1話 これは異世界召喚か?
どうぞ。
「皆、ひとまず落ち着いてくれ」
そう言ったのは修斗。彼はクラスで人気者であり、リーダー的な存在だ。人をまとめる力もある。
部屋の空気を震わせた彼の言葉に、全員がその方向を向くと、話し始める。
「まずは皆、怪我はないかい?」
ぐるっと全員を確認し、無事なのを確認する。一人だけ全身軽い打撲を負っているが、本人が平気そうなのでいいだろう。
修斗はまずまずの状況に、頷いた。
「大丈夫そうだね。……俺たちは今、あったこともない状況に陥っている」
それは全員がわかっている。前置きを言ってから、さらに語る。
「俺自身も、どうして自分がここにいるのか、全くわからない。だから皆の知識を寄せ集めて、とりあえず今の状況を把握しないか? 何が起こったのかわからないままじゃ不安も残るだろうし。状況がわかれば解決策も見つかる。どうだろう?」
異論はない。というか、そもそもこの場にいる全員が思っていたことを代弁しただけに過ぎないだろう。しかし、言い出してくれたのは多少はありがたい。
彼の言葉に、各々が返事をする。この場面でまさか反対をする人はいないだろう。結果も、全員が肯定だった。それに修斗は満足そうに頷き、初めの疑問を口にする。
「じゃあ……ここはどこだろう?」
「ここって……何処かの部屋、だよね? 少なくとも私はこんなところ知らないかな」
相当曖昧な疑問に由紀が答える。続いて千里が彼女の視線を受けて考えを巡らせる。
「僕も知らないな。一見するとここは洞窟のなかのように思えるけど。そもそも僕たちは教室にいたんだ。なのに気がついたらここにいた」
「そうね。私たちは全員教室にいたはずよ。確かSHRが終わって、放課後だったはず。でも私たちの他にも人はたくさんいたわ」
環奈の証言に、綾も同じだと言う。
「私、1組だけど。こっちもクラスの人、多く残ってた」
「自分たちだけ選ばれてここに連れてこられたってことか? でも、あの白い光は……?」
「あ、そうそう! 教室にいたら急に白い光に包まれて、何も見えなくなって、それで」
「ここにいたってわけだな。全員、同じ認識で間違い無いか?」
続々と自身の知っている情報を話し、レンの問いかけに同調する。全員、同じ目にあったということで間違い無いらしい。では、この事態を引き起こしたのは一つの組織ということだ。
修斗は次の疑問を口にする。
「皆教室にいて、白い光の後にこの部屋にいたってことだね。俺たちの共通点ってなんだろう?」
「共通点……高校生」
「日本人」
「あとは……なくない?」
たった二つで要素が無くなった。確かに、それくらいしか挙がらない。ならばと、環奈が逆のことを言う。
「無作為に選ばれた、ってことは、無いわよね?」
「それは無いと思う。さすがに、おかしい」
無作為ならば変に共通点があるのも変に感じるため、千里がそれを否定した。
共通点を探しても、大きな括りしか挙げられないため、ますます謎が深まる。これでは理由など到底絞り込むことはできない。
疑問符の止まない空気の中、綾がこんなことを話す。
「私、異世界モノのゲーム、やってたんだけど。それ、関係ある?」
「ゲーム? どんな?」
なんとなくで言ったのだろうその言葉に、千里が聞き返した。同志っぽい反応してくれたことが嬉しかったのか、綾は口角を少しあげて説明する。
「異世界に、召喚された主人公が、仲間と一緒に旅をして、魔王を倒す、っていう、ゲーム」
「あ、それ僕も知ってる。王道だよね」
「ちなみに、続編もある」
「でも、それが何かに関係あるのかしら?」
環奈が繋がりを求めて綾に問いかける。最初の召喚される、というところだけこの状況に似てなくもないが、どうだろう。
「関係……ある?」
疑問系で、首を傾げる。自分で言っててわからないようで、周りに助けを求めた。そこでレンが条件が必要なことを伝える。
「そのゲームを全員知ってて、やったことがあるなら共通点にはなるんじゃないか?」
「そうだね。皆、知ってる?」
「私は知らないわ」
綾と仲がいい環奈は知らないらしい。
聞いてみたところ、半数は知らなかった。これでは到底共通しているとは言い難い。ついでに言えば、ゲームならばもっと不特定多数の人は知っているはずなので、大まかな括りになってしまう。レン達が選ばれた理由に辿り着くには足りない。
綾は自分の言った可能性が否定されて、残念そうに言う。
「無念」
「ああちょっと綾……」
ばたりと綾はうつ伏せに倒れた。どれほど悔しかったのかはわからないが、変な行動をする。
しかし、彼女の言った情報が修斗には引っかかったようで、考えをまとめながら発言する。
「うーん、でも、さっきその子……えっと」
綾のことを言おうとして、名前を知らないことに気がつく。本人は自己紹介をしなさそうなので、環奈が代わりに名前を伝えた。
「1組の行来綾よ。そういえば、綾もみんなのこと知らないだろうし、自己紹介でもしない?」
