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閉鎖世界の魔法遊戯  作者: 奏亜
1章 迷宮の底編
14/15

12話 レンの正体

主人公は存在がチートです。

「千里くん!」


 由紀が千里に駆け寄ってくる。彼女もここに来ていたようだ。

 怪我の状態を確認すると、嫌な顔一つせずに処置を施す。


「ひどい怪我……今治すね」


 杖の先を患部に掲げ、由紀は祈るように目を閉じた。彼女がこんな場所で視界をゼロにすることができるのは、それだけレンのことを信頼しているからだろう。

 パァァッ、と白い光が千里の体を包み込む。彼女も、この数日の間に治療ができるようになったのだ。

 聖法によって、千里の傷はみるみるうちに癒される。数十秒もすれば、ひどく痛めつけられた千里の体は元どおりになっていた。


「……すごい。ありがとう、由紀ちゃん」

「どういたしまして。千里くん、立てる?」


 尋ねられて体を動かしてみれば、問題なく動く。


「大丈夫。……ほら」


 よろめくことなく立ち上がって見せれば、由紀は笑顔を見せた。


「よかった。じゃあ、端っこに移動しよっか。邪魔にならないようにね」

「そうだね」


 千里はレンの姿を一瞥し、由紀を伴って部屋の端に移動した。



 レンと迷宮王は、お互いに睨み合っていた。いやそれは適切ではない。レンの方は余裕そうな笑みを浮かべている。


「__お前。ずっと気になっていたんだが、何者だ? 俺を蹴り飛ばすなど……」

「ああ。そちらの考えている通り、俺は人間じゃない」


 この場で正体を隠す気は初めからなかった。修斗や環奈、彼らにはまだ明かすつもりはないが、元々知っていた由紀、友達の千里、それから迷宮王。彼らだけのこの空間ならば問題はない。

 レンは目を閉じて、普段は隠している翼を顕現させる。それから体の細々とした部分も己の種族のものへと変化させた。


「な……! お前は、まさか、龍人族!?」

「ああ、そうだ」


 予想だにしていなかった彼の種族に、迷宮王は驚きを隠せない。


「龍人族……呪われた島に引きこもっているはずの種族が、なぜここにいる? なぜ人族とともに行動しているんだ?」

「それは色々と複雑な事情があるんだけど……、今話すつもりはないかな」


 生い立ちなんて興味ないだろう、と迷宮王の問いを切り捨てる。種族本来の強さで言えば、魔人類の鬼より龍人の方がはるかに上だった。まともに戦えば迷宮王に勝ち目はない。

 でも、彼にはプライドがあった。


「くっ……! 俺は先代魔王様に支えていた将軍! お前ごときに負けるわけにはいかないんだよ!」


 自身を奮い立たせ、瘴気の力をありったけ使って迷宮王はレンに襲いかかった。

 対するレンは、迫り来る敵に怯むことなくその場で刀を抜いた。

 そして2人の姿が交差する。


「まずは一本、ってとこかな」


 己の攻撃が不発に終わった迷宮王は、鬼の象徴である角を根元から切り取られていた。角は空中でレンに掴みとられ、その服の内側に収まった。

 それでも臆している場合ではない、次々と拳を繰り出す。


「人族は、見つけ次第殺す! 人族に味方するお前も、ここで殺してやる!」

「できるものなら」


 ひらりひらりと間一髪で交わし、パチン、と。人2人分を易々と飲み込むような爆発が、迷宮王の足元で起きた。

 迷宮王は咄嗟に飛び退いたようだが、片足の膝から下を失っていた。それから足全体にひどい火傷を負っている。致命傷とまではいかないものの、重症だった。


「……今のは、魔法か? 発動までの時間が短すぎる……お前、何をした」

「特別なことは何もしてない。ただの魔法だよ」


 ただレンの扱う魔法は少し特殊だった。それが迷宮王にはわからなかったのだ。


「さて、どうする? もう戦えないだろ」

「いや、まだだ! 傷を癒せ、ヒール!」


 魔法は魔王ナハトが禁止していたのではなかったのか。千里が驚きの表情で迷宮王を見ると、彼の足はいびつながらも再生していた。でもそれはひどい治り方である。あれではまともに歩くことすらできないのではないか。


