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おしゃま少女ヒゲグリモー  作者: オジョ
第5話「護符演舞」
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陽子side その4


こちらは時計強盗の車の中。


外の大騒ぎとは反対に、車内は異様なほど静かだった。

運転席の男と、後部座席に並ぶ3人の男。

猿面の彼らは誰一人として口を開かない。

運転手がハンドルをさばくのに合わせ、時折身体を揺らすのみだった。

警察に追われているというのに、高揚も焦燥もまるでない。

至極落ち着き払った態度である。

そして何よりおかしなことに、彼らは盗みに這入った時計店から大きく離れようともしていなかった。

パトカーの群れを率いて、街中をギュルギュルと走り回っている。

狭い道では猛スピードで、広い通りでは蛇行しながら、それはまるで騒ぎを大きくしようとしているかのようだった。


そんななかである。

「へい、おサルタクシー!」

突如車内に響く声。

運転席の男が隣を見ると、助手席にはいつの間にか、呼吸を荒げた少女が座っていた。

「刑務所までお願いします」

猿面達に動揺が走る。

4人共に腰を浮かせ、ようやく人間らしい反応を見せた。

無理もない。

ここは走行中の車内だ。

しかもドアはロックされ、窓もぴったり閉まっている。

それなのに、このおかしな姿の少女はどうして入ってこられたのか。

彼女の魔法を知らぬ彼らにはわからない。


戸惑う猿面達をよそに、謎のヒゲ少女陽子は息を整える。

そして、

「うらあっ!」

と叫ぶが早いか、いきなり運転手を殴り付けた。


鈍い音を立て、運転する猿面がフロントドアのガラスに頭を打つ。

その拍子に、彼はハンドルから手を離した。

コントロールを失った車は車道の中心から大きく右にずれ、立ち並ぶ商店に向かって突っ込んでいく。

逃げ惑う通行人を目の前に、

「やべっ!」

陽子は運転席の下へと足を差し入れた。

たしか手前にあるのがブレーキペダルだった筈だ。

瞬時に決めつけ、ためしに踏み込んでみると、車は急激にスピードを落とした。

陽子と猿面達、そして後部座席で抱えられる人質が一斉に前に倒れ込む。


しかし、車が停止するには至らなかった。

運転席の男が素早く体勢を戻し、陽子の顔面へ肘打ちを食らわせたのだ。

「痛ってえ!」

陽子は助手席まで跳ね飛ばされる。

その隙にハンドルを握りなおした男は、再びアクセルを強く踏んだ。

車は車道に戻り、また速度を上げていく。

「てめえ、何してくれてんだ!」

シートに倒れ込んだ陽子は鼻を押さえつつ起き上がろうとする。

だがそのとき、後部座席から2本の黒い腕が伸びてきた。

陽子の真後ろにいた猿面が、助手席の背もたれ越しに彼女の首を掴む。

「かはっ!」

陽子は猿面の腕を握り、首に巻きついた指を引き剥がそうとしたが、これがなかなか離れない。

相手は恐ろしいほどの怪力だった。

ヒゲグリモーの腕力をもってしても、振りほどくことができないのだ。


「くっ......そ......」

チカチカと視界が点滅し出すなか、陽子は男の腕から手を離し、座面の両側を探った。

左側にリクライニングレバーがあることがわかると、急いで上に引く。

シートの背もたれと共に陽子が勢いよく後ろに倒れ、そのはずみにようやく男の手が離れた。

しかし猿面怪力男はすぐさま次の攻撃に移る。

彼は座席のかたわらに転がしていたナイフを掴むと逆手に持ち直す。

そして仰向けに寝た状態の陽子の胸目掛けて振り下ろしてきた。

身体を反転させ、間一髪でそれを避けた陽子は素早く起き上がる。

対して猿面は狭い車内でナイフを振り回し、彼女に斬りかかった。

なんの迷いも容赦も感じさせない、まるで機械のような振る舞いである。

「あっぶね!」

ケンカでは百戦錬磨の陽子といえども、流石に刃物を相手にしたことはない。

思わず大きく身体を仰け反らせた。


「シャレになんねえよ、こいつ」

彼女はそう言ったが、何を今更である。

そもそも白昼堂々強盗を働くような者が、まともな神経をしている筈がない。

そんな男達に遊び半分で挑む陽子の方が、あまりに認識が足りていなかったといえる。

突き出されたナイフが頬を掠め、たまらず彼女は助手席側のドアを開けた。そして転がるように車外へ飛び出す。

だが戦線離脱ではない。

陽子は、車から離れようとはしなかった。

