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おしゃま少女ヒゲグリモー  作者: オジョ
第9話「ハロウィンナイトオペラ」
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その4

 ハロウィン祭り当日の土曜日。

「やっぱ楽しくない。ただただ恥ずかしいわ」

 ナツは仏頂面で自宅の階段を降りてきた。

 つばの広がったとんがり帽子と、膝下まである黒いローブ。ローブの肩にはご丁寧に、丸くなって眠る黒猫のぬいぐるみが縫い付けられている。シンプルだが、加代のこだわりが随所に見て取れる衣装だ。

 そこにナツの黒髪と濃いアイシャドウが相まって、まるで本物の魔女のようだった。

「はははは、似合うじゃないか」

 階段の下、建物の1階はナツの祖母が営むバイク屋である。作業用のツナギを着た祖母が、首にかけたタオルで手を拭きつつ大笑いした。

「ホウキなら物置にあるよ」

「いらねえよ!」

 ナツは上がりかまち横の靴箱を荒々しく漁り出す。

「いいや、持ってきなさいよ」

 苛立たしげな口調でツバメが言った。

「あんたのせいで時間に遅れそうなんだから」

「ホウキが何の役に立つ……ねえ、ばあちゃん。私の黒いショートブーツ知らん?」

 一応それっぽい靴を合わせる気はあるらしい。

「だらしないねえ、いっつも片付けないんだから。それにしてもツバメちゃんの可愛いこと」

 ナツの祖母は振り返り、ツバメを眺めてにこにこする。

 ツバメもナツと同じ、全身黒の魔女衣装だが、黒ネコのかわりにドクロの首飾りを付けている。そして今日はトレードマークのツインテールをやめ、巻いた髪を下ろしていた。いつもの髪型では、とんがり帽子を被りにくいからである。

