相性抜群
「俺が思うに、あの紙人間はどれも本体じゃねえぜ、リケル。
俺があいつならわざわざ本体をどれか一つに紛れさせるなんて危ない真似はしない」
息も絶え絶えなラフトが語りかける。
全身の切り傷からの出血は止まっておらず、失血死に至るのも時間の問題かもしれない。
そんなラフトの肩をおぶり、正面を見据えたままリケルは答える。
「ああ、それに『紙人間』なんてしょぼいもので済むわけでもなさそうだ」
彼の見つめる先────紙人間は残った紙片を使って各々剣・斧・槍などの紙製武器を生成している。
恐らくは先程の盾のように鋼鉄並みの硬さを持ったものだろう。
「お前がさっき使ってた魔法であの紙を操る魔法自体を破壊できたりしねえのかよ?」
「残念だが、それは難しい。
俺の腕では束縛魔法や洗脳魔法のような魔法核が動かない魔法しか破壊できない。
さっき使おうとしてたのは、ヤツの右手を俺に向けさせるためのハッタリだ」
この刀は別に魔法を使う時に白く光ったりはしないしな、とリケルは付け加える。
「……仕方ねえ。これはあんまり使いたくなかったんだけどよ」
「……?」
ラフトが手袋を外す。
血で指を滑らせながらも器用に手袋を放り投げる。
「俺の『能力』……まだ見せてなかっただろ」
「なるほど。そういうことか」
ビックリマークの後、リケルの表情に余裕ができる。
「いつまでおしゃべりしとるんじゃ〜?
私語厳禁、この『棺』の掟じゃぞ……!」
どこから発せられたかも分からぬ声と共に、紙人間が急接近。
「ラフト、動けるか……?
とりあえず逃げなければ────」
「おいおい、話聞いてたか?
いいからちょっと見てろよ」
「いや、まずい!いくら『能力』があるからといって、あの強度の武器持ちを何体も同時に相手するのは──」
紙人間は全てにラフトの目前まで迫っている。
強引にラフトを連れて逃げ出そうとしたリケルだが、彼のあまりの自信に思わず対応が遅れる。
紙の刃、紙の槍、紙の鎌がラフトを襲う。
人の命を奪うのに十分すぎるほどの強度を持たされたそれらが彼の皮膚に触れ、引き裂く────
「『軟質化』」
─────ことはない。
「わ、わしの武器がっ!?」
ラフトに触れた武器は、全て崩壊していた。
子どもの作るおもちゃのように紙を貼り付けあって作られていた凶器は、その糊付け役を失い、ただ空を舞う紙切れと成り果てている。
いや、凶器だけではない。
ラフトの『能力』はドミノ倒しのように武器から指へと伝わり、紙人間の両手も瓦解しかけていた。
「これが俺の『能力』だ……柔らかくするなんてダサい能力、あんまり見せたくはなかったけどよ」
苦笑いを見せながらラフトが膝をつく。
「けど、俺もダメージが大きい……こうやって反撃するくらいしか出来ねえぜ……」
リケルが唾を飲み、刀を構える。
「ああ……お前の『能力』には面食らったが、こっちから近づけないんじゃあ意味がないな。
いや…………むしろ状況は悪化しているみたいだ」
紙人間の両掌が完全に崩壊する。
しかし、加速度的な崩壊は止まらず、肩の方までは紙切れとなっていた。
「なっ……!?俺の能力はあそこまで強力なモンじゃねえぞ……!」
リケルの額で汗が反射する。
「ああ。結局さっきと状況は変わらないってわけだ」
紙人間の崩壊はなおも止まらず、瞬くうちに全身が紙切れとなって宙を舞い始める。
「おいおい、まさか────」
────束の間の静寂。
ラフトが瞬きをする。
血で固まった睫毛を擦りながら目を閉じ、開けた瞬間。
(俺の予想は当たってやがった……!どれも本体じゃないってのは確かだ!
けどよ……こんなにも……こんなにも理不尽な魔法があっていいのか……?)
────視界を埋め尽くす紙片。
一度は人の形を成していた紙切れは、崩壊すると共に再び紙魔法の勢力下に入り、統率された魚群のように空を巻い始めていた。
そして、ラフトが見たもの────それは、彼ら二人を台風の目のようにして大きく囲いこむ、紙の台風とでも呼ぶべき代物であった。
台風を構成しているのはただの紙切れで、そこを出るのに向かい風などは存在しない。
しかし、魔法で強度を上げられた数万枚の紙が渦巻く中に突っ込むことは、無謀以外の何者でもなかった。
「おい、リケル、俺、嫌な予感が」
「そう言っている間に来るぞ」
リケルの言葉通り、台風を構成していた紙片の十数パーセントは既に、紙の群れを外れている。
「ラフトはあと一撃あれを食らうと死ぬ……!
しかし、どこからくるかもわからず、文字通り手数が多すぎるあの攻撃を防御するのは……」
リケルの頭は回転を続けているが、救世主のような名案は生まれない。
「『魚群紙』」
統率された紙群が刃を向けて二人を襲う。
「ラフト、お前の魔法で盾は生み出せないか……!?」
リケルが大声で呼びかける。
返事がない。
「ラフトっ!────まさか、失血で気絶して────」
後ろのラフトに気を取られたリケルが前を向くと、既に魔法は目前。
このまま防御し続けていても勝ち目はない。
傷は『能力』で治ったとしても、体力の消耗は戻らない。
かといって攻撃に動けば、ラフトは確実に死ぬ。
苦渋の選択肢の中、リケルが選んだ答えは──────────
「『乱風』ッッ!」
どこからともなく吹いてきた突風に、紙片の統率が乱れる。
勢いを失った紙片は再び台風を構成する紙の一部となるのみだ。
「な、なにが起きた……?」
リケルが辺りを振り返るが、誰もいない。
しかし、遠くから響いてくる奇妙な叫び声はたしかに耳に届いている。
「……上か!」
ハッと見上げるリケル。
小さな点……いや、人影があった。
「ぉぉぉぉぉおおおおらああっ!」
────特に何をするでもなく、雄叫びを上げながら着地する大男。
「おまえ……どうして……!」
大男は背を向けたまま振り返らない。
「ギルドマスターだとか任務だとか汚職とかスパイとか、もうややこしくて分かんねぇんだ」
大男は鼻をこする。
「だから、おれは、俺が今一番憧れてる男についていくことにした」
斧を取り出し肩に担ぐ。
大男が再び声を上げた。
「暫定無職!力だけは誰にも負けない大男バルド様の登場、だぜ」
いつもよりも少しだけ控えめな声で、バルドはそう名乗りを上げた。