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閉鎖世界の魔法遊戯  作者: 奏亜
1章 迷宮の底編
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9話 罠

暗いなぁ。でも作者のスキルではこれが精一杯です。

「始めは、私もよく知らないのよ。私たちが寝ている間に話は進んでいたみたいで、私はその声で起こされたわ。由紀さんや綾は寝ていたし、ことの一部始終は私しか説明できないの」


 こんな夜中だ。皆疲れているだろうし、話し声で起きないのは仕方がないだろう。環奈はごめんなさい、と一度謝ってからことの次第を話し始めた。


「私が起きると、皇くん、津田くん、ひかりさん、賀川くんの四人が話していたわ。話していた内容は、迷宮王の討伐についてだった。ここ何日も探索が進んでなかったから、皇くんが珍しくイライラしていてね、特に賀川くんを怒鳴りつけていたわ。だから私も止めに入ったの。でも状況は一向に良くならなくて。皇くんは今から迷宮王の討伐に行くと言っていて、それに賀川くんも連れて行くって、それの一点張り。なんの思惑があるのかはわからないけど、今の時間なら迷宮王も寝ているから、奇襲ができるって」

「奇襲……寝込みを襲うにしても、迷宮王の生活が俺たちと一緒とは限らないけどな」

「ええ。私もそう言ったわ。でも、聞いてもらえなかった。結局よく分からない言い分で押し通されちゃったわ。ごめんなさい」


 彼女は頭を下げた。これで謝ったのは二度目だ。


「謝らなくていいよ。それで、そのあとは?」

「そのあとは、賀川くんは嫌だって断り続けてたんだけど……」


 何やらとても言いにくそうにしている。言ってもらわなければわからないので、促してみる。


「けど、何があったんだ?」

「その、天月くんと由紀さんのことを言ったのよ」

「……? 悪口とかか?」


 別に気にしないのでどうでもいいのだが。と思っていると、環奈は首を横に振った。


「違うわ。津田くん、賀川くんが二人の足手まといだと言ったのよ」

「……は?」

「魔法も使えないくせに、あの二人の近くにいるには到底釣り合わない……だったかしら。とにかくそんなようなことを言って、賀川くんを挑発していたわ」


 ここに千里がいないことから察するに、その挑発に乗ってしまったのだろう。彼はああ見えて友達思いであるため、自分が足を引っ張っていると勘違いしてしまったのだろう。それで、少しでも実力をつけようと、修斗達について行ったと。


「それで賀川くん、思いつめた様子だった。それで、私止めたんだけど、行ってしまったの。4人とも。ごめんなさい、私……何もできなくて、ごめんなさい」


 ごめんなさい、と泣きそうな表情で言う。なぜそんなに謝るのだろう。話を聞く限り、環奈は出来る限りの事をしてくれたではないか。それが結果につながらなかったとしても、やった、ということは間違いない。千里のことを心配してここまでしてくれたのは、とてもありがたかった。

 だから。


「ありがとう、渡辺」

「……え?」

「仲のいい友達ならまだしも、争いごとを止めるなんて普通はやりたくない。俺も嫌だ。渡辺は傍観することだってできたのに、それをしなかった。千里のことを心配してくれた。しかも、そのことをここまで丁寧に俺に説明してくれたんだ。だから……ありがとう」


 精一杯の感謝を伝えようと、微笑んで礼を言う。これで彼女の罪悪感がなくなってくれればいいのだが。


「でも……」

「私からもお礼を言わせて。環奈ちゃん、ありがとう」


 由紀も環奈の瞳を見つめて、感謝の意を伝える。さらにその横から助けが入る。


「環奈、頑張った。ごめん、手伝えなくて」

「綾……。ごめんなさい」

「だから謝らなくていいって」

「あ、これは、そうじゃなくて、つい口から出ちゃったというか」


 環奈はレンの言葉に、慌てたように否定と弁解を口にする。その顔を赤くしてオロオロしている姿はとても可愛かった。だから仕方ないというか、レンと由紀はつい笑ってしまう。