「あ、ありがとうございます」

 はにかみつつ頭を下げたツバメは、ようやく靴を見つけたナツとともに外へ出た。


 時刻は午後4時45分。

 西の空に沈んでいく太陽が、たなびく雲をオレンジ色に染めている。

 この時間帯の住宅街は人気がなく静かだ。

 少し涼しい風のなか、2人の魔女は駅に向かって歩き出した。

「この分だと3分半の遅刻ね。加代に連絡しておこうかしら」

 ツバメはローブの中に着たシャツを探り、スマートフォンを取り出そうとする。


 そのときだった。

 ツバメとナツのすぐ手前、左側。

 道に面した一軒家の勝手口が、錆びた音を立て勢いよく開く。

 歩きながら、何気なく中を見た2人は揃って足を止めた。

 そこにある扉は、ごく普通の民家の裏口である。しかし、その内側は真っ赤だった。

 赤いフィルムを通して見たような空間が、四角く切り取られたドア枠の内に広がっている。

 ズン。

 扉から大きな足が現れた。

 人だ。

 太い腿、巨大な腕、重そうな腹。赤い光を浴びながら、徐々に露わになる人影。

「なんだ、こいつ」

 狼狽する2人の前に立ったのは、異様な出立ちの大男だった。

 身長はおそらく2m近い。全身は丸みを帯びているが、しなやかな筋肉でできていることが見て取れる。

 頑丈そうな革のブーツと、面積の少ないピッタリとした衣装。剥き出しの胸や腕、膝下には剛毛が生えている。

 頭部は綺麗に剃り上げられているが、いかにも凶暴そうな顔の下半分は、黒々とした縮れ毛でびっしりと覆われていた。

「ああぁぁぁん⁉︎」

 大男はツバメとナツを見下ろし、濃い眉を歪ませた。

「おぉい、ガキども!」

 恐ろしく大きな声だ。ビリビリと空気が震え、まるで雷鳴のような威圧感が少女達にのしかかる。

「紺野ツバメっつうのはどっちだ? あぁぁああん⁉︎」

 男は落ち窪んだ小さな目で2人を交互に睨み付けた。


 この凶暴な巨漢は、どうやらツバメを狙ってここに現れたらしい。

 ナツはちらりとツバメを見た。

 ツバメは大男を正面で捉えたまま動かない。

「おぉい、どうした! 答えろガキぃ‼︎」

 男は唸り声を上げた。禿頭に浮かぶ青筋が、地上に迷い出たミミズのようにのたくっている。

「誰よ、あんた」

 やがてツバメが言った。

「紺野ツバメは私。だけど、あんたなんか知らない」

「あああぁぁぁあん⁉︎」

 大男は巨大な両腕を振り回した。小さな少女に生意気な口を叩かれたのが気に障ったらしい。フランクフルトほどもある太い人差し指をツバメに突きつける。

「お前がツバメか! この俺はなぁ、ビアード軍幹部が1人、ランボー・ボークン様だぁあ! 覚えておけコラァ‼︎」

 こいつがビアード?

 ナツは硬直しつつ、目を見張った。

 ビアードとはウィスカーの言うところの「悪の妖精軍団」、つまりツバメ達ヒゲグリモーと敵対する組織の名である。

 こんな奴らを相手にしているのか。ナツは驚愕した。

 聞けば既に1人倒したらしいが、ナツの想像する妖精は、たとえ悪とはいえ、もう少し可愛げのあるものだった。彼女の知る妖精がウィスカーだけであるため、これはしょうがないことである。


