不完全な再会
事態は六年後へ─────リケルはルーブランから聞き出した通路を使って地下牢へと向かっていた。
ルーブランは既に拘束を解いて解放済みである。
────アレシア様を、救ってください。彼女は無実なはずなんです────
別れ際に言われた言葉を思い出すリケル。
「約束したはいいが、やつの記憶を見る限りだとアレシアはまるで黒────」
リケルが立ち止まる。
もういくつ開けたかも分からない扉を蹴り飛ばすと、五年間見慣れた風景があった。
目の前に広がるのは、先が見えないほどに長く続く牢屋。
牢屋は中の人間を監視するために格子状にはなっているが、透明な物理結界によって、部屋の外に指一本出すことも不可能となっている。
一つの部屋に閉じ込められた複数の男が地面から響いてくるような呻きをあげ続けているその部屋は、まさに『棺』の名に相応しい光景だ。
「この光景……懐かしいな。
とは言ってもまだ一ヶ月も経っていないが」
リケルは一つ一つの牢屋を確認しながら前に進む。
「おい、てめえ!ここを開けやがれ!」
その中の一つの部屋から怒声が響いた。
声を上げるその顔を見たリケルは、目を丸くする。
「…………なんだ、リースか」
「あ!?てめーみたいな若造がなんで俺の名前知ってんだよ?」
リースと呼ばれた男が眉をしかめる。
リケルもまた不思議そうに眉を寄せている。
「なんでも何も、俺達の仲だろ?兄弟。
それに、人のことを若造と呼べる年でもないだろう」
「気安く呼ぶんじゃねーよ!
俺の兄弟は一人だけだ!」
「ああ、だからその兄弟が俺だと言っている」
「はっ」
頑なに兄弟を主張するリケルに、もはや対話をすることも諦めたのか、リースはため息をついてから床に寝転がってそのまま無視を続ける。
リケルにとっては見知った旧友のようだが、当の本人はリケルのことに気づかない。
「…………なるほど。
そういえば、あの頃から見た目が大きく変わっているんだったか。
リースにも気付いてもらえないとなると…………ローゼンさんを探すか。あの人ならきっと────」
「おい、てめー。今なんつった?」
リケルの独り言を耳に入れながらも無視を続けていたリースが、耳をぴくりと動かした。
「ローゼン先生がなんだって?」
「寝るんじゃあなかったのか?」
「うるせえ。殺すぞ」
リースの眼光が光る。
彼の根元から中間にかけては白、そして毛先に近づくほど赤みを増していく炎のような髪色と、刃をそのまま顔に貼り付けたかのような鋭い目は、その二つだけで大抵の男を黙らせてしまうような迫力を持っていた。
「おめーみてーな坊ちゃんがよォ────なんでローゼン先生のこと知ってんだァ?
お友達ってわけでもねェだろ────『さん』を付けてるってことはよォ?」
膝を立てて座り直すリース。
「知っているも何もないだろう。
俺達の師匠だ。忘れるわけがない」
「俺『達』だとォ!?
もう我慢ならねぇぜ…………これ以上侮辱すんじゃねえ!」
リースが立ち上がる。
一触即発────いいや、既に『即発』済みといったところか。
結界魔法を隔てているものの、彼の全身からは近づきがたい迫力を感じる。
「ローゼン先生の弟子は二人だけだ!
この俺と─────」
「リケル────が、俺だが?」
「なっ!?」
激昂し右手に魔力を集め始めたリースを見ても、なおリケルは動じない。
その攻撃に応戦する代わりに、リケルは右手で聖気の球を作ってみせた。
彼自身がそのリケルであるという証明のためだ。
「そ、そんなの証拠にならねぇっ!
この世界に聖気使える人間が何人いると思ってんだ!?」
「もういいだろ、リース?
本当はお前だって薄々気づいているはずだ。
────久しぶりだな」
──人の使う魔法には『癖』がある。
同じ魔法を使うのにも、魔力の形や色に大きさ、粘度、果てには匂いにも違いが生まれる。
そしてそれは『五気』のうちの一つである聖気も同じである。
「…………はっ、そうだな。間違いねェよ。
こりゃ明らかにリケルの聖気だ」
リースがまた床に座り込む。
呆れた、といった態度だ。
「けどよ、だからって感動の再会ってことにもならねェだろうよ。
いきなり脱走したかと思ったらひと月もしねェうちにイメチェンして戻ってくるなんて、普通に考えて意味わかんねぇ。
それとも爪を剥がされる快感が忘れられなくて戻ってきたのか?」
あぐらをかいて頬杖をつきながら話すリース。
「相変わらずの軽口だな。
だが、とにかく事情があるんだ。
後からしっかり話すから、今は何も言わず協力してほしい」
「は、てめェらしいな。
それで、何を協力すんだよ?
この結界魔法とやら、つい一週間前から貼られてるみてェだけどよ、正直俺でも割るのは少し手間がかかるぜ?」
一週間前────。
その言葉でより確信を強めたリケルは、質問を投げる。
「ああ、ちょうどその一週間前に二人組がここに放り込まれなかったか?
肩幅の広い男と、19歳の黒髪の女性だ」
「────なるほど。それなら確かに見たぜ。
たしかF-287あたりに容れられてたはずだ」
「そうか。ありがとう。
すまないが、先を急いでいる。
ローゼン先生にもよろしく言っておいてくれ」
「いや、先生はもういねェよ」
言われた通り、F-287という番号が割り振られた牢屋に向かおうとしたリケルだが、リースの言葉に足が止まる。
「俺はてっきりおめーが何か知ってるのかとばかり思ってたぜ。
先生はお前が脱走した何日か後、姿をくらました」
「────そうか。
その件についても、また後で話そう」
「ああ。少なくとも知ってることは全部話してもらうぜ」
特に合図や挨拶もなく、リケルは暗闇に走り抜けていく。
その背中を横目でみながら、リースはまた眠りについた。