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閉鎖世界の魔法遊戯  作者: 奏亜
1章 迷宮の底編
12/15

10話 鬼の寝る間に

ただではやられません。暗いなぁ。

 時は少し遡る。

 レンが抜け出して迷宮探索に行った後、皆が寝ているはずの時間。


「__わ、賀川、起きろ」


 千里が気持ちよく寝ていると、誰かが自分の名前を呼ぶ声で起こされる。誰かと思えば修斗だった。なぜ彼が千里を起こすのだろう。そう怪訝に思いつつも起き上がると、修斗の他に2人、起きている人の姿があった。秋也とひかりだ。千里は秋也も関わっていることに嫌な予感を残しつつ、何の用か尋ねた。


「で、何? こんな夜中に起こしたりなんかして」

「僕たちで、迷宮王の討伐に行こうと思うんだ。賀川くんも協力してくれ」


 一瞬、耳を疑った。こいつは何を言っているのかと。確か、あの迷宮王を討伐しに行くと言ってなかったか。千里は信じられない、と思考を放棄して布団に体を預けたい衝動にかられるが、一応確認しておく。


「迷宮王の、討伐?」

「そう言ってる」

「こんな夜中に?」

「ああ」


 意味がわからない、と千里は天を仰ぐ。多分説明を求めたとしても、きっと彼らの言い分は自分には理解できないだろう。

 だから、断る。


「嫌だ。迷宮王の討伐にはいかない」

「賀川、お前な」

「秋也、ここは俺が説得するって言ったでしょ」


 説得、といったか。あいにく千里は何を言われても行く気などなかった。


「俺たちの探索は、迷宮王の存在によって止まっている。迷宮王がいるから、これ以上の上層へ向かえずにいる。だからこそ、早く迷宮王を倒すべきなんだよ」

「迷宮王は、今の僕らの実力じゃ敵わない。ちょっと前に全員で挑んだけど、勝てなかったじゃん」

「そうだ。賀川くんは、俺たちに足りないものはなんだと思う?」

「足りないもの?」


 それは決まっている。


「個人の実力と、経験」

「そう、特に経験。実力は毎日皆努力してるから高められるけど、実戦経験はほとんどない。だから勝てないんだ」


 それは、修斗の言うとおりだった。実戦経験が少なすぎる。その状態で迷宮の、それも一番強い魔人類に挑もうというのだから、勝てるはずがないのだ。


「それで? その経験不足が、どうして夜中に討伐に行くことにつながるの?」

「まだ分からないかい? 経験がないなら、積めばいい。迷宮王と戦うことで」

「__はぁっ!?」


 修斗の発言に、千里は驚く。正気かこいつ、と。確かに経験は詰めるだろうが、その代償は下手すれば取り返しのつかないものになる。それをわかって言ってるのか。


「バカじゃないの? 迷宮王と戦おうなんて、下手すれば死ぬよ? 迷宮王は訓練相手じゃない、敵なんだ」

「そんなことはわかってるさ」

「わかってないってば。それに、こんな少人数で行こうなんておかしい。せめて全員で行くべき。ついでに言うと、みんな疲れが取れてない状態で戦っても死ぬ確率が高くなるだけ。わからない?」

