」
「……! ちょっとみんな、集まってくれ!」
由紀が一番上の一文を朗読してみせると、修斗は目を丸くさせ、急いで集合の声をかけた。彼のその様子に訝しげにしながらも、全員がここに集まる。
「どうしたんだ、修斗」
「この手紙が読めるようになったんだ。だから一回集まってもらった」
「っ本当か!」
「すごいね、由紀ちゃん! 読んで読んでー!」
解読可能になったことで皆は由紀を褒める。実は自分の力で読めるようになったわけではないので、彼女は居心地悪そうに頷いた。
「う、うん。じゃあ読むよ」
最下層にたどり着いた勇士へ
初めまして、私はアステリア王国で勇者と呼ばれていた者だ。
まずはこの迷宮、悲願の鏡台を踏破したこと、本当に素晴らしいことだと思う。心からの賞賛をするよ。そんな君には、ちょっとした褒美を用意しておいた。食料、衣料品、それと武器。食料は魔道具の効果によって数百年は腐らないから安心してもらっていい。武器は、上等なものをたくさん用意しておいた。鍵をかけておいたけど、ここまでこれた君なら容易に壊せるだろう。
さて、この迷宮の最下層とも呼べる9層までこれた君は気づいているだろうか。迷宮を埋め尽くしている瘴気が、この場所には存在していないことに。理由は、迷宮の生い立ちから話さなくてはならない。少しだけ付き合ってくれると嬉しい。
迷宮は自然現象によって生まれると言い伝えられているが、あれは大きな嘘だ。迷宮とは、魔人類の作った住処のことだ。彼らは地上に領土を広げるのではなく、地下を開拓して実質的な土地を広げようとしているのだ。そのことは私たちが構うことではないが、迷宮については正しい認識をしてほしい。
君も知っていると思うが、魔人類は瘴気に包まれている土地で真の力を発揮する。だから、迷宮も瘴気に包まれているのだ。しかし私たち人類は、瘴気の中では生活することができない。君も、相当強力な聖法具を身につけてきただろう。人類は聖法具がなければ迷宮に入ることすらできないのだ。なぜと言われると私にもわからない。すまない。
さて、この9層が瘴気に包まれていない理由だが、それは単純だ。ここは事故によって偶然できた階層であるからだ。魔人類たちにもここの階層のことは知られていない。ここにいる限り、君は安全だと言ってもいいだろう。この9層は、もともと人の住めるような環境ではなかったのだが、私が整備しておいた。感謝するといい。
最後に忠告をしておこう。私が用意した武器類……魔法具、聖法具は脳筋な魔人類にとても目をつけられやすい。気をつけることだ。
では、君が無事にこの迷宮から脱出できることを祈っている。
アステリア王国 勇者
「これで終わりだね」
長文を読んで少し疲れたのか、ふぅ、と息をつく。この手紙は、前提となる知識が必要のように書かれていたが、それでも自分たちに理解のできる内容であった。
中には普通知られていないことまで書かれていることに、環奈は顔を引きつらせた。
「な、なんかすごい重要なことを知ってしまった気がするわ……」
「よくわからない単語が幾つか出てきたね。迷宮とか、魔人類とか」
「でも、問題が起きる前に知ることができてよかったね!」
そう、ひかりの言う通り何も知らないでここ、迷宮の探索を始めるより、遥かに楽になったはずだ。向かう前の準備も、どんな敵が待ち構えているのかも。それに、国があって、人がいるということは迷宮を抜ければ地上に出れるということだ。そもそも地上へ続く道があること自体半信半疑だったのだ。この手紙のおかげで、当面の目標を明確に定めることができた。
「よし、貴重な情報も得られたことだし、この手紙の通りに装備を整えようか。確か、僕たちが迷宮、を進むには聖法具、が必要なんだっけ。聖法具、ってどれかな?」
修斗がその単語を口にして、首を傾げた。しまった、聖法具。レンならそれについてある程度は知っているし、見分けはつくのだが、言えるわけはない。どうしたらいいだろうか。