「わ、笑わないでよ……」

「ごめん。元はと言えば俺がいなかったのが悪いんだしな」

「そういえば。レンくんはどこに行ってたの?」

「ああ、それは」


 元から考えていた言い訳をしようと、言葉を続けようとしたその時、扉が乱暴に開かれた。

 何があったのかと4人が一斉にそちらを見れば、8層に行っていた彼らが戻ってきたらしい。その姿はやはり迷宮王と戦ってきたのだろう、ボロボロだ。

 彼らの姿を見て、綾が駆け寄る。


「怪我、見せて。治す」

「ああ、悪い……」


 一番負傷していた秋也の傷を真っ先に直す。修斗はそれほど外傷はないようだ。ひかりも土ほこりで汚れていて矢や魔力を使い果たしているが、外傷はない。のだが。


「千里は?」


 肝心の千里の姿が見えなかった。一体どこにいるのか。レンのその問いに3人は顔を背けた。嫌な予感がする。そう思ったのは由紀や環奈も同じのようで、彼らに詰め寄った。


「ねぇ、千里くんは? どこにいるの?」

「ひかりさん、教えて。皇くんも、津田くんでもいいから、教えてちょうだい」


 2人に聞かれても、3人は沈黙を保ったまま。それでも問い続ければ、秋也がぼそりと言った。


「……賀川は、置いてきた」

「…………は?」


 今、彼は何と言ったのだろうか。千里を置いてきた。では、どこに。

 最悪の想像をしつつ、聞いてみる。


「どこに?」

「迷宮王の部屋だ。あいつを置き去りにして、逃げてきた」


 絶句。最悪の想像が、本当になってしまった。置き去りにした。つまり、逃げるために彼を囮に使ったのだろう。レンは今すぐにでも助けに行きたい気持ちを抑え、さらに疑問を投げかける。


「何でそんなことしたんだ?」


 これに対しては、秋也は答えなかった。代わりに修斗が明るい表情で言った。


「経験だよ。迷宮王に勝つためには経験が必要だ。だからだよ」

「答えになっていないが?」

「わからない? あの迷宮王は強い。経験を積もうにも逃げるなんて簡単にはできないんだ」

「だから、千里を囮に使ったのか?」

「そうだよ。あれは、いてもいなくても変わらないからね」


 このクズが、と口をついて出そうになる。修斗は、彼は人の命をなんだと思っているのだろうか。自分とその周りさえよければいいのか。嫌いな人やどうでもいい人は死んだっていいと、本気で思っているのか。


「__ふざけないでよっ!」


 修斗の言葉に、由紀がキレた。まさか彼女が怒るとは思っていなかったようで、修斗は目を丸くした。


「多里さん?」

「いてもいなくても良い人なんていないっ! 人の命は、そんなに軽くないっ! いい? この8人は、誰一人として欠けちゃいけないんだよ!」

「……でもさ」

「言い訳するなよ。お前は由紀にここまで言わせておいて、なおも自分を変えようとしないのか?」

「それは、変わる必要がないからね」


 修斗は依然として明るい表情、笑顔を保ったままだ。

 ダメだ。変わらない。彼には何を言っても変わらない。彼が腹の中で何かを隠していることは気づいていたが、ここまでとは。

 さらに追い討ちをかけるように、秋也が口を開く。


「別にいいだろ」

「……何が」

「人がどんな考えを持ってたって、他人には関係ないだろ。自分は賀川が嫌いだ。理由なんてないが、ただ、あいつが嫌い。だから、あいつを罠にはめた」


 罠、とはこの一連の流れを言っているのだろう。千里を騙し囮に使うことを。


「あいつはバカだ。他人のために自ら死にに行くなんてな。でもそういう奴だって知ってたから、知った上でこの手が通じるとわかっていた。ここまでうまくいくとは思わなかったけどな」


 秋也は口元を歪ませて笑う。彼の口ぶりは、まるでこの罠の立案者のように聞こえるが。


「津田、お前が言い出しか?」

「そうだ。自分が賀川を殺そうって修斗に持ちかけた。一人じゃできるものもできないからな。こういう時に使ってやらないと」


 その人を物みたいに言うセリフを聞いても、修斗は動じない。わかっててつるんでいたのか。どうしてそこまで悪者になれるのだろう。


「ただ、理由もなく千里が嫌いって言ったな」

「ああ」

「じゃあ一年の時、お前が千里をいじめていたのはただ嫌いだったからか?」

「え? 津田くんが千里くんをいじめてた?」


 初めて聞いたその事実に、由紀は驚きをあらわにする。

 それもそうだろう。千里と先に知り合ったのはレンだ。別のクラスだったが、千里がいじめられていたところをたまたまレンが通りかかり、助けた。秋也と顔見知りになったのもそこでだった。