「…………」


 千里の正論に修斗は口を閉ざす。言い負かすとはできたか。ではこんな夜中だ、寝ている人もいるのだからさっさと就寝すべきだ。


「わかったなら無謀なことはやめて、さっさと寝よう。そんなに焦らなくても、倒せる日は来る__」

「黙れよ」


 親切心で言った言葉は、修斗の言葉によって遮られた。千里は訝しげに修斗を見る。彼は不機嫌を隠そうともせず、イライラしていた。


「こっちはね、こんな生活早く終わらせたいんだよ。地道に力をつけて、なんてやってやれないんだよ。だから協力しろ」

「……そんなに行きたいたら、君たちだけでいけばいい話じゃないか。なんで僕を連れていく必要がある?」

「前衛が足りないんだ。文句言わず協力しろよ」

「嫌だ。僕は絶対に行かない」

「……賀川、お前自分の立場ちゃんと分かってるのかい?」

「立場? なにそれ。悪いけど、僕はそんなものに興味はないんだ」

「あくまでもそう言い張るつもりか。どこまでお前は自分勝手なんだ」

「自分勝手はそっちじゃない?」

「うるさい。いいから……さっさと準備しろ!」


 修斗がいい加減しびれを切らした様子で怒鳴る。千里は嫌悪感を隠せず、顔を歪ませる。


「最低だね。よくそれで今まで生活してこれたもんだ」

「賀川みたいな底辺にいるやつのくせに、僕を侮辱するな!」


 怒りに任せて千里に手を上げようとした時、別のところから声がかかった。


「ちょっと、なにやってるのよあなたたち」


 環奈だ。彼女は布団から上半身を起こした状態でこちらを見ている。どうやら今の怒鳴り声で起こしてしまったらしい。申し訳ないことをした。


「渡辺さんは黙っててくれないか。これは僕たちの問題なんだ」


 彼は彼女を起こしてしまったことを悪いと思っていないのだろう。謝りもせずに関係ないと言い捨てる。

 その態度に対しても文句を言いたいところだが、まずは彼の発言に対して間違いを正す。


「僕は関係ない。巻き込まないでくれる?」

「待ちなさいよ。事情を説明して」


 まあ、こんな不穏な雰囲気が漂っていて、一度起きてしまってはのんきに寝ていることはできないのだろう。環奈は強気な口調で説明を求める。

 修斗は絶対に言わなそうなので、千里から話すことにした。環奈なら、こちらを援護してくれるはず。


「こいつら、こんな夜中に迷宮王の討伐に行くって言ってるんだ。僕を巻き込んで」

「巻きこんではない。仲間だから、協力してくれと頼んでるだけだ」

「迷宮王の、討伐? 正気なの?」

「渡辺さんまでそんなことを言うのか」

「そりゃそうよ。しかも3人、いや、4人だけで行こうなんて、無謀すぎるわ。それになんで夜中に行くのよ?」


 純粋に疑問に思ったことを環奈は聞く。


「今の時間なら、迷宮王だって寝ているはずだ。そこに奇襲を仕掛ける。寝込みを襲えば、僕たちにだって勝てる見込みはある」

「それはない。バカなの?」

「皇くん。魔人類と私たちの生活サイクルが同じとは限らないのよ?」

「そうだね。たとえ寝ていたとしてもあの鬼のことだ。すぐに目を覚まして襲いかかってくる」

「ええ、私もそう思うわ。夜中に襲ったって、結果は一緒よ」


 千里と環奈の意見が一致する。これは間違い無く正論。の、はずなのだが。


「君たちは、多少なりとも優位に立てるとは考えないのかい?」

「は? 優位に立つ?」

「誰だって寝るときは武器や防具を外すだろう? だから寝ていれば武器も防具もない状態の迷宮王を相手にできる」

「防具はともかく、迷宮王は武器なんて持ってなかったけど? 自分の体が十分凶器になるからだろうって。それは実際、本当のことだった」


 迷宮王には大抵の攻撃は通じない。剣でもって切りかかっても、硬い皮膚に弾かれて傷つけることすらできなかった。全員で迷宮王と戦ったのだから、そのことはわかっているはずなのだが。


