真実
「ソニアは……どこだ?」
リケルの顔が歪む。
それを無表情で見つめる主人。
その意図は分からなかった。
それでも、質問に対する返答は1文字違わず予想できた。
「死んだよ」
リケルは身体中に電撃が走るような感覚を覚えた。
主人の────いや、ラフトの言っていることが全く分からない。
「死んだってどういう」
「目の前で連れていかれた。もう2時間は前のことだ。
処刑の時間だって言ってたから今頃はもう……」
リケルが首を振る。
「いや、処刑は昼って…………」
「そりゃ慣習的な話だろ。
あいつが衛兵たちに連れてかれたのは確かだ」
「なんで……そんなに冷静なんだよ……!」
リケルが膝から崩れ落ちた。
指に入れた力で地面が割れる。
「俺が……冷静に見えるか?」
ラフトは顔色一つ変えない。
「冷静か…………確かにそうかもしれない。
いつかこうなる事は分かってた。
だから、別にお前のせいにするつもりもないんだ、リケル」
そこまで言ってラフトの顔が初めて歪んだ。
しかしそれは、決して自分の娘を失った悲しみによるものではない。
そこにあるのはただの諦念だ。
まるで、悲しみなどはとうに経験していて、その上でそれを甘んじて受け入れているような顔。
「もう、全部知ってるんだ」
リケルは下を向いたまま話し始めた。
「…………そうか。なら話は早い」
リケルにとって意味のわからない返答が返ってくるが、それを聞き返す余裕は彼にはない。
「お前がソニアの仇を取るんだ。
あの娘を────アレシア・フェニケスを殺せ」
「は?」
「あの女が全ての元凶だ。
これ以上悲劇を起こさないためにも、奴は殺さなければ──」
反射的に掴んでいた。
彼の胸ぐらを。
「意味わかんねぇこと言うなよ、ラフト」
彼の鬼気迫る表情を見ても、ラフトは首を傾げるばかりだ。
いや、ラフト自身も怒っていただろう。
「なんでわかんねえんだよ……ッ!」
素早く飛んだラフトの拳がリケルの顔にめり込む。
思わず手を離しよろけるリケル。
「全部知ってるってんならなんで理解出来ねえんだ!?
二年前────ソニアは王子殺しの罪を着せられて王族から追放されたっ!俺が助けなかったら死んでた!
全部あのアレシアがやったことだ!
あの女がソニアを嵌めたんだよ……!」
「真実は確かめないと分からない」
「確かめるもクソもねえだろうが!
俺が証人だ!ルーブランの野郎も手を組んで────!?」
いきなりリケルがラフトを突き飛ばす。
「てめえ!いきなり何しやがん────」
ラフトは絶句した。
リケルの頬にできた切傷に、ではない。
その傷を生み出した人物────リケルが睨みつける先に立っている、白髪の老人を見て絶句した。
ルーブランとは違い、高齢とは思えないほどに全身を筋肉で覆った老人。
────何よりの驚きは、彼の周囲を渦巻いている大量の紙吹雪だった。
「何やらうるさいんで来てみれば────貴様ら脱獄者か?」
仁王立ちの老人が唸りのような太い声で話す。
当然それに応じる者はいない。
「『武現・斬式』ッ!」
魔法で生み出した剣を右手にラフトが肉薄する。が──
「『魚群紙』」
「くっ……!」
老人が指を鳴らすと、彼を取り巻いていた紙が一斉にラフトに向かう。
さながら自動照準の紙の矢のようである。
剣を立てて周りが見えなくなるほどの無数の紙に歯を食いしばるも、ラフトの身体には深くない傷が刻まれ続け、少しずつ押され始める。
「まずい……相性が悪すぎるッ!
炎の魔法が使えれば────」
ああだこうだと思考しているうちに、風を切る音がしなくなっていることに気づく。
ラフトはいつの間にか紙の暴風が止んでいることに気がついた。
「魔力切れか?……いや、あれは……!」
リケルである。
彼が老人の至近距離まで飛び込み、ボディブローを食らわせていた。
「紙は攻撃か防御……どちらかにしか使えないようだな……
奴を殴る直前、ラフトへの攻撃にあたっていた紙が防御のために戻ってきた」
そういいながら拳を握り直すリケルは、あまり手応えを感じていなさそうである。
「ひゃー、今ので三千切れは吹き飛んだわい。
補給、補給と」
ビリ、ビリ、と気持ちの良い音を響かせながら、老人が立ち上がる。
彼が胸元から取り出した紙はその手で破かれるとすぐ、勝手に紙吹雪程度の大きさに破れていき、彼の周りを取り囲む紙片の一部となる。
「さ、第二ラウンド開始、ってとこかのう」
口角を鼻のあたりまでつりあげ、不敵に笑う老人。
リケルは数日前の記憶を辿っていた。
(そうか……思い出した……!
バルドが言っていた『棺』を守る化け物みたいに強い白髪の老人……!
てっきり俺は早とちりしてルーブランのことかと思っていたが、そうじゃあない!
『棺』を守ると噂になっているということは、当然普段から『棺』にいる人間であるはずだ……
つまり、それはルーブランではなく────)
「ほれ、馬鹿の一つ覚えじゃ」
老人が手を動かすと、先程と同じように紙吹雪が群れを為してリケル達に突撃する。
横を向いた竜巻のように回転する紙片は、どれも尖った角をリケル達に向けている。
「リケル!色々言い合いてえこともあるが、今は────」
「ああ、まずはこの老人をなんとかする」
リケルが刀を抜く。
同じように、ラフトも剣を構えた。
「久しぶりに威勢が良いのが来たのう……!」
老人は、やはりまた口角をつりあげて笑っていた。