激戦②
前述した通り、身体能力においては比べようがないほどにリケルの方が上である。
しかしながら戦闘経験がほとんどなく、魔法も使えない彼と相手とは大人と赤子ほどの断然たる差がある。
ゆえに彼が狙うのは一撃必殺。
どうにかして目の前の老人に隙を生じさせる。
どれだけ小さくても良いのだ。彼の攻撃がほんの少しでも入り込む余地さえあれば大ダメージを与えられるのは『ステータス』の差から見て明らかである。
(そして問題はあの刀をどうやって取り返すか、だな……)
リケルの使う刀は未だなおルーブランの足元に転がったままである。
『対魔』が使えなければ彼のバリアを破れる望みも薄く、当然ダメージを与えることは不可能だ。
(ならば……っ!)
覚悟を決めたリケルはついに老人に肉薄する。
数十、いや、数百を超える移動の後の攻撃だ。
当然、どこから来るか、いつ来るか予想などできるはずがない。
しかし、ルーブランには視えていた。
常人なら知覚することすら敵わないほどの速度を、野生の勘で見ていた。
彼の後方45度から高速で接近するリケルを、彼の五感を、そして第六感を駆使して、確かに捉えていた。
「信じていたぞ、お前の勘を」
──────捉えていたからこそ、彼の策に嵌った。
「爆発した!?…………くっ、違う、これは──」
─────少しの間視力を失うほどに強烈な閃光。
聖気を使った技に目くらましの技などない。
それをできるのは光魔法のみである。
リケルが使ったのは技ではなく、ただの力任せな聖気の爆発であった。
しかしそれでも強大な聖気の爆破は白いエネルギーとしてルーブランの視界を埋めつくし、視力を奪うことに成功していた。
無理矢理に聖気のエネルギーを爆散させた右手は、ところどころ皮膚が剥げて痛々しい見た目になっている。
「自分の右手を犠牲に……狙いは刀ですかッ!」
そうはさせるか、と言わんばかりに刀を振る老人。
華麗な太刀筋は視界を失ってもなお衰えず。
刀を拾うリケルの左手を狙った一撃は────刀同士が衝突する金属音を響かせた。
「遅かったか……!」
「漸く……驚いてくれたな……!」
暗闇の中、獣のように目を光らせてニヤリと笑うリケル。
刀を構えて防御姿勢に入ったルーブランも、視界が奪われていては流石にリケルの攻撃を予測できない。
「これで終わりだああぁぁっ!」
ルーブランが慌てて防御魔法を展開する。
間に合った。
刀が結界に接触する。
破れるはずがない。さっきだって破られなかった。
そう自分に言い聞かせながらも。
ルーブランには何故か、自分が斬られるビジョンが見えていた。
リケルが自分の結界を切り裂き、そのまま胸の辺りに鮮血を撒き散らせる光景が浮かんでいた。
自分の敗北を予期すると同時に彼の脳裏に浮かんだのは、十数年の間共に過ごした少女の事だった。
「ねえ、ルーブラン。わたしってじゃまもの……なの……?」
ままごと遊びをしていた少女が、突然ルーブランに問いかける。
「……!何を仰りますか。姫様は今だってこうして、私からも、アッシュからも、そして……お母様からも愛されているではありませんか」
「でもね、さっきおおきなおとこのひとが言ってた。
あの姉妹は王さまこうほのつら……つら……なんだっけ……?
つらおごし……だったかな?」
ルーブランが顔をしかめる。
「…………姫様。
人間というものは、生涯をかけて大切にしたいと思える人を見つけます。
それに気づくのに数十年かかる人もいれば、一生かけても見つけられない人もいます。
そんな大切な人を今のうちから見つけられている姫様は、とても幸せだと思います」
「……?ソニアはだいじないもうとだよ?」
「……ええ。王になることなど、考えなくても構いません。
残念ですが……姫様が女王になることは不可能に近い。
ですが、ソニア様を大切にして生きていければ、それだけで良いのです。
大切な人と二人で助け合って生きていく……それだけで、充分立派です」
「…………うん!おうさまにはなれないんだよね!
それなら、わたし、ソニアと一緒にやどやさんになる!」
「ほう……これまたなぜ宿屋に?」
「だって、わたしのみたいにおっきなベッドをみんなに用意してあげれば、みんなでお昼寝できるでしょ?
ソニアも、ラフトさんも、きっとよろこんでくれるよ!」
ルーブランは笑顔で答える。
「……素晴らしい。その夢、ルーブランも手伝わせていただきましょう」
彼の光魔法で輝くベッドが生成されると、少女はきゃっきゃとそれに飛び込む。
その場にいる三人全員が、その少女を微笑みながら見ていた。
(……アレシア様…………もし……あの時に違う回答をできていれば…………)
ルーブランは倒れていた。
彼が脳裏に描いたビジョン通りに、リケルはルーブランの胸を結界ごと切り裂き、彼を地に伏せたのだった。
数え切れない高速移動で息も絶え絶えなリケルはルーブランの元に歩みよる。
「俺の……勝ちだ……地下牢への行き方を教え…………ッ!?」
突如、地面が揺れる。
彼らの戦っていた部屋が、崩壊しようとしているのだ。
「私は……私の義務を果たすまで……っ!」
再びゆっくりと立ち上がったルーブランが笑う。
部屋の崩壊は何やら彼が魔法を使っているらしい。
「義務だって……?それなら、俺にだってある……」
リケルが刀をズタズタの右手に持ち替え、投擲の体勢をとる。
「無駄ですぞ……結界は既に回復している……先程のような斬撃ならまだしも、魔法の効果が薄れる投擲ではこの防御魔法は破壊不能……!」
ルーブランが大きく声を上げて笑う。
リケルは笑っていない。
「簡単な仕事だ…………けど、主人から頼まれた大切な仕事だ…………まだ、一回も仕事を成功させてないんだ……!」
力いっぱいに刀を投擲する。
空気を切りながら勢いを増す刀は、ルーブランの頬を掠めて彼の背後へ向かう。
「まさか……!」
ルーブランの目が見開く。
「ソニアを────返してもらうッッ!」
彼の刀はルーブランを通り過ぎ、奥にある壁に突き刺さる。
その瞬間、風船が割れたような破裂音が部屋に鳴り響く。
部屋中に鳴っていた地響きと揺れは止まり、部屋を覆っていた暗闇は嘘のように晴れた。
「壁に埋め込んでいた魔道具が…………破壊された…………?
一体いつから気づいて────!?」
動揺している老人の視界からリケルが消える。
見えてはいなかったが、彼の背中にはひしひしとリケルの気配が感じられていた。
「これで終わりだ」
彼の刀がルーブランの首筋を寸分違わず狙う。
────地下牢入口の内の一つの部屋が半壊するほどの文字通りの激闘を制したのは、リケルであった。