というレンの心配は、杞憂だった。
「これ、聖杖っていうらしいけど。これと似たようなのを探せばいいんじゃないかな」
そう言って由紀は全員に見えるように杖をかざす。その杖は、微弱に白く発光していた。そう、魔法具は普通の武器と見た目に何も差異はないのだが、聖法具はその物体に込められた聖気により、発光するのが特徴だ。ちなみに色は様々。
その特徴にいち早く気付いた千里が口を開く。
「ちょっと発光してるみたいだね。それならいくつか見つけたよ。数は少ないけど……」
言いながら、装飾品の類を物色する。少し待つと、千里が淡く発光しているネックレスや、指輪、イヤリングなど、合計5個の聖法具を持ってきた。
「1、2、3、4、5個。由紀ちゃんの持ってる杖も合わせて6個。全員に行き渡らせるにはあと2つ足りないね」
「そうだね。皆で探そうか」
そう言って、全員で聖法具を探す。手紙を読む前まではあまり気にしていなかったが、聖法具は他の武器とは異色を放っていて、見つけやすい。と言っても積み上がった引き防具から探り当てるのは大変なのだが。
どうにかして、2個の聖法具を見つけることができた。
「聖法具、見つけた」
「あ。ありがとう、綾」
「いえいえ」
ふふん、と自慢げなポーズを綾は取る。いい加減うざくなってきたのか、環奈は軽くあしらって全員に声をかけた。綾は寂しそうにしていたが、まあ気にしないでおこう。
そうして、聖法具は全員に行き渡った。ついでに言えば装備も整ったようだ。
と、綾が珍しく環奈以外の人に声をかけた。
「ねぇ、賀川くん」
「え? 行来さん。何?」
意外な人物に声をかけられたことで、千里は少し驚いた様子だ。
「魔法具が、あるってことは、魔法も、使えない?」
「ああ、魔法。使えるんじゃないかな?」
「試してみよう」
きっと、以前話したゲームの話で、千里が同調してくれたため話しかけたのだろう。彼ならば乗ってくれるだろうと。その目論見は見事的中していた。
「うん、いいよ」
「やった」
千里が了承すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
まあ、魔法を使おうと意気込むのはいいのだが、どうやって使うつもりなのだろうか。魔法の使い方を知っているレンは少し気になって問いかけてみた。
「二人とも、どうやって魔法使う気なんだ?」
「ん? それは……」
それは、と千里が説明しようとして、口を閉じる。隣の綾と顔を見合わせて、再びこちらを向いた。
「「なんとなく?」」
「おい。感覚でやろうとしてるのか」
はっきり言えば、何も考えていない。レンは呆れ、由紀は面白そうに笑った。
「あはは、でも千里くんならできそうだね」
「ちょっと、危ないことはやめたほうがいいわよ」
環奈は魔法を危険なものだと思っているようで、2人をどうにか諌めようとする。
こんな会話をしているうちに、修斗、秋也、ひかりの三人は部屋から出て行った。きっと彼らは興味がないか、どうせ使えないと思っているのだろう。
さて、綾、千里以外の3人は彼らの見物をすることにした。
3人に見られている中、千里は魔法の使用方法について考える。
「魔法って言ったら、詠唱が必要だよね」
「大事。あと、魔力」
「確かに。まあ、あると仮定しようか」
随分と適当だ。見ている方としては、呆れるしかない。早くも苦笑いを浮かべたこちらの様子を気にすることなく、綾がそれっぽい詠唱をした。
「……我が、魔力よー。我が、意志に応じて、炎を、顕現させたまえー」
なんともたどたどしい詠唱である。全くやる気のないその言葉、思っていた通り何も起こらなかった。綾は不満そうに頬を膨らませる。
「むー。なぜだ」
「詠唱の最後に魔法名を唱えてなかったっけ? こういうのって」
