その8
ツバメが道に点々と落としていった光の球。
ウィスカーと陽子にとって唯一の道標だった音符球が、裏路地の途中でパタリと途切れている。
「何故それを早く言わないモニャ!」
「いや、お前が色々説明こいてたからさ」
ウィスカーは最後の音符球が落ちている地点まで急いで戻り、辺りを見回した。
しかし陽子の言う通り、どちらを向いても続きの球はまったく見当たらない。
しかも、最後の音符球はちょうど4棟のビルの真ん中に落ちており、行く先は3方向に分かれている。
陽子は勢いにまかせてしばらく直進してしまったが、ニセ幽霊は左右どちらかに折れた可能性がある。
ヤマ勘で道を選ぶわけにもいかない。
「つーかさあ。なんでこんなハンパなとこで途切れてんだろうな、オンプキュー」
陽子が不平を鳴らした。
「んーニャ、それは多分......」
この地点でツバメがとうとう意識を失ったか。
もしくはニセ幽霊に気付かれ、目印を残すのを封じられたか。
そのどちらかであるとウィスカーは考える。
いずれにせよ想像したくない展開であるが、最後に残された音符球がひどく小さく、また輝きも弱々しいのを見ると、前者の方が可能性が高いように感じられた。
「どうするよ。こっから二手に分かれるか?」
また自力でニセ幽霊を探さなくてはならないとなれば、2人で別の道を行った方が効率が良い。
陽子はそう提案したが、ウィスカーは彼女から目を離したくなかった。
1人で活動させるにはあまりに危なっかしいからだ。
しかし代わりとなる案は思い付かない。
唯一の道標を失った今、どうやって敵の足取りを辿ればいいのか。
ウィスカーに焦りが募る。
何でもいい、音符球以外の新たな手掛かりを探さなくては。
透明ダコがこの狭い路地を通過したときに、何か痕跡を残したかもしれない。
ウィスカーは周囲の建物を見回す。
壁に不自然な跡はないか?破れた窓は?足跡は?
呆れたように陽子が言う。
「相手はタコなんだろ?足跡なんかつくかよ」
だが直後、彼女は真剣な顔つきに変わった。
「ど、どうしたニャ?」
「......ちょっと待て、言い直す。ゲソ痕はないだろ、タコだけに」
「シャレ思い付いただけかニャ‼︎まじめに手掛かりを探すモニャ!」
ウィスカーは懐中電灯を振り回した。
そして周辺をウロウロする顎ヒゲ少女とネコだったが、ニセ幽霊やツバメの気配はおろか、この場所に不自然なものなど何一つ見つからなかった。
いよいよどん詰まりである。
コンクリート製の巨大な迷路の中、行き先を見失ったウィスカーには依然として打つ手がない。
堪らず、十字に切り取られた夜空を見上げる。
「ツバメー‼︎」
あらん限りに振り絞ったその呼び声は、四方のビル壁に虚しく吸い込まれた。
当然の如く返事はない。
再び静まり返った裏路地の闇が、ウィスカーに一層の不吉な予感を与える。
勝手を知らぬ人間の世界。
来たばかりの街。
全くの想定外の敵。
わからないことばかりだ。
宙を漂うウィスカーはフラフラとして定まらない。
ツバメ、キミは今どこにいる?
誰でもいいから教えてくれ。
そうウィスカーが祈ったときである。
「...た...」
微かな声がした。
ハッと顔を上げ、ウィスカーは隣の陽子を見る。
「なんか聞こえたな」
陽子は耳に手を当てている。
彼女のものではないらしい。
「......した」
また聞こえた。
声のした方、少女とネコは足元を見下ろす。
そこには陽子達が見つけた最後の音符球があった。
弱々しく光る小豆程の光が、ツバメのささやきを再生していた。
音が小さ過ぎて2人は気が付かなかったが、この音符球はウィスカーの名を呼んでいない。
別の言葉を音にしてあるようだった。
「...した...」
「あれ、なんか言ってんぞ。『した』ってどういう意味だ?ツバメが何かしたのか?」
陽子が眉根を寄せる。
だが一方で、
「あー‼︎」
ウィスカーはすぐにその意味を理解した。
柔らかい胴体をぐるりとねじり、レンガの敷かれたゴミだらけの路地に目をやる。
「ニャニャニャ‼︎」
そして、見つけた。
直進でも左右に曲がるでもない。
4番目の道がそこにあった。
全く気にも留めていなかったその入り口は、彼らのすぐ足元に平然と存在していたのだ。
「そうニャ!『した』は『下』ニャ!」
「シタワシタ?」
わかっていない陽子に向かってウィスカーは、地面にはまった鉄の蓋を指差してみせた。
「マンホールだニャ!敵はここから地面の下に潜ったんだモニャ!」
ツバメはきちんと声を残していた。
意識をギリギリでとどめながら、道案内をしていたのだ。
ウィスカーが今まで気付かなかったのは、彼がどうしようもなく慌てていたせいである。
しかしようやく全てが繋がった。
「これが神出鬼没の謎の正体ニャ!」
ウィスカーは早口で説明した。
ニセ幽霊が誰にも見つからず街中を自由に動けたのは地面の下、つまり下水道を利用していたためだった。
そして今もまた、奴はツバメを連れて地下に潜っている。
もしかすると、アジト自体が下水道の中にあるのかもしれない。
「ハハーン、そうか!アタシにもだんだん読めてきたぞ」
陽子が顎ヒゲをしごいた。
「今ボクが全部言ったニャろ!早く行くニャ!」
ウィスカーに急かされ、陽子はマンホールの蓋に手を掛ける。
「あらよっと」
軽々と持ち上げた蓋を傍へ放り投げ、陽子が円形の穴を覗き込むと。
果たして、闇の底には小さな光の球が落ちていた。