 ランボー・ボークンは尚も荒々しい声を上げる。

「おぉい、ヒゲグリモー! 今すぐウィスカーの居所を吐け! 言わなければ殺す! わかったか! あぁぁああん⁉︎」

 両手の指をバキバキと鳴らし、ランボーはツバメを見下ろした。

 激しい鼻息。今にも掴みかかってきそうな様子で、会話など通じそうにない。

 しばらく黙っていたツバメは、やがて口を開く。

「まったく何の話かわからないんですけど。ヒゲがなんて? 他の誰かと間違えてるんじゃないですか?」

 呆れたような口調でしらばっくれた。

 その物言いにナツは血の気が引いたが、直後ハッとする。

 ランボーと名乗る大男は、ツバメをヒゲグリモーだと目星をつけた上で、ここへ現れた。どこでどうバレたのか、それは当たりである。

 しかしこの男が確たる根拠を得ているとは限らない。シラを切り通して済む可能性が少しでもあるならやるべきだ。

 だからツバメは知らないフリをしている。と、即座にナツは理解した。

 だが、見るからに危険な相手に、普通は嘘を吐くことなどできない。

 ツバメの度胸と頭の回転の速さに、ナツは感心を通り越し呆れる。

「あああぁぁぁああん⁉︎」

 案の定、ランボーはまたも大声を上げた。ツバメの舐めた物言いに怒り狂っている。

「お前がヒゲグリモーだってことはわかってんだよ! 歯向かう気ならさっさと変身しろ! 勝負しやがれ!」

「何が勝負よ。意味不明」

 ツバメは怯まない。何も存ぜぬを通す気である。

「おいツーちん」

 ナツは小声で呼んだ。

「こいつヤバそうだぞ。こんな奴煽って勝てんの?」

「勝てるわけないでしょ。そもそもヒゲはウィスカーに返納してるんだから」

 ツバメは前を向いたまま、唇を動かさずに答えた。

「マジかよ」

 涼しい夕風の中、冷えた汗が頬を伝うのをナツは感じた。見れば、既にツバメの額にも玉の汗が滲んで光っている。

「とにかく相手にしないこと。それしか私にはできないの」

 ツバメは小さく言ってから、今度は声を張り上げた。

「これ以上変なインネンつけて騒いだら警察を呼ぶわよ!」

「警察ぅう⁉︎」

 言われたランボーは片眉を上げ、キョトンとする。そして爆音で笑い出した。

「ブワハハハハハハァ! こりゃおかしいや、この俺様がそんなもんにビビるかい! ハハハハハハァ!」

 ランボー・ボークンは突如、地を蹴った。その巨躯に似合わぬ俊敏さで突進してくる。

 次の瞬間、ツバメの胸ぐらを丸太のような腕が掴んでいた。

 衣装の裂ける音とともに、ドクロの首飾りが地面に落ちる。

「ぐおえっ」

 ツバメは激しく揺さぶられながら、くぐもった声を上げた。

「ツーちん!」

 ナツは叫んだが、動けない。釘で打ち付けられたかのように、足が地面から離れなかった。

「ナメた口ききやがって!」

 ランボーは腕を振りかぶった。

「いいか、紺野ツバメ! 3秒以内にウィスカーの居場所を言え! 少しでも過ぎればお前の豆粒みてえな鼻に拳を叩き込む! 痛えじゃ済まねえことはわかるよな、あぁあん⁉︎」