「本当にそうかな? 迷宮王から聞いたわけではないのに、どうしてそう言い切れるんだい?」

「確かに私たちの推測ではあるけれど……」

「そうだろう? いいかい、これは一つの策であり、経験なんだ。試す前に諦めるより、試した方が断然いいだろ?」


 彼の言い分は、理解はできるのだがよく分からない、これ以上理屈で攻めても通用しないので、千里はもう一度、はっきりと断った。


「でも、僕はいかない」

「どうして?」

「どうしても何も、危険だからだよ」

「そうやって危険だからって言って逃げるのかい?」

「違うよ。迷宮王のところに行くなら最も安全な策じゃないと死ぬって言ってるんだ」

「死なないさ。僕たちは、絶対」

「何を根拠に……」


 と言いかけて、口をつぐむ。聞いたって仕方ないからだ。どうせ、ないか、よくわからない、のどちらかなのだろう。


「あなたたち、いい加減にしなさいよ。嫌がる本人を無理やり連れて行ったって意味はないわ」

「意味ならあるさ」

「何? それは」


 何か千里がいることに理由があったのか。あるのならば、最初から聞かせてもらいたかった。


「賀川くんのためだ」

「……は?」


 千里のため。何がどうしてそうなったのだろう。理解が及ばず、千里は首をかしげる。彼の疑問に答えたのは秋也だった。


「足手まといだっつってんだよ」

「……はぁ? 確かに僕には力がないけど、みんなの足を引っ張った記憶はないよ」

「それはお前の認識だろ。こっちは迷惑してんだよ」

「それは、津田には関係ないんじゃないかな。僕のチームは、レンと、由紀ちゃんの2人だ」

「お前、あの2人とつるんでてわかんないのか? 天月と多里に、お前は釣り合ってないんだよ。あいつらは学校でも有名な美男美女カップル……」

「秋也」


 修斗が秋也の発言を咎めるように名前を呼んだ。その意味が秋也にはわかっているようで、悪い、と一言謝る。

 こほん、と咳をこぼしてから続ける。


「学校でも有名だ。容姿端麗、成績優秀。能力的には学校のトップだ。それに比べてお前はどうだ? 平凡も平凡で、あの2人みたいな特筆すべき点が一つも見当たらない」


 強いて言えば千里は剣道が得意だが、大会で優勝まではいかなかったため彼の言う特筆すべき点、には当たらないのだろう。


「正直言って、お前、2人の足手まといなんだよ。ここに来ても魔法も使えないくせに、あの2人の近くにいるには到底釣り合わない。自分でもそう思ってるんじゃないのか?」


 確かに千里は魔法が使えない。8人で、唯一魔法が使えないのだ。でもその代わり剣術がある。それには自信があったのだ。


「無意識のうちに足を引っ張ってるとか思わないのか?」


 千里は、秋也の問いに否定を返すことができなかった。可能性がないとは言い切れないのだ。いくらレンと由紀が優しくて、千里のことを大切に思っていても心の中ではそう思っているかもしれない。優しいから、気遣っているだけかもしれない。

