森の襲撃②
「……そろそろ撒いたか」
後方に敵の姿が見えないことを確認し、馬車の中の全員が安堵の表情を浮かべる。
「しかし、君は強いな。リケルと言ったか」
安心した雰囲気が流れ、全員が自己紹介を終えたところでアッシュが感心した声で言う。
「一体どんなステータスを持っているのか知りたいところだな」
「はは、やめてくれよ。それにステータスなんて強さの参考程度にしかならないさ」
彼が言ったことは、半分本音、半分が自分の不自然なステータスを隠すための誤魔化しだった。
この国では15歳になると神から一人前の大人になったと認められ、能力とともに自身のステータスを与えられる。
ステータスには力や体力など、自分の強さが数値化して表示されるのだが、この国ではそれを強さとして認めることはあまり推奨されない。
ステータスに載っていることはせいぜい身体的な強さのみであり、精神的な強さ・技術・装備などを鑑みれば、ステータスのみではとてもではないが強さを指し測ることは出来ない。
そのため、ステータスはギルドに登録する際に強さを示す指標の一つとして登録される程度のものなのだ。
当然、あまりに数値が高ければそれのみで圧倒的な強さを表すことにもなるのだが。
「確かにそうだな。しかし、君は本当に強いようだ。
身のこなしといい、礼儀作法といい、王国騎士団にぜひ推薦したいものだが……」
「悪いが、今は仕える相手がいるんだ」
料理食材の調達役としてだけどな、とリケルは心の中でつけ加える。
「その人に恩を返してからということなら考えておく」
表面的には冷静な態度を取りながらも、リケルは内心複雑な気持ちでいた。
王国騎士団に入ることは小さい頃からの憧れであり、両手を上げて喜びたいほどの申し出であったがそれと同時に現在は戸籍のないようなものである自分が騎士団に所属できるのか、という否定的な思いもあったからだ。
「私からもぜひお願いしたいわ。それによく見たらいい顔をしているし」
「やめてください、姫様」
からかい始めたアレシアに、はしたないとアッシュが注意する。
うふふと笑うそんなアレシアの態度にリケルは違和感を抱いていた。
年齢は知らないが、姫という割には大人びている。これでは姫というより女王ではないか。
それに、父から王族の家系については教えられていたが、アレシアという名は聞いたことがないのだ。
もしかして隠し子でもいたのか、それならなぜ姫になれているのか。
自分が地下にいた間には「反転」も起こった。
それとも何か関係があるのかもしれないとリケルは心に留めた。
「さて、もうすぐで都に到着する頃です。
先程の影狼の件は騎士団に報告しておきます。
Bランク出現ともなれば討伐の必要がありますから」
アッシュのその言葉にリケルはまたもや違和感を覚える。
もうすぐで都?
先程から景色を見ていると、とてもそうは思えない。
周りの木々はより茂り、生き物の気配も全くしない。
人のいる街に近づいているのならむしろ明るくなっていくのではないのか。
ふとアレシアの顔を見ると、彼女も同じ疑問を持っているようだった。
「アッシュ。さっきからどんどん魔力密度が濃くなっているわ。これじゃあまるで街に戻っているというよりも奥に────」
彼女が言い終わる前に、突如馬車が停止した。
慣性に従って3人が馬車内を転がる。
「ちっ、敵襲か!」
アッシュが慌てて馬車から顔を出す。しかし、
「──敵が見つからないぞ!リケル!敵が潜んでいるかもしれないから姫をしっかりと守っていてくれ!」
分かった、と答えるリケルだが、その目は疑問に染まっている。
仮に今馬車が停止した原因が敵襲だとして、なぜこの馬車は奥に向かっていたのか。
御者が方向を間違えることなどあるのか。それとも────。
確認する必要がある。リケルはアレシアからは目を離さずに御者へとたどり着き、声をかけた。
「無事か!一体何があったんだ。なぜこんな場所に……」
