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閉鎖世界の魔法遊戯  作者: 奏亜
1章 迷宮の底編
13/15

11話 死闘

意外に戦えたりするんです。

「__どうして逃げなかった?」


 迷宮王は千里に問いかけた。彼は何を言ってるんだという顔で憮然と答える。


「そんなの、逃げようとしたらお前が襲ってくるからだよ。そうでしょ?」

「わかっているじゃないか」


 その答えに、迷宮王は笑みを浮かべる。


「それにしても、仲間に裏切られるとは、どんな気持ちだ?」

「そもそも仲間ですらないよ。僕は最初から彼らは敵、もしくは第三者って思ってた」

「ほう?」

「あんまり仲良くないんだよ、ってこと」

「なるほど。人族は群れるのが好きだと思っていたが、必ずしもそうではないのか」


 群れるのが好き。確かにそうだ。大抵の人間は、一人では動けない。複数人でいて、初めて何かを始めることができるのだ。しかし例外もいるということを忘れてはいけない。

 迷宮王はそんな事実にうんうんと納得したように頷いた。彼は今は襲ってくる気はないのか。千里に対する哀れみか。だとしてもこれは幸運だ。


「ねぇ、そっちの質問に答えたんだから、僕からも聞いていいかな」

「いいだろう、答えてやる」


 なんでも聞け、というように手を広げた。では遠慮なく聞かせてもらおう。


「さっきの炎、なんで避けたの? あれくらい、お前なら無傷で済むはずじゃないの?」

「ああ、あれか」


 修斗の使った魔法のことだとすぐに察し、迷宮王は少し黙った。こうなるということは、やはり弱点なのだろうか。


「……別に、話しても問題はないか」

「あ、問題ないんだ」

「それほど秘密というわけじゃないからな。あいつの使った魔法、ピュリフ__なんだったか」

「ごめん、僕もわかんない」

「まあいい。あれは、聖の特性が付与された炎だったんだ」

「聖? 聖法のこと?」

「聖法とは違うな。ただ、聖法具を介する必要がある。聖法具はそこにあるだけで聖なる輝きを放っている。お前も身につけている、それも同じだろう」


 そう言われて、ちらっと首から下げているネックレスを確認する。今は服の中にしまっているが、いつ確認しても淡い光を放っているのは知っている。


「魔法を発動してから聖法具に触れさせると、なぜだか魔法が聖の特性を持つようになる」

「なんで?」

「知るか。人族がやっていたのを見ていただけだ」


 つれない。迷宮王は千里の純粋な疑問をはねのけた。


「聖なる輝きは、瘴気を浄化し、魔人類に多大な影響を及ぼす。つまり、俺があの炎に触れていれば、大火傷を負っていたということだ」

「へぇ……」


 こんなところに弱点があったとは。でも考えてみればすぐに分かることだった。聖法具がなければ人族は迷宮を歩けない。その大元の理由を考えれば納得のいく説明であった。


「あ、じゃあ、聖法具を近づければダメージ受けたりとかする?」

「その程度で傷つくわけないだろう。聖法具に触れれば皮膚はダメになるだろうがな」

「そうなんだ」


 じゃあ聖法具で攻撃、は無理そうだ。千里は心底残念だというような顔をする。


「お前、俺が怖くないのか?」

「え? 怖いよ。あー怖い怖い、鳥肌立ちそうだよ」


 大げさに腕をさすって体を震わせる。それがわざとやっていることであり、彼がふざけていることは誰にでもわかった。


「お前俺に仲間を殺させようとしただろ」

「仲間じゃないって。別に殺そうとはしてないよ。ただ、報いを受ければいいと思ってただけ」


 危なくなれば助けたよ、とこれは千里の本心であった。ただこれで改心してくれればいいとも思ってたのだが、あの様子では難しいだろう。千里は溜息をつく。


「本当にそうか?」

「嘘は言ってないよ」

「いや。それだけかということだ」

「……まあ、他にも理由はあるけどね」


 そこで言葉を切る。迷宮王を見れば、話せと目で伝えてきた。あと思いっきり睨んできて怖い。


「ただの時間稼ぎだよ。お前相手に、全員で逃げられるとは思ってない。必ず誰かが残されることはわかってたんだ」

「じゃあなぜあいつらを逃がした? お前の実力なら、一人を犠牲にして逃げることはできたはずだ」

「そうだね。それは否定しないよ」


 修斗達の戦いを見ていれば、それができたことはわかっていた。でも、さすがに彼らと同じことをする気にはなれなかったのだ。

 そう伝えると、迷宮王は馬鹿にしたように笑う。


「ふっ、大した自己犠牲だな」

「犠牲になったつもりはないよ。こっちにはまだ仲間がいる。この状況を知ってる渡辺さんもいるし、彼女が僕のことを伝えてくれるだろう」

「伝えてくれる? 誰にだ?」

「レンと、由紀ちゃんにだよ」


 ただ、あの諍いの場にレンがいなかったことが気になる。彼は一体どこへ行ったのだろうか。9層にいないとなれば、8層だと思ったのだが。ここに来るまでにも彼の姿を見ることはなかった。でも、心配することはないか。