 そう考え始めれば、キリがなかった。千里は考え込んでしまい、反論ができなかった。


「心当たりがあるみたいだな。なら一緒に迷宮王の討伐に行って、力をつけるべきだ。2人にこれ以上の迷惑をかけないようにな」

「…………」

「賀川くん、騙されないで。あの2人がそんなこと思ってるわけないでしょう」


 環奈は千里が頷かないように声をかける。しかし千里は彼女の言葉に対して反応を示さない。何を考えているのかと、さらに説得の言葉を続けた。


「ちょっと、賀川くん。ダメよ。行っちゃダメ。断るべきよ」

「…………わかった」

「賀川くん!?」


 説得もむなしく、千里は了承してしまった。どうしてという目を向ける環奈に、千里は微笑んだ。


「渡辺さん、ありがとう。でもレンと由紀ちゃんは僕の大切な友達なんだ。迷惑をかけるわけにはいかない」

「だから、迷惑だなんて思ってないわよ。絶対」


 ありえない、と言い切る。千里だってそう思っている。けど。


「ここで断ったら、次は2人に手を出すかもしれない。そんなことは、絶対にさせたくないんだ」


 本人の前でそう言うか。彼らを疑うその発言に、当人、秋也はしかと頷いた。悪いとは微塵も思ってないらしい。


「でも」

「ありがとう、止めてくれて。渡辺さん、いい人だね」

「……だったら、私も行くわ」


 千里を睨みつけるように、環奈は真剣な顔でそういった。そして、秋也の方にも視線を向ける。


「いいわよね?」

「……それは」

「ダメだよ」


 秋也が返答する前に、千里は拒否を口にした。


「渡辺さんは、ここで待ってて。大丈夫、心配することはないから」

「そんなっ」


 心配すらもさせてくれないのか。環奈は押し黙って、うつむいた。何かを堪えるように。

 彼女の様子を見て、千里は少し辛そうな顔をし、すぐに真面目な表情になる。彼の手にはすでに剣が握られていた。


「行くよ」


 千里の声かけで3人は踵を返して扉に向かう。環奈には悪いことをしてしまったと、千里はごめん、と一言だけ謝っておいた。



 修斗を先頭にして8層を進む。この層に配置されているであろうゴーレムはあらかた倒してしまったので、彼らは何にも出会うことなく迷宮王の部屋に向かうことができた。


「皇、作戦はあるの?」


 こんな夜中に連れ出されているのだ、それくらいなくてはこちらもやっていられない。彼の問いに修斗は頷いた。


「当然だろう。まず、俺が迷宮王の攻撃を受け止める。その隙に賀川くんが背後に回り込んで攻撃するんだ。俺が奴を積極的に引きつけるから、どうにか攻撃を加えて欲しいんだ」

「……待って、もともと奇襲するためにこの時間に行くんじゃないの?」


 修斗が入った作戦は、普通に敵と相対した時のもの。奇襲じゃないならば、わざわざこの時間を選んだ理由がない。千里がそう指摘すると、修斗は嫌そうに補足する。


「それは今から言うんだ。迷宮王が寝ていたら、気付かれないように俺と賀川くんが近づく。そして一斉に攻撃する。起きてしまったらさっきの作戦でいくよ」

「……わかったよ」

「それから、2人はいつもの通りで頼むよ。ひかりは援護、秋也はひかりの護衛で」

「うん」

「わかってる」


 それからお互いの力の確認をした。どんな魔法が使えるだとか、剣の腕はどのくらいか、弓の精度など、戦いに関わることを話す。

 そうしているうちに迷宮王の部屋にたどり着いた。

 開けるよと修斗が確認をとり、その重い扉を押した。ギィィィィ、と相変わらずの重い音を響かせ、扉は開いた。


「ライト」


 修斗が魔法を使って部屋全体を薄く照らした。遠くは目を凝らさなければ見えないが、寝ているものなら明るさの変化に気がつかないほどの、わずかな照明だった。

 4人が部屋の奥へと視線を送る。そこには。


「またお前らか。何度やっても同じことだ」


 迷宮王が迷惑そうにこちらを見ていた。どうやら寝てはいなかったらしい。

 作戦の一つが潰れてしまったことに修斗は顔を悔しさに歪ませると、気合を入れた。


「迷宮王! 今度こそ倒させてもらうぞ!」

「やれるものならやってみるがいい」


 彼ら二人が動き出し、部屋の中央で激突。修斗の剣と迷宮王の拳がしのぎを削りあう。

 千里は作戦の通りに、大きく曲線を描いて移動する。彼の動きは迷宮王にはバレているだろうが、はさみ打ちができればそれでいい。

 迷宮王の真後ろに移動し、千里は上段から斬りかかった。


「はぁっ!」


 体重を乗せた斬撃を、迷宮王はもう片方の腕で受け止めた。修斗の剣は力任せに弾き飛ばしたらしい。

 千里の剣はわずかに食い込んでいるだけで、斬れたのはわずか皮一枚程度だろう。最接近しているのはあまり良くないと判断し、床を蹴って後ろへ下がる。


「皇っ__!」


 作戦通りに、迷宮王の気を引いてくれなければ。そう思って名前を呼ぶが返事はなかった。敵からわずかに視線をそらしてみれば、修斗は扉前に戻っているではないか。これは一体どういうことだろう。


