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おしゃま少女ヒゲグリモー  作者: オジョ
第5話「護符演舞」
55/106

side by side その1


「で、どっちへ行ったの?日向さんは!」

民家の屋根の上を跳ねながら、ツバメは隣を飛ぶウィスカーへ尋ねた。


駅前でなんとか合流した後のことである。

ヒゲエンビーに変身したツバメ、そしてウィスカーは暴走する陽子を止めるべく、彼女の行方を追っていた。

真昼間から目立ちたくはないが、道を歩いて探していてもラチがあかない。

2人は人気の少ない住宅街を選び、屋根をつたって進んでいた。


「うーん、陽子の乗った車はたしかにこっちの方向に消えてったニャ。けど、途中から進路を変えてたらその限りではないモニャ」

要するに目的地はおろか、進むべき方向さえわからないということだ。

ウィスカーがおずおずと答えると、

「どうしてすぐに後を追わなかったのよ!私に電話なんかする前に」

案の定、詰問が返ってきた。

ウィスカーはデブネコでありながら、結構なスピードで空を飛ぶことができるのだ。

乗用車程度を見失うことはまずない筈だ、とツバメはまくし立てる。

「だって、人前で飛ぶわけにもいかないしモニャ。キミと落ち合うのだって結構苦労したんニャ」

この街じゃ、今どきノラ猫もあんまりいないニャろ?

