2話 怪しいボーナスステージ
得体の知れないものは食べられません。
翌日。
前日に決めた通り、今日は周辺の調査、探索だ。扉は二つ、ならば2チームに分けて動くのがいいだろう。
と、ここで問題があった。
「私、だるい」
綾がいつまでたっても起き上がれずにいたのだ。顔色も悪く、手足も冷えている。慣れない環境のせいで体が適応しなかったのだろう。体が弱いと言っていたが、ここまでとは。
環奈は綾の額に手を当てながら、心配そうに話しかける。
「少し熱があるみたいね。綾、大丈夫?」
「大丈夫、じゃない。だるい、って、言ってる」
言い方に少々苛立ちを感じるが、本当に弱っていた。環奈は話すのもだるそうな綾の代わりに提案をする。
「ごめんなさい。悪いんだけど、綾はここで休ませてあげられないかしら」
「うん、いいよ」
さすがに病人に働かせるほど人でなしではないので、修斗は快く頷いた。他の人も構わない、といった表情だ。
「じゃあ、渡辺さんはこっちを手伝ってくれないかな」
「ええ、わかったわ。綾、一人で大丈夫?」
「うむ」
綾は床に寝転がりながら、鷹揚に返事をした。偉そうなのは触れないでおこう。修斗はさりげなく環奈という人手を確保すると、秋也とひかりを引き連れて扉の方へ歩いていく。途中、忘れていたとでも言うように振り返って指示を出した。
「多里さんたちは、そっちの扉の方をお願いするよ。いいかな?」
「うん、まかせて」
由紀の返答を聞くと、そのまま4人は扉の向こうへと行った。
レン達も移動しようとするが、綾が心配だ。特に由紀は辛そうな表情を浮かべて、綾のそばに向かう。
「綾ちゃん、私たちも行くけど、辛かったら大声で叫んでね」
「叫べない」
「じゃあ大声で呼んでね」
「言ってること、同じ」
「あれ?」
なんとも気の抜ける会話だ。レンは苦笑いを浮かべて由紀に注意する。
「由紀、病人をあまり困らせるなよ」
「困らせてないよ? ね、綾ちゃん」
同意を求めて由紀は彼女に笑顔を向ける。しかし、彼女は首を横に振った。否定のジェスチャーだ。
「ええ!? ご、ごめんなさい」
「別に。心配してくれるのは、嬉しい」
「そう? えへへ。だって、レンくん」
デレデレとした表情で、勝ち誇ったように言う。対して、レンは呆れたように指摘する。
「あのな、体調が悪いなら誰だって心配するだろ」
「あ、そうだね」
ありきたりなことが頭から抜けている。由紀は、頭の構造は悪くないのだが、たまにこういったところがある。
この空間は平和的で心地よいが、いつまでもこうしてはいられないので、レンは何か上にかけるものを貸そうと、上着を脱ぐ。
「行来。寒くはないか? よかったら俺の上着を貸してやるけど」
「ちょっと寒い」
「そうか。ほら」
彼女のそばに行き、上着を優しくかけてやる。掛け布団の代わりを務めるには頼りないが、ないよりはマシだろう。
と、ちょうど正面にいる由紀の顔が不満そうに見えたが、理由も察しはつくのだが、気にしないでおこう。
「ありがと。天月くん、優しいんだ」
「別に」
感謝の言葉を、当たり前だと流す。そこで、由紀が食いついてきた。
「そうだよ、レンくんはとっても優しいんだから。でも、好きになっちゃだめだよ?」
「ならない」
「本当にー?」
どれだけ疑心暗鬼なのか、再度問いかけた。綾は目を細めて、睨むように答えた。
「ならない。しつこい」
「あはは、ごめんね。でも、よかった」
