8話 1人で楽しく自由行動
人外さん好きです。
迷宮王と話してから数日が経った。
あれから対策を立て、連携を確認し、8人全員で挑んだのだが、結果は惨敗だった。前衛の多くが怪我を負い、なんとか撤退をするのが精一杯であった。
突きつけられた最大の難関に、とうとう行き詰まってしまった。迷宮王をどうにかしないことには、上層へ行く手立てはないのだ。そう、そこ以外にも調べたのだが階段など見つからなかったのだ。
8人にできることは個々の能力の底上げ。武器防具は上等なものを使っているのだから、足りないものは唯一そこだけだった。
ある夜。
レンは他の皆が寝ている頃を見計らって一人抜け出していた。その格好は昼間同様、武器を装備し、軽い上着を羽織っただけの軽装。
警戒も何もしていない彼が歩いていたのは、8層の道であった。時折現れるゴーレムをあしらいながら、迷宮王の部屋へたどり着く。
彼の目的は迷宮王の打倒、ではない。魔法でもって地形を把握し、迷宮王の部屋を介さずに7層へ向かおうという魂胆だ。
今のレンは、強大な力を把握せずに持て余している状態だった。だからあまり強力な魔法は使えずに、刀を主体にして戦っていた。7人にはこれからも力を隠すつもりでいるから、そんな力の把握などいらないと思うだろうが、万が一の時に備えて自分がどこまでできるのか、試しておきたかった。
レンは壁に手をついて、魔力を操作する。余分な魔力は用いず、干渉するだけ。少なくとも7層のどこかの位置情報が得られればそれでいい。
「……あった」
階段を上りきった場所。周囲に危険と思しきものはない。レンは魔法を使って目的の場所に転移した。
視界が瞬時に切り替わる。ただ石でできた狭い道が続く8層とは違い、目の前は広々とした空間だった。ただし、そこに広がっていたのは荒野。どこもかしこも戦いの跡が残り、とても安全だとは言い難い場所であった。
誰か近くにいないだろうかと、実験体になってくれるものを探す。別に殺しはしない。戦ってくれるだけでいいのだ。
「たぶんこっちの方にいるはず」
途中、足跡を見つけた。それも複数。同じ場所に向かっているので、集落か、何か。
足跡に導かれて歩いていると、前方に複数の気配を感じた。彼らはなかなか強いと感じる。声をかけるべく、彼らに近づいていった。
「ちょっといいか?」
「あ? なんだお前」
そう言って振り向いたのは、黒翼人の男性。その隣には、同じく黒翼人の女性。突然見知らぬ人に声をかけられて、不審そうな目をレンに向けている。
男性はレンを見ると、目つきを険しくさせた。
「お前……人族か? それにしては気配が変だ。何者だ?」
「ただの見知らぬ人だ。突然で申し訳ないけど、俺と戦ってくれないか?」
「はぁ?」
一人で勝負を仕掛けてくるレンに、男性は目をむいた。こいつ、頭がおかしいんじゃないかと。
しかし、彼は勝手に納得したようで口角を上げた。
「迷宮探索者かと思ったが、ただの力試しか。いるんだよな、こういうやつ」
「そうね。別に勝負を仕掛けてくるのは構わないけど、一人で来るなんて無謀だわ」
「ただ、気配から察するに弱くはなさそうだがな」
なんとなく勘違いされたまま認められたようだ。女性の方も同じくである。でも、戦ってくれるならなんでもいい。
