危険な人選
「諸君。
良くぞ来てくれた」
王の威厳が部屋全体を鋭く包む。
召集がかかることはそう多くない。
ルーブランの経験上、数十人規模での召集の理由など、他国との戦争か大臣の交代くらいだ。
そして、今回もその例に漏れなかったようだ。
「外務大臣のルノワが殉職となった」
「──!」
ルーブランは周りよりも一層顔を強ばらせる。
(そうか……彼奴も逝ったか……)
王国内の主要人物の多くは既に世代交代を終えている。
しぶとくも王を支え続けた外務大臣も、齢80にしてその役目を終えることとなった。
それは、ルーブランにとっては出し抜けな旧友との別れであった。
「感傷的になるのは後じゃ。
今は、新たな外務大臣の紹介を先とさせてもらう」
「紹介……?」
部屋がざわめく。
通常、新たな大臣の決定は数回の会議を経て行われる。
また、このような緊急招集の形ではなく事前に通知を済ませた上で、形式的な儀式として任命式が執り行われるはずであった。
つまりは、『紹介』という言葉自体、全くの異例である。
「正直に言うと、我が国の外交における手札はそれほど多いとは言えぬ。
隣合っている帝国や共和国を除けば世界の情勢も分からぬのが現状じゃ。
そこで、彼の志願により、急遽外務大臣の変更に至った」
王が目配せをすると、まるで上着掛けのように背筋を伸ばし立っていた男が王の前に立つ。
見た目は30代くらいだ。よく整えられた髭が似合っている。
「────彼の名は、バラム・S・グリーリッシュ。
生まれの地こそ帝国だが、儂は彼がまだ子供の頃から面識はある。
決して間者などになるような人間ではないので、無用な心配は避けるように」
部屋に充満していたざわめきはより一層強さを増す。
「帝国生まれだって?」
「そんなやつが何のために王国に……」
「それはそうとハンサムな顔ねぇ」
遠慮を知らない噂声に、ルーブランが眉に皺を寄せる。
王は感情の読めない顔で場が静まるのを待っている。
「国王陛下。失礼ながら、少しの発言をお許しいただいても」
「うむ、かまわぬ」
国王に対して跪き下を向いたまま男は許可を求めた。
バラムはゆっくりと王に背を向け、招集者達の前に顔を上げる。
「────皆様。私に対する懐疑・憂懼の目は、十分に理解しております。
今すぐに私を信頼してくれとは言いません。
ただ、王国に誓ったこの紋章に免じて、どうかこの場は収めていただきたいのです」
台詞と同時にバラムが右手を天に掲げる。
やや大げさな動作で上げられた手の甲には、紅い鳥が刻まれていた。
「なるほど」
ルーブランが頷く。
体の一部に刺青を入れるのはあくまで帝国の文化であり、本来ならば王国では忠誠の証にはなり得ない行為である。
しかし、帝国で生まれたというこの男がするのならば、王国の象徴である紋章を身体に刻むという行為は、確かに彼を信頼しうる証拠になるのだ。
バラムの声明に一度静まり返った人々も、彼の決意を目にした後は誰も後ろ向きな事を言おうとしなかった。
先程まで口うるさく噂していたものの、いざ賞賛の時となると大盛り上がりとまでは声をあげない。
しかし、部屋には確かに悪くはない雰囲気が漂い始めていた。
「素晴らしい。下がって良いぞ」
バラムは面前の聴衆と王に1度ずつ礼をすると、定位置に戻る。
旧友である前外務大臣を失い懐疑的だったルーブランも、認めざるを得なかった。
少なくとも、今ここで新任に反対する理由を失ってしまったのである。
「今日はこれで以上だ。
正式な着任式は後日執り行う」
国王が自室に戻るまでの静寂が終わると、縄が解けたかのようにうるさくなる室内。
それでも招集された役職持ち達は列を崩さずにぞろぞろと扉を抜けていく。
(なんだか嫌な予感がする。
あの男、アレシア様に悪い影響を与えなければ良いが…………)
人で溢れかえる廊下を歩きながら一人思案を巡らせるルーブラン。
彼の予想は結局最後まで結論に辿り着くことはなく、次の日の朝には頭の片隅に片付けられていた。