 そう結論付けて、彼の行方は考えないことにした。


「レン? 由紀? 誰の事だ?」

「えーっと、金髪で赤い目をした男と、茶髪をサイドでくくってる女の子だよ。聖杖を持ってる」


 容姿を説明されたことで、迷宮王はやっと誰のことを指すかわかったようだった。


「ああ、あれか。確かに、あの金髪の男はお前らとは違うな。でも、あれが来たところで意味はない」

「レンは負けないよ。勝てるかどうかはわかんないけど、助けに来てくれれば、僕は生きて戻れる」

「ずいぶん信頼しているのだな。先程裏切りにあったばかりだというのに」

「だから仲間じゃないって。裏切られたとも思ってない」

「ああ、悪い。しかしそのレンとやらが、ここに来るとは限らないだろう?」

「そうだね。助けに来てくれるって保証はないかもしれない」


 何かの拍子に、情報が伝わらないことが起こるかもしれない。自分はずっとここに取り残されたままかもしれない。でも可能性を信じることはやめなかった。

 千里は迷宮王をまっすぐ見つめて、言った。


「だから、これは僕の悪あがきだよ。勝てる可能性がわずかだったとしても、僕はそれを諦めない」

「馬鹿だな。お前みたいな人族が、俺に勝てるものか__!」

「それはやってみなければわからないよ!」


 迷宮王が構えるのに合わせ、千里は自身の得物である剣を握り直し、駆けた。



「__はぁっ!」


 その場から動かない迷宮王へ剣を振り下ろす。この身にできることは、剣を振るうことだけ。魔法だって使えないので、先程彼が教えてくれた弱点もつくことはできないのだ。

 故に。

 剣と拳が接触する。今までなんども交えてきたが、その拳に傷という傷をつけることはできなかった。

 今も同じ。簡単に弾かれてしまった。


「ずっと疑問に思ってたけどっ、なんで素手で剣が受け止められる?」


 刃を迷宮王に振るいつつ、問う。迷宮王はその全てを防いで答えた。


「単純なことだ。俺の拳が、硬かった。それだけだ」

「さっき皮一枚は切れたけどっ?」

「それは腕だろう」


 つまり、刃物を受け止められるのは拳の部分だけと。剣ならば他の場所に当てることができれば、傷をつけることができる。ただ全て拳で受け止められているのが現状だが。

 弱点はどこか。皮一枚切ったって、この鬼には何の影響も及ぼさないだろう。だから、かすめた程度でも大きな障害になるところ。そう、目を、千里は狙った。


「__どこを狙っているのか、バレバレだっ!」


 剣を振るう前に狙いがわかっていたのか、迷宮王は突き刺そうとしていた剣を先んじて叩き、千里の腹を殴りつけた。


「がはっ__」


 内臓がまるで潰されたかのような痛み。その痛みをこらえ、倒れる前に無理やり立つ。命綱である剣は、この手から離れてはいない。

 すぐに体勢を立て直した千里に、迷宮王は口の端を釣り上げた。


「ほう、今のを受けて立ち上がるか。人族もそれほど脆くないものだな」

「別に、褒められたって嬉しくないけどっ?」


 言い返しながら、自分の何がダメだったのかを確かめるために、迷宮王に斬りかかった。


「お前の攻撃は、ぬるい。俺を殺そうという意思が入っていない」