いい提案だ。しかし、綾は首を横に振った。
「必要、ない。一気に言われても、覚えられない」
「覚えなさい」
「むー……」
環奈の言う通り、クラスが違えばほぼ顔も、名前もわからないだろう。綾は覚えられないから無意味だというが、それでも頭の片隅には留まるはず。その提案に修斗は同調し、真っ先に自己紹介をする。
「行来さん。今は無理でも、この状況が解決するまでは覚えておいてほしいかな。俺は皇修斗。趣味はスポーツ、特技はサッカーかな。よろしく」
「……脳筋」
「脳筋だなんて、ひどいな」
確かに趣味も特技も運動では脳筋と思わなくもない。綾がパッと思いついた単語に、修斗は苦笑いをした。
その様子に環奈がため息をついてフォローを入れる。
「気にしなくていいわ。綾の言ってること、半分くらいは冗談だもの」
「バラさないで」
「はは、面白いね。うん、仲良くなれそうだ」
「私は、仲良くする気、ない」
ことごとく拒絶された修斗。半分冗談だそうだが、どこまでがそうなのかは不明だ。憐れな彼の次は秋也がぼそぼそと言う。
「自分は津田秋也。よろしく」
「私は誰ともよろしくしない。……痛っ」
冷たい発言を続ける綾に、環奈がチョップを食らわす。冗談と言っても限度があると、彼女の無言の圧力に、綾は渋々頷いた。
「よろ、しく」
「あたしは大島ひかり! ひかりって呼んでね、綾ちゃん」
「初対面で軽々しく……なんでもない。よろしく、大島さん」
「つれないなぁ」
名前で呼んでもらえなかったことに残念がるが、彼女の顔は笑顔のままだ。きっと残念だとは思っていないのだろう。
そのままひかりは握手をしようと手を差し出すが、綾がいつまでも応じないので強引に手をとって握手をする。綾が渋々握り返すと、離してくれた。
流れというべきか、ひかりの横にいた由紀の番だ。
「私は多里由紀だよ。よろしく、綾ちゃん」
「多里さんのことは、知ってる」
「そう? ありがと」
「俺は天月レン。よろしくな」
「知ってる。見た目、派手な人。……ハーフ?」
「ああ」
由紀とレンは学校内ではそれなりに有名なので、隣のクラスともなれば自然と耳に入ってくるのだろう。なんにせよ、覚えていてくれたのは嬉しいことなので、自然と口元が緩む。その横から千里が会話に加わる。
「レンは日本人の中じゃ結構目立つよね。僕は賀川千里。よろしくね、行来さん」
「まともな人、貴重。よろしく」
「綾ちゃん、千里くんは全然まともじゃないよ。この中でも随一の変人だよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
由紀の言葉を受けて綾は彼に視線を向ける。
一見すると真面目で普通の男子に見える千里。その外見の通りに印象を持ったのだが、由紀が余計な言葉で印象が変わった。
彼女のその行動に、千里は変人と自覚しながらも不本意な状況に文句を言う。
「由紀ちゃん、変なこと吹き込まないでくれる?」
「変じゃないよ。ね、レンくん」
「まあ実際変人だからな。時間の問題だ。諦めろ、千里」
「えええ……」
友達のどちらからも肯定してもらえず、落ち込む。気の置けない関係の3人であることが今の会話から見受けられ、綾はクスッと笑った。ちなみに、彼女に笑われたことにも千里は気を落とした。
ひとまず、これで自己紹介は終わりだ。
と。
「ねえ、環奈だけやってない」
「え? ……あのね、私とあなたは知り合いでしょ? 友達でしょ? 今更自己紹介する必要ある?」
何を言ってるんだと、胡乱げな眼差しを向けた。しかし、綾は平気で嘘をつく。
「誰だっけ」
「ちょっと?」
「それに、この人たちに、覚えてもらってない、可能性」
「そんなものないわ! ない、わよね?」
綾の発言に自信を持って否定をするが、言ってから自信がなくなったのか、こちらに視線を向けてくる。環奈は冷静で取り乱すようなことはあまりないから、今の彼女は新鮮だった。
そんな彼女に笑顔で由紀は頷いた。
「大丈夫だよ。環奈ちゃん」
「ほっ。よかった……。あ、綾。そういうあなただって自己紹介してないわよね?」
「ち、ばれたか」
話を蒸し返したのはいいが、自分にお鉢が回ってくるとは。と、綾は苦い表情をする。
一応環奈から名前を教えてもらって、全員覚えたのだが、ここは流れ通りに行うのが筋だろう。わかっていても綾は不満そうな顔をする。
「むー。行来、綾。よろしく。……ねえ、環奈も」
「わかったわよ。渡辺環奈。改めてよろしくお願いするわ」
これで全員の自己紹介が終わった。しかし、自己紹介が始まったのは話の途中である。だから戻そうとするのだが。ここで問題が発生した。
「話を戻そうか。えーっと、何だっけ?」
「知るか」
ド忘れとは、どうかと。修斗に対して秋也が冷静なツッコミを入れた。
まあここは高校生、若者だ。すぐに思い出す。
「そうだ。異世界に召喚された、って言ってたよね、行来さん」
「言った。ゲームのあらすじ。それが?」
