その6
ナツの祖母、そしてツバメとナツを乗せたバイクは住宅街を抜け、片側2車線の大通りに出る。
そして建ち並ぶ店舗の間をしばらく進んだ後。
バイクは突如減速し、ツバメとナツが前につんのめる。
「送ってやれるのはここまでだね」
バイクを路肩に停車させ、ナツの祖母が言った。
見れば、車道の前方が立て看板で塞がれており、反射ベストを着た人が通行人を誘導している。
看板の向こう側は歩行者天国であるらしい。様々な仮装をした人々が、既に多く行き交っている。
「ありがとうございます!」
ツバメはエンジンの鼓動を鳴らすバイクから滑り降りると、すぐさま走り出した。慌ててナツが続く。
「ちょっと待ってよツーちん!」
「ああ、ごめん」
ツバメは立ち止まり、ダラダラとやる気のない様子で歩いて来るナツを待つ。しつこいようだが、彼女は走ることができないのである。
「あんまり遅くなるんじゃないよ!」
後ろから聞こえるナツの祖母の声に、2人は「はい!」と大きな声で返事をした。
ゾンビに吸血鬼、ミイラや二足歩行の動物達でひしめく大通り。
魔女の姉妹は急ぎ足で駅前広場へと向かう。
「なあ」
ナツは前を行くツバメに声を掛けた。
「ほんとにあのバケモンに勝てる算段があんのかよ」
「何度も言わせないでよ。戦うのは日向さんで、私達はそれまでの繋ぎよ」
「だからその繋ぎの方法がわからないんだってば」
ナツは口を尖らせた。
既にランボーは市民の間で暴れ回り、恐怖を集めている可能性がある。となれば先程より更に強大になっている筈で、対面したら即潰しにくるかもしれない。
陽子の到着まで間を持たせることができるとは、ナツには思えなかった。あまつさえ弱体化させるなど不可能ではないか。
しかもツバメの言う『私達』には、間違いなく自分も入っている。
そんな彼女の不安をよそに、ツバメはキョロキョロと辺りを見回している。
その視線の先には、通り沿いに立ち並ぶ屋台の群れがあった。夜空の下、様々な食べ物やおもちゃを売る屋台が、電飾で輝いている。
「あった! ナツ、あれ買うよ」
目当てを見つけたらしいツバメはナツを置き去りに、小走りで一軒の屋台へ近寄っていく。
「腹でも減ったのかよ」
「いいから早く!」
ツバメが立ち止まり物色し出したのは、お面を売る店だった。
並んでいるのはガイコツやカボチャ、不気味なピエロの顔など、ハロウィンらしいものばかりである。
「これ2つ下さい!」
ツバメは迷う時間も惜しいとばかりに、適当な面を指差した。
それは口の部分が鳥のように突き出す、つるりとした仮面だった。全体が白色で、両目の位置に丸い穴を開けただけのシンプルさである。ペストマスクを模したものだ。
「あ! あとこれも下さい!」
更にツバメが見つけたのは、台の上に置かれたメガホンのおもちゃだった。「拡声&変声機能付きの本格派!」と黄色いポップが貼ってある。
「に、2900円⁉︎ ……じゃあこれは1つで」
値段に狼狽えつつ、財布を出すツバメ。
「おいツーちん。こんなもんで何すんのさ」
「いいから。ナツにも活躍してもらうからね!」
「やっぱり私も活躍すんのかい」
*
午後5時10分。
駅前スクランブル交差点の一角に位置する噴水広場。
レンガで作られた円形の池と、その四方を囲むベンチがあるだけの、こぢんまりとした待ち合いスペースである。
その隅っこで、魔女姿の小岩加代は所在なさげに立っていた。
心から楽しみにしていたハロウィン祭りだったが、今彼女は行くあてもなく途方に暮れている。
ツバメからドタキャンの電話があった際には平気な風を装ったが、本当はとてもショックだった。
たった1人、こんな寂しい気分では、とてもハロウィンなど楽しめそうにない。せっかく夜通しで作った衣装も台無しで、今やただ恥ずかしいだけである。
ツバメからは、1人では危ないから家に帰れと言われたが、お小遣いをせがんで家を出てきた手前、すぐに戻っては両親を悲しませることになってしまう。
どうしたらいいかわからず、彼女の小さな背中は小刻みに震え出した。
周囲には沢山の人々が、待ち合わせた友人達と笑いながら、夕暮れの街に繰り出していく。周りの顔が幾巡も入れ替わる中、噴水前に留まるのは加代1人だけだ。
メガネの奥で溢れ出す涙を隠しながら、加代はただ時が経つのを待つばかりだった。
その姿を街路樹の裏から覗く、3つの影がある。
いずれも陰険な目つきで、孤独に佇む加代を見つめていた。
「何であいつ1人ぼっちで泣いてんの?」
血塗れナースの衣装を着た少女、高菱才女が言った。
「さあ。人が多すぎて怖いんじゃない?」
ニヤニヤしながら答えたのは、インディアンの娘に扮したフミだ。
「つーか何あの格好。超地味なんだけどウケる」
ウサギの着ぐるみに身を包んだ奈緒が言った。
フミと奈緒は才女の子分で、やはりバイオリン教室に通っている。
普段はツバメに阻まれ、満足に加代をいじめることができないが、今はチャンスだった。
基本的に加代は泣き虫でノロマで、バイオリン歴も浅いヘタクソである。理由は知らないが人混みの中で泣いているとあれば、これは全力でいじらないわけにいかない。
「待って。紺野が来たらどうする?」
フミが言うと、才女は意地悪く笑った。
「平気よ。どうせあのツインテに約束すっぽかされたから泣いてんでしょ。加代の友達あいつだけだもの」
概ね正解だった。
さてどんな悪口をいってやろうかと、3人組は肩を回しながら加代の元へと足を踏み出す。
そのときだった。
一足早く加代に話しかける者がいた。
背後からの声に加代は気付き、涙に塗れた顔をそちらへ向ける。
「誰よ、あの子」
慌てて街路樹に戻り、才女は言った。
自分達と同じくらいの歳の少女だ。
深紅のフード付きケープを羽織り、大きく広がったスカートを履いている。細い腕に提げたバスケットとフリルの付いたストッキング。どうやら赤ずきんの仮装である。
フードの中から、ちらりと少女の顔が覗く。
彼女の顔は恐ろしく整っていた。アーモンド型の大きな目に小さな唇、少し尖った鼻先。肩の上で切り揃えたまっすぐな黒髪と陽に焼けた肌が、賑わう人の中、浮き上がるように輝きを放っている。
距離があって聞き取れないが、何事か会話を交わす2人を、才女達は盗み見る。
「あの子、メチャ可愛い」
奈緒とフミが思わず声を漏らす。
「バカ加代にあんな友達がいるなんて」
「そんなに可愛いかしら。明るいとこだと大したことないんじゃない?」
才女が忌々しそうに言った。
彼女らをよそに、加代と謎の美少女は揃って歩き出す。
「どっか行く」
「ええ、どうするどうする?」
「よーし」
子分達を制して才女は言った。
「尾行するわよ!」
結局、ヒマな3人組である。