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おしゃま少女ヒゲグリモー  作者: オジョ
第2話「レクイエムはいつとどく」
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その4

事件から3日後、バイオリン教室に集まった生徒達の前で、辻先生は父の死を報告した。

それから気丈にも稽古を行おうとしたのだが、生徒の気分が乗る筈もなく、結局何もせずお開きとなった。


帰る子供達を見送りながら辻先生は、

「親父との約束、守れなかったな」

と言い、寂しく笑った。

約束とは、盗まれた写真のことだと誰もがわかった。

強盗犯がすぐに捕まれば、盗られたものは返ってくるだろう。

しかし犯人に繋がるような手掛かりは、まだ警察も掴めていないという。

亡くなった辻さんが焼かれる前に、写真を取り戻せる可能性は、とても低い。

あれほど大切にしていた宝物を持たずにあの世へ逝く父が、辻先生には憐れでならないのだ。

辻さんは亡くなり、彼のお棺に写真を入れることもできない。

強盗犯をいくら憎もうとも、ないない尽くしのまま諦めるほかなかった。


「いや待って、それは違うんじゃない?」

バイオリン教室からの帰り道、1人になったツバメは閃いた。

私なら、強盗犯を見つけることができるかもしれない。

そう考えた。

一度その方法を考え付いてしまった以上、実行しないのは良くないことだとツバメは思う。

しかし、まあ気が進まなかった。

何故なら、もう一度あの力を借りなくてはならないからである。

ツバメは渋々スマートフォンを取り出した。


2時間後、午後6時30分。

駅前にそびえるデパート「シタデルW町」の屋上にて。

濃紺色の空に紛れるように、2つの影が街を見下ろしている。


「まさか君の方から連絡をくれるとはニャ。ヒゲグリモーとして悪と戦う決心がついたモニャ?」

オレンジ色の雪ダルマこと、ネコ妖精ウィスカーは嬉しそうに言った。

「いいえ、ちょっと付けヒゲの力を借りるだけ」

燕尾服の裾を風にはためかせながら、ツバメは仏頂面で答えた。

すでにヒゲエンビーに変身している。

「そもそもヒゲグリモーとかヒゲエンビーとかいうの、全然知らないし。悪と戦うっていうのも今初めて聞い、ヘプシっ!」

口の上に付けた太い巻きヒゲが、鼻をむずむずとさせる。

「それは虫がよすぎる話モニャ。ヒゲのパワーだけ好きなときに使って、あとは知らぬ存ぜぬニャんて。それにボクはこの前ちゃんと説明したニャ」

ウィスカーはぶつくさ言った。


✳︎


2週間前、お喋りネコ妖精ウィスカーに出会ったツバメは、不思議な付けヒゲの力で魔法少女ヒゲグリモー1号「ヒゲエンビー」へと変身し、怪盗アリスなる泥棒を退治した。

ヒゲヒゲとややこしいが、ウィスカーの言うところによれば、付けヒゲにより変身した者の総称が「ヒゲグリモー」であり、その中の1人としての「ヒゲエンビー」なのだそうだ。

と言っても、今のところメンバーはツバメだけである。


付けヒゲには魔法か呪いか、とにかく得体の知れないパワーが込められており、装着した者の身体能力や五感を人間離れしたレベルまで向上させる。

更に、ヒゲには種類があるらしく、形やタイプによって違った特殊能力を発揮できるそうだ。


さて、ツバメが渡されたのは両端の丸まった口ヒゲ、いわゆるカイゼルヒゲと呼ばれるものであった。

「指揮者っぽいヒゲ」とウィスカーの呼ぶこのヒゲには、音を操る能力が備わっている。

専用のタクトを振ると、周囲で発した音を光の球に変えることができるのだ。

ちなみに、変身すると燕尾服のような衣装になるからヒゲエンビーなのだという。

安易なネーミングである。


対怪盗アリス戦にて、初めてながらもヒゲの力を使いこなしてみせたツバメに対し、ウィスカーはこれからもヒゲグリモーとして活動してくれるよう頼んだ。

事情はわからないがウィスカーは1匹で、悪と戦っているらしい。

だが敵は非常に強大であり、対するネコ側の武器は不思議な付けヒゲのみである。

そのため、なんとしても共に戦ってくれる仲間が必要なのだそうだ。

夜な夜な女子中学生に声を掛けていたのは、そういった理由からであった。

らしい。


「無理、忙しいから」

勧誘されたツバメはきっぱり断り、ウィスカーにヒゲを返した。

彼女が怪盗アリスを倒したのは、正義感からでもなんでもない。

尊敬していた指揮者のバイオリンを取り戻すためである。

目的が達成されてしまえば、それ以上関わる気はなかった。


ウィスカーはしばらく難しい顔をして唸った後、ツバメに紙切れを渡した。

「今すぐに返事しなくてもいいモニャ。もし気が変わったら、連絡して欲しいモニャ」

紙には電話番号が書かれていた。

気が変わることなどあり得ない、ツバメはそう思いながらも、ウィスカーが納得するならと、紙を受け取った。


そして今、ツバメは再びヒゲエンビーに変身している。

まさかネコに電話をする日が来るとは。

けれど、今回で本当に最後だ。

ツバメは夜の街を見渡しながら、エンビータクトを掲げると、リズム良く振り動かす。


さあ、音を拾って。

辻さんから写真を奪った犯人に繋がる音を。

ツバメはそう念じながら身体をひねり、全方位に向かってタクトを振り始めた。


「ところでエンビー。君は一体何をしているモニャ」

ウィスカーが訊いた。

付けヒゲを持って来いと呼び出されたが、その理由をまだ聞いていない。

ツバメはネコに、あらましをかいつまんで話した。


「ニャるほど。辻老人の奥さんの写真を取り戻したいってことかニャ。けれどそれはなかなか難しいモニャ」

ウィスカーは短い前足を組んで言う。

エンビータクトを使えば、ツバメの求める音を探し、他の騒音を無視して拾い出すことができる。

しかしそれは1度でも聞いたことのある音に限られていた。

アリスのときと違い、今回は強盗犯の足音や声などは一切聞いていない。

ツバメとはまるで関係のない盗難事件なのである。


それに、

「犯人がこの辺りに住んでいるとは限らないニャ。君はヒゲグリモー初心者ニャから、音を探せる領域はせいぜい5、600mくらいかニャ」

「わかってるわよ。でも多分だけど、W町か、そうでなくても林真下市内にはいると思うんだけどね」

何故そんなことがわかる、とツバメが推測した理由をウィスカーが尋ねようとしたとき、くるみ割り人形のメロディが流れてきた。

ツバメのスマホが着信を報せていた。

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