もう一度、同じ問いをかける。
「それで、戦ってくれるのか?」
「ああ、いいだろう。ただし、退屈させてくれるなよ?」
挑発するように、悪戯な笑みをレンに向けた。
これは随分となめられたものだ。レンは細身であるため、外見は強そうには見えない。しかし、気配でわかっていても結局は見た目で判断するとは。
黒翼人の二人は、武器を抜いてすぐに戦闘ができる体勢に入った。ここではこんなのが日常茶飯のように行われているのか、対応はスムーズなものであった。
彼らのその様子に、レンは礼を言った。
「ありがとう」
やはりお礼というのは彼らにとっておかしなものであるのか、男性は眉をひそめる。
「っ礼を言うなんて、変な奴だな。いいからかかってこい。初手は譲ってやる」
「じゃあ、遠慮なくやらせてもらう」
レンは手のひらを前方に出した。その手の先には、直径30メートルもの炎の塊が現れる。
それを見て、舌打ちをした。
「魔法使いかよ……それも無詠唱?」
彼らは警戒を強める。その様子を見ると、レンは優しげな表情を見せた。
「上手く避けてくれよ? はっ!」
その場に漂う炎の塊を、殴りつける。すると炎は無数の炎弾に変化し彼らに襲いかかった。
「避けろ! 当たったら死ぬぞ!」
「わかってる__!」
黒翼人の2人は、複雑な軌道を描く炎弾を素早い身のこなしでもって避ける。避けるのが困難な場合は、その手に持った得物で払い落としていた。しかしレンが操っているだけのただの炎なので、これくらいはやってくれないと話にならない。
魔法の効果がなくなったところで、小手調べは終わりだ。
「こんな魔法が存在するなんて……聞いてないわ」
存在するも何も、魔法は個人が自由に操れるものではないのか。女性の言っていることは、レンにはよくわからなかった。
考えるのも面倒なので、意識を戦闘に集中させる。
「次は本気で行くぞ?」
手のひらは上へ。目を閉じて魔法式の構築に集中する。思い描くは、炎の化身たる太陽。その小型版を作り出そうとしていた。
レンから感じる膨大な魔力に、男性が顔を真っ青にさせた。
「待て待て待て……お前は何をしようとしてるんだ!」
「あんなもの使われたらただじゃすまない。どうにか止めさせましょう!」
女性も危険だということを感じ、男性とともにレンに襲いかかってきた。
レンの急所を狙う剣と斧。しかし。
バキンッ
彼に触れた瞬間、そのどちらもが凶器としての機能を失っていた。何か硬い壁にでも当たったように。
「__は?」
武器が壊れるなど思ってもみなかったのだろう、その動揺の見せる一瞬の隙にレンは彼らを殴り、蹴り飛ばす。予備動作の一切ない攻撃であるが、その威力は半端ではなかった。
彼らが飛ばされて体勢を立て直した頃には、魔法は完成していた。
「……時間切れだ。全力で生き延びてくれ」
レンの掲げる手の先には天井が見えないくらい大きな、それこそどこかの城よりも大きな太陽が浮かんでいた。球を描いて燃え盛るそれは、視認するだけで竦んでしまうほどの圧倒的な迫力があった。
男性は身の危険を感じて拒否の行動をとった。
「……おい、こんなの、防げるわけないだろ。やめてくれ__」
「悪いな」
そんな命乞いも虚しく、腕が振り下ろされる。それとともに擬似太陽は墜ちた。
ドォォォォォォォォォォッ!!