「あ。忘れてた」
魔法名という認識は2人の間では通じるようで、それが足りなかったと結論を出す。
「よし、じゃあ次は僕の番だ」
千里は綾と見物人から距離をとって、さっきの彼女と同じ詠唱をした。
「我が魔力よ、我が意志に応じて炎を顕現させたまえ。ファイア」
しかし、何も起こらない。千里は頭の上に疑問符を浮かべた。
そんなセリフを恥ずかしげもなく繰り返す彼らの様子に、由紀はつい笑ってしまった。
「あははは、つい思っちゃうんだけど、よくあんな恥ずかしい言葉を真顔で言えるな、って思う」
「同感だ」
「魔法って、ああやって使うものなのかな? だったら私恥ずかしくて使えないなぁ。環奈ちゃんは?」
「へっ、私?」
話しかけられるとは思わなかったらしく、環奈は大袈裟に反応した。それから何を聞かれたのか思い出して、丁寧に答える。
「え、ええ。……でも使わきゃいけない状況だったら、どんなに恥ずかしくても、使うと思うわ」
「あー、確かにそうだね。そんな時なんてこないといいなぁ」
でも、望みは薄そうだ、と。諦めたように由紀は笑った。
千里と綾はそのあとも同じセリフを言い続けていたが、何度やっても結果が伴わないことに疑問を感じる。
「うーん、何がいけないんだろう?」
「世界が、私たちに、意地悪をしている」
「あははっ、そうだったら敵はすごく多そうだ」
軽口を叩き合いつつ、千里は本格的に思考を巡らせ始めた。
「魔法、魔法、魔法……。あ、魔法具が発動媒体になってるとか? ほら、火打ち石で火を点けることはできるけど、それってすごく難しいことだ。そこで、誰でも火が点けられるようにしたものが」
「話し、長い。簡潔に」
「ごめんごめん。道具があれば、魔法も使えるんじゃないかってね」
「……ああっ、盲点だった」
2人はいいことを思いついた、というように武器の山を見た。近くにあるものから手にとって目的のものを探す。
「聖法具、魔法具……。魔法具、どれ?」
初心者には武器の見分けなどつかない。だめだ、と手にとった武器を投げ捨てる綾。危ない。
千里もそれについてはわからないので、適当に言う。
「全部じゃない?」
「なるほど。じゃあこれ」
同じく見分けるのを諦めた綾が手に取ったのは、自身のベルトに取り付けていた小型の杖だ。それを手に取って、天に掲げながら彼女は魔法名を口にした。
「ファイア」
すると、なんということか、彼女の杖の先に小さな炎が現れた。
これにはレンも驚いた。こんなにも簡単に魔法を使ってしまうとは。よく見てみれば、彼女の持っている杖、魔法具はとても良質で発動機としてはかなり優秀な部類だった。きっとこれのおかげだろう。
レンの横では、由紀が口を開けたまま呆然としていた。
「……す、すごい」
確かに、凄い。その言葉しか出てこない。深く考えず、しかもこの短時間で魔法を使えるようにするとは、単に運がいいのか、それとも環境が良かったのか。
そのさらに横にいる環奈は、頭を抱えていた。
「ええええ……。あの子、すぐ無理するから、こんなことになったら止めるの大変になるじゃない……はぁ」
苦労人は苦労が絶えないようだ。それでも彼女を見捨てないのだから面倒見がいいというか、お人好しというか。
視線を戻せば、綾は千里にこれでもかというほど自慢し、こちらにいる環奈の名前を呼んでいた。
「環奈、見て見て」
「何よ……」
「魔法、使えた。凄いでしょ」
ふふん、と自慢げに胸を張る。いつものようにあしらうわけには行かず、環奈は率直な疑問をぶつけた。
「凄い……けど、どうやって使ったのよ?」
「杖持って、ファイアって、言っただけ。簡単。環奈も、やろ」
「まあ、いいわよ」
綾に手を引かれて、環奈はスペースのあるところへ向かった。
一方、千里は自身の選んだ剣に触れながら、魔法名をブツブツと唱えていた。しかし一向に使える様子はない。
「うーん、なんでだ? どうしてだ?」