「二人ともー? 行来さん大丈夫なら、早く行くよ」
千里が後ろから急かしてくる。だいぶ待たせてしまったようだ。二人がここにいても綾の体調が良くなるわけではないので、もう移動するとしよう。と、立ち上がる。
「ごめん、待たせた、千里」
「ごめんね、千里くん」
「ああ、待ってないから謝んなくていいって。それじゃ、行くよ」
自分も心配していたんだと、謝罪を拒否した。それから扉に手をかける。
石でできた扉にはドアノブや引き戸にあるような溝がないので、ただ手で押すだけ。材質に反して扉は軽く開いた。扉を越えれば、そこは無数の箱が積み上げられた部屋だった。
高さは4メートルくらいか。天井に届くくらいまで色とりどり、大小さまざまな箱が積み上げられ、幾つもの柱を作っている。それはまるで箱でできた滝のようだった。
見たこともないとても綺麗な光景に、由紀は目を輝かせた。
「わぁ、箱がいっぱい。何が入ってるんだろう?」
「びっくり箱とか?」
「これ全部か? さすがにそれはないだろ」
「開けてみないとわからないよ」
からくり箱だと主張する千里は、一番近くにあった小さめの箱を手に取る。片手で持てるサイズだ。いざ、箱を開けようと蓋に手をかけるが、あることに気づく。
「あれ、これ鍵がかかってる」
「ん?」
その言葉を聞いて、レンは箱の密集地帯へ近づき、確認する。こちらの方にも鍵がかかっていた。
「本当だ。ほとんどが……いや、全部だな。鍵がかかってる」
ぐるりと見渡して確認すれば、すべての箱はロックされていた。一つ一つ収めて鍵をかけるほど、大事なものが入っているとでもいうのか。ますます中身が気になるところだ。
由紀も箱を手にとって見てみる。と、よく見れば、いや、よく見なくてもそれが何なのかがわかった。
「異世界って言う割には、見たことのある鍵の形をしてるけど。というか、南京錠だね、これ」
「どうしようね、これ。壊す?」
南京錠なので、壊してしまえば開くと思われる。しかし、壊すのは如何なものか。ここは錠前があるのだから、鍵の方もあると仮定すべきだ。
レンは千里の提案には首を横に振った。
「いや、鍵を探すか。どこかにあればいいんだけど」
「ピッキング……」
「はいはい千里くん、まずは正攻法からいこうよ」
泥棒のような発言をする千里。何が彼をここまで非合法な方法で開けさせようとするのか。確かにできるならばそちらの方が早いのだろうが、ここにいる人にはできない。そう言って説得し、3人は鍵を探し始める。
しかし早くも飽きたのか、千里は二人に声をかけた。
「ねぇ、レン、由紀ちゃん。見つかった?」
「ううん。というか、まだ探し始めて5分も経ってないよ」
「……ここ、登れるか?」
千里のやる気のなさを無視し、レンは積み上がった箱の強度と安定性を確認する。叩いてみてそれらを確認すると、靴のまま箱の柱を登った。突然の彼の行動に、由紀は疑問符を浮かべた。
「レンくん? 何やってるの?」
「一番上に行けば何かあるかと思ってな」
返答しつつ、軽々と登る。低いものから、高いものへ。段々になっている柱の蓋を足場にする。4メートル程度ならば、一番上はすぐだった。
「レンー? 遊んでないで、探してよー」
「探してるって。……ん?」
そこで、壁についている赤いスイッチのようなものを見つけた。なんだろうと思って押してみると。
チャリッ。
「あ、やば」
やってしまった、と思い、行動を起こす暇もなく。
ガラガラガラガラガラガラッ!