鼓膜が破れるのではないかというほどの大きな音が響き渡る。太陽は墜落と同時に爆発を起こし、その中に溜め込んでいたエネルギーを周囲に撒き散らした。
地獄の時間はどれくらいだっただろうか。何分にも思えたその瞬間は実は数秒で、辺りはすっかりと焼けただれてしまっていた。
墜落地点は大きなクレーターとなり、砂や土さえも溶けて固まり、大きな板を形成していた。荒野の中にもわずかに生き残っていた植物たちは灰となり、その原型すらも留めていない。被害の範囲はどうだろうか。立って見渡せる範囲のすべてはまるで焼け野原のようだった。おそらく、何キロという単位に持ち込めるだろう。きっと近くにいた他の魔人類も影響を受けていたに違いない。
そんな惨状を作り出しておいてなお、レンはまだ余力が残っていた。つまり全力じゃなかったのだ。
「……こんなの、由紀たちの前で使えるわけないよな」
使ったら最後、化け物だと恐れられて、近づくことさえできなくなるだろう。
はぁ、と溜息を零し、視線はクレーターの中心へ。そこには黒翼人の男女が体を震わせて座っていた。そう、何もレンは彼らを殺そうと思っていたわけではない。あくまでも自分の力を試したかっただけ。だから魔法が影響を及ぼす直前に、彼らの周りに強力な結界を張っておいたのだ。レンが張ったものなので、それが破られることはなかった。
彼らはもう戦えないだろう。遠目から見ても戦意喪失しているのが見て取れる。きっと自分たちが死ぬ幻影でも見たのだろう。地獄のような炎の塊を見ればそれも無理はない。
そんな彼らに近づくと、明らかな怯えを見せた。
「や、やややめてくれ! 来るな! 俺たちは何もしない、だから命だけは助けてくれ!」
「私たち、何も悪いことしてないのに……ごめんなさい、ごめんなさい」
話が通じる状態ではないだろう。これではレンが何を言っても同じ言葉を繰り返すだけ。無言で立ち去るのも手だが、それでも彼らには一言残しておきたかった。
「ありがとう二人とも。俺の個人的な事情に付き合って貰って。そして、ごめん。やりすぎたことは自覚してる」
それじゃあ、と言ってレンはその場を離れた。
全力の魔法は使えなかったが、それでもかなり、魔法の制御や威力について確認することができた。大規模な魔法を使うことなんて今までなかったため、貴重な経験だった。とりあえず魔法についてはこれくらいでいいだろう。
次に確認したいのは、レンの身体能力。これまでも人間じゃないと言われてきたが、その通りだ。人族ではない。
「だから誰か格闘が得意な人、いないかな」
迷宮王がその類だったが、あれを相手にしてしまってはあまり良くない。そのため他の魔人類の誰かにお願いしたいのだが。
レンの魔法の影響を受けた地帯には、きっといないだろう。周囲に生物の気配がなかったから遠慮なくあの魔法を使ったのだが。いたとしても重傷を負っているはず。
ジャリ、と足元の砂を踏む。見れば、いつのまにかその地帯から出ていた。考え事をしているうちに相当歩いていたらしい。綺麗な砂を少し拾って、目の前で落としてみる。
どこからともなく射す光によって砂がキラキラと輝きながら落ちていく様は、儚げでとても綺麗だった。
うん、なんとなくやってみたかっただけだ。
虚しさを振り払うようにパンパンと手を叩いて砂を完全に払い、また歩き出す。しばらくすれば、左前方に魔力を感じる。その方向に移動すればやはり、誰かがいた。
見れば彼は黒い硬そうな皮膚を持っていて、薄着。耳は尖り、二つの角を頭に生やしている。さらに太い尾と、背に生やした大きい膜が張ったような翼がとても特徴的だった。彼の種族は一体何だろう。
レンは興味を持って、彼に近づいた。
「そこの人、ちょっといいか?」
彼はこちらが近づいてくることがわかっていたようで、随分と警戒していた。
「…………」
喋る気は無いようなので、とりあえず要件を伝えよう。
「実は格闘術が得意な人を探しててな。ちょうど君を見つけたんだ。だから、俺と戦ってくれないか?」