 変人気質でドライなところのある彼は友達がいなかった。それもあってレンは彼の友達となり、由紀も交えて仲良くなった。

 なのに。


「ああ、そうだ」

「お前……」


 レンの瞳が怒りを帯びる。それを感じ取って秋也は不敵に言い返した。


「別に、あいつも特段気にしてなかったんだ。非難されるいわれはない」


 気にしていなかったとしても、その行為自体が人道に反する。しかしそれを説いたところで彼ら2人は理解しようとしないだろう。

 ただ、ひかりはどうなのだろうか。彼女も彼らに協力した、いわゆる共犯者だ。知らないで協力したなんてことは環奈の話からも推測できるとおり、ない。

 彼らを責めても変わらない。そのことを悟った環奈が戻ってきてから一言も言葉を発していないひかりに問うた。


「ひかりさんは? 賀川くんが死んでもいいって思ってるのかしら? わかってて、彼らに協力したの?」

「あたし、は……」


 ひかりの声はかすれていた。言葉を選びながら、彼女は本心であろう言葉を紡ぐ。


「別に、死んでもいいなんて思ってない……」

「なら、どうして」

「あたしは、あたしの見えてる範囲だけ幸せなら、それでいい」

「……どういうこと?」


 言っていることがわからないと、由紀が説明を求める。


「あたしが好きなのは、修斗くんなの。だから、彼に幸せになってもらうためにはなんでもする。賀川くんは、その……仕方なかったんだよ」

「ひかり……ふざけないでよ。あなたも彼らと同じじゃない。どうして、そこまで」

「環奈ちゃんにはわかんないよっ!」


 何が彼女の琴線に触れたのだろうか、ひかりは怒りをあらわにして環奈に掴みかかった。


「あたしはっ、環奈ちゃんみたいに頭良くないし、由紀ちゃんみたいに可愛くもないっ。綾ちゃんみたいに面白いことだって言えないし、あたしは今まで劣等感でいっぱいだった。だから人並みになれるように精一杯努力したし、友達もできて、好きな人もできた。でも、あたしは負けてばかりだった。どんなに努力してもテストで一番になることはできない。可愛く見せてるだけで本当は嘘だしっ、好きな人にも振り向いてもらえないし! だからっ、あたしの欲しいもの、全部持ってるあなたたちには、あたしの気持ちなんてわかんないよっ!」


 それはひかりの心の叫びだった。今まで誰にも言わず、隠してきたもの。学校生活ではうまく隠すことができたのだろうが、この過酷な迷宮での生活で、耐えられなくなってしまったのだろう。悲痛な気持ちを叫びだしたくなるのは、仕方なかった。

 今にも泣きそうで、でも泣くのをこらえているひかり。そんな彼女の肩を環奈の手が触れた。


「ひかりさん、私にだって、欲しくても手に入らないもの、あるわよ」

「あるわけないっ! あたしに同情しようっていうなら、余計なお世話だよ! 放っておいて!」


 ひかりは環奈の手を乱暴に振り払うと、部屋を横切って武器部屋の方へ行ってしまった。一人になりたかったのだろう。

 彼女のその行動で修斗と秋也もそれぞれの布団の中に潜ってしまった。

 重苦しい沈黙が流れる中、レンは扉に手をかけた。


「レンくんっ、私も行くよ」


 大切な友達が危ない目にあっているのだ、ここでじっとしていられないのだろう。由紀は素早く装備を整えて、いつでも8層に迎える準備ができていた。


「ありがとう、由紀。早く行こうか」

「うん」

「待って! 私も行くわ」


 部屋を出ようとした2人を環奈が呼び止めた。環奈も自身の武器防具を手に取り、準備を進めていた。


「環奈ちゃん……ダメだよ」

「え?」


 レンが断ろうとする前に、由紀が彼女の申し出を断った。


「顔、真っ青だよ。今にも倒れちゃいそう。……怖いんでしょ?」


 由紀が指摘したのは彼女の体調についてだった。レンとは違う理由だったが、断るという部分は一緒だ。彼女は、よく人の気持ちに気づく。

 彼女に指摘された、環奈はビクつく。しかし、ここで引かなかった。


「こ、怖くないわよ! こ、これは」

「声も震えてるよ。迷宮王が、怖いんだね」

「……それは」

「わかるよ。私だって怖い。けど、私はその怖い気持ちより、友達を助けたいって思う気持ちの方が強い」

「私だって、助けたいって思ってるわ」

「そうだね、ごめん。でも、そんなに手を震わせて。環奈ちゃん、戦える?」


 戦えるか、と問われて、環奈は押し黙った。今の自分じゃ、まともに戦えやしないと思ったのだろう。環奈は唇を噛み締めて、首を横に振った。


「ごめんなさい、時間を取らせてしまって」

「ううん、こっちもきつい言い方しちゃってごめんね。ただ、環奈ちゃんには待っていて欲しかったんだ」

「待つ?」

「うん。私たちの帰りを待っていてくれる人がいるんだよ、って言ったら、千里くん喜びそうじゃない?」

「……ええ、そうね」


 考えるのは最悪の想定でなく、一番いい理想を。由紀の軽口に環奈はようやく口元に笑みを浮かべた。


「じゃあ、どっしり構えて待っててね。行こう、レンくん」

「ああ」

「行ってらっしゃい、由紀さん、天月くん」

「絶対、連れて、帰ってきて」


 環奈と綾に見送られ、レンと由紀は部屋を出た。

 __友達を助けるために。

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