始まる日常の蝕み
ルーブランがラフトに付いてから約半年が経過していた頃。
色とりどりの花々が笑う草原で、二人の男が話していた。
片方は少し伸びた茶髪に白のシャツ、その上に黒いベストを着て、背中には大きな両手剣を背負っている。
もう片方は老人である。
半年間の護衛と稽古によってところどころにできた傷は、正確な幅で縫われた跡によってむしろ執事服にアクセントと哀愁を加えているようだ。
「アリア様のお腹もすっかり膨らんだな」
「ああ。俺達もより一層気を引き締めるべきだ」
「馬鹿者。外では敬語を使えと言っているだろう」
へへ、とラフトは楽しそうに笑う。
ルーブランもそれを叱るでもなく、花を摘む女性を目を細めて見つめていた。
「アリア様。お調子はどうですか?」
「ええ、大丈夫よ、ラフト」
アリアは屈託のない笑顔で笑うと、二人の元へ歩み寄る。
「アリア様、そろそろ。お体に障ります」
ルーブランが忠告すると、アリアは珍しく、素直に頷いた。
「……ええ。そうね」
「……?何か、気になることでも?」
何か引っかかったことがあるかのように斜め上を見つめるアリア。
しかし、その顔も直ぐにまた、いつもの笑顔に戻ってしまった。
「なんでもないわ。行きましょ」
2人の手を引いて歩くアリアに、ラフトも笑顔で応じる。
ルーブランだけは、そんな日常が、なぜか不幸の前触れのように思えてならなかった。
「────なるほど。
お前の弟子との関係も良好になり、妊娠した彼女と三人で幸せな生活を送っていた────と」
リケルが呟いた。
「ええ。その通りでございます。
そしてその1ヶ月後、無事にアレシア様は御誕生なさりました。
双子である────ソニア様と一緒に」
全身に傷を負ったルーブランの眼は、魔法で刻まれた青い十字架模様は失ったものの、今度は底知れぬ後悔で埋まっているように見える。
「その後のことは、リケル殿が読み取った通りでございます」
既に真実を知ってしまったリケルは、ルーブランと同じ表情をする他ない。
現役を引退した一人の老人には、到底背負い難い真実が、そこにはあった。
アレシアとソニアが共に生まれてから12年が経った頃だった。
ルーブランは数年ぶりに王からの招集を受け、王宮内で一定以上の要職に就く者達と共に、王室に集まっていた。