突然全ての箱の鍵が外れ、勢いよく蓋が開いた。そのことにより、綺麗に積み上げられていた柱は崩壊し、雪崩を起こす。
襲いかかってきた箱の雪崩に、由紀は悲鳴をあげた。
「えぇぇぇぇぇぇちょっとレンくぅん!?」
「レン、何やってるんだよ! 戻るよ、由紀ちゃん!」
「うん!」
「あ、ちょ、待っ」
雪崩の頂上にいるレンを置き去りに、由紀と千里は身の安全を確保するため元いた部屋に戻り、扉を閉めた。別にレンはバランスを崩して落ちることはなく、何も心配する必要なないのだが、さすがにこれはどうか。
雪崩が落ち着くと、室内に静けさが戻る。そのことは扉の向こうにいる2人にも伝わったのだろう。恐る恐る、といった風に扉が開いた。
「……レンくん、大丈夫?」
「平気? レン」
「何ともないよ」
彼の無事を聞くと、ホッとした風に2人が入ってくる。が、その安心はすぐに消え去った。地球にいた頃には到底実物など見たこともないものが、無数に転がっていたのだ。
「な、何これ!?」
「剣に、槍に、アクセサリー……まるでゲームの世界みたいだね。こんなものがこの箱の中に入ってたんだ」
「そうみたいだな」
レンは近くに刺さっていた剣を手に取ると、しっかりとした重みが腕に伝わってくる。
「本物だ。由紀、千里、怪我したくないなら近づかない方がいい」
「レンがこれ以上変なことしないなら、近づいても平気だけど」
「しないって」
今のでずいぶんと信用をなくしたものだ。
レンは剣を持ったまま雪崩の跡を飛び降り、床に着地する。二人はそんな彼に駆け寄ってきた。そして彼の手にある剣をまじまじと観察する。
「うわぁ……本当に真剣だ。レン、僕にも貸してくれない?」
「ああ。ほら」
さすが男というべきか、武器に興味を示した千里に何気なく貸してやると、彼は予想外の重さにとり落としそうになった。が、寸前で持ち直す。
「重っ! 思ったよりも重いね、これ。あ、でも全然振り回せそうだ」
「千里くん、危ないから振り回さないでね。ねぇ、何でこんなものがこんなところにあるんだろうね? 武器があるってことは、この先に、敵、でもいるのかな?」
「どうだろうな。でも、自分の身を守る武器くらいなら持っていてもいいな」
「じゃあみんなを呼んで、それぞれ気に入ったのを選ぼうか」
「いや、その前に俺たちで片付けだ。このままじゃ危ない」
片付け、と言うと、由紀と千里は嫌そうな顔をする。確かにレンのせいでこんなぐちゃぐちゃになったのだが、鍵を開けられたのだから許して欲しいところだ。
「はぁ。確かにまた雪崩が起きても危ないし。やろっか」
「面倒くさいなぁ」
由紀と千里は渋々、といった風に手前にあるものから選別を始めた。
そこから全ての作業が終わったのは数時間後、修斗たちが心配して様子を見に来た頃である。
*
「それで、そっちの部屋には武器とか、防具とか、装飾品とかがあったわけだね」
「ああ。この先に何があるかわからない以上、持っておいても損はない」
「じゃあ、あとで皆の装備を選ぼうか」
あの後、真ん中の部屋に戻って8人はそれぞれ何があったかを報告した。武器や防具は、きっとこれから先必要になってくるものだろうから、レン達の方はかなりの収穫だった。
一方、修斗たちは。
「俺たちの方は、食料を見つけたよ。と言っても、食べれるかどうかわからないけど」
「正直言って、食べたくないわ」
そう言って出されたのは、水の入った瓶と、パンやらよくわからない乾物やらが入った紙袋だった。覗いてみれば、美味しそうな何の変哲もないパンだった。しかし。
「何年放置されてたんだろう……」
由紀の懸念通り、ここには人が寄り付かない。なのできっと、いや確実に新しいものではない。腐っているようには見えないが、中はどうだろうか。外観に現れていないだけで変敗はしていないだろうか。
誰一人手を出せずにいると、綾がついに言った。彼女はしばらく横になっていたことで、ある程度体調も良くなったのだろう。