「おい……魔法、まともに使ったことないだろ? そんな治癒の方法じゃ障害が残るだけだ」

「そうだとしても、俺は先代魔王様の命令をこなす」


 命ある限り、と。彼の目を見れば、その決意は本物だった。


「……なるほど。あくまでも降参する気はないんだな?」

「ない」

「どうあっても、敵対する気なんだな?」

「お前らは殺す対象だ」

「そうか」


 念入りにその思いを確認し、レンも決意する。

 迷宮王を殺す、と。

 今から始まるのは、殺し合いだ。

 両者は同時に駆け出す。その速さは、翼で一瞬のうちに最高スピードに達したレンが優勢。あっという間に距離は縮まった。

 迷宮王が彼の姿をはっきりと捉える前に、刀を走らせる。


「その腕、もらうぞ」


 刀を強化しなくとも、剣の技のみで鬼の腕を肩口から切り落とした。


「やられてたまるか__!」


 切られた反対の腕を引き、レンの体の中心へ拳を振るう。それは片手で受け止められ、その腕も切り取られてしまった。

 これで迷宮王はに残されたのは足だけだ。そんな乏しい攻撃手段しか持たない彼に、このまま殺すという選択肢を選ぶ。

 ふと、迷宮王がぼそりと呟いた。


「……大きすぎる力は、時に身を滅ぼす」

「は……?」

「龍人、死__」


 その言葉をすべて聞くことなく、レンは無情に刀を横に薙ぎ、迷宮王の首を切り落とした。首を失った胴体は力を失い、重力に従って床に崩れ落ちた。

 これだけやれば確実に死んでいるだろう。レンは死体が再び動き出さないことを確認すると、息を吐いた。

 彼は何を言いたかったのだろうか。悪あがきか何かをしようとしていたので、その前に息の根を止めてしまったが。まあ深く考えなくてもいいだろう。

 精神を落ち着けてから、迷宮王を見下ろす。彼の死体はここに放置しても別に構わないのだが、そうしたら確実に腐る。この8層には死肉を食らうような奴はいない。


「……火葬するか」


 ここで埋葬はできないので、燃やし尽くすに限る。レンは死体に手をかざすと、高火力の炎でもってそれを灰に変えた。この灰の処理は面倒なので放置しておこう。

 すべて終わって、この一部始終を見ていた2人に振り返る。彼らは自身の力に恐怖することはないだろうか。この、人の形をした身には過ぎた力に。

 しかしそんな心配は杞憂に終わった。


「レンくん、お疲れ様。怪我は……ないよね」

「お疲れ、レン。助けてくれてありがとう」


 彼らはレンに駆け寄ってきて、笑顔で労いの言葉を口にした。レンの正体を知らなかった千里でさえも、普段と変わらずにお礼を言ったのだった。

 きっと、これは当たり前のことではないのだ。だからこそありがたいと思える。


「ああ。……ありがとう」


 思わず口をついて出た言葉。由紀はクスッと笑っただけだったが、千里はなぜお礼を言ったのかわからず尋ねる。


「……なんでお礼?」

「いや、なんでもない」


 今までと同じように接してくれてありがたいと思ったのだが、それは言えなかった。言ったらどんなからかいを受けるかわかったもんじゃない。

 聞くなら今か、と由紀はタイミングよく疑問に思っていたことを尋ねた。


「それにしてもレンくん。いつの間にあんな強くなったの?」

「あ、そうだよ。レン、その翼は何? 人間じゃないってどういうこと?」


 迷宮王との会話をバッチリ聞かれていたらしい。千里の疑問は最もだった。

 レンは彼らに向き直り、柔らかい表情で答える。


「ああ、もう隠す気はない。全部話すよ」


 そう言うと、2人は興味津々に聞く体勢に入った。


「俺は元々、この世界の住人だったんだ」

「あ、レンくん異世界出身だって言ってたけどここだったんだ」

「ちょっと待って。最初からよくわからない上に由紀ちゃん知ってたの?」


 納得、といった表情をする由紀に、千里はツッコミを入れた。


