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おしゃま少女ヒゲグリモー  作者: オジョ
第7話「ナツのフーガ」
82/106

その4

「多飯田さんて陸上やってなかった?」


1人の女子がぽつりと、思い出したように言った。

すると、

「ああ!やってたやってた!」

「たしかに足速かったかも」

一瞬の間の後、ツバメやナツと同じ小学校だった生徒達から声が上がる。

「ええ、意外ー。全然そんな風に見えない」

「かっこいい!」

俄かに広がるざわめきを受け、教卓の上から学が言った。

「そういえば、そもそも多飯田さんは出場種目が決まっていませんでしたね」

きょう転入してきたのだから当然なのだが、リレー選手の代役決めに頭を悩ます学や生徒達はそれを忘れていたのである。

突如注目を集めるナツだったが、対して肝心の彼女は一切反応しなかった。

イスにだらしなく背をあずけたまま、まるで何も聞こえていないかの如く中空を眺めている。

学はナツに向かって言った。

「多飯田さん。置いてけぼりにしていてすみません。今更ですが、我が校では今週末に体育祭が催されます」

ナツはそっぽを向いたままだった。

「新しい学校に来たばかりの多飯田さんには急な話ですが、このクラスに早く馴染むためにも、何かの種目に出てみてはどうでしょうか。調整はまだ間に合います。クラス内であれば出場種目交替の申請はできると......」

「私はいいです」

ナツは言った。

「走るのとか運動とか苦手なんで。リレーの選手決めを進めて下さい」

小さな、けれどよく通る声でそう言った。

「運動が得意かどうかは関係ありません。目立つのが嫌だったら、団体で行う種目もあります。せっかくの機会ですから......」

学は尚も、しかし柔らかい口調で誘おうとする。

すると、それをかき消すように、

「謙遜すんなよ。小2のときは速かったろ」

「背も高いし、運動できそうだけど」

「結果はどうでもいいからさあ」

「いや、むしろリレーの選手やったら?」

「そうだよ、やってみなよ」

生徒達は口々に勝手なことを言い出した。

皆の目に好奇の色が浮かんでいる。


5年の歳月を経て、不良姿になって帰ってきた転校生多飯田ナツ。

実のところ、生徒達は彼女を知りたくて仕方がなかった。

今朝は怖そうに見えたが、休み時間にツバメと笑い合う様子を皆が密かに確認している。

話してみれば意外と付き合いやすいのかもしれない。

そして、足の速さではあまり期待できないクラスの女子達より、一か八かで彼女にスウェーデンリレーを走ってもらった方が良いのかもしれない。

いや、良いかどうかはわからないが、膠着しかけた話し合いのさなかに降って湧いた、ナツのリレー選手案に賭けてみたい。

その方が面白い。

そんな空気が急速にできあがりつつあった。

もしナツが活躍すればたいそうドラマチックな展開となるし、長い髪を引いて走る姿はおそらくサマになる。

1年1組として箔を付けることにもなるだろう。

「皆さん、落ち着いて下さい。まずは多飯田さんの希望を聞かなければなりません」

勝手な期待を膨らますクラスメイト達をたしなめてから、学は改めて尋ねた。

「多飯田さん。繰り返しになりますが、もし良ければ......」

ナツは口を開いた。

「何にも出たくありません」

教室が静まり返る。

「それは」

学は尋ねた。

「やっぱり、体育祭自体に参加したくないという意味ですか?」

「そうです」

「差し支えなければ、理由を教えてくれますか」

「めんどくさいからです」

ナツは言った。

「そう......ですか」

皆をまとめてきた学も、ここまできっぱりと断られては返す言葉がない。

窓際に腰掛けていた担任の教師に指示を仰いだ。

振られた教師も困ったように眉間を掻く。

このクラスに加わった以上、体育祭を通してナツにも早く打ち解けてもらいたいが、ことを急いては逆効果となる可能性もある。

転入当初から彼女をつまずかせたくはなかった。

「皆さん、ちょっとハードルを上げ過ぎてしまったんじゃないかな。あんまり期待されたら多飯田さんだって出づらくなってしまいますよ。どうでしょうか、多飯田さんの活躍はまたの機会に見せてもらうということにしませんか。その代わり、体育祭では応援係として皆さんの......」