「……ああ」
気難しそうな人で、説得は困難かと思われたが、あっさりと首を縦に振った。魔人類が脳筋だという勇者の証言は本当なのだろうか。ここにきて一気に真実味を帯びてきた。
と、その前に。
「一つ聞いてもいいか?」
「……何だ」
「君の種族って何?」
「……お前、人族には見えない」
彼の言いたいことはこうだろう。まず自分から名乗れ、と。彼には正体を隠すつもりはないので、ここは明かすとしよう。
レンは普段は見せることのない翼を、背中から顕現させてばさりと羽ばたかせる。その翼はレンの体を覆い尽くせるほどに大きく、赤黒く存在を主張していた。またところどころ細部が変化していた。
「俺は天月レン。龍人族だ」
魔法帝王であることは言わない。言ってもきっと知らないだろう。レンだってそれが何なのかわかってないのだから。
彼はレンの種族名を知って、驚きに目をわずかに開いた。
「……本当に、あの龍人族なのか?」
「ああ」
確認の言葉に、頷きをもって返す。
龍人族はとある呪われた島で暮らす一族であり、滅多に島の外に出ない。だからこうして姿が見れることは、とても稀なのだった。
レンが正直に言ったことで、彼も彼の種族名を明かした。
「……俺は、火竜だ」
なるほど、と。頭にかかっていた靄が晴れる。種族的な特徴をいくつもその体にもつ彼の正体。忘れていたものが思い出せてよかった。
「それじゃあ、始めようか」
時間がもったいない、とばかりに、2人はその場から駆け出した。
レンは火竜の足を動きを見ると、自身の翼をはためかせで爆発的に加速した。20メートルはゆうにあった距離が、一秒と経たないうちに詰められる。予想外のレンの早さに彼は驚く。
「な__っ」
その間抜けな顔に一発くれてやろうと、何の強化もされていない、握っただけの拳を振るう。
当たれば鼻が折れるような一撃、それを火竜は間一髪で受け止めた。動体視力と反応速度はなかなかのものだ。
しかしそれだけでは終わらない。すぐさま拳を引き、彼の体勢を崩さんと足を振り上げた。これも最小限の動きで避けられる。
さらに追撃、と行こうとしたところで、空振りの隙を狙ってか下から拳が振るわれる。それをレンは片手で受け止め、そのまま力を入れて引かせないようにした。怪訝そうに相手が動きを止めたところで、くるっと体を回転させる。相手の腕をねじり、そして首に向かって踵を落とした。
「ぐっ!」
火竜の皮膚は、どこを見てもとても硬そうだ。実際にとても頑丈だった。例えるならば、アスファルト。それくらいの硬さがあった。
彼は首に打撃を受けてなお、膝をつかずに立て直した。そして一回、二回と後ろに跳びのき、距離をとる。そして何か驚いたことでもあったかのように口を開いた。
「……お前、なぜ燃えない?」
「燃える?」
「火竜は、触れたものを任意で燃やす力を持っている。俺はお前を燃やそうと思った。なのに、なぜ燃えない?」
なるほど。魔法でなく、そういう力を使われていたことには気づかなかった。しかし燃えないのは、きっとレンが誰よりも炎と親和性があるからだろう。彼に炎は効かないのだ。
「俺は炎は効かない体質なんだ」
おどけたように言うと、火竜はそれを嘘だと吐き捨てた。
「……信じられん。ならば__」
何か試そうとでもいうのか、火竜は大きく息を吸い込んだ。そして口を開き燃え盛る炎を吐き出した。いわゆる、炎のブレスだ。
こんなものが間近に迫れば誰だって避けたくなるものだが、レンはあえてそれを受けた。自分に実害は及ぼさないとわかっていたから。
全身が炎に包まれる。普通ならば数千度という熱さに苦しむところであろうが、彼にとっては風が少し吹いた程度にしか感じなかった。
炎が過ぎ去って、その場に平気で立っているレン。その姿を見ればさすがに火竜も認めたようだった。
「……おかしな奴だ。龍人族は皆そうなのか?」
「いや、違うと思う」
