その1
「あんたって声が耳障りなのよ!」
紺野ツバメは顎を上げ、下目遣いで高菱才女を睨む。
「いっつもキーキーギーギー、聞くに耐えないわ! あんたの下手くそバイオリンと一緒ね!」
言われた才女は、普段から丸い頬を更に膨らませた。
「私のどこが下手なのよ! あんたこそ力任せにギコギコやってるだけじゃいの。バイオリン真っ二つにしたいわけ?」
学校の教室ほどの部屋の中、今日も元気な怒声が轟く。
ツバメと才女が睨み合いながら互いを罵る様は、辻バイオリン教室では見慣れた光景である。
恐ろしく仲の悪い2人は、顔を合わせる度にケンカをする。諍いの原因などとうに出尽くしているため、最近は、やれ通り道を邪魔しただの、やれ笑い声がうるさいだの、インネンの付け方が苦しい。
だが両者にとってケンカのタネなどどうでもよかった。相手の悪口さえ言えれば満足なのだ。
ツバメは眉間にシワを寄せながらも、無理に笑みを浮かべて言う。
「何よ、この下ぶくれのブス女! あんたなんかバイオリン弾いてるとどっちが顔だかわからないじゃない!」
才女の顔が真っ赤になった。
「誰がブス女よ! 撤回しなさい!」
「あーら、ごめんなさいね。まさか男だったとは気が付かなかったわ」
「そこじゃないわ、この捻くれドリル頭! あんたったら、毎朝性格にまでパーマかけてるのかしら⁉︎」
「あんたこそつまらないことばっか飽きもせずにべちゃべちゃ喋って、そのうち舌の筋肉が6つに割れるんじゃない? 不愉快だからさっさとお引き取り願いたいんですけど、息を!」
「そっちこそ……、い、息を⁉︎ 何よ、あんたがさっさとかえりなさいよ、土に!」
「真似するんじゃないわよ! あんたなんか……」
*
「高菱の奴、ほんっと嫌な性格! 加代は絶対関わっちゃ駄目だからね」
帰り道、ツバメはまだぷりぷりと怒っている。
「うん」
小岩加代は半ば小走りになりながら頷いた。ツバメはいつも歩くのが早いので、ついていくのが大変だ。
「どうしてあんなに神経質で、そのうえ仕切りたがりなのかしら。集団の中にああいう子がいると困るのよね」
「う、うん」
周りから見るとよくわかることだが、ツバメと才女はよく似ている。2人ともバイオリンの練習に熱心で生真面目几帳面。しかも揃って神経質で仕切りたがりである。
要するにリーダー的ポジションを巡っておしくらまんじゅうをしているから、2人は仲が悪いのだ。そこに気が付いていないのは当の本人達のみである。
しかしそんなことを指摘してもツバメは全力で否定するだけだ。だから加代は言わない。
それに、今日の加代は話したいことが他にあった。
「ねえねえ、ツバメちゃん。今度の土曜日なんだけどさあ、もう衣装決めた?」
「衣装?」
ツバメは語尾を上げた。何のことかわかっていない様子である。
不安な顔で加代は言った。
「え? もちろんハロウィンの衣装だよう。まさか忘れてないよね」
「あ!……、あぁー」
ツバメは語尾を下げる。正直、すっかり忘れていた。加代にバレるまいと、焦りながら続く言葉を探す。
「あのー。はいはい、当然ながら覚えていたわよ。何を着ようかまだ決めていないだけで」
「まだ決めてないの? 今週なんだよ。間に合う?」
加代の尋ねる声は控えめながら、明らかな落胆の感情が滲んでいた。
来たる10月最後の土曜日。
それは毎年、林真下駅前で「ハロウィン祭り」なる催しが開かれる日である。
駅周辺の道路が午後から夜にかけて歩行者専用となり、仮装した市民が自由にさまようことができる。中途半端な田舎街にしては華やかなイベントで、当日は市外からも多くの人が訪れ大通りがごった返すのだ。
面白いことを常日頃から探している加代が楽しみにしない筈がない。3か月も前からツバメを誘っていた。
ツバメは例によって仮装など興味がなかったが、加代があまりに熱心であるため、つい頷いてしまっていた。3か月先のことと油断したこともある。しかしいつの間にか、その日は4日後に迫っているという。
時の経つスピードは恐ろしい。
否、2学期の始まり以降が激動過ぎて、それどころではなかったのだ。
ヒゲグリモーという魔法少女活動において、しょっちゅう奇妙な格好になるツバメは、今さら日常でまで仮装したくはなかった。
しかし。
「ねえ、大丈夫? 一緒に行ってくれるよねえ?」
不安げな声で斜め後ろから聞いてくる加代。ツバメは前を向いたままだが、今にも泣きそうな顔をしていることは経験上明らかである。
普段のツバメなら「めそめそしてんじゃないわよ」と一喝するところだが、今回は約束を忘れていた自分に(少しは)非がある。
「わかってるってば」
ツバメは仕方なしに言った。
「ちゃんと何着るか考えるから。それでいいでしょ」
「うん!」
途端に加代は大きな声で返事をした。
「ああ、楽しみ! 最近あんまりツバメちゃんと遊べてなかったから」
「そうだっけ」
「ねえねえ、何にする? 私ね、ハロウィンは特定のキャラに仮装するのって邪道だと思うんだ。つまり古典的な怪人とかモンスターの方がいいってこと。吸血鬼とかミイラとかゾンビみたいなさ」
嬉々として語り出す加代。
「だからツバメちゃんだったら、そうだなあ、なんでも似合うだろうけど。たとえばメデューサとかラミアとか、あとはバーバ・ヤーガなんかいいかもよ」
「そんなに私は烈女が似合うかね」
ツバメは苦い顔を加代へ向ける。
「そういうあんたは何着るのよ」
「私? えー、気になる?」
加代はニヤけながら言った。
「ほんとに知りたい? でもどうしよっかなあ、言っちゃうと当日つまんなくない?」
「じゃあいいわ、別に」
「魔女だよ、魔女!」
ツバメが興味を失いかけるとみるや、加代は即座に口を割った。
「大きな帽子とクモの巣柄のローブにするの。手作りなんだ。あとホウキも持つんだよ」
「勿体ぶった割にはありきたりじゃない。3か月練った結論がそれ?」
「私も色々考えたけど、やっぱり魔女って憧れでしょ。ちょっと悪そうでさあ」
「ちょっとどころじゃないでしょ、本当の魔女って」
「あ、そうだ!」
加代は素晴らしいことを思いついた様子で叫んだ。丸いメガネがぴかりと光る。
「ツバメちゃんも魔女にしなよ! お揃いだったらすごいことになるよ」
お揃いの何がすごいのか。
そうツバメが言おうとすると、加代は更に大きな声で言った。
「ちょっと待って! 多飯田さんも誘おうよ! そしたら魔女の3姉妹が完成するじゃん!」
「完成……?」
どうして魔女を3人揃えたいのかツバメには理解できないが、加代にとってはロマンであるらしい。
「こうなったら私が衣装全部作るから! だからお願い、ツバメちゃん! 多飯田さんに声掛けて!」
1人盛り上がる加代は、手を合わせて懇願する。
俄かに動き出したプロジェクトに狼狽えつつ、ツバメは首を捻った。
「ナツかあ。誘ってもいいけど、果たして来るかなあ」
めんどくせえの一言で断られる気がする。