疑問符をいくつも浮かべる彼。レンも気になって千里を観察してみると、彼の体には魔力が微弱にしか留まっておらず、とても魔法が使えるような体質ではないと判断できる。これについては解決しようがないので、無駄な努力を続ける彼に、レンは近づいた。
「千里、諦めろ」
「え、まだ始めたばっかりだよ」
「お前には才能がない」
「ガーン」
レンは容赦なく現実を突きつける。
よほど魔法を使いたかったのだろう、千里は大袈裟なほどに落ち込んだ。自分でも薄々わかっていたのだろうか。あっさりとその現実を受け入れた。
「ふん、わかってたよ。どうせ僕には一生魔法なんて使えないんだ」
「ああ、そうだな」
「ひ、酷い……。そこは否定するところじゃない? 友達として」
「でも事実だ」
「容赦ない……こうなったら、レンも使ってみるがいいよ! そこでのんきに見てる由紀ちゃんも!」
彼はやけくそになって、自分にも魔法を使ってみろという。そしてとばっちりは由紀にも被害が及んだ。まさか巻き込まれるとは思っていなかったらしく、楽しそうな顔から一変、嫌そうな顔をする。
「えっ私も? やだよ、詠唱なんて恥ずかしい」
「詠唱なんてしなくてもいいし、魔法名だって言わなくて大丈夫なんじゃないか?」
「えっ、本当?」
憶測で言っている風に、レンは由紀に気遣う。その言葉に由紀は嬉しそうに確認すると、杖を手に取った。
「じゃあ使ってみようかな……む〜、それっ!」
バシャンッ、と。由紀の杖から多めの水が発現し、レン、そして千里、さらには自分自身の服を濡らした。なんとなくでやったのだろうが、まさか成功するとは思わなかった。
由紀は予想外の被害に慌てて弁解を試みる。
「あああ、ごめんなさい! まさか使えるとは思わなかったの!」
「いや、平気だ。由紀も服濡れてるぞ。大丈夫か?」
「え、あ。まあ、これくらいなら。千里くんは、大丈夫?」
そう心配するが、返答がない。うつむいている千里の顔を覗き込んでみると、表情が真顔のまま固まっていた。一体どうしたのだろうか。
「ええっ、大丈夫?」
動かない彼を見て、なんとなくその理由を察したレンはふっと息を吐いた。
「平気そうだな。ショックで固まってるだけだろ」
「えええ……」
「千里、戻ってこーい」
彼の顔の前で手を振ってやると、ハッとしたように千里は意識を取り戻した。
「こ、こんなにあっさり……」
「ああ、やっぱりショックだったみたいだな」
「ふ。これが才能の差というものか。僕は今身をもって体感したよ……」
「さ、才能?」
何かよくわからない千里の劇場が始まった。由紀はこれについていけず、困惑している。そんな彼女に構うことなく、変なポーズをとって決めゼリフ。
「これを機に、潔く魔法は諦めるとしよう。由紀ちゃん、僕の分まで頑張ってくれ」
「む、無理だってば」
「さらば……!」
彼はかっこよく立ち去ろうとする。と言っても、立ち去る場所などないのだが。
たいして面白くもない寸劇に、レンは半眼でツッコミを入れた。
「千里。格好良く言ってるつもりだろうけど、それただの他力本願だ」
「あ、バレた?」
さっきまで作っていた表情を崩し、朗らかに笑う。由紀は千里にちょっと騙されていたらしく、え? と未だに困惑顔だ。
「はぁ……」
レンは何も言う気になれず、大きく息を吐く。
まあ、魔法という進歩があったため、これくらいはよしとしよう。ただ由紀の起こした現象は魔法とは似ても似つかないものだったが。気にしなくてもいいだろう。
ふっ、と口元を緩めると、扉に向かって歩き出す。その姿を目ざとく捉えた2人がいた。
「あ、待って。レンだけまだ試してないじゃん」
「そういえば! レンくん、自分だけ逃げようなんてずるいよ」
ここは逃げるが勝ち、とレンは彼らを無視した。
この後、先に戻った修斗ら3人に魔法を披露し、驚かれたのは言うまでもない。