炎が効かないなどといった輩がうじゃうじゃいたらたまらない。それこそ火竜といった炎を平気で生み出せる者など、とても危険で近づけない。まあ、火竜だって種族としての人数は少ないので幸いだったが。
それにしても、魔法を使わず、どうして炎が生み出せるのであろうか。聞いても答えてはくれないだろうが、興味はとてもあった。
レンの好奇心旺盛な瞳をうざったらしく思ったのか、火竜は舌打ちをするとレンに接近し、拳を振り上げてくる。今気づいたことだが火竜は翼を加速に使っていないようだ。お飾りの翼など、邪魔なだけだろう。そう思って口に出す。
迫り来る拳を防ぐことも、反撃も忘れない。
「その翼、使わないのか?」
「……これは、自分で動かせないんだ」
「邪魔じゃない?」
「…………別に」
この回答だけ間が長かった。きっと邪魔だと思ったことはあるのだと思う。彼の精一杯の強がりだった。
会話している間にも、一合、二合と攻防を続けている。その周囲には、とても素手で戦っているとは思えないほど、ガンッ、というような硬いものがぶつかり合っている音が響いていた。
攻勢は火竜の方だった。徹底的に潰してやろうと頭や首、鳩尾など、急所を狙って攻撃を繰り出している。それに対して守勢のレンは受け止め受け流し、さらにはひらりと舞い上がって余裕のある動きで攻撃を躱していた。
一進一退もあらず、膠着状態。そんな流れにしびれを切らしたのは火竜だった。
「すぅ……」
大きく息を吸い込む。また炎を吐くつもりか。自分には効かないので、避ける必要はないとレンは遠慮なく拳を振るう。
隙の大きな予備動作の時に攻撃が迫る。火竜は後ろへ跳ぶことでそれを避け、再び炎を吐き出した。
レンの視界が炎で埋め尽くされる。その隙に迫る魔力反応。きっと目くらましだ。こんな大技を相手の視界を塞ぐためだけに使うとは、大胆にもほどがある。確かに効果はあった。視界には彼の姿は映っていない。
しかし。
「ごめん、見えてる」
背後から後頭部を蹴り飛ばそうとしている火竜の足を容易に受け止め、地面へと思いきり振り下ろした。ずしん、と重い音がする。
火竜は打ち付けられた体の痛みに顔をしかめる。
「う……なぜ」
「魔力で君の位置はバレバレだった。それだけ」
火竜はレンの答えを聞くと、深く息を吐き出した。立たないのだろうか。
疑問に思っていると、彼は顔をそっぽに向けて理由を話した。
「……俺じゃお前には勝てない。殺す気でかかっても殺されるだけだろう」
現状を見れば確かにそうだ。ただし、一つ失礼だと思った点がある。
「俺に殺す気は無いけど」
「……例えの話だ」
彼はそう言って、ゆっくりと起き上がる。思ったよりダメージを受けていたようで、ゴホゴホと咳をした。
「……俺はもう疲れた。これ以上お前の相手をする気は無い」
「そっか、残念」
もう少し戦っていたかったのだが、と名残惜しそうな顔をしてレンは火竜を見る。彼は立ち去らないレンを見て怪訝そうに言った。
「……さっさとどこかに行け」
ずいぶんはっきり言うなと苦笑する。ただし何もせずに立ち去る気はない。レンはあることを尋ねた。いわゆる、勝者の特権というものだ。
「じゃあ、教えてもらえるか? 6層に行く階段はどこにある?」
「……知らん、忘れた。自分で探せ」
「忘れたって……」
しかし彼の様子を見る限り、嘘では無いようだ。
レンは彼と別れ、自力で階段を探すことにした。と言っても魔法を使ってだが。この層に来る前と同じように、迷宮の地形を調べる。どうやらこの7層はとても広い場所だった。それに対して、6層への階段は一つだけ。歩いて探すとしたら何日かかることやら。
見つけた階段のある方へ足を進める。途中何人か魔人類と出くわしたが、翼を出しっ放しのレンを見てもなんともなかった。同類とでも思ってくれたんだろうか。あいにくと、レンの大まかな分類は獣人類なのだが。
使わない翼は出していてもしょうがないと、階段前でようやくしまった。
6層は、7層とはまた違った光景が広がっていた。