「ちょっと、皇っ!?」


 思わず足が前に出る。迷宮王を避けて彼らに近づく、が。


「逃さんっ!」


 こちらの事情など知ったことか、と迷宮王が千里を襲う。それを必死で防ぎながら、扉前の彼らに向かって叫んだ。


「どういうことだよ! 早く加勢してよ!」

「……まだわからないのかい、賀川くん」

「何だよっ!」


 頭でわかっていても、認めたくない。しかし、千里に現実が突きつけられた。


「君は邪魔だったんだよ。僕にとっても、秋也にとってもね」

「津田……? いくら僕のことが嫌いだからって、こんなことをする理由にはならないだろ!」

「いいや、なるんだよ」


 修斗は邪魔だ嫌いだ、と言い、更に言葉を続けた。


「僕たちはここから逃げる。君はせいぜい悪足掻きをするといいよ」

「お前ッ!」


 いわば千里は生贄。見返りもない、ただの贄とされたのだ。彼らは悪びれた顔もせずに、ただ楽しそうにこちらを見つめる。


「じゃあね、さようなら」


 行かせるものか。自分はただ黙って受け入れるだけの人間ではないのだ、1年前と違って。


「はぁぁぁああっ!」


 迷宮王を力任せに振り払い、千里は扉に向かって駆け出した。死ぬのは自分だけではないと。

 敵がいるにもかかわらず、背を向けて走り出した千里を、容赦なく迷宮王が追う。


「敵前逃亡とは、いい度胸をしているなッ!」


 背に悪寒が走る。頭で考えるのではなく、反射で千里は体を横へ投げ出した。思わぬ彼の動きに、迷宮王はとっさに進行を止められず、数メートルは余分に動いた。そして、そこは卑怯な彼らの目の前である。


「ひっ……修斗、止めろ!」

「くっ__」


 とりあえず攻撃するのは近くにいる奴、とそんな戦闘スタイルであろうと思い、誘導したのだ。一歩間違えれば重傷を負っていただろうが、上手くいった。これで彼らも迷宮王の贄となる。

 再び修斗と迷宮王がぶつかる。


「どうした、そんな逃げ腰の攻撃じゃ、殺してくれと言っているようなものだぞ?」

「アーススピアッ!」

「む?」


 土属性の魔法が修斗の背後から飛来する。秋也が使ったのであろう土の槍は、迷宮王の頭に当たって破散した。ダメージを与えられたかのように見えたそれは、敵の無傷によって全くの無意味だった。


「軽いな。そんなものが鬼に通用するとでも思ったか!」


 迷宮王は修斗の剣を弾き、彼の腹に拳を入れた。


「ぐぅ__!」


 とっさに腹と拳の間に滑り込ませた鞘で防御するが、あっけなく吹き飛ばされる。苦しそうに呻き、床をゴロゴロと転がった。

 彼が立ち上がる前に、迷宮王は次の獲物を秋也に定める。視線を向けられた秋也はその手に持った槍で立ち向かった。


「お前では話にならんな!」

「えっ?」


 真正面から突き出された槍の穂先を、迷宮王は素手で掴みとる。想定外だったのか秋也は一瞬気を抜いてしまい、武器をとられた。そして、奪い取った武器でもって秋也の肩をえぐった。


「うぁぁぁあああああ!」


 大した抵抗もできず、槍が刺さったまま殴られ、彼も床に這いつくばった。明らかに重症の彼に、ひかりが駆け寄った。


「修斗くん、秋也くん!」

「残るは貴様と、そこの剣使いだけか」

「ひっ……」


 迷宮王に睨まれて、ひかりは恐怖で動けなくなった。彼女に危害が及ぶその前に、再び立ち上がった修斗が前に出た。


「秋也、ひかり、お前たちは先に逃げてくれ!」

「わ、わかった!」


 修斗の声掛けにひかりは慌てて頷く。足をやられたわけではないので、痛みで苦痛の表情を浮かべる秋也を、叱咤して歩くように促す。少々時間はかかったものの、部屋の外に彼らは出た。

 その様子を見て、千里は迷宮王役立たずだな、と思ったのは内緒だ。

 修斗は自分も何とか逃げ出すために、と己の切り札を使った。


「これはあんまり使いたくなかったんだけど……ピュリフィケイション・ファイア!」

「何?」


 その魔法は白い炎だった。それを見て顔色を変えた迷宮王に、炎が襲いかかる。さすがの彼もこれは受けてはならないと判断したのか、大きく後退した。その隙に修斗は部屋の外へ出てしまう。逃げ足の速い奴だ。

 追撃してくる前にと、扉は音を立ててしまった。千里を贄にするためとはいえ、内側から開かないその扉を閉めるか、普通。

 千里はガタン、と閉まる扉を見つめ、興味を失ったかのように視線を迷宮王へと移した。

 ここからが正念場だ。

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