ツバメside その4
ツバメと学はファミレスへ入る。
窓際のテーブルに通された2人は注文を終えると、そろって外の景色を眺めた。
行き交う人々や車、信号機に郵便ポスト。ビルの合間に覗く青空。
何でもない景色が、今日のツバメには新しく見える。
「紺野さんは指揮者になりたいんだってね」
不意に学が尋ねてきた。
「うん、よく知ってるね」
ツバメははにかむ。
「小さいときに久留木貝蔵さんに憧れて、それ以来の夢なんだ」
「この町で生まれた指揮者だね。早くに亡くなったらしいけど、どんな人だったの?」
学が食いついてきた。
嬉しさを顔に出さぬよう唇を噛みつつ、ツバメは語り出す。
「あのね、まず彼のひいおじいさんが......」
ひどく長い話になりそうだったが、そこでツバメの声はかき消された。
サイレンの音が近づいてくる。
あの音はパトカーだったか、消防車だったか。
「パトカーだね」
学がぽつりと言うと同時に、目の前の道路を、白黒に塗り分けられた車が3台、赤いランプを回しながら通り過ぎていった。
「どこかで何かあったのかな」
眩しそうに目を細めながら、学は窓の外を見る。
「交通事故じゃない?」
ツバメはそう返したが、同時に不吉な予感が頭をよぎっていた。
先ほどのウィスカーからの電話を思い出さずにはいられない。
魔法のヒゲを付けたまま、行方をくらました陽子。
彼女はどこで何をしているのだろう。
今朝、自分が余計なことを言ったせいで、目立った行動をとっていなければいいけれど。
いや違う、考えてはいけない。
今は清鈴寺君とご飯を食べる時間なのだ。
ツバメは運ばれてきたアイスミルクのグラスに口を付けながら、首をわずかに振った。
知ったこっちゃないのよ。
どうして私が日向さんの動向を心配しなきゃならないわけ、保護者じゃあるまいし。
ウィスカーがうかつにヒゲを渡したりするから逃げられるんだわ。
そりゃあ、あの人をヒゲグリモーにしようと思ったのは私だけど、結果的に直接勧誘はしてないから、そこは私の責任じゃないわよね。
日向さんが変身したとき、私その場にいなかったし。
そうよ、全部ウィスカーのせいなのよ。
なのに馴れ馴れしく電話してきて、助けてくれだなんて。
私を正式なメンバー扱いしてるんだわ。
でも、それでいてヒゲグリモーが何と戦うことになるかとか全然言わないし。
そもそも私、未だにわかってませんからね。
なんでヒゲで変身するわけ?
魔法のステッキとかブローチとかでよくない?なによ、そのシステム。
まあ、変身アイテムがブローチだったら引き受けてるとかではないけれど、それにしてもヒゲはない。
根っから魔法少女を夢見てる人でも、付けヒゲ渡されたら断ると思うわ。
他人に言ってはいけないニャ、って言うわけないでしょ恥ずかしい!