「食べて、見る?」
視線が綾に集まる。そう、発言者に勇敢な犠牲、否、毒見役になってもらうためだ。それらの視線を意図を感じとって、彼女は顔を引きつらせ慌てて否定する。
「別に、私、食べるとは、言ってない」
「……でも、誰かが毒見をしない限り、何も食べれずに餓死することになるな。水も含めて」
「そんなことはわかってるさ。でも……」
自分が毒見をするのは嫌だと、それがこの場の総意だった。でも、これでは埒があかない。
打開策になるかと、修斗がこんな提案をする。
「いっその事、皆で一斉に食べればいいんじゃないかい?」
「嫌だ。得体の知れないものなんて口にしたくない。万が一死んだらどうするんだ」
「秋也。でも……」
「もし毒だったとして、全員動けなくなったらそれこそ終わりだ。だから、その案は却下だな」
「そうか……」
レンに危険性を指摘され、事態はまた犠牲者探しに逆戻り。しかし、何時までたっても解決策は見当たらない。
仕方なく、レンは口を開いた。
「わかった。俺が毒見をするよ」
「えっレンくん!? だ、だめだよ!」
「由紀。そう言っても誰かがやらなくちゃいけないんだ。それに、俺は体は丈夫だしな」
丈夫だからこそ、毒見をしてもあまり意味がないのだが。まあ、毒かどうかは判別できるだろう。
「じゃあ……レン、無事を祈るよ」
なんとなく、何も心配などしてないように見える千里から手渡されたパンを受け取り、ちぎって食べる。
普段食べているパンよりは硬いが、予想よりも柔らかく、パサつきだってあまりない。というかこれは。
「……普通に美味しい」
「おおお。レン、水も飲んでみて」
遠慮がないなと思いつつ、そこらへんにあったのだろうコップに注がれた水を受け取り、一口飲んでみる。よく冷えてて、変な味もしない。良い水だ。
「うん、大丈夫そうだ」
「よかったぁ……」
彼が何ともなさそうにしているのを見て、由紀は心底安心したようだ。
「よかった。食料はこのほかにもたくさんあったから、当分は生活できそうだよ。贅沢はできないけどね」
「食べ物のほかにも、食器とか、服とか、いろいろあったよー? あ、あと布団も!」
ちょっと待っててね、とひかりは隣の部屋に行き、布団を引っ張り出してきた。
「このふかふかな布団があれば、綾ちゃんもすぐに元気になるよ!」
「私、今は、元気」
「無理しないでいいよ? とりゃ!」
「布団は10枚あったから、全員に行き渡るわ。これで寝る時の問題は解決したわね」
布団を敷いて、綾と、彼女を簀巻きにしようとしているひかりを見て、環奈はクスッと笑う。
今日探索を行ったことで、いろいろなことが解決した。未だこの状況についてはほどんどわかっていないが、生活できるかどうかの不安は取り去ることができた。
と、千里がふと何かを思いついたようだ。
「そういえばさ、出口は? 僕らの方は行き止まりだったんだけど」
そうだ。今8人がいる部屋と、武器部屋、この二つには出口にあたる扉などはなかった。ならば、修斗達の調べた食料部屋の方はどうだったのだろうか。
「出口か。そういえば見当たらなかったな。皆は?」
「見てないよー?」
「知らないな」
「私も見つからなかったわ」
これは困った。いくら生活に問題がなくなったとはいえ、出口が見つからないとは。本当に密室なのであれば、閉じ込められたということになるのだが。
レンは疑問に思った。そんなこと、ありえるだろうか。わざわざ異世界から召喚したのに、殺すような真似をするだろうか。いや、必ず打開策はあるはずだ。
「とりあえずもう一度探した方がいいと思う。両方の部屋と、あとここも。必ずどこかに出口があるはずだ」
「そうだね。一旦休憩してから、もう一度探してみよう」
レンと千里の判断に異論はなく。休憩と食事をとったあと、もう一度調べた。
しかし、どこにもそれらしいものは見つけることができなかった。