「いえ、それが、なにも分からなくて……」
とても困惑した様子で御者が答える。
しかし、五年間凶悪犯達と過ごしたリケルには彼の嘘は通じなかった。
「あんた、何か隠しているだろう。
本当に何も知らない奴がこんなに冷静に話せるわけがない。
それに、その怯え方は不自然だ。まるで、影狼とは別の何かを怖がっているように見える」
図星を突かれたのか、御者が目を泳がせるが、リケルがここで言わないと君諸共死ぬぞと言うと、口を開いた。
「い、依頼されて……」
「誰にだ」
「それは」
そこまで言ったところで彼の首が飛ぶ。
その首を切った正体は、影であった。
馬車の下から伸びてきた影が鎌のような形をとり、確かな斬れ味を持っていた。
「閃光ッ!」
アッシュが魔法を唱え手から強烈な光を発すると、影は姿を消した。
しかし馬車下の影は未だに蠢いている。
「逃げるぞ!俺が御者を務める!君は炎か光の魔法で追ってくるやつを足止めしてくれないか!」
「いや、それは……」
彼には魔力がない。
しかし、それは自身がこの国における背徳者であることと同義である。
故にそれを言い出すことができずにいたリケルだが、そんな彼の小さな呟きはアッシュには届いておらず、馬車は出発する。
「──ちっ、いきなりか!」
馬車が動き始めてから間髪入れずに中に影の刀が入り込んでくる。
それに向かってリケルは思い切り拳を振るが、空振りに終わる。
「やはりダメか……しかし、これを止める手段は……」
「閃光!」
アレシアの手から閃光が放たれる。
馬車内の影は姿を消したが、外から続いて影が入ってくる。
「もしかして、炎か光の魔法を持っていないのですか!?
しかし、私の魔力も長くは……きゃっ!?」
手から続けて閃光を放つアレシアだが、徐々に速度を増す影の動きに対応できず、頬に小さな傷ができる。
(そうか、日が暮れ始めているからやつも徐々に力を増しているのか……)
せめてもの抵抗に馬車内にあった蝋燭を振っていたリケルだが、それもすぐに弾かれてしまう。
「ダメだわ、このままじゃ街まで間に合わない……!」
そういう彼女の体には徐々に小さな傷が増えている。
このままではいずれ体中が引き裂かれ、命を失うことになるだろうことが容易に想像できる。
そして、リケルも限界であった。
魔法での抵抗をしていない彼のダメージは比較にならないほど大きく、またアレシアへの攻撃を肩代わりしていることもあって既に満身創痍だ。
そして、限界はすぐにやってくる。
ひとつの刃がリケルの左胸を的確に捉えて伸びる。
それをスローになった視界で見つめながらも、彼は抵抗する手段がない。
彼の命は、地下を出てわずか2日で終わ「閃光!」らなかった。
声のした方を見れば、アッシュが無茶な体制で魔法を放っている。
片手で馬を操り、片手で魔法を放つ彼はいつ馬車から落ちてもおかしくない状態だ。
そして、影がそんな彼を見逃すはずもなかった。
「ぐはっ!」
影がアッシュの胸を横一文字に引き裂く。
力を失った彼は馬車から転落。制御を失った馬は暴れ、近くの木へと激突。
馬車は乗り物として意味をなさないほどに壊れ、三人は地面に放り出された。
「アッシュ!」
リケルが彼に駆け寄る。
アッシュの胸からはとめどなく血が溢れ出し、今すぐに治療をしなければ死ぬことは免れない重傷であった。
しかし、当然この場に医者はいない。
医療魔法も使えない彼はひとまず来ていた服を包帯のようにして巻いたが血は依然として勢い衰えず。
そんなリケルの頭には、たった一つの感情が渦巻いていた。
────怒り。
アッシュを攻撃した影狼に対してではない。
騎士の家系として、誰かを守るために生まれた身として、出会ったばかりとはいえ1人の友を守れず、次はこの国の姫すら失おうとしている、そんな自分にひどく腹が立った。
だから、腕に受けた噛み傷の痛みを感じながら、リケルはこう呟いたのだ。
「復讐だ」