「ナツ」

 軽々と持ち上げられながら、ツバメは言った。

「逃げて」

 ナツは耳を疑った。

 こんな状況で他人の心配をするツバメが信じられなかった。

 ツバメは尚も言う。

「身に覚えはまったくないけど、こいつは私に用があるんだって。だからあんたは行って」

 しかし、ナツはやはり動けなかった。ガクガクと震える脚に力が入らず、彼女は地面にへたり込む。

 逃げることも、ツバメを助けることもできない。ただただ目の前の野蛮な大男が恐ろしかった。視界に立ちはだかるランボーの姿が、更に膨らんでいくように見える。

 否。

 恐怖による錯覚なんかじゃない。

 ナツは気が付いた。

 ランボーは大きくなっている。登場したときよりも全身が一回りほど巨大化していた。身長は明らかに2mを大きく超えている。

 なんだこいつは。

 見上げるような巨漢は、ふと気付いたようにナツの方を向いた。

「この俺様がそんなに怖いか」

 ランボーはヒゲに囲まれた口をニヤリと歪め、ツバメを放り出した。

「こっちに聞いた方が早そうだな。そうだろ、紺野ツバメ」

「や、やめて!」

 ツバメは叫ぶ。

「その子は関係ないでしょ!」

「こいつは関係ない?」

 ランボーは聞き逃さなかった。

「じゃあお前はヒゲグリモーと関係があるんだな⁉︎ ああん⁉︎」

「し、知らない! あんたは私にだけ用があるんでしょってことよ!」

「往生際が悪いぞ! そんなごまかしがこのオレ様に通用すると思うのか」

 ランボーはナツの目の前に立った。

 座り込んだまま声も出せないナツに向かって腕を伸ばす。

「いいか、紺野ツバメ! これが最後だ。ウィスカーについて知ってることを全て吐け。さもなきゃあ、この関係ないダチが八つ裂きになるぞ!」

 ツバメは拳を握りしめ、ランボーを下から睨み付けた。

「私は何も知らない。だからあんたに与える情報なんか1つもない」

 怒りに震える声で言う。

「でもこれだけは言っておくわ。ナツを少しでも傷付けたら、絶対に許さない。私が相手になるわ」

 ランボーはツバメに向き直った。

「バハハハハハハッ! やっとやる気になったか!」

 恐ろしい顔で笑いながら、両腕両足を広げ立つ。

「さあ、変身しろ!」

 ツバメはゆっくりと握り拳を作り、顔の前で構えた。

「来なさいよ」

「あぁ?」

 ランボーの顔から笑みが消え、みるみる赤く染まっていく。

 この期に及んでツバメは変身しようとしない。ヒゲグリモーなど知らないという姿勢を崩さないつもりである。

「いい度胸だな、クソガキ。ウィスカーに選ばれただけはある」

 ランボーは地鳴りのような低い声で言った。

「このままここでブチ殺してもつまらん。よし、場所を変えるぞ」

「は?」

「今からオレ様は駅前の交差点とやらで待つ。必ず来い」

 駅前交差点。

 それはツバメが向かおうとしていた場所、つまりハロウィン祭りの中心地である。

「な、なんでそんなところで……」

 突然の提案に、ツバメは動揺した。

 しかし、ランボーは意に介さない。

「オレ様を怒らせたお前には最高の舞台を用意しておいてやる。今日は見物客も多そうだ。もしお前が来なければ、一般市民がどうなるか想像できるな?」

「そんなの、私が行くと思うの?」

「ククク。オレ様はどちらでもいい。誰彼かまわずウィスカーの情報を聞いてまわるだけだ。少々手荒になるかもしれんがなあ」

「なんで勝手に話を進めて……」

「開始は5時きっかりだ。遅れるな」

「待ちなさいよ!」

 ランボーは不気味な笑みを浮かべつつ、後ろへ退がる。

 そして、元来た赤い扉の中へと消えていった。

 

 錆びた音を立てドアが閉まる。

 俄かに静寂を取り戻す道の上。

 ツバメはがくりと膝を落とした。

 よほど気を張っていたのか、気付けば息が上がっている。

「何だったんだ、あいつ……」

 震える声でナツが言う。

「知らない。けど、ビアードらしいわね」

「どうすんだよ」

「とりあえず駅前に向かう。どうするかはこれから考えるけど」

 何故ツバメがヒゲグリモーだとバレたのか。何故このタイミングで現れたのか。そして突然、戦う場所をハロウィン祭りのど真ん中に指定してきたのか。

 唐突な展開に頭が回らない。が、落ち着いて考えるヒマもない。

 ツバメはスマホを取り出し、時刻を見る。

「あ、あいつ! 5時って、あと5分じゃないのよ!」

 ツバメは立ち上がり、走り出した。

「ここから駅まで、急いでも10分はかかるぞ! しかもツーちん、変身できないんだろ⁉︎」

 後ろからナツが叫んだ。彼女は走ることができない。

「会場には加代がいるのよ!」

 ツバメは振り返らず大声で返した。

 正直、ランボーとやらが何をしようがどうでもいい。だがもし奴の暴れ出した先に加代がいたら。そう考えると居ても立ってもいられなかった。たとえできることが何もなく、生身のまま立ち向かうことになろうとも。

 ツバメはローブの裾を捲り、長い影を引きながら走る。

 

 そのとき。

 後方から音がした。

 ドルルン。

 ドルルルルン。

 獣が唸るような低い響きが、住宅街の静寂を破って近付いてくる。

 バイクのエンジン音だ。

 そう気が付いたツバメは、走りながら道の脇に寄った。前を向いたまま、早くも息を切らしつつ全速力で地を蹴る。

 しかし、爆音を鳴らすバイクはツバメを追い抜いていかず、やがて彼女の隣にぴたりと並んだ。

「どうしたんだい、ツバメちゃん」

 名前を呼ばれたツバメが振り返ると、派手な大型バイクに乗った、黒いジャケットとヘルメットの人物がこちらに顔を向けている。

「まーだこんなとこにいたのかい? 約束の時間に遅れちまうよ」

 フルフェイスのシールドを持ち上げてみせたのは、ナツの祖母だ。

「お、おばあさん。どうして」

 ツバメは肩を上下させながら立ち止まった。

「仕事終わりの散歩だよ」

 ツバメの目の前でバイクを停止させ、ナツの祖母は言った。

「おい、ばーちゃん! なんで私を追い抜いてくんだよ」

 青白い顔のナツがふらふらと追い付いてきた。たったの100mほど急いで歩いただけで苦しいらしい。

「こんなとこで油売って。ナツがまた何かをめんどくさがったんだろ!」

「違えよ!」

「まったく、しょうがないねえ。いいよ」

 彼女は親指でシートの後ろを指した。

「2人とも乗りな。駅まで連れてってやるよ」

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