「寒っ」
ぶるっと体を震わせる。6層はあたり一面氷の世界だった。室温はマイナス0℃以下だろう。しかも雪が降っている。とても生活ができる環境でなかった。
早いところこの層は突破したいと、地形把握をする。どうやら階段はここから一番離れた場所にあった。この寒い中、相当な距離を歩けというのか。それはなかなかの試練だ。
でも何も対策をしないまま行くわけにはいかない。レンはぱちん、と魔法を使い、自身の周りだけ結界を張って寒さを防げるようにした。これで室温関係なく進める。
レンが順調に歩を進めれば、ある生物がレンに襲いかかってきた。
「グルァッ!」
久々の食料だとでもいうように、よだれを垂らして近づいてくるそれは、雪熊。この層の食糧事情はどうでもいいので、彼の弱点であろう炎を使用して体毛を焼く。あまりの熱さに地面の氷に体を当てて冷やす雪熊。それを一瞥してレンは先へ進んだ。
時折襲ってくる雪熊とその他の魔獣は、同じように燃やして対処した。ただし殺してはいない。
常人では過酷であろう6層を難なく踏破する。
迷宮は下層へ行くほど魔人類の実力は高くなる。つまり、ここから先もほぼ流れ作業のように迷宮を踏破するのだった。
そして、ついに出口にたどり着いた。ここまで来た時に遭遇した魔人類は人族を警戒していたので、出口や、1、2層あたりで人族と遭遇すると思っていた。のだが、出口まで来ても人の気配すら見当たらなかった。
なぜだろうか、と疑問に思いながら外に出れば、あたりはまだ暗かった。これで疑問は解消された。夜だから、人族は活動を休止していたのだ。
レンは詰まっていた息を吐き出し、背伸びをした。
「んー……、やっと地上かー。意外に早くたどり着けてよかった」
久しぶりの外は、瘴気に満ちた森だった。いや、かなりの傾斜が見られるので山か。雨は降っていないので空が見れるだろうかと上を見上げてみれば、木々が視界を覆い尽くしていた。そのせいで月明かりさえも見えなかった。というか、相当暗い。迷宮踏破後の外がこれでは達成感の前に気が滅入ってしまうだろう。
キョロキョロと辺りを見回してから、ため息をついた。
「はぁ。……帰るか」
下を見た感じでは、ここら辺は地上よりもずっと高い位置にある。山を下ろうと思ったら相当な時間がかかるだろう。そろそろ戻らないとまずいのに、それは勘弁だった。ついでに言えばこの鬱蒼とした森を一人で探索するのに気が引けたのだ。
レンはそう呟き、魔法を使って転移した。
*
ここは9層から8層へ繋がる階段部屋。一瞬で戻ってきたのだ。これは行ったことのある場所にしか使えず、さらにイメージや位置情報を正確に覚えていないとできない高度なもの。それを抜きにしても、魔法とはとても便利なものである。
床の取外せる部分を探し、取り外す。こちらから取り外すのはなかなか難しかったが、魔法を使って持ち上げた。食料部屋に入り、そこから隣の部屋に戻る、と。
「レンくん! どこ行ってたの?」
「天月くん、大変なことになってしまったの! 私に力がないせいで……」
慌てた由紀と環奈が走り寄ってきた。一体何があったのだろうか。
部屋の中を一瞥してみれば、彼女2人以外に綾しかここにはいなかった。いない4人についてのことだろうか。レンはただ事じゃない様子の彼女らに聞く。
「何があったんだ?」
「皇くん、津田くん、大島さんの3人が、賀川くんを、無理やり、連れて行った」
「は?」
レンの問いに答えてくれた綾の言葉は、あまりよくわからなかった。修斗達3人と同じチームである環奈が同様にいないとすれば説明はつくのだが、どうして千里を連れて行ったのだろう。千里も、仲の良くない彼らに言われたのならどうしてもっと抵抗しなかったのだろう。彼の力ならそれができたはず。だから意味がわからない。
「どういうことだ? 詳しく説明してくれ」
彼女ら3人は顔を見合わせ、環奈が自分を主張するような仕草を取る。
「じゃあ、説明するわ。始めは__」