「何?」


 彼の発言に、千里は眉を吊り上げた。全力をこめて迷宮王を倒そうとしているのに、何がダメなのだろうか、と。


「中途半端はやめろ。殺す気でかかってこい」


 彼の言葉を無視し、剣を振り下ろす。

 殺す。その単語を頭に残しながら。

 迷いの入ったその剣は愚鈍で、迷宮王には当たらなかった。代わりに千里の左肩が打ち抜かれる。


「くぅ__!」


 千里は肩を押さえて飛び退いた。彼は右ききだ。利き腕の方をやられなかったのは幸いと言えるだろう。


「行くぞ。これ以上つまらない剣を振るうなら、殺す」


 急加速。迷宮王は姿がとらえられないほどに加速し、千里を殴った。その衝撃で後方に飛んだ体を追い、もう一発。さらに二発。

 千里はただ殴られるだけだった。やはり人間と鬼の純粋な身体能力の差が、これほどまでに一方的な暴力を引き起こしているのだ。彼に為す術はない。

 無抵抗の彼に、迷宮王はトドメを刺そうと拳を振り上げて、下ろす。ドンッ、と派手に土埃を撒き散らし、千里を仕留めた。


「つまらん」


 あっさりとやられてしまったことに熱が急激に冷えていく。迷宮王の闘志はゼロに近かった。やはり弱いものと戦ったところでつまらないだけだと。無駄な時間を過ごしてしまったと。

 千里の姿を確認することもなく、迷宮王は踵を返した。


「__っ! 目が、痛い……!」


 異常を感じた右目に手を当ててみれば、血が流れている。視界も右目だけでは真っ暗だ。おそらく眼球ごとやられた。一体誰が。


「っまさか!」


 迷宮王が危険を感じて振り返ってみれば、千里が立ち上がろうとしていた。ようやく入れられた一撃に、会心の笑みを浮かべる。


「ふふ、気づいた? 実は、これを使ったんだ」


 彼が自慢するようにその手に持っていたのは、ナイフの形をした紙だった。たかが紙が、どうして眼球を傷つけられるのだろう。


「ペーパーナイフって言ってね。軽くて、よく切れるんだよ。その代わり耐久性はゼロに近いけど」


 千里はこれを投げて使った。当たるかは一種の賭けだったのだが、うまく掠めてくれたようだ。しかしそれはもうくしゃくしゃになり、使うことはできなさそうだった。ただの紙に戻ったそれを、ポケットにしまう。ポイ捨てはよくないのだ。


「やっとハンデ一つだね。視界が半分だと、距離がわかりづらいんじゃない?」

「まさか。気配でわかる」


 迷宮王はそういうが、千里を見る左目をしきりに細めたり、開いたりする行動からして見づらくなっているのがわかる。揺らぐ視界を完全に塞がないのが、気配だけじゃわからないという確証になった。

 強気な千里に、迷宮王は呆れたように返した。


「目を一つ奪ったからって何をいい気になっている。お前は全身満身創痍じゃないか」

「は、どこが? 僕は無傷だよ。打撲なんて傷のうちに入らない」

「その肩骨折してるだろうが」


 おかしな強がりを見せる千里。だが、迷宮王の指摘する肩以外気にしてる様子はないのが印象だった。想像もできないほどの痛みを、無理やり感じないようにしているのだ。痛みさえも凌駕する精神力。そこは評価してもいい点だと、迷宮王は思った。