「めんどくさい?」

まとめようとしていた担任の言葉を遮り、突如立ち上がる少女がいた。

「めんどくさいってどういうこと?」

ツバメである。

彼女は振り返り、ナツをじっと見つめた。


「やべえよ......」

何かを察知した1人の男子が呟いた。

特に運動が得意ではないツバメだが、学校行事であれば真面目に参加する性分である。

クラスの輪を乱しかねないナツの言い方を聞きとがめたようだった。

今はまだ平静を保ってはいるが、彼女が無表情で相手の目を見据えているときは黄色信号である。

展開次第では爆発しかねない。

主に男子達が恐々とする中、ツバメに質されたナツは何食わぬ顔で返す。

「どうした、ツーちん。急にしゃしゃり出てきて」

「さっきの言い方はどういうつもりかって訊いてるの」

ツバメが繰り返すと、ナツは冷ややかな半眼で苦笑した。

「だって別にさあ、私がいなくたって運動会なんか成立するでしょ。もともと数に入ってないんだから」

「そういう問題じゃない。みんなで協力しようって話してるときに、どうしてそんな士気が下がるようなこと言うのかってこと。あと運動会じゃなくて体育祭です」

「私は意向を聞かれたから答えただけ。なに?この学校って本心を言ったらダメな決まりでもあんの?校則に書いてあったっけ」

ふざけた調子をナツは崩さないが、その言葉の端には敵意が混じり始めていた。

対するツバメは鼻を鳴らし、胸の前で腕を組む。

「ハン。転入に備えて生徒手帳でも読んできたってわけ?」

応戦の構えである。

「だと思ったわ。どうりで服装から髪型から、まるで校則通りの模範生じゃないの」

教室の空気が凍りつく。

「む」

一方、皮肉を返され言葉に詰まったナツは、話を逸らした。

「大体こいつらだってそんな真面目にやってるか?私のことイロモノ扱いしてるだろ」

ナツは顎を回し、クラスメイト達を示した。

「それにさ、今はっきり断っとく方が、当日ドタキャンするよりずっといいじゃんか」

「どうして出ないことが前提なの?つべこべ言わずに参加すればいいのよ!リレーで走りなさいよ!」

「あの、紺野さん。勝手に決めるのは良くありませんよ」

教師がたしなめようとするが、一度怒り出したツバメには届かない。

「ちっちゃいときからナツは足が速かったでしょ!知ってるんだから!せっかくの特技を活かしなさいよ!」

「関係ねえだろ!」

とうとうナツも立ち上がった。

その弾みにイスがひっくり返り、生徒達はカメの如く首を縮める。

ナツは薄く開けた目蓋から、鋭い瞳でツバメを見下ろした。

「いつまでも古くせえこと喚いてんじゃねえ」

ドスを効かせた低い声音である。

「7、8歳のガキなんざ、しっちゃかめっちゃかに足動かしてるだけじゃねえか。あんなもん並べて速いも遅いもあるか。こっちは陸上なんかとっくに辞めてんだよ。何度も言わせんな。誰もかれもがどっかの秀才みてえにキラキラした夢追ってると思うなよ」

「はあ⁉︎何の話よ!」

ツバメは困惑した様子で眉根を寄せた。

だがナツは答えず、机の側面に掛けていたバッグを手に取り歩き出す。

「待ちなさいよ!どこ行くのよ!」

ツバメが呼び掛けるも、ナツはさっさと教室を出ていってしまった。


成り行きを見守っていた生徒達が、やがてざわざわと喋り出す。

「こえーよ、あの転校生」

「完全に不良じゃん」

「いやいや、紺野があんなに焚き付けるからだろ」

「あーあ。出たよ、ツバメのかんしゃくが」

「何よ!私のせいなわけ⁉︎」

ツバメはいきり立った。

「みんなだってナツにリレー出て欲しいって思ったでしょ!」

「そりゃそうだけどさあ......」

「だいたい、面倒だから出ませんで済むのなら体育祭なんか成立しないじゃない。それを、何よあの態度。どんな競技だってせいぜい数十秒とか数分頑張れば終わるんだから、嫌だ嫌だって駄々こねるよりよっぽど楽でしょうに!何か間違ったこと言ってる⁉︎」

「ほんとお前って正論好きだよな」

「はあ⁉︎誰だって正論言うよう努めるでしょ普通!」

「いや、紺野さん。それは正しい意見とは言えません」

教卓の上から学が呼び掛けた。

「え?」

俄かに声を落とすツバメに、学はいつになく強い口調で言った。

「多飯田さんが単に駄々をこねているのではない場合もあるでしょう。以前はたしかに足が速かったのかもしれません。だけどもし仮に、今は何かの持病があったり、ケガをしていたりで運動をすることができないのだとしたら?そしてそのことを人前で言いたくないのだとしたらどうでしょう。紺野さんはそういった可能性について考えましたか」

ツバメはハッとなり、そして顔を赤らめ俯いた。

「......いいえ」

「まあ、そこまで深刻なことではないかもしれませんが、多飯田さんが本当に嫌がっているのなら無理強いはできません。陸上クラブをやめたのも、何か理由があってのことかもしれないですし」

「はい」

神妙に頷くツバメに、学は少し声を和らげた。

「紺野さんの気持ちもわかります。以前、多飯田さんと仲が良かったそうですね。だからこそ多飯田さんのさっきの言い方を受け流せなかったんでしょう。それに足が速いという特技を活かし、このクラスに早く馴染んで欲しいという思いもあったんじゃないですか。体育祭は絶好の機会ですからね」

「......そうです」

学に全てを見透かされているように感じ、ツバメは更に顔を赤くした。

「私が悪かったと思います。ごめんなさい」

尖らせた口で小さく言い、ギクシャクと頭を下げる。

生徒達は唖然とした。

ここまでしおらしいツバメを誰も見たことがなかったからだ。

ツバメは教師の方へ向き直る。

「先生、さっきは先生の言葉を遮ってしまい、すみませんでした」

「いや、それはいいんですが......」

「どうか私に責任を取らせて下さい」

「は?責任?」

「ナツが体育祭に参加するよう、もう一度説得します」

「ま、まだ諦めてない⁉︎」

「まずナツに謝ります。それから事情があるなら諦めます。でももし可能だったら、私と一緒に二人三脚走に出ることにしたいんです」

「はあ、そういうことですか......。わかりました。でも慎重に進めて下さいね」

「はい。ありがとうございます」

それを聞いた加代が悲鳴を上げた。

「待ってよツバメちゃん!二人三脚は私とやる筈だったでしょ」

「加代はスウェーデンリレーに出ます」

「そんなあ!」

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