もし清鈴寺君に知られでもしたら、もう私は......。
考えてはいけないと思いつつも、数々の不条理に対する怒りを膨らませるツバメだった。
そのとき、
「ヒゲが付いてるよ」
突然、学が言った。
「へ?」
ツバメの顔から、血の気が一瞬にして引いた。
「付けてない!私ヒゲなんか付けたことないし!なんでそう思うの⁉︎」
必死に首をブンブンと振る。
その剣幕にたじろぎつつ、学はツバメの鼻の下を指差した。
「な、なんでって。牛乳飲んだからじゃないかな」
「はい?......あっ!」
ツバメは急いでハンカチを取り出し、唇の上に残った白い跡を押さえた。
「ごめん、変な言い方したかな」
学はすまなそうに額を掻く。
「こちらこそ。取り乱しちゃって」
ツバメは、慌てて手を振った。
ヒゲという言葉に過剰な反応をしてしまったのを、咳払いでごまかす。
そのとき、再び彼女のスマホが震え出した。
ポケットを探り、学に気づかれぬよう画面を見れば、やはりウィスカーからである。
あれほどはっきりと断ったにも関わらず、本当にくどいやつだ。
引きつる頬を抑えながら、ツバメは立ち上がった。
「ちょっと失礼してくるわね」
学にギリギリの笑顔を向けると、トイレに駆け込む。
「なんなのよ、さっきから!バカネコ!デブ!」
通話ボタンを押すと同時に、ツバメは罵倒を始めた。
しかしウィスカーは、それどころではないらしい。
「ツバメ!陽子を見つけたモニャ!」
「じゃあ良かったじゃない!そういうときは連絡くれなくていいよ、今度から。じゃあね」
「待って、ちゃんと聞くニャ!それが見つけはしたんだけど、ボクにはもう何がニャんだか」
「何よ、宝石泥棒でもしてたわけ?」
「そうかもニャ!」
ハハッ、とウィスカーは乾いた笑い声を上げた。
精神状態が危ない感がある。
「どういうことよ」
「なんか陽子の乗った車が、10台くらいのパトカーに追い掛けられてる状況なんだモニャ!」
「はあ⁉︎」
*
テーブル席に戻ったあともツバメは呆然とし、視線が定まらない。
ウィスカーの見間違いでなければ、陽子は警察に追われまくっているらしい。
しかも彼女はヒゲシャイニーの姿であるという。
もはや目立つ目立たないといった話をとうに超えている。
何故そんなことになっているか。
そして『陽子の乗った車』というのがどういう状態を指すのか。
何もわからない。
ウィスカーが話している途中で、ツバメはまたも電話を切ってしまったのだ。
詳しく知りたくなかったからだが、ここまで聞いてしまうと気にせずにはいられない。
どうしたって考えてしまう。
まさか陽子は魔法の力に溺れ、何らかの法を犯し、その挙句に下手を打ってしまったのだろうか。
いやまさか、陽子はそんなことをする人間か?
ツバメは陽子の性格を思い出そうとするが、考えてみれば、そもそも彼女をよく知らなかった。
知り合ったのは、つい一昨日のことなのである。
言動を見る限りでは十分問題児であるとツバメは思う。
しかし、だからといって平気で法を犯すような人間だとは限らない。
善悪の区別がつくかどうかは別問題である。
『地味な魔法だと思ったんだけどさあ。考えたら結構色々できるんだよ』
『ショーウィンドウ叩き壊した方が早いな』
たしかに陽子は怪しげな発言を連発していたが、果たしてあれらは本心だったのだろうか。
ツバメには冗談に聞こえていたのだが。
しかし火のないところに煙は立たず、事件なきところにパトカーは群れをなさないのである。
ツバメは頭を抱えた。
彼女はウィスカーの言う戦いに協力する気はないが、邪魔をするつもりもない。
だが自分の交代要員として選んだ陽子が万が一警察に捕まりでもすれば、ヒゲグリモーという存在が、世に知られることになる。
そうなった場合はツバメも責任の一端を負わなければならない。
そんなのは嫌だ。
どうしたらいい。
『助けて欲しいニャ』
ウィスカーの言葉が蘇る。
ツバメは目をきつく閉じる。
私をこれ以上巻き込まないで。
『一緒に探してくれるわけには』
嫌だ、ここにいたい。
清鈴寺君と指揮者の話をしていたい。
せめてあと20分でいい、誰にも邪魔されない時間が欲しい。
『手綱を握る誰かがいなくてはならなかったんだ』
今度は学の声だ。
なんで関係ないセリフが浮かんでくるのだろう。
その役割は私じゃないのに。
『同じチームなんだから、協力するのは当然さ』
...............。
「もーーーーっ‼︎」
ツバメは叫びながら立ち上がった。
荷物を乱暴にまとめると、財布から千円札を取り出し、テーブルに叩きつける。
その様子に、さすがの学も目を丸くした。
「か、帰るの?どうしたんだ、いきなり『もー』って」
「えっと、それは......」
一瞬言葉に詰まったのちにツバメは、
「牛乳飲んだからよ!」
そう言い残すと、料理も出てこないうちに店から飛び出した。
表通りに立ったツバメはスマホを操作し、耳に当てる。
「もしもし、ウィスカー?あんたどこにいるの?駅前にすぐ来なさい!......そんなの、野良ネコのフリすればいいでしょ!いいから3秒以内‼︎」