「知ってたよ。でも、それと龍人だってことしか知らない」


 彼女は大して知らないんだ、と言う。しかし千里にとってその回答はお気に召さないようで、反論する。


「いやいや、それ十分大したことだから」

「そう?」


 自覚なしの由紀に、千里は重い溜息をついた。異世界出身で人間じゃないことが、大したことじゃないと。きっと彼女はレンがどんな存在でも何事もなく受け入れるのだろう。

 彼は続けてくれ、と視線をレンに送った。その視線に頷き、話を続ける。


「場所はクレメントっていう島だ。そこは呪われた島なんて呼ばれてたりもするな」

「そういえば迷宮王さんも言ってたね」

「島は当時は龍人族が支配していた。俺もその龍人っていう種族だ」


 特に目を引く翼を軽く動かしてみる。おお、と感嘆の声が上がった。


「島は毒によって土壌が汚染されていた。そんな土地でも、平和に暮らすことはできていたんだ。でも、俺が5歳の時にクーデターが起きた。島の王だった俺の父、それから母は目の前で殺された」


 彼が天涯孤独の身だと知った由紀は悲しみを表情に表した。


「そ、そんな……」

「それで、レンはどうなったの?」

「当然、逃げ出した。そして逃げた先で転移したんだ。地球に」


 方法ははっきりとはわからないけど、と付け足す。


「地球に来た後は、倒れていた俺を由紀のお父さんが助けてくれて、そこから居候させてもらった、と。そんな感じだよ」


 本人は両親が殺されたことを全く気にしていない様子。辛い過去だっただろうが、もう乗り越えることはできたのだろう。

 ならば哀れみや同情などは必要ない。千里はいつも通りに納得だと言う。


「うーん、だからレンはそんな派手な金髪で、真っ赤な瞳をしてるんだね」

「ああ」

「でもハーフだって言い訳は苦しかったんじゃない?」


 千里の指摘も正しく、実際に日本で生活している時は純粋な外国人だと言われることが多かった。力を抑えればレンの姿は人間と同じように見えるが、顔立ちから色彩から、日本人とは全く違ったのだ。というか外国人とはある意味正解である。外国も外国、時空を超えた別世界の住人なのだから。

 とまあ、ハーフというなんでも通用しそうな言い訳は苦しかったのである。その通りだと、レンは頷いた。

 と。


「あ」

「え? まだ何か隠してることあるの?」

「魔法帝王……」

「何それ、かっこいいね。その魔法帝王っていうのは?」


 父から幾度となく聞かされてきた言葉。その言葉の意味は未だにわからなかった。

 千里の問いにレンは首を横に振って答えた。


「ごめん、俺もよく知らないんだ。ただ父親から、俺はそういう存在なんだって聞かされてきたから」


 彼らに心当たりを聞いても、自分よりこの世界を知らない彼らにはわからないだろう。

 一体魔法帝王とはなんなのだろう。レンが考え込んでしまったことにより、場がしん、と静まってしまう。

 そこに暗さを感じた由紀は、無理やり空気を変える。


「わからないなら仕方ないよ。ここから出たら、一緒に調べよ?」

「……ああ」

「僕も手伝うよ。面白そうだし」


 ひとまず、地上へ出た際の目的は決まった。彼らが協力してくれるのはレンにとってありがたかった。

 話はひと段落ついた。いつまでもここにいても何も起こらない。レンは人間の姿に変化すると、二人に声をかける。


「そういえば早く9層に戻らないとな」

「あ、そうだった! 早く戻ろ、みんな心配して待ってるよ! 早く千里くんの顔見せて安心させてあげなきゃ」

「そうだね。みんなっていうのには違和感があるけど」

「渡辺と行来はすごく心配してたぞ?」

「そうなの? それは申し訳ないな」


 そんな会話をしながら、3人は笑顔で帰路に着いたのだった。

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