シートベルトを片手に巻き付け、黒塗りのボディに張り付く。


「おい、車を止めろ!子供を速やかに解放しろ!」

後部座席の窓越しに、陽子は車内に向かって叫んだ。

しかし猿面達は何の反応も見せない。

まるで無視である。

それどころか、陽子に対し次の攻撃を仕掛けてきた。

爆走する車が、車道の左側にずれ始める。

道路の中心から逸れた先、路側帯には電信柱があった。

「待て、めちゃくちゃすんな!」

陽子は気が付き、窓を叩く。

どうやら運転手は、電柱に車体の側面をぶつけ、へばり付く陽子をこそげ落とそうとしているらしい。

「たまるか!」

陽子は車のボディから足を離し、逆立ちをするように身体を持ち上げた。

そしてくるりと車の屋根に降り立つ。

瞬間、開いたままだったフロントドアが電柱にぶつかり、盛大にひしゃげた。


すんでのところでペシャンコを免れた陽子。

しかし猿面の攻撃は尚も続く。

突然車体がぐらりと動き、バランスを崩した陽子はルーフの上に尻もちをついた。

「わわっ!」

危うく車から滑り落ちそうになるも、両手を屋根に貼り付け、なんとか留まる。

車は地を這うヘビの如く左右に揺れ出していた。

今度は陽子を振り落とそうという作戦らしい。

四肢を曲げ、陽子は体勢を低くとる。

地面に落ちれば、後に続くパトカーの下敷きである。

運良くそれを避けられたとしても、この車に再び追いつけるかはわからない。

陽子はつるりとした屋根に必死で食らいつく。

そして考える。

ここからどうやって強盗達を倒し、人質を助け出したら良いのか。


また魔法を使い、車内に戻るか?

透明ダコを相手にした前回と違い、今は日光の降り注ぐ真っ昼間、しかも屋外だ。

目立つことはこの上ないが、光をエネルギーとするヒゲシャイニーにとっては良い条件がそろっている。

能力は使い放題。

いくらでも窓ガラスを通り抜け、車内に侵入できるのだ。

しかし。

入ったところで、車中にはナイフを持った怪力の猿面男がいる。

冷静に向かえば対処できるかもしれないが、狭い空間で乱闘になった場合、人質に取られた子供が巻き添えを食らいかねない。

それだけは避けたかった。

ならばどうする。


「ったく、モタモタすんな!」

陽子は舌打ちをした。

柄にもなく躊躇している自分に腹が立つ。

そもそも、こんな筈ではなかったのだ。

ヒゲグリモーの力を使えば、ただの泥棒の3、4人などわけないと思っていた。

だがどうにも雲行きが怪しい。

猿面強盗に対し、後手後手に回っている感が否めない。

奴らが次々に繰り出すえげつない攻撃から身を守るので精一杯である。

子供を助けるどころか、防戦一方という体たらく。

考えるほどに苛立つ陽子だった。

しかし彼女にとって途中退場などあり得ない。

真下でくつろぐ猿面達に向かって、陽子は吠えた。

「上等じゃねえか」

そっちが手段を選ばないなら、陽子にだって考えがある。

否、これから考えようという考えがある。

どんな状況だって、逆転の一手はあるものなのだ。

陽子は暴走車の屋根に掴まったまま、周囲を見回した。


そのときである。

「あっ!」

陽子は声を上げた。

歩道脇に立つ郵便ポストの影で、彼女は見知った顔を見つけたのだ。



10台程のパトカーを率いて爆走する車が、目の前を通過していく。

通り過ぎる瞬間、先頭の黒い車に張り付いた少女が、こちらに向かって手を振ってきた。

「おーい、ニャンコ!」

人の目から隠れるように背を丸めていたウィスカーは、あまりの驚愕に顎をだらんと落とした。

「んが⁉︎」

思わず、ネコらしからぬ声を出してしまう。

一方の陽子は手を口に当て、なおも騒ぐ。

「こっちこっち!お前、こんなとこで何してんだ!」

それはウィスカーのセリフである。

何してるもなにも、彼は陽子を捜していたのだ。

彼女の行動を案ずる一心で、昼日中の繁華街までコソコソ出張ってきたのである。

しかしそんなウィスカーも流石に予想していなかった。

まさかたったの半日目を離しただけで、陽子がここまでやらかすとは。

ヒゲグリモーの姿で目立ってはいけないと、何度も彼女に注意したのがアホらしい。

パトカーに追われまくる暴走車の屋根の上。

これ以上、効果的に街中の注目を集める場所があるだろうか。


腰を抜かしたウィスカーは、地面に転がった。

そして脱力する彼を置き去り、強盗団と陽子、パトカーの群れは大通りの彼方へ消えていった。

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