ウィスカーは小さな声で言い訳した。

歯切れが悪い。

本当のところは、陽子の奇行に驚き過ぎて追い掛けるタイミングを逸したのである。

「まったくもう、日向さんに撒かれるわ、見つけてもすぐ見失うわ。あんたが選んだ戦士なんだから、自分できちんと管理しなさいよね」

ツバメは大げさにため息を吐いた。

対してウィスカーは、それはキミが言うことか、と密かに思う。

陽子とは別の方向でだが、ツバメも相当にコントロールが難しいのだ。

ヒゲグリモーになることを拒み続けているという点で、ウィスカーにとっては彼女の方がタチが悪いと言える。

だがそんな心中はおくびにも出さず、ウィスカーはしおらしく頷いてみせた。

今日のツバメはいつにも増して機嫌が悪い。

下手な反論はせず、彼女のペースに合わせるに限る。

そう考えた彼が黙っていると、やはりしばらく経ってから、

「行方がわからないんじゃ、闇雲に動いたってしょうがないよね。目立つだけよ」

ツバメが提案してきた。

ウィスカーを罵っていても進まない。

今は一刻も早く陽子を見つけ出し、取り押さえることが先決である、そう切り替えたようだ。


「別々に動きましょ。あんたはもっと上空を飛んで。街中が見渡せるくらいに」

その方が返って人目にも付かないだろうし、とツバメは晴れ渡った真昼の空を見上げる。

高度にいれば、たとえ見られたとしても、子供の手を離れた風船くらいにしか思われないだろう。

かつウィスカーはより遠くを見られる、というわけだ。

「了解ニャ!で、キミはどうするモニャ?」

ウィスカーが問うと、

「私は日向さんの声を探すことにするから」

彼女は右手に持った指揮棒を振ってみせた。


魔法の指揮棒、エンビータクトを使うことにより、ツバメは一度でも聞いたことのある音なら自由に拾い出すことができる。

その範囲はおよそ半径2km。

運良く圏内に陽子が入れば、タクトが自動で彼女の声をサーチしてくれるだろう。

「あ、そっか」

ウィスカーは前足をポンと合わせた。

なんだかんだとうるさいものの、ツバメはいつも的確な判断を見せてくれる。

「さっすがツバメ!名案ニャ、頼りになるニャ!」

ウィスカーがおだてると、ツバメは鋭い視線を向けてきた。

「はあ?それをやらせるために私に泣きついてきたんじゃなかったの?」

「じゃあ、行ってくるモニャ!ツバメも気を付けるニャよー!」

ノープランで呼び出したことをなじられる前に、ウィスカーは急上昇していった。



さて、1人になったツバメはしばらく移動した後、とあるアパートの給水塔の上に降り立つ。

「ここら辺なら」

見晴らしの良い高所にて、ツバメは呟いた。

背筋を伸ばし、両手を胸の高さへ上げると、ゆっくりとタクトを振り出す。

思い浮かべるは陽子の声である。

どこかで彼女が口を開けば直ちに察知できるよう、間断なくタクトを上下させた。


それから数分が経過。

しかしタクトに反応はない。

これはツバメの半径2kmの範囲に陽子がいないか、もしくは陽子が一言も声を発していないということだ。

おそらく前者だとツバメは思う。

あの陽子が何分もの間、口を利かないでいるとは考えにくいからだ。

ウィスカーによれば、陽子は車の上に張り付いていたというから、1人ではない。

少なくとも彼女とは別に運転手がいる筈だ。

ならば何かしらの会話は生まれるだろう。

念のため、サーチの対象を陽子の足音に切り替えてみたが、やはり結果は同じだった。

もっとも車上にいる彼女から足音は発生しないだろうが。


何にせよ、ここでタクトが使えないとなれば、次の行動に出なくてはならない。

ツバメがまず考えたのは、更に移動しながら引き続き陽子の声を探す、である。

しかし彼女はその案をすぐに打ち消した。

当てずっぽうに陽子を追い掛けるのはあまりに無謀である。

もし未だに向こうが移動を続けていれば、こうしている間にもツバメと陽子はどんどん離れていくだろう。

方角を間違えて進めば、更に距離を広げることになるのだ。


それなら、とツバメはタクトを下ろした。

ウィスカーに提案した陽子の探索方法をあっさり切り捨て、別のやり方に切り替える。

彼女は目を閉じ、左右の耳に意識を集中させた。


ヒゲグリモーに変身した者は身体能力に加え、感覚機能も著しく向上する。

特にツバメの場合、これもウィスカーの言だが、五感の中でも聴覚が格段に鋭くなる。

彼女が音属性の魔法少女だからだ。

タクトを用いたときほど広範囲ではないが、それでも周囲数百mで発生する音なら耳だけで聴き取ることができる。


ただしそれを行った場合、

「つっ!......」

非常にうるさいことになる。

周囲の音を無差別に、大音量で聞かなければならないのだ。

顔を歪ませるツバメの耳に、大小様々な物音や声が暴力的になだれ込んでくる。

車のエンジン音、人々の歩く音、イヌや鳥の鳴き声。

工事の作業音に遮断機の鳴動、隙間風、テレビやラジオから流れる音声やBGM。

そして、人間の声。

今ツバメが聴きたいのは人の話し声である。


「......おはぎとぼた餅ってどう違うんだっけ。どっちが太る?......」

「......よく考えたら、アヒルと同じくらい大きなネズミって何なんだろうな。イヌ飼ってるし......」

「......フラッシュモブでプロポーズしたいんだけど、お金なくて2人しか雇えないんだよね......」

どうでもいい話ばかりが耳に入ってきた。

それらを選り分け、切り捨て、ツバメは首の方向を少しずつ変えながら欲しい声を探す。

すると、

「......っげえスピードの車だったんだよ!母ちゃん......」

ツバメは1つの気になる会話を捉えた。

少年と母親のやりとりのようだ。

両耳に手をかざし、意識を結集させる。

「......なんか知んねえけど、黒い車がすごい勢いでこっち向かって来てさ。マジで轢かれるかと思ったよ」

「へえ、こんな住宅街の狭い道でかい。そりゃ危なかったねえ。だけどアンタ、なんだって急にショートケーキなんか欲しがるんだい?」

「ショートケーキじゃねえよ、消毒液!車を避けようとしてコケたって言ったろ!」

「あはは、お母さん間違えちゃったよ。今とってくるわね」

「早くしてくれよ。あっ!しかも驚いたのがさ、その車の上に変な奴がしがみついてたんだよ」

「あらやだ。お母さん怖い話は嫌だよ」

「いや、おばけとかじゃないよ。よくは見えなかったけど、なんか小っちゃい奴がボサボサの頭を振り乱しながら引っ付いてたんだ......」

「え?それってジャッキー・チ......」

違う、日向さんだ。

即座にツバメは給水塔から跳んだ。

アパートの屋上を踏み、隣の民家へ。

会話の聞こえた方へと走り出す。


陽子の声を探すことができないなら、彼女を目撃した者を探せばいい。

相当数いる筈である。

目撃証言を超聴覚で拾い中継していけば、最終的には陽子にたどり着くだろう。

というのがツバメのプランだった。



幾つもの会話を盗み聞き、立ち往生する警官達の怒声を捉え、その後交通事故のような衝突音をキャッチし。

膨大な数の音を聴き分け、かつ人に見つからないよう移動してきたツバメは、とうとう多貫神社へと続く石段にたどり着いた。


所要時間はおよそ15分。

ここまで来るのにかなり神経をすり減らしている。

しかし陽子は目前だ。

ツバメは長い石段を見上げた。

情報収集の結果を踏まえると、(信じがたいことだが)陽子を乗せた車はこの急な階段を上ったことになる。

ツバメの記憶では、神社から先に道はない。

よって集めた情報が真実であれば、陽子は境内辺りにいるのだろう。

彼女を見つけた暁にはどうしてやろう、とツバメは拳を握る。

まずは、何がどうして彼女がヒゲシャイニーの姿で街を騒がせ、警察に追われるに至ったか。

それについて問いたださねばならない。

ツバメは1段1段を踏みしめながら上っていく。


そして。

「見つけましたよ、日向さん」

鳥居をくぐったツバメは、ドスの効いた声で言った。

ついに発見した赤いたてがみの少女。

彼女は境内の中央にて、阿呆のようにぼんやりと突っ立っていた。

「ずいぶん派手に遊んだみたいですね。強盗ゲームですか?それともカージャックごっこでしょうか?」

ツバメは陽子を睨み付ける。

だが陽子は何も言わない。

ツバメを見返そうともせず、まるで電池が切れたようである。

「日向さん?返事くらいしたら......」

そこでツバメは言葉を切る。

ようやく境内のただならぬ空気に気が付いたのだ。


猿面を被った奇妙な男が3人、額に札を貼り付けた男が1人。

それから幼い少年が1人。

更に、狛犬の台座にぶつかったらしい、バンパーの潰れた黒塗りの車。

石畳に散乱する紙切れ。

穏やかでない異様な光景が、そこには広がっていた。

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