私だけの騎士
────いつからだろうか。
歩む道を間違えたのは。
あの方に恩のある身として、彼女の生き写しであるアレシア様を一生守るつもりだった。
例え世界の誰が敵になったとしても、私だけはアレシア様の側近として、彼女を守り抜くと約束したはずだった。
────他の何を犠牲にしたとしても、だ。
それが、なんだ、このザマは。
戦闘経験皆無な若造一人、倒せないじゃないか。
こいつはこのままアレシアを殺しに行くだろう。
少なくとも、彼女が今の王座からは程遠い、ろくでもない地位にまで落とされるのは明らかだ。
あの大臣をも上手く説得して、なんとかここまでアレシアの居場所を守り抜いてきたのに。
全てが崩れる。今まで歩いてきた道が、全て泡となって霧散していくのだ。
しかし、今からどう足掻いても仕方がない。
既に自分は首元を刀で斬られ、死んでいるのだから────。
(すみません、アレシア様…………どうか……生きて……)
「おい、起きろ」
「…………なっ!?」
リケルの頬打ちでルーブランは目を覚ます。
まだ何が起きたか分かっていない様子だ。
「なぜ……私は…………」
縛られた自分の体を見つめ呆けるルーブランに、耳元と右手から血を流すリケルが再び頬を打つ。
(そうか……私は生かされた……いや、生かされてしまったのか……)
「お前にはまだ聞きたいことがある」
「……」
ルーブランが口を噤む。
「手荒な真似をするつもりはない。
なぜソニアをさらったか。ついでに地下牢への入り方も話してもらう」
「……無駄ですぞ」
ルーブランはちらりとリケルの背後に目を向ける。
彼の使っていた刀は遠くに放られていて、とても取りに行って反撃を狙える距離ではない。
彼は諦めたように、目を閉ざした。
「はぁ……潔く話してはくれないのか?」
「ええ。────物理的に、不可能なのですよ」
「……!」
ルーブランの右目に青い紋章が浮かぶ。
────見覚えのある、十字架だ。
「私には口封じの魔法がかけられています」
「かけられている……?
お前が今回の主犯ではないのか?」
平静を保っていたリケルの眉がぴくりと動く。
「それも含めて、話すことはできませんな」
きっぱりと言い放つルーブラン。
「そうか……。
だが、どちらにしろ実行犯の一人ではあるだろう。
影狼に命令してアレシアを襲わせたのは────お前だろう?」
「────!」
ルーブランの目が見開く。
彼の瞳の紋章がより強調される。
「目的はアレシアを殺すことではない。
当然だ、お前とアレシアは繋がっているからな。
それなら、残る目的は一つ─────何も知らないアッシュの排除、だな?」
ルーブランの顔が見る間に歪む。
「あの時アッシュを連れて帰ったのはお前の魔法による馬車だ────ルーブラン。
あのまま彼は治療を受けずに死亡した────違うか?」
ルーブランが、耐えきれないといった様子で笑い出す。
「ははははははは、そうですか。
なるほど、実に面白い。これは傑作だ」
リケルは怪訝な目だ。
「ですが、貴方が何を仰ったところで、私は何も話せませんよ」
表情こそ笑っていたが、彼の心の中は既に悲壮で埋まっていた。
(そう……貴方は真実を知ることが出来ない。
アレシア様を救うことも────)
「話す必要はない」
リケルの右手が、見慣れた白い光に包まれる。
戦闘での消費が激しかったのか、先程までよりも光度はやや弱めだ。
今まで攻撃に使われていたそれを見たルーブランは、拷問をされるのかと身構える。
「真実を聞けないのなら、見るまでだ」
「な、なにを────」
閃光を放ち続けるリケルの右手の人差し指が、トン、とルーブランの額に触れる。
「聖気には聖気の技術がある。
魔法にできないことが…………できる場合だってある。
だが、それでも魔法には及ばない小さな力だ。
だから────」
リケルが左手を差し出す。
「─────お前の協力が必要だ、ルーブラン」
リケルの目が光る。
「ば、バカな…………私は敵ですぞ?
敵の協力を仰ぐ人間などどこに────」
「敵じゃないだろう。
アレシアを思う気持ちは同じだ」
「な、なにを……!」
すぐさま反論しかけたルーブランだが、彼の真っ直ぐな目を見て思わず押し黙る。
(こ、この若造……本気でアレシア様を救う気で……)
ルーブランは、リケルの真摯な態度にしばらく口を開くことができなかった。
「アレシア様を……殺しに行くのではないのですか?」
「何を言っているんだ。
こんなこと、彼女の本意ではないのは火を見るより明らかだ。
裏で操っている人間がいるのだろう。それくらいは分かる。
今は、それがお前ではないと分かった。
それならば、これ以上憎み合う理由もない。
何か…………間違ったことを言っているか?」
リケルの瞳は揺るがない。
そんな彼の姿を見て、ルーブランは自分が今までいかに馬鹿な考えをしていたか─────そして、最初からこの男と協力していれば、と過去の自分を悔やんだ。
しかし、彼も男だ。
今は悲観的になっている場合ではない、と自分を鼓舞。
「……いいでしょう。
好きなように、私の頭を覗くといい」
差し出された左手を握る代わりに、真っ直ぐと、リケルの目を見つめて、協力を受けいれた。
「────感謝する」
了承を得ると、リケルの右手が輝きを増す。
彼の脳内に、一人の老人の記憶が流れ込んできた────。
『聖憶視《À la fraternité》』
触れた相手の記憶を主観視点で見ることが出来る。
相手の承諾を得ることで使用可能となる。