「もし、この状況もそれと一緒だとしたら?」
それは、ここは異世界で、ここには何者かに召喚されたということか。
なかなか正鵠を射ている、とレンは思った。転移したというよりは、召喚された。その考えも同じだ。さすがに方法まではわからないが。
修斗の問いかけに、環奈が慎重に答えを出す。
「それは、ここが異世界だってこと? 地球じゃないってことかしら」
「うん、そういうことになる」
認めたくはないが、はっきりと修斗は肯定した。
と。ここまでの発言で、千里があることに気づいたらしい。
「じゃあさ、ゲームの世界と酷似していると仮定すると、この後起きることはゲームと同じかもしれないっていう可能性が出てくるね。確かこの後はー」
「偉い人が、来る」
「王様とか、魔法使いとかだね。まあ、人が来ればこの状況も打開できるはず」
では、待ってみようと。その選択は満場一致だった。
この部屋には2箇所に扉がある。人が入ってくるとしたらそこからだ。
全員口を結んで、扉を見つめる。耳を澄ませ、足音やその他の音が聞こえないかも確認しながら。
1分。2分……5分。
10分経過したところで、我慢できなくなった秋也が口を開いた。
「もしかしてここ、召喚した人の家じゃないのか?」
「見た感じ明らかに人家じゃないよね」
この場所からでは、人の気すら感じ取ることはできなかった。人を待つ、というこの解決する気がしない作戦は失敗に終わった。でも今のでわかったことが一つある。
「この状況。私たち、全く人気のない、暗い場所……ここまで日光が遮られているとなると、地下に放り出されたってことね」
異世界の地下とは。つまりは逃げ場なしで、対処のしようもない。いわゆる、詰み、だ。
今までは全て疑問だったが、ここにきて真実となり、心を不安に陥れる。家に帰れない、ということを本格的に悟ったひかりは焦りを露わにした。
「ど、どどどうしよう! このままじゃあたしたち、家にも帰れないし、それにご飯も食べれないよ! し、死んじゃう……」
「待って、落ち着いて、ひかり。解決策を見つけよう。このままここにいても仕方がない」
顔面を蒼白とさせるひかりを修斗がなだめ、そう口にする。確かにひかりの言った危惧は最もだ。ここにいては食料を調達する術も今はない。動いたって必ず食料が見つかるわけでもない。
いよいよこの深刻な状況の深淵が見えてきた。修斗は部屋を見渡して、移動先を確認する。ついに動き出すか。
「扉は二つ。二手に分かれてそれぞれこの先がどうなってるのかを調べよう。何か手がかりが見つかるかもしれない」
「ああそうだな。どっちかは必ず出口に繋がっているはずだ」
修斗と秋也はそう言って動き出そうとする。しかし、件のひかりは完全に平静に戻ったというわけではないし、他の皆も突然のことで頭が混乱しているはずだ。そんなとてもじゃないが冷静でない状態で探索などしても、成果など出せるのか。また、怪我をするリスクだって相当高い。
レンは彼らに意見を言った。
「待ってくれ。お前らは良くても、他が駄目だ。とても動ける状態じゃない。ここは一旦休むべきだ」
「何を言ってるんだ、天月。そうこうしているうちに時間は過ぎていくんだ」
修斗はいいことを言っているように聞こえるが、それはただの焦りだ。
「急いで何かをやったって、成果は出ない。そう何日も動かないわけじゃない。少し考えをまとめる時間が必要だと思っただけだ」
「私からもお願いするわ。綾は体が強くないの。休ませてあげてほしい。それに、実を言うと私自身も頭の整理が追いつかなくて。わかってはいるんだけど、認めることができないわ」
認めなくちゃいけないんだろうけど、と環奈は追加する。
2対2と、意見が拮抗した。ここは他の皆にも意見を聞くべく、4人は視線を走らせる。
「私は休憩がほしいなぁ。ほら、6時間目体育だったし、疲れてるんだ」
「ああ、そういえばそうだったね。僕も体が痛いし、休みたい」
「寝る」
「……帰りたい」
見事に彼らの意見は合致した。いや、一部変だったが、意味合いとしては同じだ。
「だそうだ。すまないが、ここは一旦休憩しよう」
「……わかったよ。ちょっと焦りすぎてたみたいだね」
おとなしく修斗は意見を取り下げた。彼とはあまり仲が良くなかったが、変な反発がなくてなによりだ。
本音を言えば、別に勝手な行動をしたって構わないのだが。しかし、それによって手柄を主張されたり、問題が起きてしまっては困る。だから面倒だが説得をしたのだ。
「今日はもう休もう。ゆっくり休んで、明日から周辺の探索だ」
そう言って、修斗は部屋の隅まで行き、横になった。そうだ。ここは一部屋しかなく、扉の先には何があるかわからない。しかも家具も何もなく、自分たちも手ぶらで、制服のままだ。布団もなければ、仕切りもない。幸い、室温は快適な温度に保たれていたので、風邪をひくことはないだろう。
そうして、男子は部屋の左側、女子は右側と、距離をとって眠りについたのだった。