「そんなの、関係ないよっ」


 千里は左腕はだらりと下げたまま、迷宮王へ襲いかかる。片手一本で持った剣で、果たしてまともに戦えるのだろうか。


「一つ、わかったことがあるんだっ!」

「なんだ、言ってみろ!」

「攻撃をするとき、人は狙ってる場所を見る。僕の剣を防げるのも、視線で軌道がわかったからだろ?」

「その通りだ」


 でもそれがわかったところで何になる、と迷宮王は拳を振るう。それを千里は剣の腹で持って受け止めて見せた。

 相当重い、が、押し切られることはなかった。大丈夫だ、まだ戦える。


「なにっ」

「お前も一緒だってことだよ!」


 その言葉を皮切りに、千里は迷宮王の攻撃をひとつたりとも零さず防ぎきる。さらに追撃を入れるという余裕まで出てきた。

 幾度となく互いの武器が交差する。現状は、膠着状態だった。それぞれの攻撃が全く当たらないため、これでは体力勝負になってしまう。そうなると千里の分が悪くなるのだ。

 ふと、千里は何かが引っかかった。


「迷宮王! お前は魔法を使わないのか?」


 迷宮王は魔法が使えるだけの魔力を持っている。その事実は千里には与り知らぬことだが、自分の周りには魔法を使える者が当然のようにいたため気になったのだ。


「そういうお前は使わないのか?」

「使えないんだよ!」

「……ああ、魔力がないんだな。お前には」


 教えてやろう、と迷宮王は攻撃を手を休めた。


「今代魔王は、魔人類の魔法の使用を禁止した。今じゃ魔法の原理さえ知らないやつばっかりだ」

「使用、禁止? どうしてそんなことをっ?」

「知るか。迷宮で使うならバレる確率は少ないが、地上で使えば即牢屋行きだ」


 なんでそんなことをするのだろう。魔法はとても便利で、使い勝手のいいものなのに。魔法があれば、文明文化だって一層の発展を遂げるだろう。

 迷宮王の語る情報の中で、何度か出てきた魔王の人物像。彼の考えていることは到底理解できなかった。

 千里と迷宮王は十数メートルの距離を置いて対峙する。これで一旦仕切り直しだ。


「さあ、そろそろ決着をつけようじゃないか」

「僕にその気はないっ!」


 荒い息を吐きながら、千里はまだまだ戦いを続ける気であった。今はまだ、迷宮王に勝てる気がしないからだ。

 堂々と構えをとる迷宮王に、再三と剣を振るう。その防御の反応が最初より遅れているのは、千里の視線が露骨ではなくなったからだ。

 この場において弱者である千里は、戦いの中で成長する必要があったのだ。しかも彼の成長はそれだけではなかった。


「ずいぶんと殺気のこもった剣だな!」


 千里の中で決意がより一層強くなり、彼を殺そうという気で剣を振るっていた。


「お前に、さっき、殺されかけたからねっ!」


 その言葉の通り、さっきまでの迷いはもうない。自分が生き残るために迷宮王を殺すのだ。

 剣を振るい、突き、時には受け止め、あらん限りの牙を剥く。戦い始めの頃に比べれば、千里の動きは格段に良くなっていた。


「でも、足りない!」


 勝てない。種族然り、経験然り、迷宮王との差は大きかった。


「はははははっ! 人族の男がこんなにもできるとは思ってなかったぞ!」


 戦いの途中だというのに、彼は笑った。何を考えているかはわからない。しかしそんなことに少しでも気を取られている場合ではない。

 剣を強く握り、今だと思って迷宮王の左目を狙った。当たれば上々、相手の視界を潰せるのだ。


「だが__これで終わりだ」

「__まずっ」


 今まで本気を出していなかったのではないか、というほどの速度で、拳が千里の胸を強かに撃ち抜いた。千里は剣を握ったまま、後方に転がった。


「がはっ! ごほっごほっ」


 うまく呼吸ができなくなり、何度も咳をする。口に手を当ててみれば、血が付いていた。内臓も少しやられたらしい。

 それでも、と気合を入れて立ち上がろうとするが、今までの無理がたたって身体がいうことを聞かない。彼は立ち上がれなかった。


「ほ、本気じゃ、なかったのか?」

「いや? 本気だった。最後のは瘴気の力を使っただけだ」


 瘴気は、魔人類の力を引き出す。迷宮王はこの部屋に満ちている瘴気を集め、身体能力を一時的に引き出したのだろう。


「でもお前はよくやった方だ。人族の中じゃ上の方に位置するだろう。その証拠に俺の左目も傷つけられた」


 見れば、迷宮王の左目からも血が出ている。千里の持つ剣の先には、同じ血が付いていた。

 もしこの部屋の瘴気がすべて浄化されていたのなら、また仕切り直して、千里の勝率は上がったかもしれない。でもそれは言っても仕方がなかった。

 四肢を投げ出して倒れる千里に、迷宮王は近づいた。


「そういや、お前の仲間も来なかったな。可哀想な奴だ。ここは痛くないように殺してやる」

「今も、十分、痛いって……」


 減らない千里の口に、声を殺して笑う。

 迷宮王は拳を振り上げ、心臓があるであろう場所を潰さんと拳を振り下ろした。

 ゴスッ、と。

 なにやら硬いものを叩いたような音が響き、迷宮王の体が横に転がった。


「……………………は?」


 最後まで目を瞑らなかった千里は、なにが起きたのかと間抜けな声を出す。

 しかしそれは上から降ってきた声ですべて察した。


「__遅くなってごめんな、千里」


 迷宮王を蹴り飛ばし、千里をかばうように立っていたのは親友のレンだった。

 彼は千里が望んだ通り、助けに来てくれたのだ。

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